俺と太田と王国兵士と
食事を終えた太田は、小さな姿になって何が出来るのか。
そういう事に興味があるようだった。
早朝に再び身体を小さくして、バルディッシュを扱ったが、使いこなせない事が分かった。
そして王国という魔族を忌み嫌う国に入るのなら、小さな姿の方が発見されづらいという事に気付く。
港町を出て再び川を下ると、そこにはそこそこ大きな滝があった。
どのようにして越えるのかと思っていると、嘉隆は落ちてから泳げばいいと言い出した。
クリスタル内蔵バルディッシュのおかげで、危険の無いように着水する事に成功。
しかし太田は、バルディッシュが大事なのか手を離さずに川底へと沈んでいく。
川底で土魔法を使い、足元を迫り上げて水上へと出たが、太田の意識は無い。
兄に代わるとすぐに蘇生措置という名の腹パンが炸裂し、太田は意識を取り戻す事になった。
岸まで辿り着いた五人は、王国領内に入った事を確認して、すぐに森へと隠れようとする。
だが、ハクトの一言で立ち止まり、大きく迂回してから森へと入る事になった。
森の中に居た兵士は、敵か味方か。
それを確認するべく、兄とハクトが偵察しようとすると、太田が自分が向かうと提案してきた。
その理由は、身体は子供頭脳は大人、名探偵作戦が使えるという話だった。
「えーと、名探偵作戦って何?」
ハクトが沈黙を破り、太田に確認する。
すると太田は、自信満々に腰に手を当てて言い放った。
「魔王様が言ってました。この姿で子供のフリをすると、大人は優しくしてくれると!」
「・・・オレからも良いか?」
「何です?」
「それ、魔族の大人だよな?ヒト族の、しかも王国の大人に通用するのか?」
「・・・キャプテン、どうなんでしょう?」
嘉隆の質問に、太田は振り向いて俺に確認を求めてきた。
馬鹿か!
俺が分かるわけないだろ。
というか、無理じゃね?
「駄目だろ。それが改革派なら問題無いかもしれない。でも維持派なら、虐待するおもちゃ扱いとか奴隷にされるんじゃないか?」
「何ですと!?それは酷いですね」
「そうだろ?」
でも、さっき太田が言ってたのも、今考えるとマトモなんだよな。
バルディッシュが使えないだけで、戦力は太田の方が蘭丸より上だし。
太田に来てもらった方が、逆に三人が安全かもしれない。
「決めた。太田と一緒に行くわ!」
太田と行動を開始した俺達は、さっき声がした方を向かう事にした。
ハクトほどではないが、身体強化をすれば俺もそこそこ聞こえる。
もし見つかっても、太田の戦力と俺なら、問題無くくぐり抜けられるはずだ。
「キャプテン」
「どうした?」
「二人とも何も持っていませんが、よろしいのですか?」
そういえば、小さいコイツに武器を作るとか言ってたような?
いつ作るんだろ。
(それに関しては、絶賛考え中です)
要はまだ思いつかないという事だな。
うーん、小さくなってリーチも無いし、素手で戦うのもなぁ・・・。
どうせだから、物干し竿級の長いバットでも作って渡すかな。
「ちょっと待ってろ」
俺は地面から鉄分を取り出して、バットを作り出した。
いつもと違うのは、長さが三倍近くあり、それに伴って重さもかなりあるという事だ。
「うぉっ!結構キツイな」
試しに構えて振ってみたが、やはり重心がいつもと違うのと、遠心力が大きく掛かる事から、俺には扱えないという事が分かった。
「試しに振ってみてくれ」
「元のバルディッシュと同じくらいの長さですか?それよりも長いですかね」
太田は両手で握ると、バットを思いきりフルスイングした。
流石は普段から筋トレしているからか、体幹がしっかりしていて俺よりもブレない。
これなら使えそうだ。
「使いづらいとかあるか?」
「いえ、この手の大きさに合わせて握れますし、重さもそこまで気になりません。勢いよく何度も振ると、身体も振り回されそうな気もしますが、慣れですかね」
「そうか。じゃあ、今後はそれを使ってくれ」
あんまりバットで人を叩くような光景は見たくないのだが、もはやバットとは呼べない代物だ。
多分気にならないと思われる。
「どうせだから名前を付けよう。物干し竿と命名する」
「物干し竿ですか?そのまんまって感じですね」
物干し竿って言っておけば、もうバットにも見えないし、そのうちホントに物干し竿に見えてくるだろう。
俺が扱っても、気兼ねなく物干し竿でぶん殴れると思う。
「ちなみにこれは鉄製だから。普段はボール四つくらいに分けて、持っててくれ」
「ボール四つですか?カバンも無いので、持ち歩けないのですが」
ポケットにでもって思ったけど、この小さい身体だと入るほど大きくないしなぁ。
バッグは俺じゃ作れないし、どうするか。
「キャプテン?」
「・・・股間にでも二つくらいぶら下げられない?」
「ワタクシの息子を殺すつもりでやれば、大丈夫だとは思いますけど・・・」
太田は少し真顔で言ってくるから、本気か冗談か判断がしづらい。
というか、別に鉄製だから地面からの砂鉄で作れる気がしてきた。
「ボール四つ無し!地面から作るから良いや。時代はエコだよ」
「エコ?」
「エコロジー?エコノミーだっけ?あれ?何だっけ?」
(エコロジーの方だけど、本来の意味とは違うからね)
そうなの?
やっぱり難しい言葉は、俺が使うもんじゃないな。
「魔王様、それよりも聞きたい事が」
「何?」
「ワタクシ、大勢の足音が聞こえるのですが。気のせいですかね?」
「へ?あっ!ホントだ!」
かなりの足音が聞こえてくる。
しかも、一直線にここ目指してるじゃないか。
何か理由があるはずなんだが。
「アイツ等、どうしてここを目指してくるんだ?」
「えっ?」
「何か知っているのか!?」
太田は俺の問いに答えなかった。
代わりに、顔を見た後に持っている物を見ている。
なるほど。
確かにこれは目立つ。
「分かっていた。分かっていたとも」
すぐに物干し竿を砂鉄に戻した。
「キャプテン、どうしますか?」
「そうだなぁ、とりあえず木でも登るか?」
「この辺りだよな?」
「さっきまで見えていたはずなんだがなぁ。やはり、奴等の合図とかなんだろうか?」
「捜索範囲を広げろ。何か怪しいモノがあれば、すぐに知らせるんだ」
俺達の下で、兵士達が話しているのが聞こえる。
太田と二人、この辺りで一番高い木へ登り、見えないように生い茂る葉で身体を隠していた。
「奴等って、何でしょうか?」
「俺も気になった」
彼等はかなりの人数で、この辺りを捜索していたらしい。
俺達の真下でも複数人居るのだが、知らせろって言ってるので、その外を更に探している連中が居るのは確実だ。
「キャプテン、どうします?」
「どうするとは?」
「かなりの人数です。ここから離れた方が良いのではないでしょうか?」
ここから離れるねぇ。
「駄目だ。逆にここに居た方が良い」
「何故です?」
「今は俺が作った物干し竿を探し回っているから、この下を主に探している訳だ。だけど、下手に捜索範囲を広げられると、どうなると思う?そしたら、蘭丸達が見つかる確率も上がるだろ?」
「確かに。流石はキャプテン!皆の事を第一に考えているのですね」
買いかぶりだと言いたいところだが、そんなに間違ってもいないから言い返さなくて良いだろう。
それよりも、下が騒がしくなってきた。
まさか蘭丸達の奴、見つかってないだろうな?
「ありました!やはり例の連中と関わりがあるのでしょうか?」
「分からん。それを今から確かめに行くぞ」
「何を見つけたんでしょうか?」
「川の方へと向かっているが、あの位置・・・。蘭丸達と別れた場所に近いな。何があるって言うんだ?」
川へと向かうとなると、森から出なくてはならない。
ギリギリ見つからないように、森の中から川岸に集まる連中を見張ってみた。
「何か川から引っ張り上げてますね」
「俺分かったわ。アレは、船の残骸だろう」
「あっ!その通りです。木の破片を手渡してます」
という事は、俺達が滝から落ちてきたのがバレた?
いや、船だけ落ちてきたって考える事も出来る。
・・・それは不自然か。
「蘭丸殿達と合流しますか?」
「うーん、そっちの方が良いかもしれないな」
今は川岸で何を見つけたのか観察する為に、川寄りの低い木まで移動している。
あまり音を立てないように、ゆっくりと移動しなくてはいけない。
「へくちっ!」
オイィィィ!!
何こんな所で、クシャミなんかしてくれてるのかな?
しかも微妙に可愛い感じだし。
あざとい!
あざといなぁ、この牛は。
「そこに居るのは誰だ!」
ぬあぁぁあ!!
ほら見つかった。
隠れ身に使っていた葉を槍で突かれて、姿が露わになる。
案の定、バレてしまった。
「魔族の子供!?」
「隊長、森の中に隠れていました」
「魔族の子供か」
離れた所で、そんな事を話しているのが耳に入る。
内緒話をしているつもりみたいだけど、身体強化すればそんなものはあって無いようなものだ。
「キミ達、あんな所で何をしていたのかな?」
若い兵士が俺と太田に水を手渡して、聞いてきた。
その水を一口飲んだ後、俺は少しトーンを高めにして説明を開始した。
「あのねー、船で遊んでたら滝から落ちちゃったの。どうにかして上に戻ろうと思って、森の中に何かいい物がないか、探してたんだ。ね、太田?」
俺は今まで自分がした事が無いくらいの笑顔で、兵士に話をした。
太田はそんな俺を見てかなり戸惑っていたが、どういう事か理解してくれたらしい。
「キャプテンの言う通りです。ワタクシ達は、船で魚釣りを楽しんでいたのです。でも、櫂を川に落としちゃって・・・。兵士さんお願いです、上に戻して下さいな」
オオゥ!
太田、やりおるな。
兵士もそんな太田の顔を見て、ちょっと驚いているぞ。
「少し待っててね」
若い兵士が隊長の方へと立ち去ると、そこへすかさずに女性兵士達が現れた。
「キミ達、魔族なんでしょ?種族は?」
「えっ?ミノタウロスですけど」
「ミノタウロス!?ヤッバイ!私、ミノタウロスへの意識が変わったわ」
「私も。もっと牛って感じだと思ったのに。この子ならアリだわ」
「俺は何だろ?ダークエ・・・」
「あっ、キミはいいの」
俺はどうでも良いのか・・・。
何だかなぁ。
アイツは慣れたって言ってたけど、俺はこの対応に慣れる事は無いな。
悲しい・・・。
「あの、キャプテン!ワタクシはどうすれば?」
どうすればじゃねーよ!
何だーこれ!
他人がモテてるのを見て、何が楽しいのかね。
俺は全く楽しくないぞ。
チクショー!
「ヤバっ!隊長来た!」
隊長グッジョブ!
キミが来たおかげで、女性兵士は散った。
俺は今、猛烈にキミを歓迎しているよ。
「さて、名前を聞いても良いかな?」
優しく聞いてくる隊長に、太田と俺は自己紹介をした。
「なるほど。太田くんと阿久野くんか。信長から名付けられた名前かな?」
「えーと、俺はそうかなぁ?太田は自分で名乗り始めたんだっけ」
「そうなんだ。太田くんは変わってるねぇ」
ニコニコしながら話し掛けてくるが、何か違和感がある。
何だろう?
「他には誰か居るのかな?」
「いや、二人で釣りしてただけだから。居ないよ」
「キャプテンの言う通りです」
「そうかね」
隊長は少し間を置いてから、俺達の事を見た。
その顔は既に笑みは無く、能面のような顔になっている。
そして俺は違和感の正体に気付いた。
コイツ、さっき信長の事を呼び捨てにしてたなと。
「こっちのガキは大した事ないが、角持ちは高く売れそうだ。顔は傷つけるなよ。売値が下がるぞ」