ニュー太田誕生
一益は携帯の利便性に気付かなかった。
この世界は魔法があるのでかなり便利だが、それでも日本の便利さには敵わないと思う。
その一部が携帯電話だろう。
彼に使用方法を話すとすぐに欲しがったが、やはりこのような物は限られた人間に売るに限る。
彼にはドワーフの秘匿技術と交換に、無償提供になった。
十日で試作品の完成には至った。
使い方は日本と違うが、便利性は変わらない。
バスティも欲しがったが、今はヒト族にも扱える物を作ると鹵獲された時に困るので、魔力が無いと使えないようにしてある。
携帯電話試作一号機である我楽多くん28号は、ひとまず安土と上野国、そして長浜での試験運用の後に販売するという事になった。
上野国を離れる時が来た。
最後に一益に、再度洗脳を掛けてきた相手に関して聞いてみたが、やはり心当たりは無いと言う。
ドランにも声を掛け、僕は厩橋城を後にした。
一益が用意してくれた小舟に乗って、下流へと目指す。
嘉隆は厩橋攻略では何もしなかったが、別に船が操れないわけではないらしい。
彼女の操る船に乗り下っていくと、太田は自信満々に酔わないと言いながら吐いていた。
「だ、大丈夫か!?」
「何オロってるんですか。ワタクシ、オロロロってますから、大丈夫ですよ」
川に向かって吐きながら何か言っているが、全く理解出来ない。
蘭丸は普通だが、ハクトも顔色が悪い。
いつ吐いても良いように、自ら川の方を向いていた。
「嘉隆、船酔いってどうやって治すの?」
それを言われた嘉隆は、空を見ながら何かを考えている。
だが返ってきた答えは役に立たなかった。
「河童って酒以外は酔わないから。分かりませんね」
「この前の薬とか持ってないのか?」
「こんな所で使わないから。まだ下り始めて、そんなに経ってないし。要するに駄目です」
うん、コイツも役に立たないな。
どうすれば良いんだろう。
「任せてオロさい。全部吐けば、吐く物が無くオロますから」
当たり前の事を言っている。
自分では気付いていないけど、かなりポンコツになっているようだ。
「あっ!」
嘉隆が何かを思い出したかのように、釣竿を出し始めた。
そして僕と蘭丸に手渡し、こう言った。
「撒き餌してあるので、釣れるかもしれない。今日の晩飯に良いから、釣って!」
陽が傾いた頃、小さな港町に着いた。
町というより、村のような大きさだ。
船を係留しようとしていると、お婆さんが近付いてきた。
「こんな時間に珍しい。何処から来なさった?」
「上流の厩橋城から、ずっと下ってきたんだけど」
「厩橋から!?そりゃ随分と遠くから来なさったもんだね。見た通り、こんな小さな町だから。大したものは何も無いよ」
「泊まれる場所はあるか?」
「宿なんか無いからねぇ。馬小屋の横に、藁を置いた物置がある。そこなら勝手に使っても良いよ」
お婆さんの使ってる馬小屋らしい。
泊まれるなら何処でも良いし、ここは好意に甘えよう。
「本当に藁以外は何も無いね」
ハクトの言う通り、部屋の半ばくらいまで藁が積まれているだけで、他には何も置いてなかった。
照明も無いので、中は真っ暗だ。
「とりあえず、食事でも行こう。食堂くらいはあるだろ」
「二人が魚釣ってたら、それ食えたんだけどな」
嘉隆は恨みがましく言ってくるが、そこは流石に蘭丸が反論した。
「お前さ、あの二人が吐いた物を食べた魚を、焼いて食べる気だったのかよ!?」
「胃の中は捨てるに決まってるだろう」
「それでもアイツ等の吐いた物を食べた魚だぞ!」
「胃は取り除いているんだ。何か問題でも?それに焼けば関係無い」
「うぅ・・・」
珍しく蘭丸が言いくるめられた。
どっちの言い分も間違ってはいないけど、流石に僕も蘭丸と同じ意見だな。
というより、日本人なら大半は無理だろう。
「とりあえず、食堂探しに行こうよ。遅くなると、閉まっちゃうかもしれないし」
「ハクトの言う通りだ。特に太田、吐いてばかりで腹減ってるんじゃないのか?」
「そうですね。ワタクシ、全て吐いて胃の中は空ですから。魚の名物料理なんかあったら、嬉しいですね」
小さな港町にそんな物あるか分からないけど、あったら僕も嬉しい。
「ごめんねぇ、大きい人は入れないのよ」
まただ。
これで四軒目の入店拒否。
まさかとは思うが、どの店に行っても断られるのでは?
「あの、この人でも入れるお店って、この辺にありますか?」
「そうねぇ。申し訳ないけど、どのお店も無理じゃないかしら?」
マジか!
太田の入れる店が無い。
この辺の建物は、ほとんど大きくない。
店だけではなく、住居も似た大きさだ。
「ごめんねぇ。この辺りには基本的に、ドワーフか河童、来てもネズミ族の人しか来ないのよ。オーガやミノタウロスみたいな大きな人、私でも初めて見たくらいだから」
来ない人に合わせて、無駄に大きな建物は作らないか。
当たり前の事だけど、これは困ったな。
「魔王様、ワタクシは物置に戻っていますよ。何か包んで持ってきてもらえれば、それで構わないので」
太田は申し訳なさそうに、僕達に帰ると言ってきた。
だけど、四人で食べにいくのもなぁ。
流石に太田一人を残して、四人だけで楽しむのは悪い気がする。
「もう少し町の中を歩こう。何処かに良いお店があるかもしれないし」
そんな店は案の定無かった。
小さな港町だ。
ちょっと歩けば、大体分かってしまう。
悲しいかな、このままだと本当に太田は一人飯になってしまう。
「どうする?全員分、お持ち帰りで頼むか?」
「オレは嫌だぞ。船を漕いで疲れたし、暖かくて美味い物が食べたい」
蘭丸の意見もアリだけど、嘉隆一人で頑張ってもらった手前、彼女の意見も断りづらい。
難しいな。
六人だったら半々に分かれても良かった気がするけど、五人だと少数派が気まずい雰囲気になりそうだし。
どうしたものか。
「あの、ワタクシは帰りますから。ホント皆で食べてきて下さい」
「駄目だ!太田殿も仲間なんだ。一人だけ帰るなら、俺も帰る!」
蘭丸は太田の意見に反対らしい。
言ってる事は嬉しいし、太田もちょっと嬉しそうだけど。
でも、このままだと嘉隆一人で行く事になる。
それはもっと駄目な事だと思うし。
あ〜!
面倒くさい!
「あのさ、ちょっと良いかな?」
ハクトが僕に、少し申し訳なさそうに聞いてきた。
「ご飯食べに行くだけで、どうかとも思ったんだけど。魔法使っちゃ駄目?」
「魔法?」
「獣人族は魔法で食事を準備出来るのか?」
ハクトの言っている事を、蘭丸も嘉隆もまだ理解していない。
というより誰も分かっていなかった。
「ご飯を用意するんじゃなくて、ご飯を食べに行けるようにするんだよ」
「どういう事だ?」
「要は太田さんが大きいから、お店に入れないんだよね?だったら、小さくなってもらえば良いんじゃない?」
「あっ!そういう事か!」
「オレには全く理解出来ないんだけど」
ハクトの言いたい事は分かった。
僕の力が必要だから、気まずそうにしてたってわけか。
嘉隆が気付かないのも当たり前だった。
だって彼女は、この力を見ていないのだから。
「太田、皆で食べに行くぞ!」
リュックから魔王人形に付けっぱなしだった魂の欠片を外して、太田に手渡した。
「どうすれば良いんでしょうか?」
「なりたい姿を想像してくれれば大丈夫。それから欠片に魔力を流してくれ。分かってると思うけど、大きな姿を想像するのは無しだから」
「なりたい姿・・・。分かりました!」
魔力を欠片に流すと、小石から光が出て、二メートル以上ある太田を包み込んだ。
徐々に光が小さくなると、ある一定の大きさで止まった。
そして光が少しずつ薄くなり、中から一人の少年が現れた。
「えっ!これがさっきの牛!?」
「太田さん・・・ですよね?」
「俺、この石の凄さを改めて知った気がするわ」
三人揃って、驚きしかなかった。
というより、僕も唖然とした。
出てきたのは僕と同じくらいの背をした少年だ。
頭には牛の角があるが、太田と違って顔はヒト族やエルフに近い。
太田の顔はまんま牛だから、余計に違和感があった。
しかも顔は、ハクトや蘭丸の小さい頃に似て、イケメンだった。
なんだか負けた気がしてムカつく。
「これが魔王様が普段見ている景色・・・。低いですね!」
「やかましいわ!」
普段ならジャンプするかよじ登って頭を叩くところだが、そのままゲンコツを落とせるのは楽で良いな。
「いつもより痛い・・・」
小さくなっても、普段と防御力とかは変わらないはずなんだけど。
気のせいじゃないか?
「あら?さっきから人が集まって来てない?」
「本当だ。何故だろう?」
町の真ん中というわけではないが、ちょっとした通りで変身魔法を使って結構光が出たからか、町の人達が集まってきた。
さっきの光源を探しているんだろうけど、その光源は目の前の小さな牛だとは気付かないだろう。
「キミ達、さっき大きな光が出たと思ったんだけど、何だか分かるかい?」
ドワーフのおじさんが、僕と太田に声を掛けてきた。
「それならワタクシが・・・痛っ!」
「ごめんなさい。光魔法の練習してただけなの」
「光魔法が使えるのかい!?凄いねぇ。光魔法の使い手なんか、この町には居ないから。でも理由が分かって良かった。何か大きな事故とか事件じゃなかったし、キミ達も気をつけて帰りなさい」
「は〜い!」
久しぶりに使った。
身体は子供、頭脳は大人作戦。
「太田、下手に変身魔法なんて事を話して、騒ぎになってみろ。ご飯どころじゃなくなるだろ」
「そうでした」
「お前、その姿で居るなら、僕と同じ名探偵になりきらないと駄目だからな」
「名探偵?」
「身体は子供、頭脳は大人作戦だ。大人と話す時は、子供のフリをしておけ。大人はそれで優しくしてくれる」
「なんと!そうなんですね!」
太田は僕の言う事を信じて、子供のフリをしてくれる事になった。
太田の子供のフリの練習を見ていた三人は、呆れた顔をしていたけど。
「嫌な子供だなぁ」
「うっさい!こっちの方がウケが良いんだ。何かお店で、一品足してくれたりするかもしれないだろ」
「オレ、こんな抜け目ない子供は嫌だな」
「僕もそんな事考える子供はちょっと・・・」
「別に三人にすり寄ってるわけじゃないから。お店の店員さんにすり寄るだけだから。なっ!太田!」
「はい?よく分かりませんが、お腹減ったのでお店行ってみませんか?」
太田はお腹を鳴らしていたので、言い争いはやめて最初に行ったお店に行く事にした。
「はい、五人ね」
おぉ!
普通に入れたぞ。
まあ当たり前と言えば当たり前だけど。
「このお店の人気は何ですか?」
「川海老だね。揚げて食べると、酒のツマミになるよ」
ツマミかよ。
もっとメシって感じの食べ物が良いんだが。
「ワタクシ、魚料理が食べたいんですけど」
「魚かい?それだと丁度良いのがあるよ!小振りだけど、海へ戻るシャケが獲れたからね」
「初めて食べます!シャケ定食でお願いします」
太田が店員と話していたシャケ定食は、限定メニューだったようだ。
結局五人ともこれにして、出てくるのを待つ事になった。
太田は初めてのシャケ料理が楽しみなのか、足をブラブラさせて楽しみにしている。
すると、そこにある集団が隣に座ってきた。
「何この子達!めちゃくちゃ可愛いんだけど!」
「イケメンエルフに可愛い系のウサギくん。この子もニコニコして可愛いわね!」
なんと、いつもは蘭丸とハクトだけが人気なのに、今日は太田も引っ張りだこだった。
「お姉さんもとても綺麗ね。何の集まりなの?」
「旅する仲間だ」
「女一人でこんなイケメン達を引き連れて?贅沢ねぇ。でも、貴女なら絵になるわ」
嘉隆もなんだかんだで囲まれている。
そう、囲まれていないのは僕だけだ。
いつもなら太田が側に居たのに、今日は完全に僕だけだ。
何という疎外感。
そして追い討ちが味方から来るとは・・・
「なあ、何故魔王様はそこまで魅力が無いのに、魔王なんだ?オレにはその辺よく分からないんだけど」