さらば上野国
バンドが続けられない事にショックを受ける一益。
上野国の領主である以上、この場から離れる事は出来ない。
蘭丸とハクトは安土へ戻ると言うので、一益とロックは二人して項垂れた。
しかし一益は、上野国で他のメンバーを募る事を提案。
一益の依頼によって、上野国でバンド育成事業を始める事になった。
しかし蘭丸は、その前に筋を通すべきだと言った。
その筋とは、護衛対象であるコバに話す事だった。
アッサリと認められて、お役御免になるロック。
だがロックは、将来的に安土に戻りたいという話を始めた。
安土が音楽の発信地として丁度良い。
彼の中ではそういう考えだった。
蘭丸の再度の指摘があったものの、コバは有給という扱いにするから戻ってこいと手を差し伸べた。
感激に涙するロックは、コバに抱きついて嫌がられるのであった。
そしてコバと一益には、僕からも提案があった。
その内容を話すと、二人とも作れなくはないと言う。
僕は彼等の技術を合わせて応用すれば、携帯電話が作れるのではと判断した。
「それは何に使うのだ?」
一益は、携帯電話の利便性を理解していなかった。
ただ面白そうというだけで、話に乗ってきたのだろう。
「主に連絡用かな?例えば、僕が安土へ帰っても、これを使えば会話が出来る」
「なんだと!?」
「ミスリルに刻印するんだっけ?それで各携帯に個体識別をさせれば、誰でも色々な携帯に連絡が取れるようになるはず」
「なるほど。識別が出来れば、固定の相手以外にも連絡が取れるという訳か」
「そう。例えばだけど、若狭の丹羽長秀とか会った事ある?」
「んー、顔を見た程度だな。話はした事が無い」
アレ?
意外だな。
若狭は植物や野菜なんかを作っているし、樹木の加工品とかもある。
それなりに貿易があると思ったんだけど。
「一益が丹羽長秀の個体識別が分かれば、連絡が出来る。だけどお互いにそれを知らなければ、連絡を取る事は出来ない」
「なるほど。面識の無い者や無関係な者からは、連絡手段が無いという事だな」
「知らない人から急に連絡が来ても、それは困るでしょ?だから今は、ある程度の立場にある人達だけに売るつもりだけどね」
「売るのであるか?」
コバは珍しく、商売の話に首を突っ込んできた。
今までは、作れればどうでも良い感じだったのに。
どういった心境の変化だろう?
「売るよ。長可さんや又左みたいに、安土の連中には無償提供だけど。でも丹羽や木下、それとベティ達には有償だ。彼等は彼等の使い方があるからな」
僕は主に猫田さんが、一番活用すると思っている。
それは僕に限った事ではなく、各領地で同じような人が居ると読んでいるからだ。
「なるほど。理解したのである」
「我は勿論タダで貰えるよな?」
「うーん、どうしようかね。ハッキリ言って刻印の件だけでは、割に合ってないと思うけど」
「むむっ!ならば、他の秘匿技術も見せよう。応用出来るのならば、使えば良い」
他の秘匿技術とな!?
これは興味深い。
「だったらそれは、コバに見せてやってくれ。開発は僕よりもコバの方が向いているから」
「ありがたいのである。だが、まずは携帯の開発をしてからだな」
携帯を提案してから十日が過ぎた。
意外にも何処にも、躓く事は無かったらしい。
コバと一益の共同製作により、携帯電話は完成した。
一番のネックだった個体識別だが、やはり刻印をして番号を振るだけで簡単に出来たようだ。
使い方は、相手の携帯認証を携帯に向かって話すだけ。
何故、番号を使わなかったのか。
それは一益曰く、エルフやドワーフのような連中ならいくつも覚えられるが、獣人やリザードマンのような種族は番号を覚えるのに時間が掛かるとの理由だった。
一益は文字入力をと考えていたのだが、だったら声認証にすれば良いとコバが言って、相手の認証を言えば繋がるようにしたのだった。
ちなみに決められた認証だと売った僕等は全部分かってしまうので、変更可能にしてある。
例えば猫田さんに渡された携帯は、最初は[猫田]と言えば繋がったが、今は[能登村出身の影を操る猫田]に変更した。
「なかなか、ではないな。これは革新的な便利さだぞ」
「そうだろう?だから今は、僕が選んだ人間にしか売らない。いつか平和な時代が来たら、誰でも持てるようにしたいけどね」
「すまないねぇ、私の愚息のせいで」
コバから聞いたのか、バスティも携帯を見にやって来た。
少し気まずいが、事実なので否定しようがない。
「ところでコレ、私達は売ってもらえないのかな?」
「今は無理だね。理由は簡単。所持者の魔力を使うから」
そう。
今はまだ、魔力を使わないと使えないようにしている。
もし帝国に奪われても、そう簡単には使用出来ないようにね。
調べられて技術は分かっても、魔力が必要だと分かれば、諦めるかもしれないし。
「羨ましい・・・」
「そのうちヒト族でも、使えるのを作るつもりだよ」
そうは言ったが、さっきも言った通りで平和になってからかな。
バスティもそれは理解しているっぽいから、しつこく迫ってくる事は無かった。
「使用魔力は諜報魔法より極小なはず。あとは距離の問題だが、実際に試さないと分からないな」
「まずは安土と上野国、それと長浜辺りで試用であるな」
コバの言った通り、試作運用はその辺りが妥当だろう。
それとおそらく王国へ行く事になる僕と、各地を転々としている猫田さんに持たせれば問題無いと思われる。
「とりあえずは、携帯電話試作第一号機、我楽多くん28号の完成だな」
「物凄いダサいネーミングである」
試作運用として、安土に五台と上野国に三台、そして長浜に一台を配備する事にした。
安土では主に、防衛責任者のゴリアテと外交担当の長可さん。
一益と共同製作したコバに加えて、又左と何故かイッシー(仮)に渡す事になっている。
そして上野国は一益とドラン。
あとは使用は出来ないが予備として、ロックに手渡す予定らしい。
長浜では、テンジに渡して試してもらうつもりだ。
「とりあえずこんな感じで。あとは追々、改良を重ねていこう」
予定分の携帯を作り終えると、とうとう上野国を出発する時が来た。
「それじゃ、コバをよろしく頼む」
「承知しました・・・」
尻尾に元気が無い返事をしたのは、又左だった。
先代九鬼嘉隆を探しに川を下る事にした僕だが、一緒についていくつもりをしていたらしい。
正直なところ、安土に戻る戦力は減らしたくないのだ。
理由は勿論、帝国の国王であるバスティの護衛。
彼に何かあれば、あの愚息王子はこぞって魔族を叩くだろう。
それこそ国王を傷つけた、もしくは亡き者にしたのは魔族だと、大々的に発表しそうだからな。
「それじゃ、ワタクシ達も参りましょう!」
逆に元気ハツラツでウキウキなのは、太田の方だった。
当初連れて行く予定だったのは、蘭丸とハクトの二人だった。
それと嘉隆を入れた四人で、下流へ向かうつもりだったのだ。
しかしそこに割り込んだのは、太田だ。
本人が言うには、防衛にも関わっているわけではないし、安土に戻ってもおそらく新しい魔王公記の編纂作業しかないと言う。
だから連れて行けという話だった。
それを聞くと兄が、使えるから連れて行っても良いと言うので、追加で一緒に行く事にしたのだ。
「ぐぬぬ!はぁ、羨ましい・・・」
「又左殿、元気出しましょうよ!ハッハッハ!」
安土に戻るのが楽しみなのは、佐藤さんだ。
帝国の動きには要注意だが、しばらくは何も予定されていない。
彼は安土に戻って、野球をやりたいらしい。
どうやら安土を出る前に、ズンタッタ達に専用の野球場建設を頼んでいたとの事。
楽しみにしているみたいだが、僕は少し不安だ。
いかんせん、野球場を知っている人間が誰も居ないのに、何を完成させたか分からないのだから。
下手したら、極端に大きな野球場かもしれない。
それは見てからのお楽しみだろう。
「世話になったな」
「これからも世話するし、されるつもりだよ」
「ハッハッハ!携帯電話以外にもまだ作りたいしな。コバ殿と話し合って、部品供給を頻繁に行うとしよう」
どうやらコバとロックとは、かなり仲良くなったようだ。
魔族の領主が又左達よりも、召喚者と仲良くなるとはね。
最後に何度か聞いてはいるのだが、やはり確認という事で聞いておこう。
「ところでだけど、やっぱり誰に洗脳されたかは分からない?」
「うむ。怪しい人物に会った記憶は無いし、紹介された記憶も無い。ドランにも確認したが、そんな人物との面会予定も無かったと言っている」
そうなると、完全なプライベートでドラン達が知らない誰かと会ったか。
もしくは知人、知人に変装した誰かという事になる。
変装というとラビだけど、そんな事をするタイプじゃないように見えるし。
もし犯人だとしても、本人が正直に言うはずがない。
やはり分からないか。
「今後は気をつけておこう」
「プライベートでも、誰に会うかくらいは伝えた方が良いかもね」
「分かった。では最後に」
ドラン達がドワーフ達を引き連れて、一益の後ろに立った。
すると綺麗に整列して、一益からの合図を待っている。
「我、上野国領主滝川一益は、新たなる魔王に忠誠を誓う。そして、我がまた洗脳されて異常になった時、ドワーフの一族全てが魔王に与する事を此処に宣言する。分かったか!?」
両手を後ろに組み、応援団が叫ぶような格好でドワーフ達が後に続いた。
「ドワーフ一族、領主滝川一益の命により、魔王様に帰順する事を誓います!」
「以上!」
「ハッ!」
僕には肌が合わない。
完全に兄さん向きだな、
【独裁じゃないけど、こういうリーダーが居ると、やりやすい人達も居るんだよ】
それは俗に言う体育会系というヤツでは?
まあ、他の領地の事だ。
僕には関係無い。
「小さな船を用意しておいた。既に調べさせてはいるが、直接聞いた方が良かろう。あとは自分達の目と耳で確認すると良い」
「ありがとね。それじゃ、元気で。ドランも達者でな」
「本当に、本当にありがとうございました。領主滝川一益を二度と洗脳という目に遭わせないよう、粉骨砕身で頑張ります」
大きく頭を下げるドランに、一益は頭をワシャワシャと掻き回した。
「お前如きに守ってもらわなくても、次は自分で守るわい!ま、今回はお前が居なかったら危なかったがな」
「また近いうちに、会う事もあるだろう。じゃあね」
僕等は手を振りながら、厩橋城を後にした。
「此処でお別れですか・・・」
川まで見送りに来た又左達だったが、ここから先は小舟に乗る事になっている。
歩いて帰る彼等とは、必然的に此処で別れる事になる。
「くれぐれも、バスティの身に危険が及ばないようにな。石川一家の事も、面倒見てやってくれ。お前が頼りだ」
「たよっ!承知しました!」
頼りと言われたからか、尻尾がブンブン振られている。
言葉にも覇気が戻り、元気になったのは一目瞭然だった。
「じゃあ、ちょっと河童のお爺さんを探してくる。落ち着いたら携帯で連絡するから。それじゃ、行ってきます」
僕の合図で嘉隆が、櫂を漕いだ。
流れが速いわけではないが、気付くとすぐに又左達は見えなくなっていった。
流石は船のエキスパートというべきか。
何もしないと言っていた割には、嘉隆の操作は完璧だと思う。
「速いな。三人とも、船酔いとか大丈夫?」
「任せて下さい。ワタクシ、船酔いなんかした事無いで、オロロロロ!」