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コバの夢

 ギターとベースを持った二人に呼ばれるハクト。

 恥ずかしいのか前に出るのを躊躇っていたが、僕の一言で行く決心をしたようだ。

 ロックの私的な願望の為に作られたバンドだが、盛り上がっているので問題無し。


 一曲目を聞いていて思ったのだが、何故かドラマーは居ないのにドラムの音が聞こえていた。

 二曲目の間奏中、ドラムソロが入った。

 スモークの中からドラムを叩く男が現れる。

 その姿が露わになり、彼の一言で部屋の中のボルテージは最高潮に達した。


 コバは楽器類等を作る際に、ドワーフ達の鍛治技術を間近で見たらしい。

 辛口のコバにしては、凄いと褒めていたのは印象的だった。


 演奏を終えて戻ったロック達は、この世界でのバンド成功を確信していた。

 一益もドラムが気に入ったらしく、上野国に置いていくと約束。

 しかし根本的な意識の差が徐々に浮き彫りになった。

 バンドで食っていきたいロックに対して、趣味の一環だと言う蘭丸達。

 言葉にすると日本でも聞くような話だが、中身は大きく違う気がする。

 そしてこのバンドが成り立たない理由。

 それは一益がバンドの為に、各地を回るのはあり得ないという事だった。





 ドラムのスティックを落とす一益。

 何故こんなにショックを受けているのか、全く理解出来ない。


「此処でずっとやってくれるんじゃないのか!?」


 あぁ、そういう考えだったのか。

 それじゃ、尚更このバンドは無理だな。


「それは無理です。滝川様は上野国の領主ですから此処の者ですが、私とハクトは安土の人間。それに魔王様の家臣になりますから」


「そうなのか?」


 とばっちりでこっちに話が回ってきたが、これに関しては譲れない。

 蘭丸とハクトは僕等の友達だし。

 あんまり家臣って考えた事は無いけど、それでも大事な人間な事に変わりない。


「本人達がやる気があるなら、僕も後押ししても良かったけど。でもそうじゃないなら、この話はここで終わりだ。この二人は安土に、そして僕にとっても必要なんだ。だから無理矢理にやらせて、上野国に残すわけにはいかない」


「俺っちの夢が・・・」


「そうか。それは仕方ないな。この二人の弓の腕前は、部下達から聞いている。手放さないのも分かるぞ」


 弓の腕前が凄いからって理由ではないんだけど。

 でもそれで納得してくれるなら、それで良いか。

 それに一益は代案ではないが、それなりにロックに良い提案をしてきたしね。


「ロックよ。そのギターとベースとやら、誰かに教えてくれないか?他にも楽器があるのなら、それも作ってくれ。我は自分のバンドを作るぞ!」


 項垂れていたロックの肩が、ビクッと動く。

 素早い動きで振り返ると、満面の笑みでその言葉に即答した。


「OK!上野国からこの世界初の魔族バンド、行っちゃおうか!」


「ワハハハ!初か!我等がこの世界で初めてか!それは良いな」


「ドラマーはカズで良いとして、他はオーディションとかしちゃう?」


「オーディション?」


 一益はオーディションという言葉の意味を理解していないようだ。

 首を捻り、ロックに意味を聞いていた。


「んー、選抜?やりたい楽器をやらせると、同じ楽器だけで固まっちゃうかもしれないし」


「それじゃ駄目なのか?」


「駄目って事は無いけど。でも、ドラムがやりたい人が沢山来たら、カズは譲る?」


「むむっ!それは駄目だ!これは我の太鼓なのだ!」


 持っていたスティックを隠すように、一益はそれを否定した。

 面白い事ややりたい事をやるのが一益なのに、それはちょっと酷いとも思うけど。

 だから僕は、ちょっとしたアドバイスを送った。


「どうせだから、いくつかバンド作っても面白いかもね」


「なるほど。それは名案だな。我と一緒にやりたい者も居れば、自分達だけでやりたい者達も居ろう。ロックには手間を掛けるが、それは可能か?」


「オフコースだよ!バンドが増える事は良い事だよ。バンドによって特色も出るだろうし、自分達で曲を作れる人も出るはず。希望者はジャンジャン募っちゃって!」


 ロックは胡散臭い笑顔で応対している。

 だが僕は気付いていた。

 コイツ、全員自分の芸能プロダクションに入れて、それで儲ける気だと。



 蘭丸達に断られたショックを、これで埋め合わせる事が出来ただろう。

 その証拠に悦に入ったロックが居たが、再び蘭丸から現実へと引き戻されるのだった。


「俺っち、必要とされているなぁ」


「それでアンタ、コバ殿の護衛の仕事はどうするつもりだ」


「ウェッ!?」


「仕事を投げ出して、自分がやりたいからとそっちに行くのか?」


「それはそのぅ・・・」


 厳しい言葉攻めに、タジタジになるロック。

 何故かその後ろでは、自分が言われているかのような一益の姿もあった。

 多分、誰かに同じような事を言われた経験があるのだろう。

 それに、僕としてはちょっと気になる事もあった。


「僕からも、ロックにちょっと聞きたいんだけど」


「まさか、召喚者としてそれは許さないとか?」


「そんな事、僕は言わないよ」


 コバはどうだか分からないけど。


「じゃあ何を?」


「僕個人としては、別に上野国でバンド育成に励んでも良いと思ってる。それで、バンドが一人立ちした後はどうするんだ?」


「どうするとは?」


「お前、安土に戻るのか?それとも、今後は上野国で暮らすのか?」


「それは・・・どうしましょう?」


 僕と一益の顔を交互に見て、曖昧な返事をした。


 顔色を伺っているように見えるが、僕としては安土から出る事を否定したいわけじゃない。

 ただ異世界からの召喚者が、帝国や僕という日本人に精通する魔王の庇護も無く、外でやっていけるのか。

 そういう不安があるのだ。


 今は一益がバンドに興味があるから良い。

 だが、もし途中で飽きてバンド育成自体がご破算になったら?

 彼は何をするでもなく、この上野国で無職として路上生活をしかねない。

 自分の人生、自分で決めるのが一番だ。

 だけど、そういう可能性がある事を分かっていて、敢えて何も言わないのはどうかと僕は思った。


「我はどちらでも良いぞ。何がしたいのか分からないが、それで生活出来るのであればな」


「僕もどちらでも構わない。ただし、上野国でバンド育成をしたいと言うのであれば、まずは先に誰かに言うべき人が居るだろう?」


「コバっちの事だね。分かった!聞いてみるよ」





「別に良いんじゃない?」


「良いの!?」


 凄くアッサリとした返答だった。

 しかもロックの事を考えているのか、即答だった。


「俺っち、結構覚悟を決めて話したんだけどなぁ」


「吾輩の護衛として雇ってはいたが、特に何もしてないしな。普段は何しているか分からない男だ。別に居なくなったところで困らないのである」


「そ、それはちょっと・・・」


「反論であるか?」


「いえ!仰る通りでございます!」


 コバにとっては、居ても居なくても困らない存在だったか。

 それはそれで悲しい事実だが、彼にとってはラッキーだったかもしれない。


「コバの承諾は取れたわけだけど、それじゃロックは上野国に引っ越しって感じで良いのかな?」


「う、うーん」


 やはり何か言い淀んでいる。

 安土に戻りたい気持ちはあるって事か?

 顔を両手で叩き、何か吹っ切れた感じだ。

 ロックは自分の思っている事を話し始めた。



「俺っち、バンド育成が終わったら、安土に戻りたいです!」


「何故?上野国でバンドプロデュースしてた方が、金になるんじゃないのか?」


「それは上野国の領内だけね。でも安土は違う。安土は魔王が居る中心地だ。今は帝国の国王も居て、今後はヒト族にまで影響があるのは間違いない」


「それで?」


「バンドの育成なら此処でも良い。だけど、それ等を発信するなら、安土が向いてるんだよ!」


 なるほど。

 流行の発信地として、魔族にも王国にも、そして帝国にも影響力がある魔王が居る安土が、ベストだと言いたいわけだ。

 だから、いつかは安土へ戻る事を希望すると。


「だけどアンタ、それは都合が良いんじゃないか?上野国でやりたい事をやって、それが終わったら安土へ戻る。そこまでは良い。でも安土に戻ったとして、仕事はどうするんだよ?その芸能プロダクションとやらは、いきなり金になるのか?」


 三度の蘭丸の鋭い指摘に、ロックは頭を抱えてしまった。

 やはり自分でも、そこがネックだと思っていたらしい。

 芸能プロとしてバンドを多数抱え込んでも、仕事が無ければ給料も払えないわけだ。

 それを考えると、彼は簡単に安土に戻るのは難しい。

 しかし、そこには救いの手が待っていた。




「簡単である。有給扱いにすれば良い」


「有給!?」


「ロクに働いてないのは事実だが、たまに働いたのも事実である。だから、休みを与えてやるのだ。有給期間は育成したバンドが見事な演奏が出来るまで。それが終わったら、吾輩の護衛として戻れば良いのである」


 コバの意外な言葉に、僕は驚きを隠せなかった。

 だってコバがロックの事を、そこまで必要な人間だと思っている節が無かったからだ。

 それなのにこんな提案をするなんて。

 槍が降るのではと疑いたくもなる。

 ちなみに他の連中は、有給が何だか分かっていないのでリアクションは無い。

 バスティも帝国に、有給制度なんか作っていないのだろう。

 彼ですら理解していなかった。


「コバァァァ!!」


 号泣のロックがコバへと抱き付く。


「ええぃ!鬱陶しい!やめろ!鼻水がつくではないか!」


 本気で嫌がっているのに分かっていないロックは、ずっと抱きついたままだった。





「ロックはしばらく有給扱いで、上野国に居るって事で」


「我もロックが居ると面白いから助かるわ」


 僕と一益の間で、ロックの待遇について話し合われた。

 こっちとしては、路上生活じゃなければどうでも良いと思っているのだが。

 ただ懸念が無いわけではない。

 上野国は、ミスリル製品という物が良く売れるからか、物価が安土よりも高いらしい。

 うどんを食べた時に僕もなんとなく気付いたが、このままだとすぐに金欠になりそうな気がした。

 なので、少し手助けをしようと思う。

 というよりは、これはコバと一益に対しての提案でもあった。



「あのさ、ミスリルを使ってこういうの作れない?」


「ふむ、作れなくはないのである。だが、クリスタルにその魔法を入れるのが大変ではないか?」


「魔力補充が自分で出来る魔族なら、そんなに苦ではないと思うんだけど」


「ミスリルで作る理由は?」


「この前の大槌みたいに、自分の魔力を込めるんだかすれば、自分の自由に動かせるんでしょ?それなら、自分にしか使えないように出来ない?」


「刻印で簡単に出来るぞ」


 やはりそうなのか。

 ならば、答えは簡単だな。


「クリスタルのサイズによるのかもしれないけど、多分ミスリルなら出来るはず」


「面白そうだな!」


「今は二つだけで良い。でも、今後は沢山作りたいね」


「どれくらいのつもりだ?」


「んー、とりあえずは知ってる連中に渡したいな。その使い勝手で改良していけば、どんどん距離も延びるだろう」


「魔王の希望は分かったのである。しかし、何故このタイミングなのだ?」


「まずは秀吉の長浜から、色々な鉱石が手に入るようになった事。それとミスリル加工では、僕なんか足元にも及ばないドワーフの協力が得られた事」


 最後は、一益の大槌がヒントになったんだけどね。


「ミスリルの他にも、金とかあると助かるのである。そんなに量は必要無い」


「上野国にも在庫はあるぞ。楽しみだな」


 僕の案に乗ってくれた一益に感謝だな。

 これがあると、猫田さんの苦労も大きく軽減されるな。


「ちなみに、これは何と言うのだ?」




「携帯電話だ。召喚者達の世界では、持っていない者を探す方が難しいくらい、普及している」

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