カズロック
ライプスブルグ王国、そこはちょっと前にそこの王女が来た内乱中の国だった。
嘉隆はそんな事は関係無く、既に行く事を決定していた。
どうにか説得を試みたが、どれも失敗。
最後の手段として、僕も行く事にした。
魔族嫌いの王族の国へ、魔王が訪れる。
公にしてしまえば、それこそ内政干渉とも取られかねない。
だからこそ、少人数で頼れる人に頼る事にした。
以前、安土にやって来た第三王女のキルシェ。
彼女は愚姫と呼ばれながらも、他国の王バスティからも覚えられているくらいの人間だったらしい。
元々は手助けをするという約束だった。
それなら内乱に巻き込まれない程度に、少しくらい手を貸しても問題無いだろう。
安土に戻らない事を又左達に伝えに行くと、そこはただの宴会場となっていた。
太田は酒で顔を真っ赤にしていて、又左は腹芸をしていたのか上半身裸で腹に顔が書いてある。
話しても、覚えているか分からない連中に言っても仕方ない。
僕はハクトに一緒に行かないかと誘い、宴会場と化した部屋を出ようとした。
そこに流れるロックの声。
壁が破壊されるとそこから現れたのは、ギターを持った蘭丸とベースを持ったロックだった。
何してるんだコイツ等。
しかも、ご丁寧にアンプまで用意してある。
コバが作ったのか?
それとも一益?
「ハクトっち!俺達の練習の成果、今こそ見せる時だぜぇ!」
何処で手に入れたのか。
ビジュアル系バンドのように化粧をしたロックが、マイクでハクトを呼び出している。
宴会場に居た連中は、全員目が点になっていた。
「ハクト殿、呼ばれているが行かないのか?」
「えっ?いや、その・・・」
あまりに大勢の注目を浴びて、ハクトは前に出るのを躊躇していた。
しかし、それを後押しする連中が居た。
「ハクト!お前は良いよなぁ!魔王様から名前貰って。だから前へ行け」
「そうですよ。ワタクシ、何をするか知りませんが気になります。興味が湧けば、伝記にも書き残すかもしれませんよ?」
又左の言い分は全く分からないが、太田は単純に興味があるようだ。
名前貰って羨ましいから、前へ行け。
どういう理屈だ。
酔っ払い恐るべし。
「この前は途中で止まっちゃったし、僕も今度こそ最後までやってるの見たいから。頑張ってきなよ」
背中を押して前へとやると、ようやく自分の足で歩き始めた。
「よく来たマイボーカル!彼が俺っちのバンド、戦国大名の歌い手、ハクトだぁ!!!」
よく分かってない連中が、何故か盛り上がって手を上げている。
野太い声なのは、ハクトと蘭丸にしては少し珍しい気もするけど。
「行くぜ!この世界でのマイドリーム!俺っちはバンドを成功させたい!」
よく分からないフリから入ったが、蘭丸がギターを弾き始めた。
うぅ、上手いな。
本当に練習していたらしい。
僕も昔は、バンドアニメの影響でギターを弾こうとした事があった。
その結果、Fのコードが押さえられないという理由で断念した。
今思えば、友人達を巻き込んでいれば、ベースでも良かったと思っている。
一人でベースをボンボン鳴らしても、何を弾いてるか分からないし。
ギターをやってる友達が居れば、少しは違ったかもしれない。
「フゥ!蘭ちゅあん、かなり上手くなってるねぇ!」
ウゼェ。
ロックの言い方がとことんウザい。
イラッとする事この上無いが、ベースは普通に上手かった。
それが余計に腹立つな。
「ハクトっち!良いよぉ!やっぱりキミは華がある!フゥワ!フゥワ!」
その合いの手がムカつくが、確かにハクトは歌が上手かった。
気付くと宴会場の皆も立ち上がり、酒瓶を片手にそのリズムに乗っている。
又左達も手拍子をしていて、楽しそうだ。
一曲目が終わると、ちょっとしたトークをしてすぐに曲が始まった。
ただ、気になった事がある。
ドラムの音が後ろから流れているのだ。
おそらくはコバがドラムを作ったのか。
もしくは、コンピューターで打ち込みをしたものを流していると思われるのだが。
どっちにしても、よくこの短時間に使ったなと思ったのだ。
間奏に入り、まずはギターのソロが始まった。
蘭丸のソロに、何処からか入ってきたドワーフやハーフ獣人の女性達はうっとりしている。
次にベースソロになり、少し真面目な顔を見せたロックは、野郎共には人気だった。
そして最後、ドラムのソロが始まったのだが、それが圧巻だった。
何故ならそれは生音で、叩いている人を見た連中は、皆呆気に取られたからだ。
「ヘイ!ここでスペシャルゲストの登場だ!コバよろすぃく!」
スモークが焚かれ、壊れた壁の方から誰かが何かを押してきた。
煙の奥で、誰かがドラムを叩いているのが見えるのだが、誰だかまだ分からない。
皆も気になるようで、さっきまで盛り上がっていた連中も静かに見守っていた。
そして、スモークが薄くなりそこから現れた人物を見て、皆は反応した。
片や驚き、片や感動をしている。
そしてドワーフ達は、その怒号のような歓声で迎え入れた。
その人物がドラムを叩いている姿を見て、泣いているドワーフも居る。
ドラムソロが終わると、何故か一瞬だけ曲が止まる。
そこでドラマーが言った。
「我、参上!」
その一言だけでドワーフ達は盛り上がり、辺りは酒が空を舞っていた。
「アニキ!なんかスッゲーのやってるぜ!」
「アレ、滝川一益様だろ。見た事無い物を叩いているが、確かにカッコ良いな」
イチエモンとゴエモンが、石川一家を引き連れてやって来た。
彼等は別の部屋で食事をしていたらしいが、あまりの盛り上がりに気になってこっちに来たらしい。
しかし、一益は何故あんなにドラムが叩けるんだ?
ハッキリ言って、凄い上手いぞ。
「流石はおじさんだ」
「流石ってどういう事?」
「あの人は、太鼓の達人なんです。楽しい事と面白い事が好きなので、上野国は祭りをよく開催しています。領主自らが叩く大太鼓は、祭りでも盛り上がる時間なんですよ。オレもじいじと祭りに来てたから、よく覚えてます」
「その通りである」
「コバ?こっち来て良いの?」
てっきり裏方作業に徹しているのかと思ったのに。
酒を片手に音楽を楽しんでいた。
「吾輩が準備したのは、楽器類とマイクやアンプだけ。素材は一益が用意してくれた物を使ったのだ」
「それにしてはこんな短時間でよく作れたな」
「一益が、ドワーフの鍛治師達を総動員したのである。本来なら知らない物だろうに、ロックの的確な指示ですぐに完成したのだ。彼奴、普段は仕事しないのに、こういう時は張り切りおる」
総動員って・・・。
そんなに暇じゃないだろうに。
少しだけ鍛治師達に同情する。
「ロックが試しにドラムを叩くと、一益がすぐに真似てな。それを見たロックが、一益を持ち上げまくった結果がコレである」
「なるほど。面白い事には何でも興味を持つのか。一益らしいと言えば、一益らしい」
「しかしドワーフの技術を間近で見たが、なかなか凄いな。現代技術とは全く違うが、少し感動したのである」
まさかコバが他人を褒めるとは。
正直、そっちの方が感動だぞ。
「スペシャルゲスト、カズでした〜!皆、拍手よろすぃく!俺達カズロックは、ソウルで繋がったベストフレンドだから。今日はこれにて終わりで候。またの機会に、聞いてくれると俺っち嬉しいです!」
「どうやら、これで終わりのようであるな」
二曲目が終わって三曲目をやるかと思ったが、練習が足りないらしい。
一益が叩けるだけ驚きだが、鍛錬の合間にしか練習してない蘭丸達も、あんまり習得している曲が無いのだろう。
凄い盛り上がりを見せる中で終わるのは忍びないが、ここで演奏は終わりを迎えた。
「マオー!これは何だ!こんな音楽は初めてだよ!」
盛り上がったドワーフと肩を組んで歩いてきたのは、バスティだった。
ドワーフは相手が誰だか分かっているのか不明だが、一緒に酒を酌み交わしている。
「アレは召喚者達の世界にある音楽、ロックンロールだね」
「ロックンロール!ロックがロックンロール!」
少しテンションがヒャッハーに近いドワーフが、バスティのグラスになみなみと酒を注ぐ。
「ブハァ!酒は美味いし人も良い。そしてロックンロールが聞けた。上野国、楽しいなぁ」
「ハッハー!アンタみたいな人に気に入ってもらえて、俺達も嬉しいよ!」
「え?そう?アハハハ!!楽しい事は良い事だ。滝川殿の言っている事は、私も好きだねぇ」
ガハハと笑うドワーフと意気投合するバスティ。
なかなか見られない光景だと思ったが、メイド達の反応を見ると珍しい事ではないらしい。
「それじゃマオー、私はまたこの人達と飲んでくる。アディオス!」
「どうだった?俺っち達の演奏は!?」
大勢の人に囲まれたロック達が、それを掻き分けてこっちにやって来た。
ロックは汗まみれだが、蘭丸はそうでもない。
・・・年齢かな?
「いや〜、凄かったな。どれだけ凄いかは、お前等が直に感じたんじゃないか?」
「あ、そう?分かっちゃう?ナハハハ!!俺っち、さっきので確信したわ。この世界でバンドは通用するってね!」
「我もこんな太鼓は初めて叩いたわ!コレ、貰っていいか?」
「イェース!モチのロンであげちゃうよぉ!もっと練習して、他の曲もやろうよ!」
弱小芸能プロの社長をしていたロックだが、その言い分はかつてない手応えを感じたようだ。
ぶっちゃけ日本に居た頃より、今の方が売れる自信があると言うくらいだ。
大袈裟な気もするが、ただ蘭丸やハクトの人気を持ってすれば、あながち間違ってない気もする。
「で、お前達二人はどうだったんだ?」
軽く汗を拭いて、酒ではなくお茶を飲む蘭丸。
そして同じくお茶を何杯も飲んでいるハクトに尋ねてみた。
「そうだな。楽しくないと言えば、嘘になるかな」
「僕も、大勢の人がこんなに楽しんでくれるのは、恥ずかしいけど嬉しい気もする」
嫌々だったらこれっきりにしようと思ったけど、そうではないらしい。
だったら、別に僕が止める理由は無いな。
「二人とも、乗り気じゃない!俺っち嬉しいわ!」
少しオカマっぽい言い方だけど、それだけ嬉しいんだろう。
だけど、次の言葉は看過出来なかった。
「じゃあ、今後はこれをメインにやっていこうか?」
「メイン?」
「バンドを仕事にするって事」
「これは仕事じゃないだろう?」
蘭丸の中では、あくまでも趣味の一環としてやっている。
ハクトも同じ意見だった。
しかしロックとしては、芸能プロの社長として、これを仕事にして金を稼ぎたいという気持ちがあった。
両者の根本的な考えは、趣味と仕事という根本的な所で違っていたのだ。
「だって俺っち、本来はこれが仕事だし」
「今の仕事はコバ殿の護衛だろう?」
「そ、それはそうなんだけど。でも俺っちはこの世界で、初めての芸能プロを立ち上げたいんだよおぉぉぉ!!」
「そうなのか?じゃあ、頑張ってくれ」
蘭丸の呆気ない返事に、空いた口が塞がらないロック。
アッサリと振られてしまい、涙目になっている。
ついでに僕としても、気になる点があった。
「ちょっといい?そもそもこのバンド、ドラマーが居ないじゃない」
「ドラマー?それはカズがやってくれるでしょ」
「我もこのロックンロールは楽しいと思うぞ!」
「でしょ!?ほら、本人も言ってるし」
「お前等、忘れてる事無い?」
「忘れてる事?バンド名は決まったし、特に無いと思うけど」
「戦国大名とかいう、クソダサい名前か?そもそもロックとハクトは大名じゃないし。付け加えれば、蘭丸も大名じゃないからな」
「えっ!?森蘭丸って大名じゃないの!?」
やっぱり知らんかったか。
この名前だと、滝川一益がリーダーのワンマンバンドっぽくなってしまう気がする。
「まあ、名前に関しては置いといて。それよりも大事な事があるだろ」
「そんなのある?」
「我もちょっと分からんなあ」
「お前等なぁ。だって上野国離れたら、解散だろ?領主がバンドの為に各地を回るなんて、そんなのあり得ないだろ」