嘉隆の悩み
正気を取り戻した滝川一益。
ドランは泣きながら喜んだ。
金と利益に関わる事は、部下にやらせれば良いという一益の考えは、少しだけ僕に影響を与えた。
安土でもそうしようと思う。
一益の宣言により、敵から客へと転じた僕等。
バスティはうどんを求めて街を歩き、コバ達はドワーフの作るミスリル製品に興味があるようだった。
そんな中、本来の護衛であるロックの姿が見当たらない。
すると先程と同じように、外部への放送が流れ始めた。
ロックが城に押し掛けているから、さっさと引き取りに来い。
内容はこんな感じだが、明らかに迷惑を掛けていた。
渋々コバ達を連れて城へ向かうと、そこには酔っ払った一益とロックが出迎えてくれた。
天才ともてはやされるコバは、結局中へ入っていった。
城を出た僕は、うどんを探しに街へ出た。
嘉隆の案内でバスティ達とうどんを食べながら、嘉隆の悩みを聞く事にした。
彼女は祖父を探しているのだが、一益にも居場所は分からなかった。
河童達が領地は任せろと言うので、下流を探そうという話になったのだが、その下流にある場所はライプスブルクというヒト族の治める国だった。
「ライプスブルク?」
それって、あのおっさん王女の国だよな。
此処って、今問題になっていたような?
「それはマズイですねぇ」
「マズイのは分かっている!いや、います。あの国は魔族嫌いで有名だから」
「違いますよ。あの国は今、内乱の最中です。魔族との共存という変革を求める改革派と、ヒト族以外は敵という考えの現状維持派。大きく揺れているんですよ〜」
「それなら好都合じゃないか!改革派のような者達が居るなら、祖父も助かっているかもしれない」
確かにそうかもしれないけど、僕の考えが甘いのかな?
悪い方に考えると、既に生きていない気もする。
「お嬢さん。いや、嘉隆殿。ハッキリと言っておこう。もし現状維持派が捕らえていたら、魔族との関係を断つという名目も含めて、民衆の前で処刑されていてもおかしくない。悪いが、希望は持たない事だ」
あぁ、僕が考えていた悪い方向の事を、全てぶちまけてしまった。
ハッキリ言った方が良かったのかな?
「だが、改革派に見つかっていたのなら、匿ってもらっているかもしれない。オレはこの目で見るまでは、信じないからな、です」
「そう思いたいのは分かるんだけど。でもお嬢さん、魔族を嫌っている国に行くなんて、自殺行為だよ?マオーからも何か言ってあげなよ」
僕に話を振るなよ。
って思ったけど、この性格だ。
何が何でも行く気がする。
「先に言っておくけど、安土の連中は連れ出せないぞ?」
「別に犬に期待してないです」
安土の連中って、又左だけじゃないんだけど。
「河童達も大半は帰るんだろう?どうやって行くつもりなんだ?」
「川を下れば着くはず。船は無くても、泳げば行けます」
何キロ泳ぐつもりしてるんだ。
厩橋城を攻めてる時から思ったが、結構考え無しに動いている気がする。
「現状維持派に会ったら、どんな目に遭うか分からないぞ。行ったところで五分五分だし、改革派が匿っている事を期待して、待ってた方が良いんじゃないか?」
「じゃあオレも改革派に拾ってもらいます」
駄目だ。
何言っても聞かない。
頑固というより、子供が意固地になっている気分だ。
「とりあえず、一益が下流の村に聞いてくれたりしてるんだろ?それからでも良いじゃない。昨日まで此処で戦闘をしていたんだ。疲れだってあるはず。もう少し気持ちを落ち着けて、ゆっくりしてからでも良いと思うぞ?」
「自分だけなら、疲れてないです。だってオレ、戦ってないし」
「そうね。戦ってたのは周りの河童達だね。でも指示くらいは、自分で出してたでしょうよ。少しは気を使ったでしょうよ。精神的な疲れだってあるはずだよ。お爺さんを大切に思うのは素晴らしいけど、自分を蔑ろにしちゃ駄目でしょ」
「うーん・・・」
これだけ言っても聞かないか。
正直なところ、会った事が無い僕には先代の事なんかどうでも良いのだ。
僕の心配は、魔族の事が嫌いな国に、河童とはいえ美人なお姉さんが一人で行くのはどうかという事なのだ。
万が一、今この場で引き止められなかったせいで、彼女の人生が狂う事になったら・・・。
奴隷になるかもしれないし、それこそさっき話したように処刑だってあり得る。
それを僕が後から知ったら、確実に後悔とトラウマになって残る事必至だ。
「マオー、どうするのさ。彼女、本気だよ」
「おっさん、人に言う前に自分はどうなのよ?」
「私はほら、他国の王だしねぇ。内政干渉になって、外交問題になっても困るし」
よく言うよ。
帝国の外向けの発表では、病気で表舞台に出てこれないって扱いなのに。
息子に簒奪されたって、知られなくないだけだろ。
なんて心の中で思ってたんだけど、顔に出てたのか?
その通りだよと、素直に認められてしまった。
認められちゃうと、ハッキリ言いづらいものがある。
こうなったら、最終手段だな。
「嘉隆はもう止められない」
「じゃあ、どうするのさ。マオーはこのまま、彼女を引き止めるのをやめるのかい?」
「引き止めるのはやめる」
「引き止めるのは?」
「僕も一緒に行こう」
「えぇ!?」
実はその考え、兄がずっと頭の中で言っていた案だった。
僕としてはこのおっさんが安土に来る事で、帝国の動きが怪しくなる事を考慮して、あまり離れたくはなかったんだけど。
でも長可さんを筆頭に、しっかりしている人達も多い。
こういう時だし、頼っても良いんじゃないかとも思った。
「マオー、それはちょっとズルくない?だったら私も行きたいよ」
「おい、おっさん。アンタの身柄は、こっちからしたら爆弾なんだぞ。王子が、魔族に国王が誘拐された!なんて言ってみなよ。僕達、世間では悪者になるからね。だからすぐに弁明出来るように、安土でおとなしくしてろよ」
「でもマオーが行ったら、魔族嫌いの国へ侵略しに来た〜!って、それこそ大騒ぎになるんじゃないの?」
「だからこそ、改革派に頼る」
「頼るって、ヒト族嫌いの国の人間と、知り合いなんているのかい?」
「フッフッフ。それが、居るんだなぁ!」
またまた冗談を。
そんな態度で本気にしていないバスティだったが、本当に居るから否定しなかったからか、少し驚いている。
「まさか、本当にいるの?」
「少し前にさ、王国の王女が安土に遊びに来た」
「えっ!本当に!?」
「この状況で冗談なんか言わないよ。名前はキルシェブリューテ。第三王女だったかな?」
「彼女かぁ。だったらその話、信じても良いかもしれない」
何かを思案してから、急に考えが変わったようだ。
ズルいとも言わず、むしろ賛同し始めた。
「何故、急に考えを変えたんだ?」
「私は、彼女がまだ幼かった頃に会っているんだけどね。今は愚姫、なんて呼ばれ方をしているけど、私の感想は全くの正反対だ」
「正反対?」
「マオーは、彼女と会ってどう思った?私はね、彼女が十歳前後の頃に会ったけど、随分と大人びた考えを持つ子だなと思ったよ」
そりゃ、中身はアラサーのおっさんだからな。
十歳前後の頃なら、アラフォー入ってるだろう。
大人びたというより、完全におっさんだよ。
なんて言えないけど。
「どう思ったっていうと、変わった考えをするなとは思ったよ。でも、出来なくはない。彼女の話が突拍子も無くて、荒唐無稽だと笑う連中が居るのは知ってる。でも、ああいうのが時代の先駆者になるんじゃない?」
「お、おぉ!マオーも子供なのにねぇ。今まさに、彼女に会った時と同じ感覚を思い出したよ」
同じ時代の同じ国。
年齢はちょっと違うけど、成人しているという点では同じかな。
それを考えると、彼女?おっさん?まあどっちでも良いや。
キルシェとは似通った点が多いのも分かる。
「そんな彼女だが、安土に来た理由は、僕に助けを求めてきたんだ。ハッキリとは言えないけど、それが成功すれば彼女は、国内外問わずにかなり大きな影響を及ぼすのは確定だよ」
「ふむ、それを手助けしてほしいと言われたかな?私の所に来なかったのは残念だが、彼女の中では魔族に頼る事が前提だったのかもしれないね」
「まあ、それは彼女が王国を改革出来たら教えるよ。下手したら、手助けどころか亡命すらしかねない状況だしね」
「それは確かにね」
フフッと軽く笑うと、彼は僕が行く事に賛成した。
横で聞いているだけだった嘉隆は、僕が行くと言ってから思考停止しているみたいだ。
さっきから何も言わなくなってしまった。
大丈夫かな?
「ハッ!オレ、いきなり変な事を言われて、頭が追いつかなくなってしまった」
「僕も行くからには、安全だと思いたまえ」
なんて言ったけど、流石に二人旅は危険。
男女の中を気にしているかって?
違う違う!
戦える人が圧倒的に少ないという点だ。
ま、候補者は既に決まってるんだけど。
後で紹介しておこう。
「というわけで、安土に戻らなくなりました」
厩橋城へ行くと、やはり宴会になっていた。
又左や慶次、それに太田と佐藤も加わり、もはや収拾がつかない。
僕の話なんか、聞こえてなさそうだ。
「ワタクシは行きますよ!絶対について行きます!」
赤い顔した大男が、大声で叫んでいる。
「私も行きたいよ〜!でも、駄目なんだろうなぁ」
又左は上半身裸で、腹に顔が書いてある。
さっきまで芸をやってたのは確実だな。
この様子だと、今は何を言っても駄目な気がする。
明日になったら、覚えてない奴の方が多そうだ。
酔ってないのは、ハクトくらいか?
「どうしたの?安土に帰らないって、どういう事?」
ハクトに嘉隆の件を話すと、彼は理解を示してくれた。
「それなら行った方が良いね。マオくんが一緒なら、九鬼さんも安全だろうし」
「そう言ってくれると助かるよ」
あ、今良い事思いついた。
上手くいけば王国の半数は、魔族嫌いから考えを改めさせる事が出来そうな予感。
「ハクトもさ、一緒に行かないか?」
「僕が!?僕なんかが行っても、役に立たないよ。戦闘なんかほとんど出来ないし」
「そうか?オレはお前達二人が凄いと思ったぞ?」
「九鬼さん!」
後ろから嘉隆が話し掛けてきた。
僕が一緒に行くと言ったからか、今すぐ行くと意固地だった態度も、かなり軟化してくれた。
今では城に一緒に来てくれるくらいだ。
「凄いって?」
「二人とも、不安定な船上から弓矢を上手く射っていただろう?」
そういえば、蘭丸とハクトの弓の腕前に驚いてたな。
河童達には、この二人ほど上手い弓使いは居なかった。
「本人のお墨付きだ。明日までに考えといてくれ。ちなみに蘭丸も誘う予定だから」
「いや、僕は行くよ。今まで、戦力として必要だなんて言われた事無かったし。必要としてくれるなら、僕は一緒に行きたい!」
うっ!
僕の考えと違うから、ちょっと心が痛むな。
だけど、嘉隆は戦力として見てるんだから、間違ってはいない。
という事にしておこう。
「ところで蘭丸は?」
「結構前から居ないんだよね。コバさんと此処の領主様、それにロックさんと何処か行っちゃった」
四人で?
何か嫌な予感がする。
まさか、一益とロックがあんなに意気投合するとは思わなかったからな。
何処で波長が合うか、やっぱり分からないものだ。
『レディースアンドジェントルマン!』
「何これ?」
城の中に響き渡るロックの声。
マイク?を使って、城内放送をしているらしい。
『今からこの世界に、新しい風を吹かせてやるぜ!』
『フハハハ!面白い!ロック、やはりお前はワシに新しい事を教えてくれる。盛大にやれぃ!』
どうやら、領主公認のイベントになっているようだ。
飲んでいる連中は、何が起きているか分かっていない。
『行くぜ!蘭丸、カモーン!』
蘭丸?
聞き間違いじゃないよな?
僕はそんな事を考えていると、僕達が飲んでいる部屋の壁が、急に爆発した。
流石にこれには全員が驚き、煙が上がっている壁の方向を凝視している。
煙が晴れると、立っていたのはギターを持った蘭丸と、ベースを持ったロックだった。
「俺っちのバンド、戦国大名だ!ハクトっち、カモンベイベー!俺達のデビューは今だぜぇ!!」