厩橋散策
ヤバイと思った。
絡まった糸や紐を解いたり、針の穴に糸を通すような作業は、僕が最も苦手とする分野だったからだ。
難しいかもと悩んでいたところ、兄が出来なくはないと言ってきた。
幸いな事に兄は、精神魔法を使っている僕を通して、手を動かす事は出来た。
兄が洗脳を解いていると、思ったよりマズイ状況になっていた。
僕の目の前で一益と力比べをしている又左が、押され始めているのだ。
代わりに太田達、大槌を抑えている連中は楽になっていた。
それを考えると、魔力配分が変わったと見受けられた。
再び均等になった力比べで、僕は気付いた事があった。
絡まった紐や糸の中で唯一変わらない存在。
それが黒い紐だった。
これさえ解けば、洗脳が解けるはず。
洗脳を解く邪魔をさせない為、一益の興味をそそるコバの技術に関して話すと、彼は凄い興味を示した。
どうせだからちょっとした僕の考えも織り混ぜて話をすると、彼は興奮して聞く。
帝国と手を切って、安土と組もうよ。
そんな誘いをしていた時、兄はとうとう黒い紐だけを解く事に成功。
すると一益は、利益よりも興味が勝り、安土と与する事を約束したのだった。
「今の言葉、間違いないな!?」
「勿論だ。上野国は安土と共同で、新しい技術の獲得に力を注ぐ!」
自ら手を離し、組み合っていた又左との手を、今度は握手として求めてきた。
又左は一益の目を見て、その握手に応じた。
「う、うおぉぉぉ!!我が主が戻ってきた!あの鍛治一筋で頑固なオヤジ殿が・・・」
「頑固は余計だ。だが、何だろうな。頭がスッキリした。余計な事に気を使わなくて済んだような、考えたくもない事を頭から消し去ったような。そんな気分だ」
ドランは大槌から手を離し、大声で泣きながら喜んだ。
一益はそれを見て、暑苦しそうな顔をしているが、嫌ではないといった感じだ。
「そりゃ洗脳が解けたからだろう。鍛治一筋だったってドランが言っていたけど、さっきまではお金だ利益だ、そんな事ばっかり言ってたからね」
「なんだと!?そんなもんは、下の連中が考えれば良い!我は良い物新しい物、そして面白い物が作れれば、どうでも良いのだ。さっきの言葉、期待しているぞ」
「魔王様!それよりも、外の連中を止めましょう!」
太田が慌てて言ってきた。
そういえば忘れてた!
「もっと戦っていても、良かったでござるよ」
そんな事を言っている慶次だが、その言葉とは裏腹に槍はボロボロだった。
やはりドワーフ達が装備しているミスリルには、僕が作った装備では勝てないらしい。
「慶次!この野郎、余計な事を言うな!阿久野くん。俺は疲れたよ・・・」
ヘリからの落下に始まった佐藤さんの作戦は、体力よりも精神力がボロボロみたいだ。
身体にも多少の怪我はあるが、この疲労の具合はそっちではないのだろうと思う。
慶次に率いさせたハーフ獣人の女性達も、致命傷を負った者は居なかった。
普段から、又左の指導が行き届いている証拠だろう。
彼女達も疲労はしていたが、会話が出来るくらいの余裕はあるらしい。
多分、この中で一番疲れているのは、佐藤さんだな。
「今後、我が上野国は、安土並びに魔族連合と共に歩む事にする!」
翌日になり、一益から領民へ発表された。
どういう仕組みなのか、厩橋全体に一益の声が響き渡る。
あ、マイクみたいな物を持っているじゃないか!
という事は、そういう仕掛けが街にも広がっているという事か。
「今を以て、敵ではなく客人として扱え」
その言葉を聞いたドワーフ達は、閉めていた戸を開き、外へ出てくる。
宿や店を開店させて、僕等に声を掛けてきた。
掌返しが半端ない。
物凄い商魂逞しいな。
「一件落着だねぇ」
外で待機していた帝国の国王バスティも、街中をゆっくり歩きながら合流してきた。
周りをキョロキョロ見ながら、何かを探している。
「何か探し物?聞いてみれば良いんじゃない?」
「うん、そうだね。ただ、名前が思い出せないんだよ。何種類かあったから、どれか分からないんだよねぇ」
「何それ?」
「うどん」
「うどん!?」
コイツ、神経図太いな。
戦闘が終わって間もないのに、もう食べる事考えてる。
手伝おうかと思ったけど、やめだ!
「此処があのミスリル装備を作った街か。興味深いのである」
「マオくん!やったね!」
コバ達もやって来た。
戦闘が終わったからか、ハクトはテンションが高い。
それとは逆に、テンションが低いのは蘭丸だった。
「俺、何もしてなくない?」
「バッカ!お前、護衛が活躍するような事があったら、逆にマズイって。コバに何事も無かったのは、護衛がしっかりしてたからだよ。何もしてないなんて事は無い!」
なんて、見てもいない事を言ってみる。
気休めだけど、それでも効果はあったみたいだ。
少しは元気になったので、戻るまではコバの護衛だからと念を押しておいた。
そして、本来の護衛役が見当たらない。
「ロックは何処行ったの?」
「知らん。戦闘終了の放送が流れたと思ったら、急いで中へ入っていったのである。問題を起こす事は無いと思うが・・・」
ピンポンパンポーン!
『おい、魔王様よ!城に厄介な男が来ている!急いで戻ってきてほしい!』
『おあぁぁ!!コレ、マイクっすよね!スピーカーは何処!?俺っちにコレ、売って下さい!』
『やかましい!』
『ぶげっ!』
『早くコイツを引き取ってくれ!』
ブツン!
「めっちゃ問題起こしてるじゃないか!これ、本来なら外交問題レベルだぞ!」
「・・・さて、吾輩も街の散策に行くとしよう」
「俺達も護衛しないと・・・」
「オイィィィ!!お前の護衛だろ!」
「え?吾輩の護衛はこの二人だが?」
蘭丸とハクトの事を指して、惚けた顔をしている。
コイツ、無かった事にしようとしてやがる。
「早く行かないと、大変なんじゃないか?」
「この野郎!あっ!」
思い出したわ。
一益がコバと会いたがってたんだった。
これは連れて行かねばなるまい。
僕はコバの腕を取り、良い笑顔で言ってやった。
「滝川一益が、お前に会いたいんだって!ロックを迎えに行くついでで良かったな」
「なんだそれは!待て!吾輩はこの街の散策を・・・」
「こうなったら、行くしかないでしょうね」
「仕方ない。行くか」
諦めた蘭丸達も手伝って、コバを引きずって厩橋城へと向かった。
「魔王様!ちょっとマズイですよ!」
ドランの出迎えで、早々にマズイと言われてしまった。
「ロックが何かやらかした?」
「いや、酒飲んでます」
「ハァ!?」
意味が分からない。
アイツ、何してんの?
「ワシは止めました。ああなったら、もう朝まで飲みますよ」
「吾輩、帰っても良いのでは?」
クルッと回って城から出ようとすると、無駄に良い声が聞こえてきた。
「あぁ、コバ!よく来てくれた!ヘイ、カズ!俺っちが護衛している、ドクターコバだぜぃ!」
「ロックよ!これが噂に名高い天才ドクターコバか!」
片手に一升瓶を持った二人が、肩を組んでこっちに歩いてくる。
明らかに酔っ払いだ。
テンションが高くて、絡みたくない。
横を見ると、物凄く嫌そうな顔をしたコバが居た。
「世界最高の科学者、コバ殿だな!我の作ったミスリルと、お前が作ったクリスタルの武器。掛け合わせれば、面白いと思わんか!?」
「うん?何だその話は?」
そういえばコバを連れてきた理由を、ちゃんと説明してなかったんだった。
「彼がお前に会いたがってた理由。この話がしたかったからなんだが」
「昨日、猫田氏からカメラの映像を見せてもらった。あの大槌の事だな」
猫田さん?
そういえば戦闘には参加してなかったけど、まさかカメラ係なんかやってたのか。
「どうだ?興味はないかね?」
「うむ、それならそうと最初から言ってくれたまえ」
コバはスタスタと城の中へ入っていった。
蘭丸達も後ろについている。
このまま飲み会かな・・・。
僕は酒飲めないから、あそこで別れた。
何故か国王が言っていたうどんが気になったので、街中を散策する事にしたからだ。
「マオーじゃないか。城に行ったんじゃないの?」
「バスティか。うどん見つかった?」
「いやー、分からないんだよねぇ」
何種類かあるって言っても、店自体はそんな無いと思うんだけど。
どうせだからと一緒に歩いていると、知っていそうな人を見つけた。
元気が無さげだけど、話を聞くくらいなら出来るかな?
「嘉隆!」
「ん?あぁ、魔王様か」
やっぱり元気が無い。
他の河童達は居ない。
一人で歩いているが、美人だからか結構色々な人が振り返っていた。
「元気無いねぇ。どうだい、私と食事でも?」
おっさんがナンパしてるように聞こえる。
メイドが何も言わないから、問題は無いと思うけど。
「おっさんは置いといて。それにしても本当に元気無いね。どうかした?」
「じいじ、祖父の事なんですが・・・」
なるほど。
正気を取り戻した一益から、何かを聞いたんだな。
「道の真ん中で、そういう話をするのも微妙だね。やっぱり食事をしながらにしようか」
「でも、店分からないんでしょ」
「何の店ですか?」
「うどんなんだけど」
嘉隆なら、小さい頃から此処に来た経験があるから、知っていてもおかしくない。
そして案の定、知っているっぽい。
「うどんというと、ひもかわとか水沢かな?」
「あっ!それだ!」
「どっちですか?ひもかわは物凄く平べったいです。水沢は逆に少し細くてコシがあります」
「私が食べたのは水沢だね。平べったいうどんは食べた事無いなぁ」
「どっち行きます?」
「今日は水沢うどんにしよう」
バスティの決定で、水沢うどんのお店に行く事になった。
うどん美味い!
日本に居た頃に食べてたのと比べても、遜色ないどころかこっちの方が好みかもしれない。
こりゃ、他国の国王もハマるわけだ。
さて、食事も終わった事だし、そろそろ嘉隆の話を聞くべきだろう。
「やっぱり聞いたんだろ?どうだった?」
「それが、本当に知らないと言われてしまって・・・。最初は滝川のおじさんが、じいじを城に隠してると思ってたんだけど。そうすると、本当に何処かに流されちゃったのかもしれない」
「川の近くで誰か見たりしてないのかな?」
「その話をしたら、おじさんが領民に聞いてみるって言ってくれて。でも、かなり時間も経ってるし、今まで帰ってこないなら、本当に川に流されて・・・」
河童の水死体なんか見つかれば、それはそれで珍しくて話題になりそうな気もするけど。
ネガティブ思考になっている嘉隆は、ちょっと涙が見えている。
「オゥ・・・。綺麗なお嬢さんに涙は似合わないですよ〜。私は綺麗なお嬢さんなら、嬉し涙以外は見たくありませんねぇ」
うわぁ、歯の浮くセリフをよく言えるものだ。
だけど、少しは気を紛らわせる効果はあるらしい。
少しだけ苦笑いをして、涙を拭いた。
「あのさ、だったら一益に頼んで、川を下流に流れて行ってみれば?川沿いの村とかに聞いて回れば、目撃情報出てくるんじゃない?」
「それもそうなんですが、オレ達も領地があるので、長期間は離れられないです」
「あー、そういう理由もあるのか。誰か代理を立てられない?」
「亡くなった兄の息子なら居ますが、小さいのでちょっと・・・」
「亡くなった?」
「前魔王様についていって、帰ってきませんでした」
またか!
仙人の所では凄い人物だって聞いたけど、やっぱりあまり良い噂は聞かないな。
「ちょっと待ったぁ!あっし等が志摩を守りやすぜ。お嬢は先代を探しに行ってくだせぇ!」
どうやら、同じ店に河童達が来ていたようだ。
漬物で出てきた胡瓜をかじりながら、嘉隆を説得している。
セリフは良いと思うのだが、ポリポリと胡瓜をかじる音が聞こえて台無しだと思う。
「分かった。お前達、志摩は頼んだよ!」
「ガッテンでぃ!」
気合の入った返事だが、やはり胡瓜が気になってしまった。
食べるのをやめてから話せば良いのに。
「ところでさ、その川は上野国の下流を越えると、何処に行くんだ?」
「ライプスブルク王国という、ヒト族の国になります」