一益の興味
又左は気を失って、動かなくなってしまった。
魔力で大槌を操作する。
それを兄も出来るのか気になったらしく、教えてくれるか聞いていた。
まあ予想通り教えてもらえなかったのだが、昔は皆が知っていたらしい。
教えてくれなかったのは、部下を考慮しての事。
部下を処分したと思ったら、危険な事はさせたくない。
矛盾した言動に、洗脳が不安定だと感じた。
ミスリルで作ったバットで大槌と打ち合ったが、やはり大槌は作りが違った。
バットはヒビが入るので、すぐに作り直すという作業の繰り返しだった。
兄が戦っていると、外に居たはずの太田とドランがやって来た。
兄の作戦は大槌を奪い取る事。
投げられた大槌を、太田に力ずくで抑えさせた。
しかし大槌は一つではなかった。
ドランが追加の投げられた大槌を抑えている。
兄は大槌が三つまでしか扱えない事を見破ったが、そこで考えたのは、一益の意識を奪わずにそのまま洗脳を解く事だった。
大槌を避けるのに精一杯だった僕に、嘉隆は河童達に大槌を抑え込むよう命令を下した。
自由になった僕が見たのは、こんがらがっているような、複雑に絡み合った糸だった。
「どうですか!?解けそうですか!?」
ドランが大槌を必死に抑えながら、聞いてきた。
彼からしたら、主君が元に戻るか戻らないかという瀬戸際だ。
気にするのは分かる。
だが、何と言えば良いんだ?
【普通に解けそうで良いんじゃないの?】
解けない事は無いと思う。
だけど、凄く時間が掛かる。
ハッキリ言って、絡まった紐を解くのが本当に苦手だ。
他にも、針の穴に糸を通すような作業も向いていない。
正直なところ、短時間でやるのは無理じゃないかと思ってる。
【じゃあ、そう答えるのかよ!お前に掛かってるんだぞ!?】
じゃあ、兄さんはこの目の前の紐を解く事出来るのかよ!
【出来る!と思う。集中させてくれれば、何とかなるはず】
マジか!
「何とかなるかもしれない!皆、キツイと思うが、終わるまで堪えてくれ」
ようやく僕からの返事が聞けた事で、全員に気力が戻ってきた。
「よし!お前等、他の皆は一人で堪えてるんだ!お前達が一番最初に根を上げたら、許さないからな!」
「お嬢、任せてくだせぇ!」
「太田殿はどうだ?一番最初に抑えたのだ。体力は残っているか?」
「お任せを。魔王様の命令とあらば、不可能を可能にもしてみせますぞ!」
「私も大丈夫だ。主君の為にも、死ぬ気でやらせてもらう!」
河童に太田、ドランは問題無い。
心配なのは、又左だろう。
又左は獣人の中でも強い方だが、腕力があるわけではない。
対して一益は、異常な腕の太さをしたドワーフだ。
普通なら即敗北してもおかしくない。
「犬!」
「犬って呼ぶな!任せろとは言わんが、さっきよりは楽だと思う」
絞り出すような声で、一益と力比べをしている又左。
少しでも又左を援護しないといけないのだが、方法が無い。
「貴様等、我が領地の繁栄の為に、さっさと死ねぃ!」
「ぐあっ!」
又左が漏らした声からして、やはりキツイのが分かる。
あまり長くは保たない。
どうだ?
進んでるか?
【あ〜、こっちが上になって次がこっちの紐か。そうするとこうなって・・・】
返事が無い。
相当集中しているらしい。
手だけが勝手に動いていて、少し気持ち悪くもある。
この絡まった紐のような物だが、何種類かの色に分かれている。
幸いな事にこの色分けのおかげで、少しは見やすいと思った。
だが、それも次の瞬間に終わってしまった。
「ダーッハッハッハ!脆弱なる獣人の力に、我が負けるはずがなかろう。早くくたばると良い」
余裕のある一益は、上機嫌に笑っている。
その瞬間、白かった紐が黄色く変化したのだ。
青だった紐は緑になり、変わらないのは黒だけだ。
【なっ!?ふざけんなよ!って、俺落ち着け。白が黄色く、青が緑に。フゥ、OKだ。色が変わっただけで紐の位置は変わってない】
凄いな。
僕ならこの時点で、ハサミを用意するレベルでキレてる。
こっちの声にも反応しないその集中力は、称賛に値するレベルだ。
これがプロになるレベルのスポーツ選手の集中力。
僕には真似出来ない。
「マズイな」
ドランの小さな声は、太田にも聞こえていた。
マズイと言っている理由は、又左が明らかに力負けしてきている事だ。
「しかし、ワタクシ達には何も出来ませんぞ」
「嘉隆殿!河童を数人手助けにやれないか!?」
「えっ!?お前達、どうなんだ?」
まさか自分が頼られるとは、思っていなかったのだろう。
少し慌てて、河童達に確認をしていた。
「大槌が弱くなった今なら行けます。だけどお嬢、さっきくらいの強さになったら、無理ですぜ」
「そうかぁ。オレ達もこの大槌を抑え込むのが仕事だからな。向こうを手伝ってこっちが抑えられなきゃ、意味が無い」
「無理か・・・」
落胆するドランだったが、僕はそこに違和感を覚えた。
周りを見回せば、その違和感に気付く事も出来るだろう。
だけど、この絡まった紐や糸から目を離せば、それは兄からの怒りを買う事になる。
それは失敗を意味するし、逆効果だ。
だから、言葉を聞いて判断するしかない!
「河童達は今は楽だと言ったな?」
「さっきよりかは、力が弱く感じますぜ!」
代表者がそう言うと、ドランがその違和感に気付いた。
「そうだ!さっきからワシ達も、大槌の力が弱くなっている気がする」
「ワタクシはさっきから、ずっと全力なので分かりませんが」
「いや、それは無いはずだ。理由は簡単。ワシ等が普通に会話しているではないか!」
そういえば、最初に太田が抑えた時は、太田が気合を入れるくらい力を込めていた。
今はどうだ?
会話の口調から言って、かなり楽に話をしている。
それ等をまとめると・・・。
分かったかもしれない!
「ドラン、太田、河童も聞いてくれ。良いか。逆にこっちの力をもっと込めるんだ。それはもう、引っ張り合いで勝つくらいにだ」
「勝つくらい?」
「綱引きみたいに考えろ。目一杯引いてくれ」
多分この方法で合ってると思う。
「よく分かりませんが、全力を込めて引っ張り上げます!」
太田が宣言通りに大槌を引くと、やはり最初は全力で押していたはずが、引っ張れるくらいに弱かったみたいだ。
「あら?おかしいですね」
「引けたか?」
「ハイ。さっきまでは、逆に押されるくらいキツかったのに」
やはりな。
「ワシも全力を出せば、大槌を振るえますぞ!」
「こっちもですぜ!」
三本の大槌に込められた力が、弱くなっている。
そして弱くなったと同時に、又左が厳しくなった。
それは、一益の魔力配分が変わったからだ。
「ドラン!その大槌は何処まで離せば、その操作を失うか分かるか?」
「え〜、おそらくは部屋から出せば大丈夫かと」
という事はだ。
誰か一人が大槌を部屋から出せば、その分一人はフリーで動けるはず。
配分を変えない限りは、戦闘に使っている大槌を失う事になる。
さあ、奴はどう動くか、見ものだな。
「太田!部屋の外へ大槌を持って行け!」
「かしこまりました!」
ズンズンと音を立てて歩く太田。
それを見た一益は、紐の向こう側で不満そうにしているのが分かった。
「ぐぬっ!」
太田の足が止まると、今度は真っ赤な顔をして一益と力比べしていた又左が、一息吐いた。
「フゥ・・・。助かりました!」
「思った通りだ!今度は河童達も部屋の外へ持って行け!」
「ガッテンでぃ!」
河童達がそれを運ぼうとすると、再び力比べ始まった。
「重っ!すいやせん、無理です!」
「ドラン!」
言う前から同じ事をしようとして、やはり配分を変えられたらしい。
既に力比べが始まっていた。
「ありがとうございます!皆のおかげで、まだ負けられないですね」
汗はかいているが、さっきより顔色は良い。
これで又左も、すぐに負けるという事は無いはずだ。
「この小童が!貴様の入れ知恵のせいだぞ。また他の者達が苦しい目に遭うのは」
一益も少し苛立ってきたようだ。
これならこの紐さえ解ければ・・・。
【あーっ!】
何だ!?
どうした?
【紐が、黒以外全部赤くなった・・・】
何だって!?
あっ!
本当だ。
ん?
この紐、もしかして・・・。
兄さん、ちょっと確認したい事がある。
黒い紐に注視していてくれ。
【黒い紐だけか?】
やっぱり間違ってたら怖いから、全部見て。
【何だよ!どっちなんだよ!】
ごめん。
すぐに済ませるから。
「滝川一益!」
視線をこっちにだけ向けて、返事はしてくれない。
しかし、彼に興味のある話を振ってみる事にした。
「お前、ミスリル以外の他の鉱石を打ってみたくないか?」
「何?」
「金銀は知っていても、アルミとかステンレスはどうだ?」
「それくらいは知っている!」
知ってるのか。
んー、オリハルコンとかそういうのがあるなら、交渉材料に出来たんだけど。
あ、こっちならどうだ?
「じゃあお前、ミスリルにクリスタルを内蔵させた武器は知っているか?」
「ミスリルにクリスタルを混ぜる?」
「混ぜるんじゃない。組み込むんだ」
「・・・ほう」
食いついた!
「例えば、その大槌にクリスタルを組み込む。そしてクリスタルの中に火魔法を入れると、大槌を打った瞬間に火が噴くぞ」
「面白い!」
兄さん、紐はどう!?
【全体的に黒以外が黄色くなった!白や緑に赤もある。どういう事だ?】
確信した。
その紐は、滝川一益の感情だ。
イライラして怒った時に、全体的に赤くなったんだ。
そしてどの感情になっても、変わらなかった色がある。
【黒の事か?】
それだよ。
感情と関係無い、余計な物。
それが洗脳している正体だ!
【なるほどな!じゃあ、黒だけ注視って言ったのは、黒だけを解けば終わるからか】
自信が無くて言えなかったけどね。
今なら言える。
黒だけを解いて欲しい!
【任せとけ!】
「そのクリスタルを組み込む技術、欲しいと思うか?」
「欲しいな!上野国の特産にすれば、大金が手に入るぞ!?」
「教えてやらんでもない」
自信満々に言ったけど、僕じゃ全く理解出来ないんだけどね。
コバが教えてくれるとは思えないから、完全な口約束だな。
騙してると言えば、間違っていないと思う。
「ほ、ほう?」
「どうだ?帝国に与するのをやめて、安土と共存共栄を考えてみては?」
「う、うーむ・・・」
まさか、本気で悩むとは。
それほど魅力的な誘いだったか。
そして兄さん。
どんな状況?
【もう少し。もう少しだけど、この組み合わせが解ければ・・・】
「帝国は何かをしてくれるのかな?ミスリル製品を買ってくれるだけで、ドワーフ達にとって発展する技術をくれるわけじゃないよね?」
「その通りだが・・・。だがしかし」
「僕は思うんだよね。僕達の技術とドワーフ達の技術。大槌を見る限り、もし一緒になったら・・・ってね」
「お、おぉ!確かに!」
かなり興奮しているな。
又左はもう、ほとんど力を入れていない。
「例えばさ、自由に動くミスリルにクリスタルに光魔法を入れておけば、動く照明にもなる。火魔法を入れれば、動く台所にもね。外で使えば、野外でのパーティーにも使えるぞ?」
「考えれば考えるほど、新しい案が出てくる!面白い!面白いぞ!」
周りの音を聞く限り、多分ドランや河童達も聞き入っている感じだ。
「僕にはパッとこんな使い方しか思いつかなかったが、ウチには天才が居る。どう?貴方と協力したら、もっと面白い物が作れると思うけど?」
「更なる天才だと!?う〜、駄目だ!もう、我の創作意欲が内から溢れ出してくる!」
「じゃ、帝国より僕等の安土と組んで、面白い事しますか?」
【これで、最後と。解けたぞ!】
「面白い事をしてこそ、技術は発展する!我は安土に与する事にしたぞ!」