野球選手vsボクサー
前田さんと行動を共にして村を回っていると、遠くから絶叫が聞こえた。
誰か村の人がやられたのかもしれない!
この村はこの世界での故郷と言ってもいい。
誰にもやられてほしくないんだよ!
叫び声がした方に走っていくと、居たのは敵の兵士だった。
武器も持たずに頭を押さえて蹲っている。
頭を怪我している様子は無いし、病気か?
「阿久野くーん!さっきの声大丈夫ー!?」
どうやら因幡くんが怪我人治療を考えてか、こっちに向かってきている。
って、なんじゃそれ!!
「うぅ・・・」
頭を押さえていた兵が起き上がった。
余程痛かったのか、涙を流した痕が見える。
それよりも・・・
「因幡くん!後ろのその集団は何!?」
「怪我人を治療してたら、寺子屋で同級生だった女の子に会ったんだけど。何かよく分からないけど女の子が僕の名前を叫んだら、凄い勢いで集まってきたんだよね」
それっておっかけじゃねーか!
この村、因幡ファンクラブでもあるの!?
まあ隠れている人を探す手間は省けたけども。
それよりもこっちだ。
起き上がった兵は後ろの女子集団を見て困惑していた。
何も知らなければそういう反応になるよね。
「貴様、帝国の兵として投稿するつもりはあるか?」
前田さんは後ろを見なかった事にして、投降を勧告している。
投降してもらえれば、海津町で聞いた話とは違う事も聞けるかもしれない。
武器も持ってないし、戦う気力はもう残ってないんじゃないかな?
【なんか嫌な感じがするぞ。コイツ普通の兵じゃないと思う】
武器を持ってないのに嫌な感じって、魔法でも使うの?
帝国に魔法使える人なんか居ないんじゃなかったっけ?
「すまないが投降は出来ない。したくても出来ない・・・」
ん?どういう事?
家族でも人質に取られている?
「分かった。ならばそちらも一人。私がお相手しよう」
前田さんは長槍を構え、間合いを取った。
ただ単に戦いたいだけのような気もする。
しかし素手であの長槍の相手を出来るとは思えないんだよね。
だから一瞬で勝負が着くと思っていた。
「武器は持たなくてもいいのか?流石に無抵抗の人間を斬るのは、私としては忍びないのだが?」
「あぁ、問題無い。俺も死ぬ気は無いので」
素手で死ぬ気は無いとな!?
随分余裕ある発言をする人だな。
逃げる算段でもあるのか?
「それならばよし!覚悟!」
前田さんは連続で刺突を繰り返す。
あの長さで刺突を繰り返されれば、近付く事も出来ないだろう。
そう思っていたんだけど・・・。
「なんだと!?」
彼はギリギリの距離で刃のついている部分である穂先を躱し、柄を横に叩いて流した。
槍が横に流れたところを瞬く間に距離を詰め、前田さんの鳩尾に拳を叩き込んだのだ。
人の威力とは思えないパンチと、5メートル以上の距離を一瞬で詰められるダッシュ力。
まるで身体強化した獣人みたいだ。
「グッ!ガハァ!!」
前田さんはダッシュからの突進を使ったパンチに吹き飛び、壁に叩きつけられる。
僕は辛うじて見えてはいたが、正直信じられなかった。
「ま、前田さん!?」
心配そうに声を掛ける因幡くん。
前田さんは膝をついたまま動ける様子は無い。
これはマズイ。前田さんが殺される!
「さっきのように足を止められて槍で攻撃されたなら、俺に勝ち目は無かったかもしれない。だがタイマンなら負けねーよ!」
コイツ強いぞ!?
【お前、意外と余裕あるな】
いや、逆に全く無い。
多分さっきの瞬発力を見ると、魔法も詠唱中に殴られるね。
マジでどうしよう。
【あれくらいなら、どうにかなるだろ?】
ならねーよ!動きだって外から見て辛うじて見えただけなのに、いざ相手にしたら見える気がしないよ!
【ん?見えてないの?】
え?
見えてるの?
【普通に見えるよ。多分パンチも避けられるし】
マジか!?ここはピンチヒッターの出番でしょ!
選手交代です!!
「前田さん、動けますか?」
「大丈夫だ。ちょっと折れたかヒビが入っただけだろう」
それ大丈夫って言わないから!
「それは重傷って言うんですよ!因幡くんに回復してもらってください。俺が代わりに相手をします」
「無茶だ!俺が避けられないのに、キミに相手が務まるはずがない!」
「俺も町で頑張ってましたから。大丈夫っす!!」
前田さん、素が所々で出てるな。
今までは私って言ってたりしたのに。
とりあえず前田さんは交代!
前田選手負傷の為、ピンチヒッター阿久野。
「おいおい、子供を殴る趣味は無いぞ。それに一般人に手を出したら、本当はライセンス剥奪だしな」
ん?ライセンス?何のライセンスだ?
(多分ボクシングじゃないかな?)
なるほど。って、それはもしかして日本人だって事か!?
(まだ確定じゃないけど、その可能性はある。でも確認を取るにしても、答えてくれるか分からないんだよね)
帝国に召喚された日本人って、こんなに強くなるのか。
投降しないって事は、答えてくれないかもしれないな。
だけど聞くだけ聞いてみよう。
(それが良いと思う。会話は成立してたからね。って、蘭丸が来たよ?)
「阿久野!さっきの音は何だ!?大丈夫なのか!?」
前田さんのやられた時の音が聞こえてたのか。
結構派手に鳴り響いたからなぁ。
「あぁ、前田さんがちょっとやられただけだ。問題無い」
「前田さんって、村長の前田さんか!?それは大問題だろう!」
ちょっとうるさいな。
コイツと話がしたいのに、動けてるんだからいいだろ。
「大丈夫だって本人も言ってるから。心配無いよ」
「ねぇ蘭丸くん、前田さんなら大丈夫だから。ちょっと骨折れてるかもしれないけど、騒ぐほどじゃないよ」
蘭丸に状況を説明する因幡くん。
これならコイツに日本人か確認出来そうだ。
「ねぇ、あの後から来た人カッコ良くない?」
「分かる!エルフなのにワイルドで、因幡くんとは違った良さがあるよね!」
「あ、因幡くんと話してる!知り合いなのかな?」
「並ぶとめちゃめちゃ良い!二人揃ったら無敵だわ!!」
蘭丸が来てから急にうるさくなった。
声が聞こえない。
「アンタ、もしかして日本人か?」
「・・・?・・・・・・・・・・・・?」
「だから、日本から来たのか?」
「!?・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
ぜんっぜん聞こえないよ!
キャーキャー叫んでて、何にも聞こえないよ!
しかも耳に手を当てて、聞こうとしてくれてるし。
なんだよ、良い人じゃないか。
「ちょーっと待って!ちょっとだけ待ってて!」
両手を前に出して、待ってというポーズを取る。
OKサインを返してくれた。
本当に話の分かる人だ。
「因幡くーん!蘭丸ー!ちょっと!」
2人を手を招いてこちらに呼びつける。
「ちょっとアレ阿久野でしょ。なにアイツ手で呼んでるのよ!」
「マメチビ、用があるなら自分で来なさいよ!」
「チビ!アンタのせいで二人の顔見えないじゃない!邪魔!」
なんだろう、俺達助けに来たんだよな?
なんか帰りたくなってきた。
泣きそう。
俺頑張る。
「あのさ、二人に悪いんだけどちょっと離れてもらっていい?戦闘の邪魔になるかもしれないし、女子の方に被害が出ないとも言い切れないから」
「そんな危険な相手なのか!?だったら二人で戦った方が・・・」
「あー!大丈夫!俺に任せてくれ。蘭丸は女子の安全の為にも、一緒に行った方がいいよ。因幡くんは前田さんを任せた」
「分かった。前田さんは任せて!前田さんもそれでいいですよね?」
「申し訳ないけど阿久野くん、後は頼んだ」
よしよしよーし!これで皆離れてくれる!
これなら会話も聞かれないし大丈夫だろう。
(そうだね。二人だけなら、僕等が転生してきた日本人って聞かれなくて済む。それに日本人しか分からない話をして、変に怪しまれる事も無いからね)
そこまで考えてなかったわ。
でもその通りだな。
変に二人しか知らない事を話せば、俺達も帝国と繋がっているように思われかねないか。
そろそろ皆移動したし、大丈夫だろう。
ちょっと長く待たせてしまった。
怒ってたら嫌だなぁ。
話しづらくなるし。
振り返ると、ちょっと気まずそうに立っている帝国兵が。
「あ、長らくお待たせしてしまってすいません」
「あぁ!いえいえ、お構いなく!」
この反応、なんか日本人っぽい。
社交辞令っぽさが出てます。
イイ人だと思います!!
「さて、さっき聞きたかった事なんだけど。もしかして日本人ですか?」
「えっ!?異世界人って日本知ってるの!?」
やっぱり!俺も同じ立場なら驚きそうだけど。
しかしこの反応だと、会話は成立しそうだね。
「この世界の歴史とか聞いてます?初代魔王は織田信長とか」
「なんだそれ!!そんな重要そうな話、何も聞いてないぞ!?」
うーん、詳しい話知らなそうだな。
細かい話するなら、交代した方がいいかな?
(いや、いきなり戦闘になった時の事考えると、このままでいいよ)
じゃあ俺が聞ける範囲で。
「俺も見た目はこんなだけど、中身は日本人なんだよね。信じてもらえるかは分からないかもしれないけど」
「いや、なんか分かる気がするよ。さっきの仕草とか日本人っぽいから」
「信用してくれて何より。ところで先に聞くけど、どうしても戦わないと駄目?」
「あぁ、それは覆せないね。理由もある。契約に沿わない事をしようとすると、さっきみたいに激しい頭痛がするんだ。逃げようとしても同じ。俺は帝国の奴隷としてしか生きていけないみたいだ」
契約?
契約って精神魔法だよな?
何で帝国にそんなの使える奴が居るんだ?
(いや、よく分からない。でも精神魔法の無効化は、たしかあの伝書に残ってたはずだよ。覚えてないけど・・・)
何はともあれ、それなら解除出来そうって事だよな?
走って町まで戻って、伝書を持って戻れば・・・
(多分何とかなると思う)
よし!彼が帝国と縁を切りたいという考えなら、協力を申し出よう。
「その契約だけど、もしかしたら解除出来るかもしれない。精神魔法の一つだから、上手くいけば解除出来ると思う。アンタ、契約が解除された後はどうするつもりだ?」
「そんな事が出来るのか!?とてもじゃないが信じられないな」
普通は敵から言われればそうだよね。
頭痛の話とかもしてくれるって事は、ある程度協力的って考えてもいいのかもしれないけど。
「信じてくれなくてもいいよ!その代わり、勝手に解除させてもらう」
「よく分からんが、俺を倒せるならやってみなよ。俺は子供相手には本気で手を出せないしな」
「よし!分かった!子供だと思っていると痛い目を見ると思い知るといい」
腰につけておいた鉄球を取り出し、相手の身体目掛けて投げる。
ピッチャー第一球投げました!
「のわーーーー!!!」
ドーン!!
150キロ超の鉄球を目をひん剥いて避ける佐藤。
流石に子供があんな速球を投げてくるとも思ってなかったようだ。
余裕の仕草から急に迫る鉄球を見て、慌てながらも避けた。
でもアイツ流石だよ。
ちゃんと目で鉄球を追って避けてたし。
「おいおい、なんてガキだ。あんな速球、プロ野球でもそうそういないレベルだぞ!?」
お褒めいただきありがとうございます。
私もドラフト候補まで行ってる選手なのでね。
野球選手のプライドにかけて、下手な投球は出来んのですよ!
ピッチャーじゃないけどね。
しかも身体強化っていう裏技も込みだし。
「お分かりいただけたかな?本気でやらないと死んじゃうよ?」
「あぁ、分かっている。実は油断させる為の方便だったんだけどな。じゃないと今頃、契約違反の激しい頭痛で立ってないよ」
なるほど。言われてみるとその通りだ。
しかし実は油断させようとしてたとか、子供相手にずるい!
(いや、僕達が日本人って分かってるからでしょ。中身が子供じゃないってバレてるんだよ)
しまった!言わなければよかった!
後悔先に立たずとはこの事か。
・・・使い方合ってる?
(合ってる。というより早く倒してよ)
すまん。真面目にやる。
「油断させようなんて、やっぱり大人は汚い!」
「アンタ日本人なんだろ?絶対子供じゃないね!」
バレてる!
やっぱりバレてる!
口笛吹いて誤魔化したいけど、ふす~って風の音しか出ない!
「口笛吹いて誤魔化そうとする時点で、怪し・・・」
なんちゃって!俺も油断させる為だもんね!
話の途中で鉄球をノーモーションで投げつけた。
しかし油断してないせいか、余裕で避けられた。
ちくしょー。アイツ、アウトボクサーだな。
(ボクシング分かるの?)
任せろ!漫画で見た事ある!
主人公はハードパンチャーのインファイターだけど、ライバルはアウトボクサーだった!
ライバルは足を使った速い選手だったから、多分同じ!
(漫画かよ!!しかも多分かよ!でもあんな速いステップ、どうやって当てるのさ?)
あー、めんどくさいから接近戦だな。
投げて当たらないなら、近付くしかないでしょ。
「話を振っておいて、いきなり投げてくるとは。アンタ、結構卑怯だな」
「誉め言葉として受け取っておこう。ではそろそろ本気出す!」
俺は身体強化してさっきの彼と同じように、ダッシュして一気に前に詰めた。
「!?速い!」
いきなり接近してくるとは思ってなかったのだろう。
油断はしてなかったんだろうけど、俺の方が速い。
左ジャブを躱して、カウンター気味に左頬にビンタをした。
バチン!という音を立てて吹き飛んでいき、壁を突き破ってしまった。
ガラガラと壁が崩れる音が聞こえる。
「やべー!手加減間違えた!大丈夫だよな!?死んでないよな!?」
破壊された壁の瓦礫に埋まった彼を探し出し顔を覗き込むと、小さい紅葉が左頬にクッキリと残りながら気絶していた。
鼻血は出てるけど、特に大きな怪我はしてないように見える。
危ない危ない。危うくビンタで人殺しになるところだった。
(というか、この人より全然速いじゃないか!兄さんの身体強化、ちょっとおかしいレベルだぞ!)
まあそういう細かいところは気にするな。
今は何より、この人を助ける事が先だろ?
(うーむ、納得出来ないが。とりあえず彼が起きても暴れないように、ロープで縛ってから前田さん達に預かってもらおう)
分かった。預けたらそのまま町へ行って、伝書を持ってくればいいよな?
じゃあ目が覚める前に急ごう。
しかし野球vsボクシングが、ただのビンタで終わってしまった。
ビンタで気絶したとは思わないだろうなぁ・・・。