滝川の大槌
友達が活躍しているのを自慢げに話すと、嘉隆は少し羨ましそうだった。
二人だけに任せてはいられない。
嘉隆は河童達にどんどん矢を射ろと命令すると、彼等は楽しそうに放ち始めた。
前後からの挟撃に隙が出来たところで、ようやくヘリの出番になった。
しかし現代のヘリとは全く違うのを見た佐藤は、乗る事を拒否する。
長い駄々が終わったのは、魔王からのアドバイスがあると言った時だった。
空へと上がったヘリの中は、思った以上に緊張感は無かった。
慶次に至っては、安土でも乗る事が出来るか興味津々といった様子なくらいだった。
落下地点に着いたヘリは、太田の押し出しによる佐藤の落下から始まった。
心の準備もしないで落ちた佐藤は、パニックに陥っていた。
慶次の喝により、少し平静を取り戻すと、魔王に教わった事を試す。
三人は、佐藤のグローブの魔法により、無傷で着地した。
二度とやらない。
そう言った佐藤だったが、彼等は本来の目的を思い出し、すぐに行動を開始して城門を開ける事に成功したのだった。
ドランから休んでいろと言われ、佐藤は素直に休もうとした。
しかし、共に落ちた二人がそれを許さなかった。
「ドラン殿は何を言っているのか。ワタクシ達がやる事は、これからが本番だというのに」
「そうでござるな。拙者、ようやく楽しめるでござる」
城壁から足を投げ出し、座り込んでいた佐藤は、二人をジト目で見つめる。
しかしその視線に気付かない二人は、早々に城壁から飛び降りて行った。
「マジかよぉ・・・。少しくらいは休憩させてくれよぉ」
愚痴を零しながらも、律儀に立ち上がる佐藤。
頭を掻きながら、遅れて城壁から飛び降りるのだった。
その頃、ヘリが飛んでいくのを見た九鬼の船は、一時撤退していた。
「アレがヘリ!」
嘉隆は空を飛ぶ不思議な乗り物に、目を凝らして見ていた。
河童達も同様に、空を見上げて声を上げている。
「ヘリから三人が降下したら、遅れてまた城を攻めるからな」
「遅れて行く理由は?」
「えーと・・・」
何だっけ?
嘉隆の質問に答えられない。
(三人が降下したら城門を開ける。そしたらドラン達が城内に攻め込むから、裏手の川側の守備が薄くなるだろ)
そうそう、それだ。
「と、そんな感じだ」
「なるほど。裏手の我々が、滝川を討つという事だな。じゃなくて、ですね」
「討っちゃ駄目だろ。洗脳を解いて、戦闘をやめさせるのが目的だ」
「あの〜、誰も質問しなかったから、当たり前なのかなと思ったんですけど」
又左が小さく手を挙げて、何かを質問してきた。
何か気になる点でもあるのか?
「一度佐藤殿の精神魔法を解いているので、魔王様を疑っているわけではないんですけど。魔王様が洗脳を解けなかったら、どうするんです?」
「えっ!?」
考えてもみなかったな。
半兵衛も解けると思っての作戦だろうし。
これ、失敗したら責任重大じゃね?
(洗脳は今まで見た事無いからね。その可能性もあるとは思ったけど、考えないようにしてた)
マジか。
ドラン達からの信頼もあるし、必ず成功させないとな。
(というより、又左には何て言うつもり?)
あ〜、どうしよっか?
まあ良いや。
「解けなかったら、解けるまで頭を叩こうか。何度も叩けば治るだろ」
(古い家電じゃないんだから。それで治ったら、最初からやってるって)
いやいや!
領主の頭をタコ殴りにする奴なんか居ないって。
(あ、それもそうか。僕等が又左とか慶次を殴るのとは、意味合いがかなり違うしね)
そうそう。
だからあながち、間違った選択でもないと思うよ?
(そういう事にしておこう)
「私が言うのもなんですが、領主の頭って殴って良いんですか?」
うぐっ!
こういう時だけマトモな意見を言いおって。
「大丈夫だ。問題無い」
と思う。
「落ちたな」
「落ちましたね」
「オレの見間違いかもしれないけど、最初に落ちた人、かなり焦ってなかったか?」
アレは佐藤さんだな。
両手をバタバタしながら落ちてたけど、本気で慌ててたのかな?
「分からん。でも大丈夫だろ。あの人も強いから」
ん?
強いからって、空から落ちても平気なのか?
「大丈夫ですよ。ほら、風が吹き荒れた。多分、クリスタルの力を使ったのでしょう」
又左の説明通り、城の内部で風が何かを巻き上げたのが見えた。
そういえば、作戦前に弟が何かやってたな。
気にしてなかったけど、これの事か。
「城門が開いたんじゃないか?裏手の連中も、かなり慌てて走っていったぞ」
「ホントだ。よし、そろそろ俺達も、城の中に入ろう」
俺は嘉隆を見ると、何も言わずに河童達に指示を出してくれた。
「行くぜ!じいじが何処に居るか、とっ捕まえて聞き出してやる!」
アッサリと入れてしまった。
というより、そういう作戦なのだから当たり前なのだが。
「おい、河童達が少ないが何故だ?」
「船の見張りに置いてきた。だが、一緒に来た連中は強者達だけだ」
河童達を見ると、力こぶを作ったりして何かをアピールしている。
何だろう?
この感じ、何処かで見た事ある気がする。
「なるほどな。それで、お前は何が出来るんだ?」
「オレか!?オレは、特に何も得意じゃない・・・」
「ハァ!?じゃあ何故付いてきた!」
「滝川一益に会いに来たに決まってるだろう!」
「お前、足手まといになるんじゃないか?」
「大丈夫!皆が守ってくれるから!」
他力本願かよ。
といっても、河童達もそれで満更じゃなさそうだし。
こういう形の集団も、アリっちゃアリなのか。
「まあ、お前等の方はお前等でやってくれ。俺達は滝川一益を、洗脳から解き放つだけだからな」
「それで魔王様。何処に向かえば良いのでしょう?」
それを聞くか。
何でもかんでも、すぐに答えられると思うなよ。
(普通に考えればすぐ下だろ。領主が地下に居るとは思えないからな。城壁から降りて、豪華な部屋か何かを探せば良いんじゃないか?)
「豪華な部屋を探そう。領主が汚い部屋に居るわけがない」
「それもそうですね」
俺の言葉を疑うという事をしない又左は、階段を降りて城内の探索に入った。
河童達もそれに続き、最後に俺が降りていく。
「ところで九鬼嘉隆」
「何だ?」
「お前は滝川一益と面識があるんだよな?」
「ある。子供の頃は可愛がってもらった」
家族ぐるみの付き合いというヤツだな。
又左の声が後ろまで聞こえるというのも、潜入している割にどうかと思うが。
「じゃあ聞くぞ?あの部屋から大きな魔力を感じる。お前が知っている魔力か?」
「知っているような、違うような?」
「貴様、どっちだ!」
曖昧な返事にキレる又左。
そう大声を出すと、部屋の主に怒られるぞ。
ほら、部屋の扉が開いたじゃないか。
えっ?
「貴様等か?さっきから騒いでいるのは」
デカイ!
異常なくらいにデカイ。
腕だけがとにかくデカイ。
背の高さはそこまで大きくないな。
百七十センチくらいか?
正直、短足な部類だろう。
いや、腕が太過ぎてそう見えるだけかもしれない。
それにしてもドワーフってヒゲモジャのイメージなんだけど、むしろスキンケアしてるのかというくらい肌が綺麗だな。
「貴方が滝川一益か?」
「その通りだ」
「兵を引くつもりはないか?」
「兵を引くのは其方ではないのか?侵入者共よ」
そうですね。
俺達が攻めているのに、引くつもりはないかって質問はおかしいと思う。
というか、会話が成立している。
洗脳されていないのか?
「ちょっと良いか?」
「何だ、この童は?」
童扱いか。
まあいつもの事だからいい。
「それで、何用か?」
「帝国と手を組んでいるよな?何故だ?」
「簡単な事だ。我々に利益を与えてくれる」
「じゃあ、ドラン達を追放した理由は?」
「ドラン?あぁ、居たなそんなのが。邪魔だったのだろうな。ジゼルグ達が戦いに勝ったのは知っている」
ジゼルグ?
誰だ?
(話を聞く感じでは、ドラン達を追放した奴だろう。多分だけど)
なるほどね。
ソイツが黒幕って事だろ?
じゃあ、ソイツを倒して洗脳を解けば、一件落着って事だな。
「ところで、そのジゼルグって人は?」
「奴はもう居ない」
「居ない?何処かに仕事しに行ったか?」
「奴は訳の分からん事を、ずっと喚き散らしていたからな。邪魔だから処分した」
「処分って、何処に行ったんだ?」
自分で聞いておいて何だが、少し嫌な予感がする。
何故なら、嘉隆が震えているからだ。
「あの世だよ。お前等も、上野国の邪魔をするなら、この大槌の糧となるが良い!」
さっきまで何も持っていなかったはずの右手に、背の高さと同じくらいの大槌を持っていた。
いつ持ち出した?
俺、こういうのは見逃さない時思ったんだがな。
両手に持ち替えた大槌で、扉を派手な音を立てて吹き飛ばした。
まさか、いきなり攻撃してくるとは。
やはり会話が通じない。
「魔王様!私にお任せを」
一言言い残して又左が攻撃を開始した。
長槍で一益に突く。
が、向こうは一切気にしていなかった。
目一杯に力を入れているように見えるのだが、その鎧は傷だけしか付いていない。
「こんにゃろ!」
「甘いわ!」
どうせ傷付かないならと、バットでフルスイングしてみたが、結果は変わらずに手が痺れただけだった。
「固いなぁ。どうすれば良いんだ」
「これは滝川一益じゃない!」
震えていた嘉隆が、溜っていた物を吐き出すように言ってきた。
滝川一益じゃない?
本人は、アイアム滝川って言ってるのに?
「どういう意味?滝川一益を騙った別人って事?」
「この人が滝川一益なのは、間違いないです。ただ、滝川一益の魔力ではなかったので、もう少し調べてみたんです。そしたら滝川一益の魔力に、他の何かの魔力が混ざっていたんです」
なるほど。
又左の質問に即答出来なかった理由は、それか。
本人の魔力に違いないけど、誰か別のも混ざっている。
それを考えると、その別の魔力ってのが洗脳に使われた魔力に違いないだろう。
とドヤ顔で言ったものの、俺はこの後どうすりゃ良いんだ?
「クッ!何だこの槌は。とてつもなく戦いづらい」
「どうした若造!さっきまでの威勢が無くなったではないか!」
槍を防ごうとせずに、大槌で殴りかかる一益。
通常通り攻撃しても無駄だと判断した又左は、一旦距離を取った。
それは槍の長さ、六メートルを少し超えたくらいの距離だった。
「ぬぅん!」
大槌を大きく振りかぶり、そして投げる一益。
まさかという行動に、又左は慌てて回避する。
又左が避けるとも思っていなかった河童達も、避けようとした。
そして大槌に巻き込まれて、更に後方に居た俺の所まで吹き飛んでくる。
「戦いは不慣れなのか?どちらにしても、その避けづらい大槌を手放してくれて助かった」
お互いに無傷だからかカッコ良く決めているが、その後方は既にズタボロである。
「馬鹿ちんが!避けるなら、後ろの事を考えろ!」
「す、すいません!」
地面に突き刺さる大槌を見て、俺は又左に怒鳴りつけた。
俺の身体よりも大きい槌だ。
かなりの迫力がある。
「素手なら俺達にも、勝機はあるぜぇ!」
そう言って一益の元へ走っていく河童。
がっぷり四つに組み付くと、河童は上手投げをしようとした。
(そういえば、河童って相撲が好きって聞いた事あるな)
そうなの?
でもそうすると、タイマンしか出来ないな。
(でも弓とかも使ってたから、好きなだけで他の事が出来ないわけじゃないんだろうね)
弓って言えば、大相撲でも弓持って何かの式みたいなのやってるのを、テレビで見た事がある。
結局は相撲と繋がってるのかもしれない。
「大槌を失ったお前は、怖くない。大人しく投降しろ!」
又左にしては、マトモなやり取りをしている。
やはり相手が領主ともなると、慎重になっているだけか?
ん?
一益が不適に笑っているようにも見えた。
あっ!
「ぐわっ!」
何っ!?
どういう事が!?
「驚くな。この大槌には、我が魔力が込められている。故に我が意思で操る事など、動作も無いわ!」