国王の考え
いきなり抱き上げられる兄は、流石に国王に文句を言った。
今まで誰も来た事が無いから、テンションが上がったらしい。
しかしそれは、此処が誰にもバレなかったという証拠だろう。
彼は自ら、匿ってほしいと頼んできた。
まずは草津から脱出する事。
しかしメイドを含め、彼等は誰も壁を越える事が出来ない。
だから、正面から出る事にした。
その作戦は国王が変身魔法で王子に変わる事だった。
門の近くまで来ると、門は破壊されて双方損害が出ていた。
まさか陽動だけ頼んだのに、死傷者まで出るとは思わなかった。
王子に変身している国王は、その戦いを止めた。
王子派の帝国兵は、まさかの王子登場に全員跪く。
そしてズンタッタ達も、猫田からの情報で同じく跪いた。
王子はズンタッタ達を籠絡させる為に、草津へやって来たと説明した。
納得した王子派は門の修復作業を行い、その間にズンタッタ達と話し合いをする為に外へ出ていくと伝えた。
作戦が成功した事により、国王達は無傷で無事、草津からの脱出に成功したのだった。
草津から離れ、自分の演技力に浮かれる国王。
メイド達は、元に戻った国王の姿に拍手喝采だった。
「ちなみに聞くけど、王子ってあんな感じなの?」
「そうですね。昔はもっと優しさがあった気がしますが、大人になったのでしょうか。傲慢というか、性格が大きく変わりました」
昔は優しかったのか。
うーん、何かキッカケがありそうな気もするけど。
とりあえずそれは置いておいて。
今は無事、助け出せた事を喜ぼう。
「陛下!」
「バスティアン様!」
ズンタッタとビビディが急ぎ、走ってくる。
目の前で跪くと、涙を流しながら無事を祝った。
「まあまあ、落ち着きなさい。私は特に何もされていない。むしろ、毎日温泉で楽しかったくらいだ。暇だったけど」
「そうだ!温泉!あんな腐臭のする場所に何年も滞在していて、病気にならなかったのですか!?」
ビビディは未だに、温泉の事を嫌っているようだ。
効能を知ったら、どう思うんだろう。
「草津は良い所だ。血行も良くなったし、公務から解放されて随分と寝入りが良くなったよ。草津に送られたのも、ヨアヒムが私に対して気遣ったのかもしれないね」
そんな言葉を口にするこの人は、大物なのか深く考えていないのか、少し判断に迷うところだ。
「とにかく、今は急ぎ此処から離れましょう。宿に陛下が居ない事に気付いたら、すぐに追手がやって来ます」
馬を見張っていた者達が、こっちの様子に気付いた。
戻ってきた連中の顔が明るい事から、作戦の成功を感じ取ったのだろう。
万歳をしながら出迎えてくれた。
「イチエモン、山越えで長浜の方まで行きたいんだけど。案内頼めるか?」
「任せて下さい!」
メイドと国王は馬にと思ったが、流石にメイド服で跨がるのは駄目だろう。
そういうわけで、近くの木から創造魔法で馬車を作り上げた。
「なっ!?そうか、これが噂に聞く創造魔法。これほど精巧に作られるとは思わなんだ」
眼前で作られた馬車を見て驚きつつも、興味の方が上回っていた。
馬車を見回しては、フムフムと頷きながら何か納得している。
これだけ見ていると、少しコバと話が合いそうな気がする。
会わせたくないけど。
「御者は私が担当します」
馬を引き連れやって来たのは、シーファクだった。
彼女を見た国王は、目を丸くする。
「まさか、シーファクか!?」
「お久しぶりです、陛下」
「お、おぉ!随分と立派になって!フロイラインとはもう呼べぬなぁ。それとも、もう決まった相手でも見つけたか?」
「何を言って仰られるのです!私は騎士ですよ!」
慌てて否定するシーファクに、笑いながら肩をポンポンと叩いていた。
「ねぇ、何でシーファクはあんなに国王と親しい感じなの?」
近くに居たチトリとスロウスに聞いてみると、ちょっと予想してなかった答えが返ってきた。
「アレ?聞いてませんでした?シーファクって、公爵家の令嬢なんですよ。四女なので継承権等は低いですが、本来なら何処かの貴族に嫁いでもおかしくないんですよね」
「なにいぃぃぃ!!」
僕の大声に国王達が振り返る。
「そんなお嬢様が、僕の事を全力で蹴り飛ばしやがったのか!」
「なになに?その面白そうな話。聞かせて!」
国王は興味津々に僕に尋ねてくる。
シーファクは慌てて僕の口を塞いだが、結局知られる事になった。
「中身は変わっていないようだね」
「お恥ずかしい・・・」
顔を赤くして恥ずかしがっているが、僕には分かる。
アイツ、絶対にキレてる。
顔を覆った手の指の間から、こっちを見たのが見えたからだ。
触らぬ神に祟りなし。
離れて・・・
「魔王様?何処へ行こうとしているのですか?」
チェンジ!
兄さん、チェンジだ!
【嫌に決まってるだろ。変な事言ったのが運の尽きだ。しっかりとボコられてこい】
兄さん?
おい、殴られるのこの身体だぞ!?
ねぇ、聞いてる?
この野郎!
無視してんじゃねー!
「魔王様、ズンタッタ様とバスティアン様との久しぶりの時間を邪魔したら駄目ですよ」
ほら!
目が笑ってない!
ちょっ!
あー!
女は怖い。
まさかこの世界で、正座をさせられるとは思わなかった。
余計な一言は身を滅ぼす。
改めて心から思った僕だが、それよりも国王の安全確保が最優先だ。
「まずはテンジ達との合流が先決かな。国王をテンジに保護してもらわないと。厩橋は、半兵衛達が何とかしてくれるはず。後から合流するのもアリだと思うけど、ここは皆を信じて、待っている方が良いだろう」
「では念の為に、私はドラン殿達に合流します」
猫田さんは再び戦場に向かうと言って、影へと消えていく。
「イチエモン、山越えで問題は無いよね?」
「おそらくと言いたいのですが、この時期は天気が変わりやすいです。雨が続くようなら、土砂崩れの危険を考えると、立ち止まる必要性もあります」
そういう事言うと、雨降りそうだよね。
ほらね。
ものの見事に大雨だよ。
山の天気は変わりやすいって言うけど、さっきまで汗かくくらい暑かったのに、今は雨のせいで寒いくらいだ。
「もう少し行った所に、この人数でも入れる洞窟があります。そこに避難しましょう」
イチエモンの案内通り、大きな洞窟があった。
中に入ると、天井から水が垂れてきた。
雨の影響だろうか?
余程大きな振動や音を出さなければ、崩れる心配は無いだろう。
「助かったが、此処にいつまで居る事になる?」
「うーん、雨が弱くならないと、地滑り等も怖いので待った方が安全だと思います」
「こんな洞窟に、国王を長時間滞在させる事になるとは。平坦な道を選んだ方が、良かったかもしれないな」
ズンタッタが軽く愚痴を言っていたものの、その国王はなんだかんだでこの旅路を楽しんでいた。
「凄いな!アレは鍾乳洞ではないのか!?ほほぅ、かなり大きい。上野国の観光名所になり得る場所だな」
全く緊張感の無い言葉に、ズンタッタは苦笑いしか出なかった。
「本人も楽しんでいるみたいだし、良いんじゃない?」
「そうですな。魔王様の作った馬車なら、寛ぐ事も出来ますし」
僕が作った馬車は、今回の為の特注品である。
乗り心地重視のサスペンションを組み込み、中にはソファークッションと完備。
余ったクリスタルを使用して作った扇風機が、昼の暑さを和らげる。
正直自分で作っておいて、ちょっとした宿よりも居心地は良いと思った。
「コレ、凄いよねぇ。流石は小さなトイフェルだよ」
そういえば、トイフェルって何だ?
スマホを取り出しなんとなく検索すると、悪魔とか魔族って出てきた。
あ、魔王って意味もあるのか。
というか、せめて名前で呼んでほしい。
「トイフェルはやめて。僕は阿久野。真の王と書いて、マオだから」
「なるほどー。じゃあ、マオーだねぇ」
何故伸ばす・・・。
まあ意味合いは間違ってないし、もうそれで良いか。
「それでマオー、ちょっと相談なんだけどね」
顔を近付けて耳元で小声で言ってくる。
あ、これ女がやられたら惚れるヤツだ。
内容は全然色っぽくなかったけど。
「この馬車、量産出来たりする?もし出来るのであれば、その技術を買い取りたい」
「はっ?」
「おそらくこの馬車は、どの国や領主に対しても高値で売れると思う。乗り心地はさることながら、あの扇風機とやらが最高だ。別売りしても売れるだろう。どうかな?」
今までの間延びしたような話し方から、かなり真面目なダンディーな口調だった。
顔を見ると、話の内容を周りに悟られないようにしてるのか、ニコニコ笑顔でこっちを見ている。
食えないおっさんだな。
だけど初対面の時と違い、僕を子供として扱っていないらしい。
そうでなければ、こんな話はナアナアで済ませると思う。
ならば相応の対応をしてあげよう。
「作る事は出来る。だけどそのパーツを量産するには、鍛治師が必要になるけど」
「その為には、ドワーフの協力が不可欠という訳か。なるほど。分かった!私も厩橋へ行こうではないか!」
「えぇぇぇ!!?」
厩橋城へ行く。
大きな声で宣言した国王に、離れた場所に居た帝国兵達が全員仰天していた。
「魔王様!魔王様が変な事吹き込んだんじゃないですよね!?」
ビビディに肩をガッシリと掴まれ、ブンブン前後に振られる。
しかも変な事とは失敬な。
「本人が言い出したんだよ!今後の事について、考えがあるっぽいよ」
すると、興味が無くなったかのようにポイッと横に捨てられた。
今度は国王の肩を掴んで揺さぶっている。
ビビディって、何気に怖いもの知らずだな。
「ズンタッタも言ってやれ!」
説得に協力を仰いだものの、二人は逆に国王に言いくるめられてしまっていた。
「帝国に戻れないのに、彼にずっと居候のつもりか?ドルトクーゼン帝国の国王が、いつまでもおんぶに抱っこではカッコ悪いだろう」
この一言で、二人は何も言えなくなってしまった。
「ちなみにその馬車を作る為の技術料は?払えるの?」
「それはアレだ。今までズンタッタ達が働いた分があるだろう?ビビディなんか、城まで作っちゃったって言うじゃないか。帝国の城、バイエルヴァイスより凄いって聞いてるよ。早く見たいなぁ」
「バイエルヴァイス?」
「昔、バイエルって人が作った城なんだ。うちのも綺麗だけど、安土城だっけ?どんな城なんだろうね。それはそうと、さっきの話だけど、ズンタッタ達の働きで支払い済みでOKかな?」
ズンタッタ達の働きは、命を助けた対価だと思ってたんだけどなぁ。
でも、何年も働いてくれているし、そう言われると確かに貰い過ぎとも言えなくもないか。
【俺も、馬車の技術くらいなら別に構わないと思う。これがトライクになるんだったら、断った方が良いと言うつもりだったけどな】
じゃあ決まりだね。
「契約成立だ。馬車の技術料は、今までのズンタッタ達の働きでOK。その代わり、ズンタッタ達にはこれからも安土の将として、まだ働いてもらうよ」
「ハッハッハ!こき使ってくれて良いよ。そうだなぁ。私も安土で何か始めるとしようかな?」
何か始めるって、商売でもするつもりなのか?
その前に、帝国に戻るつもりはあるんだよな?
この人の話を聞いていると、ほんわかゆるい空気が流れていて、本気なのかイマイチ掴めない。
「何かしても良いけどさ。帝国の事も考えた方が良いんじゃないの?」
「それはそれで考えている。私の安否が確認されれば、それだけで人材も集まってくるというものだ。それは安土で、大々的に発表させてもらうつもりだ」
勝手に人材が集まる?
このおっさん、そんなに優秀なの?
「そんな先の事は、今は置いておこうよ。それより、石川くん達だっけ?慌て始めたけど、何か良くない事が起きたんじゃない?」
「えっ?」
おっさんとの話に集中していて、周りが慌ただしくなっていた事に気付かなかった。
ゴエモンがこっちに走ってきた。
「ごめん魔王様!敵が近付いて来てる。この人数だと見つかる可能性が高いって、アニキが言ってるよ!」