国王脱出作戦
兄は宿に入ると、とんでもない事をしていった。
カウンターに上り、奥の従業員に会いに行くと、なんと宿の予約を取ったではないか!
国王の居場所を教えてもらい、ついでに宿泊の予約も済ませた。
まだ敵地の中だというのに、余裕がある事だ。
二階の一番奥の部屋。
国王はそこに居ると言われ向かったが、やはり王子派の兵達が多数待ち受けていた。
全て返り討ちにして部屋の直前まで来ると、その手前の部屋から敵意が湧き出てくる。
部屋に入ると召喚者が二人、待機していた。
両手に斧を持つ男と、ヨーヨーを両手に持つ男。
彼等は兄を前後で挟み、絶え間なく攻撃してくる。
ヨーヨーを斧で弾いたり、なかなか変わった攻撃をしてきたが、彼等は所謂Bクラスと呼ばれる連中。
兄に全ての攻撃を躱され、挙げ句にはヨーヨーをバットで打ち返されていた。
思いもよらないスピードで戻るヨーヨーを顔面で受け止めて、彼は帰らぬ人となった。
相方の斧使いも、同じく顔面にヨーヨーをぶつけられて倒れる。
二人を倒し障害が無くなった所で、国王と初めての御対面だ。
彼は兄が魔王だと話すと、無警戒に此方へ歩いてきて兄を持ち上げた。
「何するんだ!?」
流石にこの格好は恥ずかしい。
子供じゃあるまいし、高い高いをされても嬉しいわけじゃない。
「あぁっと!すまんね。この部屋に来て、もう五年くらいかな?初めての来客に、テンションが上がってしまったよ」
「あ、そうなの?」
このおっさん、全然緊張感無いな。
それにズンタッタ達が言うほど、あんまり弱々しく感じない。
「それで、私は今度は、何処へ連れて行かれるんだい?」
「連れて行かれるって、人聞きの悪い。別に帰りたければ、ズンタッタ達と帝国に帰れば良いよ」
「うーん、それは難しいだろうね。ヨアヒムのお馬鹿さんをどうにかしないと、また同じ事になるだけだし」
「ヨアヒム?」
何処かで聞いた事ある名前だけど、何だっけ?
(魔王を名乗ってる王子の名前じゃなかった?)
そういえば、そんな名前だったかも。
王子しか聞いてないから、全然忘れてたわ。
「悪いんだけど、私達の事をちょっと匿ってくれない?」
随分と軽く言う人だな。
こうやって話をしていると、国王だとは思えない。
「それは俺が決める事じゃないな。ズンタッタ達と相談しなくて良いのかよ?」
「彼等は私の言う事が第一だから。私が黒って言えば、白も黒になるレベルだよ?」
「ふーん。まあ別に良いや。ただ、その前に剣を下ろしてくれない?そっちが頼んできてるのに、その扱いは酷いでしょ」
おっさんは左手を軽く上げると、二人は剣を下ろした。
「すまないね。彼女達も悪気があるわけじゃないんだ」
「国王を守る為なんでしょ。それくらいは分かるよ」
メイドの二人は剣を下ろした後、何故かお茶を入れ始めた。
ぶっちゃけ、そこまでの余裕は無いのだが。
「つーかさ、早く出ようぜ。ズンタッタ達だけで、召喚者の相手はキツいよ」
「そうだね。必要最低限の物だけ持っていこう」
「必要最低限って何?」
「・・・金かな?」
「そりゃ確かに、必要最低限だ」
冗談はさておき、一人がお茶を出している間に、もう一人のメイドは荷造りをしていたらしい。
出されたお茶をふた口ほど飲んだら、荷造りが終わったと彼女がOKを出した。
「さてと、入って来た時は影魔法だけど、脱出はどうしようかな。猫田さん、他にも出入り出来る場所ある?」
「いや、影魔法を使わずとなると、壁を乗り越えていくしかありませんな」
壁か。
草津は村という割には発展している。
それは温泉が湧き出る観光地だから、という理由だと思ってるんだけど。
その為か、安全を考慮しているのか、壁が他の村と比べるとはるかに高い。
五メートルくらいの高さはある。
俺や猫田さんなら飛び越えられるが、三人は無理だ。
「一応聞くけど、何か特殊な訓練を受けてるとか、あったりする?」
「いえ、ただのメイドです」
「ですよねぇ」
実はこの壁越えられます的な事があるかと思ったけど、現実はそう甘くは無かった。
「猫田さんは、国王担いで越えられる?」
「は?」
「俺、メイド二人担ぐから。このおっさん担いで越えられる?」
「いや、越えられなくはないてすが。安全にとは行きませんよ」
危険だとズンタッタ達が後でうるさそうだし、やめておいた方が良いかな。
「面倒だから、堂々と入り口に向かうか」
あまり目立つのも良くない。
三人を連れて、誰にも見つからないように壁伝いに歩いて行った。
「爆発音が聞こえるな」
「アレ、ズンタッタ達がやってるから。おっさん助ける為の陽動だったんだけどね」
どうせ音だけだろう。
そんな甘い事を考えていたのが間違いだった。
(おい!アレ、ガチ戦闘だぞ!?煙上がってるし、何か破壊しちゃってるんじゃないか!?)
どれどれ?
うーん、門のような物が壊れているっぽいな。
「急いで向かった方が良いかも。陽動どころか、戦闘になってる」
「止める方法はあるのかね?」
口調が、さっきまでのいい加減なおっさんではなくなった。
やはり本当は違うみたいだな。
「全員ぶっ飛ばすしかないかな?」
「それは無理じゃないか?」
あの斧使いやヨーヨー男くらいのレベルなら、別に無理ではない気がするが。
ただ、こっちにも被害は大きく出てしまう。
元々、国王助けてさっさと逃げる予定だったからなぁ。
ちょっと考えないといけないんだけど。
俺には何も思いつかない。
(大丈夫。多分だけど、無傷で何とかなる)
おおっと!
そんな素晴らしい考えがあるのかね!?
(まずは、出来るか試す段階からだけどね)
「私に魔法を掛ける?」
「そう。国王には、ある人に変身してもらいたい」
「危険です!おやめ下さい!」
メイドが国王の前に立ちはだかる。
しかし、当の本人は逆に興味津々のようだ。
「変身するには、私は何をするのかな?」
「僕は貴方に変身の魔法を掛けるから、その時にその人物の事を思い浮かべてほしい。ちなみに僕は一切容姿を知らないから、貴方の記憶が頼りだ」
「面白そうだね。でも、それで戦いは止まるのかい?」
「多分止まります。そうだな、国王なら性格も知ってそうだし、間違いないと思いますよ」
「性格も?」
誰に変身するのかまだ言っていないので、彼は少し不思議に思っている。
「ちなみに猫田さんには、先にズンタッタ達と合流してほしい。そしてこの話を伝えて、必ず話に乗るように言って下さい」
猫田さんにこれからやる事を説明すると、少し驚いた顔をしてから納得してくれた。
これはズンタッタ達に伝えておかないと、逆上して作戦が失敗する恐れがある。
だから猫田さんの説明は、かなり重要だ。
「ズンタッタ殿とビビディ殿。二人には必ず伝えます」
「そうだね。ビビディも伝えておかないとマズイかな。ズンタッタより短気だし、考え無しに突っ込んでくる可能性もある」
「では、先に行って参ります」
影魔法で僕の影から消えていく。
その様子を見た三人は、地面を足でトントン叩いたりしている。
「こんな魔法もあるのか。いやはや、魔族は本当に便利だなぁ」
国王はそんな事を言いながら、変身魔法が楽しみで仕方ない様子だ。
「じゃ、この人に変身して下さい」
「えっ!?彼かい?」
入り口付近では、爆破された門が砕け散り、壁も所々でヒビが入っていた。
「どうしてこんな事に!」
「あの馬鹿共に言え!」
シーファクの嘆きに、ビビディがキレ気味に答える。
門を壊したのは、此方ではなく相手側の攻撃だった。
ズンタッタ達はまず最初に、光魔法のクリスタルを地面へ叩きつけた。
大きな光が門の外から見える。
敵襲だと思った門番や兵達が、すぐに集まってきた。
そして大勢が集まったところで、本物の火魔法を壁へと叩きつけた。
村には似つかわしくない大きな壁は、大した損傷は無い。
無論、ズンタッタ達にはそのつもりでクリスタルを使っているのだが。
外から声だけを大きく出して、特に攻撃はしない。
それが最初の作戦だった。
しかし、それがすぐに瓦解する事になる。
「久しぶりの敵だ。全滅させようぜ!」
馬鹿な召喚者が、何かの範囲攻撃を外に向かって行った結果、門が巻き込まれて破壊されてしまったのだ。
攻撃されたと勘違いした帝国兵達は、門から続々とズンタッタ達に襲い掛かってくる事になった。
それが召喚者の狙いだったか、それはズンタッタ達にも分からなかった。
ただ、人数で大きく劣るこちら側としては、あまりにも予想外の展開に、襲ってくる兵を倒すしかなくなってしまった。
「佐藤殿!」
「佐藤、フリイィジング!」
地面をグローブで叩きつけて、多くの兵の足を氷漬けにする。
行動不能になった兵達が邪魔で、中から出てくる人数が大幅に減った。
「このままだとジリ貧だな。どうするか」
「ズンタッタ殿」
ズンタッタの影から、猫田の姿が現れる。
「猫田殿!?」
「ビビディ殿と三人で、話がしたい。この戦いを止める為の話だ」
「なるほど。承知しました」
「しかし、国王を使うとは。魔王様には後で注意しておかなくては」
ビビディは少し面倒な事を言っていた。
この時には知らなかったが、少し本気で怒っていたらしい。
「魔王様達が現れるまで、それまでは粘って下さい」
「任せろ!」
国王は変身した自分の姿を、手鏡で確認していた。
「おっほー!本当に変身しおったぞ!」
「本当ですわね・・・」
その姿を見たメイド達のテンションは低い。
まあ、分からなくもないけど。
「じゃ、四人であの戦闘の起きている場所まで行くんだけど。僕は今変身出来ないから、お面を着けるから」
ちなみにこのお面は、イッシーに渡した石仮面の試作品だ。
これならダークエルフには見えないだろう。
「向こうで話す時は、口調も変えて下さい」
「ゴホン!任せろ!」
似ているのかも分からない僕だが、メイド達の反応を見る限り、似ているのだろう。
これなら大丈夫だと思う。
「作戦開始です。行きましょう」
砕けた門を見た僕は、少し動揺した。
佐藤さんが使った氷漬けの跡もあるが、ズンタッタ達の方にも被害が出ていたからだ。
しかも死傷者まで出ていそうだ。
陽動だけと言ったのに、何でこんな事になっているんだ!?
「双方、攻撃を中止しろ!」
国王の声に先に反応したのは、王子派の帝国兵だった。
帝国兵が続々と跪く姿を見た召喚者も、同じように攻撃をやめて跪いた。
攻撃が弱くなり、声が再び聞こえたズンタッタ達も攻撃を中断させる。
「第一王子、ヨアヒム様の御前である!」
帝国兵の一人が大きな声で叫ぶと、ズンタッタ達も跪いた。
「久しいな、ズンタッタ」
「ヨアヒム様もお変わりなく」
「俺が此処に来た理由、何か分かるか?」
「いえ・・・」
「そうか。お前達が父を慕って、俺から離れた事は知っている。だが!お前達のような有能な人材を、遊ばせていくわけにはいかんのだ!現に、この人数差で五分五分で戦っている!」
その声に王子派の帝国兵は、苦虫を噛んだような顔をしたのが見えた。
うーん、嫌われているねぇ。
「しかし、我々は国王陛下に命を捧げた身。いくら息子であるヨアヒム様でも、我々の事は止められませんぞ!」
ビビディが立ち上がり、王子に食ってかかる。
それをズンタッタが間に入り、ビビディが少し遠ざけられた。
「分かった!ならば、父の件で話し合おうではないか。そのつもりで今回は、父専属のメイド二人にも来てもらっている。荷物持ちでドワーフの子供にも協力してもらっているが、構わないな?」
「・・・分かりました」
ズンタッタが返事をした事で、戦闘は終わった。
「お前達!門を直しておけ!」
王子は帝国兵達にそう伝えた後、門の外へ向かう。
「危険です。我々も同行を・・・」
「要らん!俺を誰だと思っている!」
一喝した王子は、付いて行こうとした彼に説明を始める。
「いいか?俺がズンタッタ達を籠絡させるから、お前達は父を軟禁している草津の門を直しておけ。まず、信頼を得る為に、俺がアイツ等の所へ出向く。大勢ではなく少数で行けば、それだけ安心されるだろう?」
「なるほど!かしこまりました」
「俺が王子だという事は、アイツ等も分かっている。下手な事はしないはずだからな。後は頼んだぞ」
王子はそう言い残し、門から出て行った。
「もう良いですよ」
僕がそう言うと、王子はニッコリと笑って肩をバンバン叩いてくる。
王子から国王に戻った彼は、少し名残惜しそうに僕に言った。
「どうだった?私の演技力凄くない?いや〜、私もしかして舞台俳優にでもなれるんじゃないかな?ハッハッハ!」