なんで俺がこんな目に
俺の名前は佐藤俊輔。
自分で言ってて悲しいが、目立った所も特に無い平凡な男だ。
中学時代は友人の勧めで野球部に所属し、周りより少し運動神経が良かったせいか四番でピッチャーだった。
地元中学校で四番ピッチャーだった俺は、名門と呼ばれる高校に甲子園を目指して入った。
あの頃の俺は自分が特別だと思っていたんだ。
高校に入学し野球部への入った俺は、初めて自分がいかに普通だったか思い知らされた。
現実に目を背け、俺は出来る、俺は限られたあちら側の人間だと思い込んでいただけだった。
実力どころかやる気さえも負けている。
そして俺は甲子園に行った。
アルプススタンドから声を出す為に。
高校では冴えない人生だったが、大学には現役で入る事が出来た。
女の子との飲みとバイトに精を出す、その辺の大学生と変わりは無い。
だがそれも違和感を感じ、三年になる頃に平凡な大学生からの脱却を目指して一念発起でボクシングを始めた。
始めた理由は一人で出来るから。
レギュラーを選ばれるわけでもなく、自分だけがやる競技だからだ。
そこそこ運動神経が良かったのと、ちょっと前まで野球で身体を動かしていたおかげか、そこそこ強くなっていった。
周りが就活に忙しくなる頃、俺はトレーニングに打ち込んだ。
ジムのトレーナーからは筋があると言われ、プロ挑戦をしないかと打診されたのだ。
正直嬉しかった。
やる気になった俺はプロライセンスを取得した。
プロのリングに上がった俺は、デビュー戦でKO勝ちを収めた。
俺はボクサーとしてやれる!
そう思ったのも束の間、勝ったり負けたりを繰り返し。
しかし野球と違って、日本ランキングに上がるまでになった。
正直な話、こんな高みまで来れるとは思わなかった。
俺は二十代半ばになっていた。
今の俺ならボクシングでやっていけると思っている。
次の試合がチャンスだ。
ランキング上位勢の怪我等が理由に、自分にチャンピオンへの挑戦権が回ってきたのだ。
俺はやる!来月の試合が終わればチャンピオンだ!
俺は本当にボクシングをやりたかったのか?
就職したくないから、始めたんじゃないのか?
モヤモヤした気持ちを秘めながら、日課の走り込みをしていた。
そして車にはねられた。
気付くと知らない場所に居た。
病院なら未だしも、全く見覚えの無い部屋だった。
「やあ、はじめまして。キミの召喚者だ。キミは何が出来るかな?」
日本語なのは分かるけど、話してる内容は意味不明だ。
召喚って何だ?
何が出来るとかじゃなくて、俺を帰してくれ。
来月の試合に懸けているんだ。
・・・本当に?
「試合?キミは何かの戦士かね?」
戦士?選手の聞き間違いか?
俺はボクシングの選手だ。
「ボクシング?それは何だい?」
ボクシングを知らないのか?リングの中で殴り合うんだが。
「あぁ、拳闘士か!キミは当たりだね!素晴らしい。キミと契約をしよう」
契約?スポンサーの契約か?
まだチャンピオンにもなってないのに、随分気の早いスポンサー様だ。
しかし俺の初めてのスポンサーだ。
悪い気はしないな。
「スポンサー?援助者の事かな?まあそういう事だね。では誓いの契約をさせてもらおう」
そうして何も知らない俺は、彼と契約を交わした。
知らない世界で奴隷となる契約に。
奴隷といっても、今はそこまで悪くはない。
最初の頃の扱いは酷かったが。
複数のゴロツキのような連中と同じ部屋で、新入りだからと胸ぐらを摑まれ喧嘩を売られる。
ナイフをちらつかされ身の危険を感じて殴り返したら、一撃で倒れた。
何故だか知らないが、この世界に来て強くなったらしい。
その後剣を持った兵士と戦うことになり、勝ったら急に待遇が変わった。
食事は毎日三食出るし、部屋も個室に変更。
今では試合の事を考えずに量も食べられる。
階級制限なんか無い世界だからな。
ある意味、就職したといってもいい。
それになんといっても、あの変な容器を見たら自分の幸運さが身に染みて分かる。
人間が変な容器の中に入れられて、意識の無いまま水のような液体の中に浸けられていた。
うつろな目で意識があるのか無いのか、液体の中で漂ったまま動く気配は無かった。
容器から出た管が外の違う部屋に伸びているのは分かったが、その先は怖くて見ていない。
あのような姿にならなかっただけ、自分は運が良かったのだと。
自分は運が良かったと思ったが、同じような人は何人も居るようだ。
全員を把握してるわけではないが、やはりスポーツ選手や警官、更には自衛隊出身者も居ると聞いた。
明らかに戦闘を考えられて集められている。
何故か普通のサラリーマンも居るみたいだけど。
此処での生活は、剣や槍を持った兵を相手に戦闘訓練が主だった。
戦う度に強くなっていくのが分かる。
今では何十人を同時に相手取っても勝てるほどだ。
しかし上には上が居た。
銃を持った兵士を相手に戦っているのだ。
何人もの兵士に囲まれ銃撃を浴びせられているのに、避けたり弾いたりしている。
アレは人間の出来る動きじゃない。
しかし話を聞くと、同じ日本から来た青年だという。
俺もあんな風になれるのか?
あんな死んだような目で戦うようになるのか?
此処に来て何ヶ月か過ぎた頃、初めて命令を下された。
とある村に行って襲撃してこいと。
襲撃って何だ!?
よく分からない。
同じような召喚者に聞くと、異世界人を倒して捕虜にしろという話だった。
必要な場合のみ殺しはするなという話だが、逆に言えば殺さなくてはならない場合もあるらしい。
俺は人殺しをする為に、ボクシングを始めたんじゃない!
そう反発すると、激しい頭痛に見舞われた。
立っていられないほどの頭痛。
涙を流しながら頭を押さえていると、徐々に痛みは引いていった。
自分が奴隷になったと理解した瞬間だ・・・。
俺は兵達と一緒に城を出た。
しかし行動は別らしく、一緒に行く事になったのは知らない人達だった。
コイツ等は傭兵もしくは魔物を狩るハンターらしく、城の兵と違いバラバラの兵装で随分と下品な言動をする連中だ。
最初の頃に出会ったゴロツキは、傭兵だったのだろう。
やはり同じように喧嘩を売られ、返り討ちにしたらリーダーだと認められたようだ。
村の規模が小さいという事で、俺がリーダーとなり攻め落とすという事になっていた。
リーダーって言っても何も知らないのに、何を指示すればいいのだろうか?
こんな時、何故か野球部での事をふと思い出した。
たった一学年上なだけで、あんなに頼もしかったのは何故なんだろう?
そんな回想をしながら、村へと向かっていた。
村までの道はハンターの案内で行き、2週間ほどかけて到着。
数日の監視後に、村への襲撃が行われる運びとなった。
「隊長、この規模の村なら俺等だけでも余裕ですぜ!だから女はいくらか貰ってもいいですかい?」
あぁ、本当に下品な連中だ。
しかし迂闊な事を言って、命令違反されても困る。
仕方ないので許可を出した。
そして襲撃当日、俺はゴーサインを出した。
剣や斧、棍棒等を片手に近くに居る村人を襲う連中。
村人は抵抗したがあっけなく・・・って、かなり抵抗が激しい!
おい!余裕って言った馬鹿は誰だ!?
よく見ると人間じゃないじゃないか!
獣人?
素手や木の棒で戦っているのに、かなり強いぞ。
様子を見ていたら、近くの獣人が襲ってきた。
いや、襲っているのは俺達だったな。
木の棒で殴られそうだったので応戦したが、やはり城の兵よりも全然強い。
振り下ろしてくる棒を避けて、顎目掛けての右ストレートで意識を飛ばした。
この強さなら捕虜として捕まえて、契約してしまえば大きな戦力になるだろう。
しかし俺なら倒すのに余裕だったが、これは本当に作戦として正しいのか?
傭兵の連中達の強さを考えると、この村の制圧は不可能だと思うんだが・・・。
自分の身を守りながら村を回っていると、ある家の周りに傭兵連中が集まっているのが見えた。
どうやら敵のリーダーを発見したらしい。
彼を倒せば、村の連中もおとなしくなるだ・・・え?
なんか見た事の無い長さの槍をぶん回しているんだけど。
軽く5メートル以上はあるだろ。
あんなの平然と振り回すとか、やっぱり人間とは違うな。
味方がどんどん吹き飛ばされていく。
腕や足、首や胴体が派手に飛び散る。
こんなのどうやって倒すんだよ・・・。
俺がやるにしても、あんなのすぐ倒せる気がしないぞ!?
あぁ、もう敵さんのテンションがめっちゃ高い。
ハッハー!って笑い声まで聞こえてきたよ。
仕方ない、そろそろ倒しに行くか。
アレ?
周りの連中の動きがおかしいぞ?
うおっ!目の前を剣が飛んで行った!!
「おわーーー!!!!」
なんだ?子供の声?
「あっぶねー!!」
子供が何故こんな所に?
しかも敵のリーダーと俺達を挟んで話し始めた。
結構度胸あるというか、ナメてるよね。
このガキを人質にでも使えば、敵のリーダーも抵抗をやめてくれるかな?
今ならこの子以外居ないし、出来るかも!?
そっと近付けば傷付けずに捕まえられるはず。
静かにゆっくりと・・・あれ?
皆が地面に伏せってるんだけど。
というより倒れてる?
もしかして魔法か!!?
この辺で立っているの俺だけじゃないかよ!!
バレないように近付くどころか、逆に目立ってどうする!
動けない連中は敵の長槍でまとめて吹っ飛んでしまった。
ほとんどの連中が死んだと思う。
間近で見たけど、あの槍の威力は馬鹿に出来ない。
長い分避けられないほど速く振り回せていないが、俺でも食らったら危ないかもしれない。
「敵の隊長が何処かに居るはずです」
敵の隊長って俺の事じゃないか。
明らかに狙われてる。
あの魔法使う子供と長槍のリーダー、同時には流石に無理だから。
どうやってるのか分からないけど、俺も動きを止められて長槍で同じように吹き飛ばされるのがオチだ。
しばらくは様子を見させてもらおう。
俺もこの飛び散った肉片と変わらない姿になりたくないし。
しかし、ほとんど詰んでいる気もするんだが。
周りを見たら、さっきまで居なかった戦士が数人戦っている。
明らかに戦い慣れした連中で、味方は返す刃でほとんどやられている状況だ。
このままだと俺も殺される。
どうにか逃げないと・・・
「あがぁぁぁぁ!!!」
頭が痛い!逃亡を考えるのも駄目なのか!
俺の叫び声で、さっきの長槍と子供が戻ってきた。
あぁ、俺も死ぬ運命か。
その辺の肉片と仲間入りするかな。
ちくしょう!
なんで俺がこんな目に遭わないといけないんだ!