国王救出作戦
安土で暮らせばいい。
ズンタッタの勧めで、安土に興味を持つ山賊のキツネ族一行。
返事はすぐにしなくてもいいと言ったのだが、即断即決で安土に行く事になった。
しかし、此処はまだ上野国の領内で山の中だ。
そして、帝国の国王を助けるという仕事が残っている。
その事を説明すると、アニキと呼ばれるキツネ族の男が、草津までの道案内を買って出てくれた。
アニキとか少年とか、そういう呼び方が呼びづらいと思い名前を聞くと、少年だけが名前を持っていた。
彼の名前は石川五右衛門。
有名な泥棒と同じ名前だった。
朝になり眠瞳術から覚めた僕は、弟に詳しい経緯を説明された。
彼等は路地裏で生活していた少数のヒト族と、孤児だったキツネ族の集まりだ。
それをアニキと呼ばれる人物がまとめ上げ、今では家族として生活しているという。
それならばと彼等には、石川の姓と名前を授かる事にした。
アニキと呼ばれた男が長兄とした、石川一家の誕生だった。
彼等に案内され、とうとう山を越える事が出来た。
草津はすぐに分かる。
イチエモンの言葉で僕達はすぐに理解したが、全く事情を知らないビビディは苛立ちを感じる。
そして草津が見える距離になり、その意味を理解した。
「何ですか、この臭いは!?くっさ!あんな所に国王が居ると言うのか!?」
ビビディはその強烈な臭いに、臭いを連発している。
ズンタッタは悪戯をした子供のように、笑いながらビビディの背中を叩いていた。
「あんまり笑い過ぎるなよ。知らなきゃ、こういう反応になるって」
「魔王様は、これがどういう事か知っているのですか?」
「これは硫黄という物の臭いなんだ。正確には硫化水素が臭いんだけど、まあ硫黄で覚えれば良いよ」
「それで、こんな臭い物が何故こんな所にあるのです?」
鼻をつまみながら話すビビディ。
やはり初めてこの臭いを嗅ぐと、嫌いな人には堪らないかもしれない。
「これが温泉の成分になってるんだ。国王も毎日、温泉に入ってるんじゃないのかな?」
「こんな物が温泉の成分!?くっさ!国王様も臭いにやられて、頭痛でも起こしているのではないか?」
「そうだなぁ。換気をしっかりしないと、死亡事故もあるって聞くけど。でも屋外にある温泉で風があれば、普通はそんな事故は起きないと思うけど」
「こんな所に居る国王が心配です。早く助けに参りましょう!」
ビビディは草津が苦手なようだ。
慣れればそこまでキツくないんだが。
それに温泉に入ると、印象も変わると思う。
「魔王様、この辺で一度止まりましょう」
イチエモンのストップに、全員が林の中に身を隠す。
そして猫田が前に出てきた。
「水上に居なかったので此処しかあり得ないとは思いますが、念の為に偵察しておきます。ちなみに帝国の国王は、どのような名前で?」
「バスティアン。バスティアン・ハインツ・フォン・ドルトクーゼン。それが国王の名前だ」
「バスティアンか。分かった。幽閉もしくは軟禁されている人物が居ないか、確認してこよう」
ビビディに教わった猫田さんは、そのビビディの影に入り、姿を消した。
半日ほどその林の中で過ごすと、猫田さんが戻ってきた。
ズンタッタとビビディ、そして僕が座っている所までやって来ると、彼はニヤリと笑い頷いた。
「おぉ!国王は健在でしたか!?」
「思っていたよりも元気そうだ。毎日温泉に入っているからか?」
「ビビディ!」
ズンタッタとビビディはガッチリと握手をして、二人とも目には薄らと涙を浮かべていた。
思えばズンタッタに会ってから、かなり長い。
今にして思えば、この間に国王が暗殺、もしくは病死等していてもおかしくなかった。
不安に思う日もあったと思うが、猫田さんの言葉は、その不安を全て吹き飛ばしてくれたはずだ。
「しかし、問題もある。屋敷の周りは厳重に警備されていた。もしも正面から戦うとなると、先に連れ去られる可能性もあると思うが」
「猫田殿、我々は貴方を信頼している」
ズンタッタは、真っ直ぐと猫田の目を見て言った。
そしてビビディも、両手で猫田の手を掴み懇願する。
「猫田殿!国王をよろしくお願いします!」
「分かりました。魔王様、潜入の際は」
「分かってる」
ズンタッタ達が、正面から囮を務める。
その間に、猫田さんと僕が影魔法で潜入。
助け出したら、すぐに草津から退却。
これが簡単な作戦内容だ。
「ちなみに召喚者の姿は?」
「複数名は確認しております」
複数居るなら、おそらくは数人がズンタッタ達の方へ。
そして一人もしくは少数は、国王の警備からは外れないだろう。
問題は、召喚者相手にズンタッタ達が持ち堪えられるかだな。
流石に佐藤さん一人だと、戦力的に心細い。
【だったらさ、あのクリスタル使って武器作ろうぜ】
簡単に言うなよ。
作り方が分からないんだから。
【だから、簡単な使い捨ての武器にしよう。コバが作るような本格的な物は無理だとしても、壊れても良いような武器と、爆弾や目くらまし的な物なら作れるだろ?】
壊れる前提の武器か。
そっちは使用者の怪我を考えると難しそうだけど、爆弾や目くらましは出来る。
なかなか良いアイディアだ!
【もっと褒めても良いのよ?】
たまたま思いついただけだと思うけど。
よし!
今から突貫で作って、夜間に攻撃を仕掛けよう。
「これは?」
「何種類かあるから、袋で分けておいた」
ズンタッタに四種類の袋を渡した。
赤青黄白の色別で分けた袋は、それぞれ効果が違う。
赤は炎魔法が入っている。
青は風魔法が入っていて、赤と同時に投げれば炎が風の影響で燃え広がる。
黄色は光魔法なので、単なる脅し。
特に攻撃力は皆無だ。
そして白。
これは回収した中で比較的大きなクリスタルに、目一杯火魔法や風魔法が込めておいた。
数は少ないが、相手が屈しない場合に使えば、その威力に怯ませる事が出来るはず。
「と言った感じ。この前のクリスタルを、ほとんど使用したから。相手が迫ってきたり危険だと思ったら、躊躇なくぶん投げろ」
「我々も使う時、叫ぶのですか?」
ズンタッタは少し恥ずかしそうに聞いてくる。
叫ぶとは、どういう事だろう?
「アレです。シャイニングとかフリージングとか・・・」
なるほど。
佐藤さんも最初は恥ずかしがっていた。
シャイニングやフリージングの時には、その感覚も麻痺していたけど。
是非とも、ズンタッタやビビディ達にも叫ばせたい。
「叫ばないと駄目。って言いたかったけど、これは単純に魔法を込めただけだから。投げつける時に、燃えろとか吹き荒れろとかって心の中で思うだけで、普通に使えるよ。試しに佐藤さんに使ってもらったから」
それを聞いたズンタッタは、ホッとした顔をしている。
年齢的なモノかな?
シーファクやラコーンは、そこまで恥ずかしそうに思ってなさそうだけど。
「それなら誰でも扱えそうですな。皆に配っておきます」
「あまり早々と無駄使いするなよ。召喚者も居るらしいし、佐藤さん一人じゃ対応しきれない事も考えられるから」
「承知致しました」
四種類の袋を渡すと、ズンタッタは立ち去っていった。
今思えば、袋をもっと用意するべきだったかも?
皆に配るなら、何のクリスタルか分かるようにしなきゃ駄目だったと反省している。
だいぶ夜も更けた。
草津も寝静まった頃だろう。
「そろそろ作戦を開始する。僕と猫田さんが先に潜入するから、十分後に陽動を開始してくれ。それと、草津のドワーフ達は事情を知らない可能性もある。今後の事も考えて、極力死傷者は出さないように頼む」
「分かった。俺も極力、足止めに専念する」
「佐藤さんはおそらく、召喚者とやり合う事になるから。ぶっ飛ばして良いです」
「手加減って難しいから、緊張してたのに。それならそれで助かるけど」
佐藤のセリフは周りの緊張を解したようだ。
大きな声は出せないが、全員が大きく剣を上げて、それぞれの健闘を祈っていた。
「じゃあ行ってくる」
「此処から入るのが最短かと」
猫田さんの説明する場所に着くと、彼は早々に影の中に入っていく。
僕もすぐに後を追うと、すんなり草津の中へ侵入する事が出来た。
やはり夜も遅いので、全体的に静かな雰囲気だ。
「猫田さん、影魔法ってまだ使う?」
「此処からは使わなくても大丈夫だと思います」
それなら、僕よりも適した人物にバトンタッチだな。
【何とかって国王助け出して、さっさと帰るか】
「猫田さん、行こうか」
「御意」
家々を壁伝いに音も無く走っていく。
明かりが点いている家など、ほとんど見当たらない。
今頃は寝てるんだろうな。
彼の目的地は、そこまで大きくない宿屋だった。
「流石にこの宿の周りには、かなり見張りが多い。こんなに多いのは、一度脱走でもしようとしたかな?」
「国王だからでしょう。王子からすれば、表舞台に出てこられると困りますからね」
「そういうもんなの?あんまり言いたかないけど、王様殺しちゃえば早くない?」
「それをすると、国民が納得しないでしょう。力で強引に王位を奪った、簒奪者として扱われるだけです」
「ふーん、それじゃ駄目なんだ。じゃあ下剋上なんて、成立しない気もするけどね」
(だから無理矢理に、こんな場所に押し込めてるんじゃないか。政治的に生かさず殺さずの意味で、温泉がある草津なんだろう)
そういえば、国王は病気だから代理で実権握ってるんだっけ?
そう考えると、湯治に来てるって言えば言い訳にも使えるのか。
なるほど。
王子も頭良いな。
「どうかされましたか?」
「悪い、ちょっと考え事してた」
急に黙ってしまったから、猫田さんに心配されてしまった。
目の前の仕事をキッチリとこなして、安心させなくてはいかんな。
宿の様子を伺っていたところ、村の入口から爆発音が聞こえてきた。
「始まりましたな」
深夜に爆発音。
流石に見張りの兵だけでなく、村の人も大混乱している。
一斉に明かりが灯り、男連中が家から出てきた。
他の宿には大勢の兵が宿泊しているらしく、慌てて入口に走って行った。
「やっぱりこの宿の見張りは動かないな」
「しかし、周囲の宿からは兵が消えました。援軍を呼ばれる事は無いかと」
「俺が奴等の前に出る。猫田さんは影魔法で、宿の中へ入ってくれ。戦闘は極力避けて、連れ出されないように見張ってくれるだけで良い」
俺は答えも聞かずに、入口へ向かう流れに逆らって、宿の前へと歩いていった。
「子供?ドワーフじゃない!?」
「どうもこんばんは。死にたくなければ、抵抗はしないでもらいたいな」
国王の見張りなど任されているくらいだ。
それなりに優秀らしい。
咄嗟に笛のような物を吹き、すぐさま俺に斬りかかってきた。
子供の背だからか、本来は胴を横薙ぎにするのだろうが、首を斬りに来ている。
だが、遅い。
剣のキレだけでも、チトリやスロウス達の方がはるかに上だ。
至近距離で鉄球を投げて腹にめり込ませると、彼は吐きながら悶絶していた。
「近ければ一撃で行動不能には出来るな。当たりどころが悪ければ死ぬけど、運が悪かったと思って諦めろ」
「気を付けろ!妙な球を投げてくるぞ!」
情報共有もしっかりしているが、避けられなければ関係無い。
結構適当に投げつけたのだが、数十人居た兵達は全員倒れた。
呻き声も聞こえるので、運が良い連中は死んでいないのが分かる。
誰か不意打ちを仕掛けてこないか、じっくりと見回した後に宿の扉を開いた。
「さてと、お邪魔します」