草津へ
眠瞳術という術でやられた僕の代わりに、兄が立ち上がった。
兄は変身して戦おうとするが、失敗に終わる。
その理由は、僕が寝ているからだと思われる。
普通に身体強化で戦った兄は、襲ってきた山賊を眠瞳術を使う少年以外倒してしまった。
少年は再び眠瞳術を使おうとするが、サングラスを掛けた兄には通用しなかった。
気絶して縛り上げた山賊達を集め、起きている少年に話を聞くと、彼等は元長浜の住人だと言う。
キツネ族の獣人と少数のヒト族で生活をしていて、自分達を追い出した秀吉を恨んでいた。
しかし彼等を追い出したのが、以前秀吉を幽閉していたアナトリーの仕業だと判明する。
秀吉を恨んでいた彼等は、長浜から来るネズミ族とヒト族だけを襲い、一般人には手を出さなかったらしい。
それを聞いた兄は、長浜へ戻る事を提案する。
しかし、目を覚ました山賊の頭領であるアニキと呼ばれる男は、その答えを渋っていた。
その理由は、ヒト族の連中が路地裏生活していたという事だった。
そこへズンタッタは、多種族が共生している安土への移住を提案した。
「それは良い!ズンタッタの考えも悪くないと思いますが?」
ビビディがそんな事言い始めた。
確かに安土なら、獣人だろうがヒト族だろうが、関係無いな。
「安土?」
「俺の領地だ」
「キミって領主様なの!?」
「俺は阿久野。これでも魔王だからな!」
「ま、魔王様だとは思いもしなかった・・・」
縛り上げられながらも、何故か正座を始める一行。
そんな事はしなくていい。
「まあ、安土ならヒト族だろうが獣人だろうが関係無いな。小人族だって居るし、若狭から妖精族もたまに来る。多種族が居るぞ」
「ちなみに我々も帝国の人間だが、今は安土で生活させてもらっている」
ビビディの言っている事が信じられないのか、俺の方をアニキが見てきた。
「嘘じゃないぞ。ちなみにこのビビディが、俺達の為に城を作ってくれたからな。凄くデカイから、見応えあるぞ」
「まさか、そんな場所があるなんて・・・」
「アニキ!オレ達もそこでなら、皆で暮らせるんじゃないかな!?」
「別に今すぐ返事をしなくても良いよ」
明日の朝にならないと、コイツ起きないし。
勝手に話を進めると、うるさそうだしなぁ。
「いえ!我々を安土へ連れて行って下さい!よろしくお願いします!」
「お願いします!」
アニキの声に合わせて、皆が頭を下げながらお願いしてきた。
ヤバイ。
明日まで待ってなんて、言える雰囲気じゃない。
ええい!
「ユー、来ちゃいなよ!安土へ皆、来ちゃいなよ!」
「やった!」
皆が喜びの声を上げているが、俺の心の中は複雑だった。
明日、何言われるんだろう。
それだけが頭の中を巡っている。
「ゴホン!ただし!問題が一つ残っている」
「問題?」
「魔王様、作戦中だという事をお忘れではないですよね?」
「作戦?お、おぉ!アレな、草津へ行って国王助けるってヤツな」
ヤベェ。
その為に山越えしようとしてたの、忘れてた。
ズンタッタがジト目で見てきているが、見ないフリをしよう。
「草津へ行くんですか?道案内しますよ」
「お前等、方位磁石が使えないのに、山越え出来るの?」
「まあ、それなりに此処に住んで長いですから」
ほっほう。
思わぬ形で時間短縮出来そうじゃないか。
これなら明日、コイツ等を受け入れた話をしても、文句は少なくなる気がする。
「キミ達!見事にやり遂げたまえ!」
「ハイ!」
良い返事だ。
怒られないように頑張りたまえ。
「そういえばお前等、名前無いの?」
「名前ですか?ちゃんとした名前持ってるのは、コイツとヒト族くらいですかね」
「コイツ?一人だけ?」
「オレ達別に、本当の兄弟ってわけじゃないので。路地裏生活してて集まった、孤児ってヤツですかね。それでもコイツは、服に名前が書いてあったんですよ」
「へぇ、それで名前は?」
「オレの名前は石川五右衛門。長い名前で呼びづらいから、ゴエモンって呼ばれてます」
「ご、五右衛門!?」
おいおいおいおい!
石川五右衛門って、誰が付けたんだよ!
というか、石川五右衛門って信長とかと同じ時代なの!?
それすら知らんがな。
「わ、分かった。ゴエモン、よろしくな!」
縛っていた縄を解き、一緒にメシを食べた後に寝た。
朝になり目を覚ますと、既に身体は動いていた。
「起きたか。ごめん、やられちゃったよ」
【オゥ!気にするな。それにお前が眠る直前に、目を見るなって言ってくれたから何とかなったんだ】
「そう。それなら良かった。それで、この状況はどういう事?」
目の前には、昨日のキツネ族の連中と少数のヒト族が眠っている。
横には見張りの帝国兵が居るが、大して警戒している様子は無い。
【あ、それね。仲間になっちゃった。テヘペロ!】
テヘペロじゃねーよ!
どういう事だか説明しろよ!
【というわけでして、彼等は悪くないんじゃないかなと思った次第であります!】
なるほどね。
話は分かった。
それと石川五右衛門。
名前からすると、どっちにしろ秀吉の所に居ても幸せにはなれなかったかもね。
【どういう事?】
石川五右衛門って、秀吉に命じられた部下が捕まえて、最期は釜茹での刑にされて死ぬんだよ。
ちなみに家族も磔にされて、全員死んじゃう。
【何だと!?】
まあ歴史ではそう伝えられているだけで、彼等がそうなるとは限らないけど。
でも秀吉と直接関わらないようにすれば、そんな心配も要らないと思う。
【それなら良かった。アイツ等、話をしたら結構良い奴だったからさ。これ以上酷い目に遭って欲しくないんだよ】
それに今思うと、秀吉ってテンジ達の事を差別してたりしたじゃない?
同じネズミ族でもそうなんだから、種族の違うキツネ族やヒト族じゃもっと酷かったかもしれないね。
【今は反省してテンジを代理にしてるけど、溝が埋まるのは遠そうだよなぁ】
まあ、そのおかげで半兵衛が安土に来てくれてるんだ。
秀吉様様って事で良いじゃない。
【そうだな。ゴエモン達も面白い能力持ってるし、安土でも仕事は沢山ある。長浜みたいな事にはならないだろうから、アイツ等も楽しく暮らせるだろう】
それにしても、僕が負けるなんて。
兄さんが居なかったら、本当に危なかった。
今後はもっと、慎重に行動しないといけないな。
「それじゃ、こっちです」
「こっち?太陽の位置からして、もっと東に進むんじゃないの?」
「直線上ではそうなんですが、途中で崖崩れがあります。結局遠回りなので、こっちに向かった方が早いです」
アニキの説明に納得した僕等は、彼等の案内を信じる事にした。
「アニキ!早く終わって安土行けるといいな!」
「バッカ!お前、魔王様達の仕事の方が大事なんだから、そういう事言うなよ」
頭に拳骨を落とされたゴエモンは、少し涙目になっている。
ズンタッタ達が気を悪くするかとも思ったが、それは逆に闘志を燃やす結果となった。
「そうだな。ゴエモンの言う通り、さっさと終わらせて安土に帰還しよう」
「おうとも!国王様も安土なら安全だしな。ゴエモン達も、応援してくれ」
「オレ達も出来る事があったら手伝うよ!」
しかしこの連中、山賊という割にはあまりに人が良い気がする。
特にこのアニキという人物。
血が繋がっていないというのに、かなり慕われている。
余程、信頼されているんだろう。
【というかさ、ゴエモンしか名前が無いのも不便だよな】
何?
名前あった方が良いっていうの?
【難しい名前を決めるのも面倒だから、簡単なのを決めれば良いじゃない】
簡単な名前?
人の名前をそんな気楽に付けられないだろ。
【別に大丈夫だろ。コイツが五右衛門なら、アニキは一右衛門。次に年上が二右衛門。次が三右衛門ってな感じ】
なるほど。
石川一家か。
面白い。
それで行こう。
「ゴエモン、アニキ達とは家族って事で良いんだよね?」
「そうだね。オレ達は家族だ!」
「分かった。じゃあお前達は今から全員、石川一家だ」
「石川一家?」
「オレ達も石川になるんですか?」
アニキや後ろに居るキツネ族にヒト族も、全員が不思議そうな顔をしている。
「そうだ。アニキが一家の主で良いんでしょ?」
ヒト族の中には、アニキよりも年上っぽい人が居る。
だが、その人もアニキの指示に従っていたので、おそらくはアニキがリーダーなんだと思う。
「オレが主?」
「そうだよ!皆、アニキの言う事を聞いて付いてきたんだ。おかげで山の中の生活でも、誰も死んでない。アニキがオレ達の主だよ!」
キツネ族だけでなく、ヒト族の人達もそうだと声を上げている。
これなら誰も異論は無いだろう。
「決まりだね。アニキ、キミは今から石川一家の主だ。名前は石川一右衛門」
「オレがイチエモン・・・」
「次に年上になるのは、ヒト族の貴方ですか?」
「えっ!?あ、あぁ、そうです」
まさか声を掛けられると思ってなかったようで、返事の声が裏返っている。
アニキだけが、名前を付けられると思っていたようだ。
「じゃあ貴方が石川三右衛門ね。次に年上の人。というか、年齢順に一列に並んで」
面倒になった僕は、全員を並べて順番に名前を与えていった。
「キミが最後か。キミは石川一家の末っ子、石川二十四右衛門だ」
流石に十以降まで来ると、呼びづらい。
ジュウイチエモン?
「ありがとうございます!」
石川一家全員が、一斉に頭を下げてきた。
小さい子も居るから、なんか学校の先生にでもなった気分だ。
「かなりの大所帯の家族だけど、皆で仕事すれば大丈夫だと思う。安土に戻ったら、イチエモン達に合う仕事を斡旋するよ」
山に入って一週間が過ぎた。
登り始めに天気が悪くて足止めをされたが、イチエモン達の案内のおかげでもうすぐ山越えも終わりそうだ。
「ちなみにオレ達も、この山以外は詳しくありません。ただ、草津は行った事があるので、それくらいなら道案内も出来ます」
「それは助かる」
お礼を言うズンタッタだったが、イチエモン達も今では並んでいても違和感が無くなってきた。
その理由は、イチエモン達が帝国兵から奪ったミスリル装備を加工して、石川一家全員に分け与えたからだ。
小さい子にも身体に合うサイズにして、全員がミスリル装備で身を固めている。
ちゃんとした戦闘訓練をしてないにしろ、山賊なんかやっていた連中だ。
鎧が似合うのは、多少なりとも修羅場を潜ってきた証拠だろう。
「草津はどんな所なのかね?」
ビビディがイチエモンに尋ねると、彼は困った顔をしている。
「すいません。オレ達も中には入った事無いんです。ただ、場所はすぐに分かります。独特の臭いがするので」
「独特な臭い?」
「行けば分かります」
ビビディは、その遠回しな言い方に疑問を覚えた。
ズンタッタは意地悪そうな顔をしている。
多分、どんな場所だか知っているのだろう。
「もうすぐですね」
「そこまで臭いがしないが?」
「そりゃ、ヒト族よりはキツネ族の方が臭いに敏感ですよ」
じゃあ猫田さんは?
そう思って彼の顔を見たが、無表情のままだ。
【おいおい、ちゃんと見ろって】
ちゃんと?
あっ!
眉間に少しシワが寄ってる!
本当は臭いが分かってるんだ。
それを堪えて、無表情を作っているのか。
ちょっと笑える。
「見えてきましたよ」
「おぉ!アレは湯気かな?白い煙が至る所から見える」
此処が草津か。
確かに、僕達も知っている臭いがする。
慣れればそうでもないが、初めてだと辛いかもしれない。
「ビビ。どうだ?何か分かったか?」
「いや、特には何も分からん」
「そうか」
クックックと笑いを堪えるズンタッタに、ビビディは苛立ちを感じていた。
「何だ!ハッキリと言え!」
「言わなくても分かるさ」
「だからそういう言い方は・・・くっさ!何だこの臭い!?ガスでも充満しているのか!?悪臭じゃないか!」