魔王ジャイアニズム
猫田さんの登場の仕方は少し心臓に悪い。
誰かの影から出てくるので、知らない人達は驚いてしまうからだ。
そうこうしているうちに、全員が長浜へ着いた。
安土からの長旅に用意された場所は、大きな穴の中だった。
中に入るといくつもの部屋に分かれていて、居心地も悪くない。
その中の一室から、ちょっとした怒鳴り声が聞こえる。
ロックがハクトと蘭丸に、バンドの練習をさせていたからだった。
見本とばかりにギターを弾き始めるロック。
更には歌い始めると、他の部屋から大勢の人が集まってきた。
それに合わせて二人も参加して、気付けばちょっとしたライブになっていた。
このノリに手拍子で乗っていると、ロックが突然演奏をストップしてしまう。
「マオっち、手拍子はやめよう」
悲しいかな、僕のリズム感のせいで止まったらしい。
いつかはこの音痴とリズム感の無さを、克服したいと思うのは駄目な事なのだろうか。
翌日、作戦会議で猫田とテンジに内容を伝えた。
やはり帝国の国王の件で驚いていたが、協力を得る事に成功。
猫田には僕達と共に行動してもらう事になっていたが、そんな猫田に太田はある頼み事をしていた。
そして太田は、新しい僕等の伝記は二十巻くらいになると、とんでもない事を言い出したのだった。
「ちょっと待て!何でそんなに多くなるんだ!?」
「えっ!?普通じゃないですか?」
普通なのか?
【お前、信長公記って読んでないの?】
読んでないよ!
というか、一般人で読んでる人なんか、居ないと思うけど。
「そもそも一緒じゃない時の方が多かったのに、どうやって書いてるんだよ」
「その事なら心配ありません。何故なら、様々な人達に取材を行いまして、魔王様の勇姿は既に聞き及んでおりますゆえ」
「誰だよ!勝手に話してる奴!」
僕は怒りに任せて、その場で怒鳴っていると、ポツポツとその人物が現れてくる。
「あ、ごめん。僕話した事ある」
「俺もある。海津町に居た頃の話とか」
「僕も同じで、能登村に居た頃の話をした」
マジかっ!
まさか一番身近だと思っていた二人が、取材に応じていたとは。
「そういう話なら、俺もしたね。蘭丸くんに近いけど、俺はぶん殴られた側の話をしてあげたよ」
【それ、俺の事じゃねーか!まさか、佐藤さんにもインタビューして、あの時の事を聞いてたとは】
色々な所で聞いてるなぁ。
「ちなみに昨日は、ツムジ殿に仙人の話を教わりました」
オゥ・・・。
仕事が早いな。
「ちなみにどんな感じに書いてあるんだ?」
「そうですね。ツムジ殿に聞いた仙人の話は、魔王様の素晴らしさに感激した鶴が、自ら希って手を貸すと・・・」
自ら希って?
仙人が?
「それ、本当にツムジが言ったの?」
「それに近い感じに言ってました」
近い感じとは何だろう。
これ、もしかしてアレかな?
【捏造されてるんじゃね?】
だよね!
そんな感じだよね!
「ツムジにちゃんと聞いて良い?」
「えっ!?」
「アタシ、そんな話してないけど」
という事を言われ、ジロっと太田を睨むと、彼の目は泳いでいた。
「捏造駄目!絶対!」
「少しくらいは、物語を面白くしようかなと思っただけでして・・・」
「それを捏造って言うんだ!」
「うぅ・・・ハイ」
本当に反省してるのか?
とにかく、編纂はやり直しだな。
ん?
接点が無い二人が、こっちに歩いてきた。
「素晴らしいですな!コレがあれば、わざわざ自ら記録を書かなくても良いとは。こんな便利な物がある世界、羨ましいですぞ」
「マイクロSDはまだ作っていないのである。だから、これと同じ物を幾つも作った。日に分けて使うと良いと思うぞ?」
「なるほど。小さいので幾つも持てますし、全然苦にならないです」
そう言って、胸に小型カメラを取り付ける。
コバは猫田さんに、便利だからと用意していたらしい。
しかしそこに、違った使い方を考える男が居た。
「魔王様!魔王様もこれ付けて下さい。そしてワタクシに、その記録を見せて下さい!」
「嫌だよ。プライバシーも何も無いじゃないか」
「ワタクシは、全てを残したいのですよ!全てを!」
全てって何だよ。
僕が普段、何処に行ったかなんて、知られたくないわ。
だったら自分で確認しろよ。
「だってワタクシの場合、身体が大きいから連れて行ってもらえない時もありますし」
作戦上、仕方ないと思うんだけど。
「思ったんだけど、それなら魂の欠片で変身してしまえば良いんじゃないか?」
「それ、良いと思う。それなら太田さんも、戦闘以外に参加出来るでしょ」
「魔王様が良ければ、それでお願いします!」
「三人で旅立って、すぐに出会ったの太田さんですし」
「俺も皆が良いなら賛成だ」
蘭丸とハクトの二人は、太田の味方のようだ。
他の皆は見てるだけで、僕に任せている感じか。
「仕方ない。次回から何かあれば、変身して参加してもらおう」
「やった!ワタクシ、誠心誠意込めてお仕えします!」
出発の日、僕と猫田さん、ズンタッタ達国王派の帝国兵に佐藤さんを加え、この一行で上野国領内へ向かった。
そして僕達とは違うルートで、又左と太田、そしてドラン率いるドワーフ達は、厩橋城へと進んでいった。
ちなみにコバ達の小隊は、厩橋組へと組み込まれている。
「同時にやるとしても、攻撃開始する日まで一緒にする必要は無いんだよね?」
「半兵衛殿からは、そう聞いてます。だから我々は、一刻も早く国王をお救いしたいのです」
そういえば、国王の名前って何だっけ?
以前、王子の名前を聞いた時に、何か言われた気がしたけど。
忘れちゃったな。
「それと、問題が一つ。実は最近、上野国で謎の集団が見掛けられていると、ドラン殿の密偵から連絡が来たそうです」
「謎の集団?」
「それが、ドワーフではないらしく、全員顔を隠している為に誰だか分からないそうです」
顔を隠した集団ねぇ。
敵か味方か判断出来ないな。
「その連中、上野国領内では何をしてるんだ?」
「厩橋城で何やら探りを入れていたようですが、最近は様々な所で散見されていると聞きます」
ドランとは違うドワーフ一行と考えもしたが、滝川一益を助けるなら厩橋を離れる理由が無い。
それならば、違う目的がある?
「ひとまず頭の中に入れておくとして、様子見しか出来ないかな。もし敵なら、水上や草津の防衛に手を貸すだろう。味方なら、ドワーフじゃない僕等は別としても、ドラン達とは接触するんじゃないかな?」
「そうですね。半兵衛殿も同じ事を言ってました。ただ、半兵衛殿にもその正体は、ハッキリと言えないようでして。かなりイレギュラーな存在と言えるでしょう」
イレギュラーか。
おいしいところだけ奪われるとか、そういうのだけは気を付けよう。
国王を目の前にして奪われたら、目も当てられない。
「現時点では、敵と判断しよう。そう考えておいた方が、安全だ」
「むっ!?」
夜になり、森の中で夜営をしていると、人の気配を感じた。
友好的な雰囲気では無さそうだ。
「誰だ!」
ズンタッタの声に、一斉に剣を抜く一行。
「ビビディ!」
「分かってる!」
一箇所に固まらず、ある地点を起点に、広がりを見せていた。
「気のせいか?」
ズンタッタが警戒を解こうとしたその時、なんと森の中から現れたのは、帝国兵だった。
ミスリルの鎧に包まれた彼等は、ズンタッタ達と斬り結ぶ。
いつもならシーファクの指示で、連携力のある此方が圧倒する場面が多いんだけど、今回は五分五分と言った感じだ。
「なんか、普通の兵より強く感じるんだけど」
「むぅ!」
ズンタッタ達が、徐々に押され始めている。
シーファクの指示で、圧倒どころか前線の崩壊は免れているといった状況だった。
「フハハハ!驚いたか?我々強化兵の強さに驚いているようだな」
強化兵?
何かを強化しているのは間違いないが、それが何だか分からない。
「あっ!」
佐藤さんが殴りながらも、普通の兵との違いに答えに辿り着いた。
「コイツ等の鎧、今までと違うぞ!普通の奴等と違って、胸の部分にクリスタルが埋め込まれている!」
「クリスタルだとぉ!?」
大きな声を上げたのは、何を隠そう僕だった。
これは正直な話、チャンスとしか思えなかった。
クリスタル。
それは今現在、手に入れるのがとても困難な代物である。
閉ざされた門の向こう、はるか遠い領地でしか取れないと言われているからだ。
今、安土で使用されているクリスタルは、たったの5個しかない。
しかしそんなクリスタルが、目の前に転がっているのだ。
これをチャンスと言わずに、何と言えよう!
「気付いたか。我々は選ばれし戦士。召喚者等に頼らずとも・・・」
「全員、聞け!胸の部分だけは壊すな!他は潰そうが斬り落とそうが、何も文句は言わない。クリスタルだけは、無傷で頂く!」
何か相手が言っていた気がしたが、そんな事は関係無い。
とにかく、クリスタルだけは欲しい。
そうすれば、ゴリアテやロック、ハクトや蘭丸も装備の強化が出来るからな。
【言葉だけ聞くと、とんでもない悪役に聞こえるぞ】
そんな事は知らない。
アイツの物は僕の物。
【ジャイアニズムを隠していないな。それよりも、さっき何か言ってたのが、顔真っ赤にして怒ってるぞ】
あ、本当だ。
「このクソガキ!人が話している時に、横から口出すなと親に教わらなかったのか!?」
「教わってますん」
「ますん?」
「教わってるけど、親じゃない。それよりも、お前のクリスタル。ちょっと他の連中より大きいな」
僕は舌舐めずりをして、奴の胸を凝視した。
そんな事をしたせいか、何かを感じ取ったのか、胸を隠しながら距離を取られてしまった。
「お、お前、変態だな!というか、何者だ!」
あら?
結構この姿も有名になったと思ってたのに。
まだ知らない兵も居るのか。
「何者なんだと聞かれたので、クリスタルのお礼に答えてあげよう。僕は阿久野、魔王をやっている」
「ま、魔王だと!?」
「隊長さんで良いのかな?キミ達のクリスタルは、僕が頂くとしよう」
とは言ったものの、胸の部分だけ無傷で回収となると、難易度が段違いに上がる。
胸や喉等の急所を狙う人も居るのだが、間違ってクリスタルを壊したら元も子もない。
相手は胸周辺を警戒しなくて済むから、かなり楽に戦えるだろう。
今考えると、大声で言わなければ良かった。
【それくらい重要だったんだから、仕方ないと思おうぜ。それよりも、代わっておくか?】
うーん、丁寧に戦える?
【あんまり自信無い・・・】
やめといた方が良さげだね。
そうなると、何か良い手を考えないと。
【あるだろう。手なら】
何!?
そんなのある?
【ヒント、佐藤さんのグローブ】
あっ!
分かったけど、でも中身が何だか分からない。
「佐藤さん!」
殴ってるところを呼び出して、グローブのクリスタルの中身を確認する。
「今回は光魔法だね」
「光魔法かぁ。目潰し程度であんまり役に立たないな」
さっさと使ってしまおう。
「佐藤さん、全力で使って下さい。もう一撃で魔力使い切っても良いくらい」
「えぇ!?全力って事は、大声で気合入れてやらなきゃいけないのか・・・」
「恥ずかしがってる場合じゃないですよ」
「仕方ないな。他の人達には伝えなくて良いの?」
そういえばそうだった。
一応ズンタッタは各属性の事を把握しているが、下の連中となると、僕も分からない。
全力でとなると、失明の可能性もある。
やはり万全を期してからやるべきだろう。
「ズンタッタ!」
風魔法でズンタッタの相手を吹き飛ばしてから、兵達がクリスタル内蔵の武器を把握しているか確認する。
「その件でしたら、シーファクとラコーンが説明をしております。大声で叫べば、逆に対処出来るはず。出来なければ、それはそれでペナルティですな」
「という事は、シャイニングって叫べば、皆目を閉じるって事?」
「そうなります」
なんと!
規律に関しては、ズンタッタ達はイッシー隊と並んでトップクラスだな。
「佐藤さん!やっちゃって!」
グローブでやる場合、どうやるんだろう?
拳を前に突き出すのかな?
興味が湧いてきた。
「佐藤、シャアァイニィィィング!!」
あ、グローブでガードする感じなんだ。
って・・・
「目がぁ!目がぁぁぁ!!」