長浜での休養
魂の欠片は阿吽の二人が持っている。
神様からそんな事を言われた僕等は、次に会う機会まで安心して預ける事にした。
そして神様は、千鶴に向かって頼み事をした。
魔王の助けになってほしいと。
その代償に、千鶴に仙人の事についての説明をした。
先の見えない修行から、何をするべきかが示される。
千鶴は神に、感謝の言葉を述べた。
張り切って修行をつけようとする千鶴だったが、僕等はそれを固辞。
理由は上野国での作戦の為だ。
作戦終了後に必ず来ると約束して、今回の修行は見送る事になった。
結界からの脱出は、ただ山を降りるだけだった。
雲海の中に入っていく為、霧が濃くて足下を見るくらいしか出来なかった。
ようやく霧の濃い場所を抜けると、そこは入ってきた時と同じ森だった。
休憩をした時の焚き火の跡が残っていたが、調べてみると一週間くらい経っているようだ。
急ぎ長浜へ向かうと、それは本隊とほぼ同時に到着。
領主代理のテンジと共に出迎えたのは、上野国へ潜入調査をしていた、猫田だった。
ハクトの影から出てくる猫田。
驚きの声を上げたおかげで、すぐに気付く事が出来た。
「私も戻ってきたのは半日前です」
「じゃあ皆、ほぼ同時だったんだね」
「この様子だと、いよいよ滝川一益救出の開始ですか?」
「それもあるんだけど、詳しくは後で話をするよ」
「そうですか。では、私もその時に今の上野国に関して、お話しします」
猫田はハッキリそうだと言わない僕に、少し疑問を持ったようだ。
しかしこの人、ホントに色々な所に行けるな。
これなら、閉ざされているっていうクリスタルの産地である領地にも、入れちゃうんじゃない?
「全員揃ったようですね。では、此方へどうぞ」
案内された場所は、前回は無かった大きな穴だった。
入り口からして、崩れるような心配は無い。
中には大きな部屋が、いくつも存在していた。
「窮屈かもしれませんが、此方で寛いで下さい」
「言うほど狭くないから。でも、こんなのいつ作ったの?」
「この仮設住居は、魔王様達が長浜を離れられてから、すぐに着工されましたよ」
「そんな前!?」
「半兵衛がこの地を去る前に、作った方が良いと伝言を残していったのです」
半兵衛かぁ。
まあ必要にはなるかと思うけど、そんな前にこんな事見通せるのも凄いな。
そんな凄い半兵衛は今、黙々と饅頭を食べている。
糖分摂取中のようだ。
「ちなみにこの住居、間に鍵はありますが、城と直結しているんですよ」
「そうなんだ。秘密のトンネルみたいで、ワクワクするね」
「子供心をくすぐるようですな。では長旅を考慮して、明日の朝に城へお集まり下さい。魔王様は城に、部屋を用意させてありますので」
長浜城か。
なんか居心地悪いんだよな。
色々と血生臭い所を見ているからかもしれない。
「此処で良いよ。皆と一緒の方が、今後の事も話しやすいし」
「そうですか。では翌朝、よろしくお願いします」
久しぶりのマトモな食事をしている中、ある一室から騒がしい音が聞こえてきた。
「ちっが〜う!そうじゃない!もっと魂を、ソウルを込めるんだよ!」
「魂を込めるって、どうやるんだよ!」
「こうやるんだよ!」
ギターを蘭丸からぶん取るロック。
そして激しく動きながら、ギターを弾き始めた。
「フン!フン!アオッ!」
ギターは上手いんだが、動きがキモい。
蘭丸も同じ事考えているのか、少し嫌そうな顔をしている。
「なぁ、俺もアオッ!とか言わないと駄目なの?」
「アレは俺っちの魂のシャウトだから。蘭ちゃんは蘭ちゃんの、魂のロックを魅せてくれれば良いよ」
魂のロックって何?
もしかして、長浜に来るまでずっとこんな調子だった?
「ハクトくんも、もっとその声にソウルフルな感じで。皆を魅了する、ハクトくんの良さを前面に出して!」
「はぁ?分かりました?」
この返事、全然分かってないな。
まあ正直な話、バンドは趣味でやってもらいたい。
今は大事な時期だから。
「こうね!こうっ!」
歌い始めるロックだが、何気に上手い。
音痴ーズの僕等には、ちょっとムカつく光景だ。
しかもうるさいから、他の部屋の連中も集まってきた。
気付くと、手拍子とか口笛とか聞こえてくる。
「良いねっ!このノリにハクトくん達も乗るんだよ!」
ハクトと蘭丸が、ロックに乗せられて歌とギターで参加し始めた。
すると観ていた連中も盛り上がり、部屋の中はいつの間にか大勢で溢れかえっている。
「良いよ!もっと、もっと熱くなれ!」
ロックに煽られる客、もとい魔族。
なんだかんだで、ハクトと蘭丸も楽しそうにしていた。
僕もここは手拍子で参加だ!
「ストップ!ストーップ!太鼓を、太鼓を止めて!」
何処からか持ち出した和太鼓が止まる。
良いところだったのに、何故止めたんだ?
「マオっち」
「僕?」
「手拍子はやめよう」
「何故?」
「全然リズムが違うから。マオっちの周り、見てよ。皆コケてるでしょ。リズムが狂ってるから、おかしくなっちゃったんだよ」
まさか、そんな事言われるとは。
うぅ、視線が痛い・・・。
「じゃあ僕、此処で観てるわ。続きやって」
静まりかえる部屋に、僕の声が響く。
やはり一度止めると、そう簡単にはさっきみたいに乗れないのかな。
「お前等、何やってんだ!早く明日に備えて休め!」
獣人の小隊長っぽい人が、入り口から叫んでいる。
これで終わりか。
「ねぇ、リズム感が無いのは、人形のせいかな?」
「いや、ただ単にお前がリズム感無いだけだろ」
「ですよねぇ・・・」
仙人って、リズム感上げる方法とか知ってるかな?
期待しないでおこう。
朝になり、城へ主要なメンバーが集まる。
「久しぶりだな、ドラン」
「テンジ、いやテンジ領主代理と呼んだ方が良いかな?」
二人は懐かしそうに握手を交わした。
この二人は以前、長浜で捕われていた秀吉を助けた仲だ。
しかしこの場には、まだ秀吉は現れていない。
来ないのかとテンジを見ていると、何が言いたいのか察知したようで、向こうから話し掛けてきた。
「秀吉様はまだ療養されております。上野国の問題が解決したら、湯治も考えているのですが」
「そんなに酷いの?」
「いえ、身体がどうこうという問題はありません。今までの激務を考慮して、私が出来る事は手を煩わせないようにと思っております」
快復に向かっているなら問題無いね。
半兵衛も耳を立てていたようで、一安心していた。
「全員集まったな。さて、作戦の確認の前に、猫田さんから上野国の話を聞こうと思う」
猫田は立ち上がり、見てきた事を話し始めた。
「まず上野国全体の様子ですが、今はドワーフと帝国兵以外はほとんど見当たりません。我々の動きを察知したか、臨戦態勢に入った模様です」
「それで、領主である滝川一益はどんな様子なんだ?」
「そうですね。人前には出てこないので、詳しくは分かりません。ただ厩橋城の方から、何かを叩く音が聞こえます」
「音?」
「何かで金属を叩くのような音です」
鍛治でもしてる?
(城の中に鍛治場があるか?普通、そういう作業場は住宅街から離して作るだろ)
おおぅ!
兄さんのクセにマトモな意見だ。
確かにその通りだと思う。
「城の中に、鍛治出来る場所なんか無いよね?」
「流石にありません。新しく作っていれば別ですが」
じゃあ違うだろう。
何かしてるのは間違いないけど、現状確認しようが無い。
後回しだな。
「それと、帝国兵の方は?」
話が帝国兵に移ると、ズンタッタとビビディは大きく前のめりになった。
「それが、以前よりは街中で見掛けなくなりました。何処かへ移動した可能性があります」
「なるほど。国王陛下を幽閉する場所へ、移動したという事ですな」
「ズンタッタの言う通りだと思う。という事はだ、草津か水上のどちらか、帝国兵が多く守る方に王が居る可能性が高くなった」
「王?」
そういえばドランと猫田さんには、まだ作戦の内容を伝えていなかった。
話の進行に支障が出る前に、説明をしておこう。
「というのが、半兵衛による推測だ」
「・・・え?」
やはり皆と同じ反応になってしまった。
猫田さんは顔色は変わらないが、固まっている。
おそらく許容量をオーバーしてフリーズしたようだ。
「えっと、帝国は魔族を捕まえたり殺したりしてるわけで。その王が、魔族の領地内に居る?ちょっと待って。少し落ち着かせて下さい」
こめかみを押さえながら、頭の中でまとめているようだ。
「フゥ。信じられないですが、理解はしました。確かに、王子が実権を握っているのなら、あり得ないとも言い切れないですね」
「信じられる?」
ちょっと意地悪な質問を問い掛けてみた。
しかし彼の中では、既に整理がついているらしい。
その理由を聞いたら、納得せざるを得なかった。
「半兵衛が出した答えです。間違いないでしょう」
「というわけで、二箇所同時に襲撃をする。その為に猫田さん。貴方には僕達と一緒に、帝国の国王探しを手伝ってもらいたい」
「影魔法の出番という事ですな」
それを頷いて肯定すると、彼もすぐに頷き、了承してくれた。
これで国王を探すという事に関しては、心配は無くなった。
「我々ネズミ族は、どのような仕事が残っているのでしょうか?」
テンジの言う事だけど、僕には特に要望が無い。
むしろ拠点として使わせてもらってるだけ、かなり助かっている。
「僕の方からは特には・・・」
「あります!魔王様達が救出した国王陛下を、長浜へ迎え入れていただきたい。そして上野国及び帝国からの奪還を、阻止して下さい」
言われてみると、確かにそれは大きな仕事だ。
考えてみれば、救出した後に連れ回すのもどうかと思う。
助ける事ばかり考えていて、助けた後の事を忘れていた。
「だそうだ。そうなると、ネズミ族は長浜上野国の領地の境界線で待機してもらって、救出後に即長浜へ迎え入れてもらうのが一番かな」
「かしこまりました」
「それと、厩橋城を攻める皆さんの補給だけは、絶たないようにお願いします。補給路が切れれば、彼等は上野国で孤立無援となりますので」
「了解した。それで、作戦の決行は?」
「二日後。二日後にしよう。今日明日で、英気を養ってくれ」
おそらく、今回は帝国兵も大きく抵抗してくるはず。
そうしないと、帝国が再び二つに分かれてもおかしくないからだ。
「帝国兵か。また召喚者は居るんですかね?」
「居るだろうな、確実に。ただ、それは僕達が戦う事になる。又左達はドワーフ達の大当たり、ミスリル製のフル装備をどうにかしないとね」
「帝国兵の装備とは、違う物なのですか?」
同じミスリルでも、ドワーフ達の方が出来が良い。
それはミスリルの含有率が違うからに他ならない。
同じミスリルでも、草野球とプロ野球くらいの差はあるらしい。
「正規品と廉価版って感じじゃないか?」
「なるほど。流石のドワーフ達も、出来の良い物を易々と帝国には渡さないという事ですな」
「そういう事だね」
「コバから渡された槍にもミスリルが含まれていますが、その事を肝に銘じておきます」
又左は大きく息を吸い込み、深呼吸をした。
少し入れ込んでいるようだ。
緊張しているのかもしれないな。
「ワタクシは、魔王様と一緒が良かったです」
「そう?」
「猫田殿に頼んで、魔王様の一挙手一投足を記録してもらう事で納得しましたが」
「お前は本当にブレないな」
太田の考えは、会った時から変わらない。
しかし、次の言葉には驚きを隠せなかった。
「魔王様の公記、全十巻のつもりでしたが、二十巻になりそうです」