神様からのお願い
まさか、この仙人が前魔王の知り合いとは、思いもよらなかった。
その仙人が言うには、ロベルトという前魔王の魔力が、この身体に残っているとの事。
魔法が使えた理由は、この身体のおかげだと思っていたが、どうやら違うらしい。
前魔王のロベルトという男。
彼の事を知っている千鶴の話を聞くと、今まで聞いてきた話とはかなり違っていた。
確かに若い頃は暴れん坊だったようだが、仙人との修行の末に、立派な大人になっていたようだ。
そして彼には、創造魔法と身体強化を組み合わせた、凄い魔法が使えたらしい。
僕等も使えるかと聞いてみたが、今は無理との事。
二人で力を合わせれば使えそうな感じだが、どういう意味か千鶴に説明すると、神の存在を話さなくてはならなくなった。
久しぶりに神様と連絡を取ると、身体は順調に治っているとの事。
そして千鶴は神との接触に、興奮冷めやらぬ様子で、神に質問をした。
仙人の先には何があるか?
神は遠回しに、自分で探せと言っていた。
千鶴はそれで満足し電話を切ると、再び着信があった。
その内容は、魂の欠片を妖精族が預かっているという話だった。
ん?
そんな話、一言も聞いてないぞ?
誰が持ってたんだ?
「神様!それ、本当の話ですか?」
「神様、嘘つかない。というよりも、信じてないのですね。悲しい・・・」
兄さんが余計な事聞くから、神様拗ねちゃったよ。
千鶴さんは、また掛かってきた電話に、ちょっと嬉しそうだけど。
「でも、誰が持ってるんだ?」
「それは丹羽さんじゃないかな?僕等と同じ魔力が発せられているはずだから、分かるとは思うけど。捨てられてないだけ、マシだと思うよ」
「連絡くらいくれても良いと思うけど」
「諜報魔法だと距離があり過ぎて、連絡出来ないんじゃないかな?また若狭へ行った時に渡すつもりだったと思う」
いや、全く関係無い人が拾ったって可能性も捨てきれない。
その場合、探すのも困難かもしれない。
『欠片を持っているのは、ニコニコした兄弟ですよ』
「阿形と吽形かよ!まあ、それはそれで安心か。あの二人なら誰かに奪われるって心配も無いし」
『知り合いのようですね。ならば次に会う機会で大丈夫でしょう。それと仙人さん』
「へ?ふぁ、ふぁい!」
声を掛けられるとは思ってもみなかったらしく、声が裏返っている。
まあ、普通ならこういう反応になるんだなという、典型的な見本だ。
『彼等の事情は聞いていると思います。二人の魂の欠片を集める為、色々な困難が待ち構えています。貴方が本来は俗世に関わらない仙人なのは分かりますが、私のお願いとして彼等を助けてやってはくれませんか?』
「そんな!ワシ如きにお願いなど!このセンカク、身命を賭してお助け致しまする」
その場で平伏す千鶴に、スマホ越しから更に声が掛かる。
『ならば、私が知っている事を一つだけ教えましょう。仙人とは天仙と地仙の二種類があります。天仙とは仙人の中でも上位の存在。地仙とは、天仙に至るまでまだ修行が足りない仙人の事になります。貴方は先程、仙人から先は何があるかと仰いましたが、天仙から昇華した存在はおりません』
「それでは、ワシはまだ地仙の身という事でしょうか?」
『貴方にはまだ、数百の修行が残っていると思われます。稀にその修行をしないで天仙に至るモノもおりますが、あまり期待しない方が良いでしょう。彼等の助けを行えば、修行の一環にもなるはず。貴方のこれからはまだ決まっておりません。これからも精進して下さい。私から貴方に送る言葉は、以上です』
案外その話、千鶴さんには重要だったのでは?
僕は興味があったからその話を聞いていたけど、仙人に種類があるなんて思いもしなかったし。
千鶴さんはなんとなく分かってたっぽいけど、明確に数百の修行が残っているとか、かなり大きなアドバイスだったんじゃないかな?
「誠に、誠にありがとうございました!」
『いえいえ。それではお二人の事、よろしく頼みます。それでは今度こそ、お別れです』
「神様、ありがとうございました。また何かあったら、連絡します」
電話が切れたのを確認した後、千鶴さんは立ち上がり僕達に言った。
「ワシが仙人になったのは、この時の為かもしれん。よし、二人とも!ワシが厳しく修行を見てやる故、頑張るのじゃ!」
張り切って背伸びする千鶴さんだったが、僕達はそれに対してこう言った。
「すいませんけど、延期でお願いします」
「ふぇ!?何故じゃ!?」
此処に来た理由が、まねき猫によるものなのは明確だが、今はまだ作戦の途中だ。
まずは長浜へ向かって、上野国で二人を救出しないといけない。
「そうだった。俺達が行かないと始まらないからな」
「それに僕達ありきの作戦なので、このまま修行に入ると、作戦が破綻してしまいます」
「なるほどのう」
話を聞いて、少しは納得してくれたようだ。
「この作戦が終わったら、必ず此処へ戻ってきます」
「俺達も前魔王の使ってた魔法、覚えたいしな」
「だから今回は、これでお暇させて下さい」
「分かった。ならば、コレを持っていくが良い」
彼はポケットの中から、数珠を取り出した。
兄に渡してそれを手首に着けると、数珠は手首ピッタリのサイズまで小さくなった。
「これは?」
「それは、結界内へ自由に行き来出来る数珠じゃ。今回はまねき猫によって此処へ来れたようじゃが、本来は気付く事すら能わんのじゃぞ」
「ちなみにこの数珠は、着けている人だけが通行出来るんですか?」
「そんな事は無い。例えば、数珠を持っている者と手を繋いでいれば、その者達にも資格は与えられる」
なるほど。
良い事を聞いた。
だったら修行には、複数名連れてきても問題無いわけだ。
流石に又左達みたいな主力を、ガッツリ全員連れてくるわけにはいかない。
だけど蘭丸やハクト、太田辺りなら問題無い気もする。
「お前、少し悪い事考えてるだろ」
兄は僕の事を見て、そんな事を言ってきた。
人形の顔色なんか分からないと思うんだが。
兄さんには何故か、こういう考えをしているとバレるな。
「そろそろ向かわないと」
入ってきた時は、空から落ちてきたわけだけど。
何故か帰る時は、この山を降るだけで良いらしい。
「早く終わらせるのじゃぞ」
「焦って失敗したら、元も子もないから。でも、頑張ってくるよ!」
「そうだね。どんな事するか楽しみだし、極力早く終わらせたいと思います」
ツムジに乗って降ろうとすると、何故かツムジが一言だけ千鶴さんに言った。
「あのさ、アタシさっきから疑問に思ってたんだけど。何故木の中に、山を作ったの?」
言われてみると確かに。
仙人が隠す場所だから、あまり深く考えなかったけど、別に山である必要は無いような気もする。
「木を隠すなら林の中、林を隠すなら森の中と言うじゃろう」
「だから、何故山が木の中なのよ。木の中に山なんかあったら、全然隠れてないじゃない」
「それもそうだな。山を隠すなら、山の中じゃないか?」
「・・・確かに」
「むしろ、山である理由って何?別に結界を作るなら、山じゃなくたって良かったんじゃない?」
「・・・確かに」
段々と真顔になっていく千鶴。
どうやら深く考えてなかったようだ。
「のわあぁぁぁ!!二千年近く経って、今更言われて気付いたわ!別に山じゃなくても良かった・・・」
「元々は鶴って言ってたし、無意識に山にしちゃったのは、その名残じゃないですかね」
「でも、鶴って言ったって、こんな殺風景な場所に住んでるわけじゃないでしょ。千鶴さんに会ってすぐ、その事が引っかかってたのよね」
「ツムジの言う通りじゃな。なんでワシ、こんな場所作ったんじゃろ?」
本人が分からないものを、僕等が分かるはずが無い。
頭を掻きながら、照れ笑いしている千鶴だった。
「それじゃあ行きます」
「次来た時は、山から作り変えとくからの。楽しみにしておれ」
「爺さん、またな!」
手を振る千鶴を背に、ツムジに乗った僕達は山を降って行った。
「雲海に入ると、何も見えないな」
「ここまで深い霧だとは思わなかった。ツムジ、大丈夫?」
「足下と前は気を付けながら進んでるけど、特に何も無いわね」
ゆっくりと進んでいるが、足下に何か危険があったりするわけではなさそうだ。
周りを見回しても、霧のせいで何も見えない。
足下を見ながら降りているから、真っ直ぐに進んでいるのかも怪しかった。
「霧が晴れるわ」
ツムジの声に前を向くと、とうとう霧が無くなる場所が見えてくる。
何処かの森が見えてきた。
「あら?此処って、木の中に入った森?」
ツムジが森へ出てから見回して、そんな事を言っている。
「でも、まねき猫の引っ掻き傷は無いぞ?」
「あの木、休憩してた時の木じゃない?だって、肉を焼いた跡があるもの」
「見覚えがある。半日以上前だけど、彼処で肉を食べた気がする」
まねき猫の痕跡は跡形も無いが、それ以外は残っている感じだ。
やはり僕等が居た森で間違いないと思う。
「でもさぁ、この焚き火跡を見ると、半日じゃ済まなくない?」
「一週間は経ってる感じだね。もしかして、結界内って時間の流れが違うんじゃ・・・」
「千鶴さんって仙人だし、結界作った時にそういうの気にしなかった可能性もありそう」
「そうだとしたら、マズイわね・・・。もう皆、長浜に到着してる可能性もあるわ。下手したら、アタシ達を探してるかもしれない」
こういう時に、時計あると助かるんだけど。
って、スマホの時計があったな。
でも、入った時の時間を見てなかった。
結局、分からずじまいか。
「とにかくウダウダ言ってても仕方ない。ツムジ、急いで長浜へ向かってくれ」
「そうね。急ぎましょう」
木々より高く上がり、長浜の方角へと加速していく。
「ん〜、ちょっとだけだけど、思った事言って良い?」
「どうした?」
「アタシの魔力、少し増えてる気がする」
前を向きながら言ってくるツムジに、もしかしてと自分達の事も探ってみた。
「あ、本当だ。少しだけど増えてる」
「僕は分からない。この身体だからかな?元に戻ると、もしかしたら増えてるかもね」
やはり結界内は魔力消費が激しい代償に、こういう修行的な意味合いもあるのだろう。
長く滞在していれば、かなりの上昇が見込めそうだ。
「見えてきたわよ」
長浜城が遠くに見えてきた。
いきなり空から街の中へ入るのもマズイので、門の直前で降り立つ事にした。
「まだ着いてないっぽいか?」
「僕等の方が早かったみたいだね」
「いえ、ほとんど同時みたいよ」
ツムジが振り返ると、そこには長浜へ向かってくる人達が居た。
森の上を急いで飛んできたから、気付かなかったようだ。
「やっぱり、結構時間経ってたんだな。じゃないとこんなギリギリにならないし」
「この時間設定は、逆にしてもらわないと駄目だね。修行しに行って出てきたら、数十年経ってましたなんて事になったら、お話にならない」
「浦島太郎の気分は、味わいたくないな」
そうこう言っているうちに、閉ざされていた門が開いた。
開ききった門の先には、なんとテンジが出迎えてくれた。
「魔王様、長い旅路お疲れ様でした」
「おいおい、領主代理がこんな出迎え方したら、マズイんじゃないのか?」
「大丈夫ですよ。魔王様は秀吉様を助けた英雄として、長浜では知れ渡っていますから。むしろ、そんな魔王様を迎え入れるのに粗相がある方が、私としては問題です」
「そんな扱いになってるのね。もうすぐ皆も着くから、よろしくね」
数刻もしないうちに、本隊が長浜へ辿り着いた。
「やっぱりあの空を通過して行ったの、マオくんだったんだよ!」
「でも、おかしくないか?コイツ等が俺達から先に出たのって、かなり前だぞ。それなのに到着がほとんど同じって、どれだけ道草食ってるんだよ」
「もしかして、迷子になった?」
「失礼ね!迷子になんかなるわけないでしょ!」
ハクトの一言がツムジを怒らせる。
いきなり仙人に会ったなんて話をしても、寝耳に水だろう。
そうは言っても、何故こんなに遅かったか説明する必要がある。
会議の時にでも、主要な連中には聞かせておくとしよう。
「うわっ!なんか出た!」
「お久しぶりです。魔王様」
「猫田さん!帰ってきてたんですね!」