仙人の望み
目の前に雲海が広がっている。
それだけで森の中とは違うと分かる。
しかもツムジは何かに邪魔されて、空を飛べないときた。
そんな時、兄が雲海の中で飛んでいる鶴を発見する。
敵か味方か分からない鶴に、僕達は隠れる事を選択した。
山を少し降りて雲海の中に潜ると、鶴は僕達の足跡を調べ始めた。
やはり普通の鶴ではない。
更に逃げるか悩んでいたところ、その鶴から話し掛けられた。
恐る恐る雲海から出ると、そこにはお爺さんが立っていた。
お鶴と名乗ったと思ったら、嘘だと言って揶揄うお爺さん。
自分から名乗ると、ようやく千鶴という名前だと教えてもらった。
のらりくらりと質問を躱す千鶴に、兄はとうとう手を出してしまった。
その事を反省して謝ると、彼の素性を聞き出す事に成功する。
鶴から仙人へと昇華した存在。
それが彼の正体だった。
この場所は彼の結界内だと言って、此処に来れた理由がまねき猫によるものだと言うと、初めて驚かす事が出来た。
そんな彼も、長い年月の中で会った魔王は、僕達で三組目だと言う。
一人は信長。
そしてもう一人が、僕達に似た魔王、ロベルトという名前だった。
「俺達に似ているロベルトって、この身体の持ち主?」
「それしか考えられないだろうね」
まさかの話に、僕達は小声で二人で話している。
千鶴という仙人が、僕達の存在をどう思うか。
下手したら、前魔王の身体を乗っ取った悪者と見られてもおかしくないからだ。
「ロベルトの子供じゃない?でもその身体、二人の魔力以外に、ロベルトの魔力も微かに感じるのう。ふーむ、一つの身体に三人の魔力。流石にこんな事は初めてじゃわい」
兄の周りを歩きながら、観察している。
あまりジロジロと見られるのも、あまり良い気分ではないと思うが、それよりも気になった事がある。
「俺の、俺達の身体に三人分の魔力って、どういう事?」
「何じゃ、気付いておらんのか?その身体には、ロベルトの魔力が存在しておるぞ」
魔力はある。
だけど、意思は無い。
こういう事?
「微かにしか感じないから、お前達が受け継いだ物なのかもしれんな。そのうち使えるようになるじゃろうて」
そのうちねぇ。
まあ、今はそんなに苦労してないから、問題無いけど。
「話を元に戻すけど、前回の魔王ってどんな人だったんですか?」
そう。
前魔王の話って、親が連れて行かれたとか脳筋とかしか聞いてない。
しかも領主からは、招集を拒否されるくらいだ。
あまり良い人物じゃない印象なのだが、そんな人が仙人に信長の次に会えた魔王だとは、到底思えない。
「ロベルトの事か?ロベルトはのう、魔力は多かったが使い方が下手じゃった。力任せに戦うのが得意な、いわゆる脳筋というヤツじゃな」
「やっぱ聞いてた通りじゃねえか!」
「でも此処で修行を積んで、奴は変わったの。魔王特有の魔法である創造魔法の使いこなし、得意な身体強化に組み込んだのじゃ」
「創造魔法を身体強化に組み込む?」
何だそれ?
どういう事?
「何じゃ、ロベルトからは聞いておらんのか?」
だって僕等、ロベルトって人と会った事無いし。
死んだ人に聞けるわけもない。
「それで、その創造魔法を身体強化に組み込むっていうのは?」
「簡単な話じゃ。自分の身体を創造魔法で作り変えるのよ」
「ハァ!?そんな事して無事なの!?」
「かなり危険じゃのう。しかし、使いこなせば最強じゃ。腕はオーガ、足は獣人。そして背中には鳥人族の翼とな」
聞くだけで強そうな姿だ。
どうやったらそんな事が出来るんだろう?
「爺さん!俺達にも出来るのか!?」
「どうだろうのう?彼奴、それなりに天才の部類だったからの。それぞれの身体について学び、どのような身体の作りだったのかを自らの頭に叩き込んでおったぞい。そしてワシが魔力の扱い方を教えたら、ようやく自分が考えていた魔法が完成したと喜んでおったわ」
頭も良くて身体強化が得意。
それでもって努力家か。
随分と凄い人だったようだ。
だけど、じゃあ何で魔族を率いて戦争を起こすようなマネをしたんだろう。
しかも力がある者だけを連れて行くとか、聞くとその人物像からはかけ離れている気もする。
「ロベルトは元々、暴れん坊だった。しかし、此処を出る頃には、立派な大人になっておったの。アレは歴代の魔王の中でも、名君になり得る存在じゃった。しかし、お前達が居るという事は、そういう事なんじゃろう・・・」
数十年前とはいえ、二千年近く生きているこの人にとっては、最近の出来事なのかもしれない。
寂しそうな表情で、僕達を見ている。
「色々と話してくれてありがとう。でも、俺達が聞いていた話とは大きく違う人だな」
「僕も思った」
「うん。アタシもそんな人なら、会っててもおかしくないと思う。アタシじゃなくても、多分八咫烏が見つけてるはずだわ」
二人も同じような意見のようだ。
ロベルトと話が出来れば、その理由も分かりそうな気がするんだけど。
死んだ人に会うとか無理っぽいし、諦めるしかないか。
そのうちロベルトの知人と会う機会があるかもしれない。
その時に、詳しく聞いてみよう。
「ところで、ロベルトは誰にやられたのじゃ?」
「さあ?俺達は帝国に攻め込んでやられたって、そう聞いてるけど」
「何やら、下界ではキナ臭い事になっておるようだの。ま、ワシには関係の無い話じゃ」
「あのさ、さっき言ってた事って、俺達にも出来る?」
「さっき言ってた事?」
「ロベルトの魔法の事かの」
「それ!俺達も創造魔法使えるなら、出来たりするんじゃないの?」
身体を作り変える魔法か。
兄さんの創造魔法だと、多分無理だな。
僕も魔族の身体の仕組みなんか知らないし、使える気がしない。
「出来なくはない。と思うが、まず今は無理じゃろうなぁ。それにお主、身体の仕組みを覚えられると思えんし」
初対面なのに見抜かれている。
流石は仙人。
「いやいや!そういうのはコイツがやってくれるから。だから俺は、身体強化を極める方に回るわ」
「どういう事かの?」
「うーん、説明よろしく!」
こっちを見て、勝手に話を通してしまった。
僕等の事を話しちゃ駄目だろ!
でも、もう仕方ない。
さっき下界の事には興味無さげな事を言ってたし、話しても大きな問題にはならないだろう。
ついでにロベルトって人の事も知ってるみたいだし、仙人なんだから神様の事くらい話しても大丈夫かな。
「というわけなんだけど」
「か、神じゃと!?」
アレ?
思ってた反応と違う。
話しちゃマズかったかな?
とは言っても、後の祭りなんだけど。
「そういえば、最近は何の連絡も無いな。それに宅配便も来ないし」
「宅配便は、代わりに何かを要求されるから良いんだよ。それよりも連絡してこないのは何故だろう。忙しいのかもしれないね」
「か、神と連絡の方法があるのか!?」
「ありますけど、連絡取ります?必ず出てくれるとは保証出来ませんよ?」
「後生じゃ!是非とも頼む!」
まさか、こんな理由で神様と連絡を取る事になるとは。
まあ、久しぶりに現状報告くらいって考えで連絡すれば良いか。
「え〜と、スマホスマホは・・・。あっ!」
「どうした!?」
「今思い出したけど、最近充電ってしてたっけ?」
「お前がしてたんじゃないの?」
あぁ、この言い方だとだいぶ前にバッテリー切れてるな。
もしかしたら電源落ちてる間に、連絡来てたりして。
「兄さん、充電して」
「さてと、これでしばらくは話せるはずだ」
唯一このスマホに入ってる番号へ掛けると、コール音は鳴っている。
あ、出た。
『お掛けになった電話番号は、全く連絡してこない双子のせいで掛かりません』
「掛かってんじゃねーか!」
『お掛けにになった電話番号は、せっかく連絡してあげてるのに折り返さない双子の為、掛かりません』
「神様なのに、ねちっこいなぁ。確かに連絡しなかったのは悪かったけどさ」
「ちょっ!兄さん、スピーカーモードにして!」
このままだと、逆に機嫌を損ねかねない。
頼りないけど、神は神。
ちゃんと謝っとかないとね。
「あの〜、神様。全然連絡取らなくてごめんなさい。僕達は元気でやってます。何かありましたか?」
『・・・本当に反省してる?』
「してます!してます!今度から月イチで連絡しましょうか?」
『それは面倒だから結構です』
まあこっちも面倒だから助かるけど。
「ところで、電源切れてる間に何かありましたか?」
『あぁ、そうそう!貴方達の身体の補修、どうするか聞こうとしてたんですけどね。もう連絡取れないから勝手にやりました』
「そうですか。それはありがとうございます」
僕達の身体、ちゃんと治ってるんだ。
あとは魂の欠片さえ手に入れれば、ちゃんと元に戻れそうだな。
それはそうと、千鶴さんがオドオドしている。
神様の声を聞いて、テンパってるっぽい。
「それはそうと、神様。ちょっとお願いがあるんですけど」
『何でしょう?』
「今、目の前に仙人が居るんですけど、神様とお話ししたいって言ってるんですね。構わないですか?」
「バッ!もう、ワシが話したいみたいに言わんでおくれよ。でも嬉しい・・・」
ジジイのツンデレとか、全く需要無いから。
ツムジも真顔になっちゃったぞ。
「このまま話せるから、何か話したい事があったら言ってくれ」
『私の意向は無視なんですね。まあ良いでしょう』
「い、良いんですか!?ワシみたいな鶴が、神とお話し出来るなんて。長く生きてみるもんですじゃ」
目を閉じて、しみじみとした表情を見せる千鶴。
やはり、需要は無いと思われる。
『鶴の仙人ですか。なかなかに興味深いですね』
「ワシ、興味深いって言われちった!」
うん。
早く話せ。
『それで、貴方は何を聞きたいのですか?』
神からの問いに対して、ようやく真面目になった千鶴。
その顔は、何を聞こうか迷っているようにも見える。
「それでは失礼して。ワシは二千年ほど前に仙人へと昇華しました。この先、更に長い年月を生きる事になると思います。では、その先には何が待っているのですか?」
別に見えているわけでもないが、背筋を伸ばしてその返事を待っている。
仙人の先。
なれるとも思っていないが、確かに僕も興味深い。
何という返事をするのだろう。
『仙人の先。それは分かりません』
「分かんねーのかよ!」
「ちょっと!話は最後まで聞け!」
兄さんがツッコミ入れるから、千鶴さんちょっとご機嫌ナナメになってるし。
『何故分からないのか。それはなったモノが存在しないからです。もしかしたら自然と一体化するかもしれないし、もしかしたらまた別の個として生まれ変わるかもしれない。いつまで経っても、仙人かもしれません。でもそれは、道がまだ決まっていないだけで、無限の可能性が広がっているとも言えるでしょう』
「それは、ワシにもまだ新しい道が残されていると?」
『やってみなければ分かりません。仙人とは、世の中から存在自体が逸脱しています。その長い年月は、新たな道を探す為にあるのかもしれませんね』
「ハハァ!有り難いお言葉、誠に感激させていただきました!」
その場で深く礼を始める千鶴だったが、僕はその話に違和感を覚えた。
だって、分からんから自分で探せって言ってるだけのような気がしたから。
『康二くん。キミ、それは言っちゃ駄目だから』
心を読まれた!
しかも、やっぱり当たってるっぽい。
なんていい加減な神なんだ。
それでも、千鶴さんには良いアドバイスだったんだろう。
『それでは、私はこれで』
「神様、ありがとうございました。まだ魂の欠片、二つしか集まってませんが、これからも頑張ります」
そう言って電話を切った。
すると、何故かまたすぐに、神様から着信が来たではないか。
「もしもし、どうしました?」
『言い忘れてましたよ。貴方達の魂の一つ、妖精族が預かってますから。奪われる事は心配無いと思いますが、いつか取りに行って下さいね』