能登村の攻防
少数精鋭と言っても、それなりに必要だろう。
治療班を含めると、せめて十人は欲しい。
「まずは蘭丸、あなたが代表として行きなさい。そしてエリーゼ、蘭丸のサポートをよろしくお願いします」
エリーゼ?
誰だそれ?
周りを見渡すものの、そのような人は見当たらない。
「承知しました。あと長可様、名前で呼ぶのは勘弁していただけませんか」
エリーゼってお前かよぉぉぉ!!
アマゾネスさんの名前はエリーゼというらしい。
とても、とても可愛らしい名前だ。
頬を赤らめて恥じる表情は、見る人が見れば惚れてしまう。
ムキムキな身体さえ見なければ・・・。
「あとは戦士団から複数、治療が得意な者と戦闘が得意な者を半々で選びなさい」
「待ってください!僕も連れて行ってください!治療なら僕も出来ます!」
因幡くんは顔を強張らせながら、必死に訴える。
たしかに因幡くんなら治療班として問題無いだろう。
ただし戦士団と違って、自らを守る術が無い。
言ってしまえば弱い。
それをどう判断されるかだ。
「俺としては因幡を連れて行く事に賛成したい。彼なら村の隅々まで分かるだろう。この町ほど大きくはないが、やはり村の詳細に明るい者が居た方がなにかと便利だと思う」
蘭丸は因幡くんの意を汲んで、参加を許す考えのようだ。
それなら僕も因幡くんの護衛という扱いで、参加しよう。
「それなら僕も因幡くんと一緒に行きます。僕なら因幡くんの護衛を出来ますから」
「は?お前何言ってんの?お前は最初から参加だよ!」
「え?」
「お前さぁ、戦士団の皆が苦戦してた帝国兵を圧倒した奴を、遊ばせておくわけないだろう」
それは僕ではない。兄さんだ。
と言っても通じないので、笑ってごまかした。
「えへへ」
「えへへじゃない!しかもあの鎧に大きな傷を付けたの、お前だけだからな」
そう。あの硬かった鎧、兄さんの鉄球で凹んだのだ。
そりゃ150キロ以上で鉄の球が当たれば、普通の人は致命傷だよね。
普通は死ぬよね。
それでも死亡者が少なかったのは、やっぱり鎧のせいだろう。
というわけで、投降した兵の武器や鎧は全て没収。
没収した物は全て町の戦士団が、有効に再利用しました。
「では戦士団から村へ向かう者を選別します。翌早朝に出発でよろしいですか?」
「そうだな。戦闘が終わってそう経っていない。疲労困憊のまま夜通し行ってもしょうがない。明日の日の出と共に出発だ。お前等も準備しておけ」
「分かりました」
因幡くんは戦闘には参加していないものの、流石に疲労の色が隠せない。
ずっと回復魔法を使っていたのだから、分からなくもない。
僕も肉体的には疲れていないけど、精神的にはまいっている。
人が斬られるとか、映画ドラマやゲームだけの世界だったんだ。
あんなもの見て普通でいられる日本人は、そうそう居ないと思う。
【だよなぁ。俺だって吐き気がしたし】
おっと、鉄球で足をへし折るどころか吹き飛ばした人が、どの口で言うのかなぁ?
【お前、そういう事言っちゃう?それ言ったら鉄球投げたの、その身体だからな。お前も共犯だから】
その返答には苦笑いしかないわ。
まあ僕等が自分で決めてやった事だ。
どっちのせいとか無いけどね。
「さて、帰ってさっさと寝るか」
なんだかんだで疲れてたのか、因幡くんと帰宅した後すぐに眠り果てた。
翌朝、まだ暗い中集合場所である町の入口へ向かった。
アマゾネスさん改めエリーゼさんが、戦士団六人と一緒に既に集まっていた。
全員が鹵獲した鎧を着用している。
「エリーゼさん、おはようございます!」
「アンタ、その名前で呼ぶんじゃないよ!名前と顔が合ってないのは自分がよく分かってるんだから!」
いや、名前は顔と合ってますよ。
合ってないのは身体です。
別にエリーゼでも悪くないと思うけどね。
「じゃあなんて呼べばいいんですか?」
「戦士長でいい。皆はそう呼んでいるからな」
まあ無難な呼び方だよな。
でもエリーと呼んでくれとか言われたら、どうしようかと思ってた。
だってエリーゼからエリーって、余計可愛いでしょうよ。
可愛い事に変わりはないんだけど、エリーって呼んでなんて微笑まれたら惚れてまうやろ。
「あとは蘭丸くんだけか。ちょっと遅いね」
因幡くん的には早く向かいたいのだろう。
両親の安全も確認出来てないし、仕方ない事だ。
もうすぐ日の出だし、たしかに遅い。
「すまない。遅くなった」
町の方から馬に乗った蘭丸が到着した。
蘭丸もわざわざ帝国兵の鎧を着てきていた。
後ろには長可さんも見送りに来ている。
「代表が遅いのは駄目じゃないか?」
「いや、言い訳をさせてくれ。これを前に着てた奴のせいなのか、なんというか・・・臭いんだよ」
朝になって着用しようとしたら気付いたらしく、消臭に時間が掛かったらしい。
どれだけ臭いが酷かったのか分からないけど、我慢しろよ!とは言いづらいな。
これから馬で走っていくのに、後ろの方に臭いが流れても困るし。
「ま、まあ全員集まったし、そろそろ行かないか?」
戦士長は話を流して出発を促している。
というか、皆頷いている。
もしかしてこの鎧、全員臭かったんじゃないか?
帝国兵が臭いのか鎧が元から臭いのか、どちらにしても臭いのに着用を選ぶくらいだ。
やはりあの硬度は、戦った者にしか分からないのだろう。
僕は着ないけど。
「昨晩、隊長を尋問した結果、海津町より遠い能登村へはおそらく今日到着する模様です。急げば被害は最小限に抑えられるかもしれません。では気を付けて行ってきなさい!」
「能登村へ向けて出発する!途中魔物との遭遇する事も考えられるが、極力戦闘は避けるように」
長可さんの情報と共に、蘭丸が出発の号令をかけ戦士長を先頭に馬が走り出した。
しかし蘭丸がそんな事を言うからか、やっぱり魔物と遭遇したわけで。
大半はそのまま逃げられたんだけど、中には馬と同じ速度で走る魔物にも遭遇したり。
ワイルドウルフという、集団で襲ってくる面倒なタイプの魔物だ。
単体ならソイツだけを狙えば終わるんだけど、コイツ等は集団戦法が基本なのでどれから狙うべきか分からない。
リーダーを倒せば統率も乱れるのが普通なのだろうが、特に吠えたりして合図を出したりしないので判別が出来ないのだ。
分からない場合の戦法、それは乱れ撃ち改め乱れ投げ。
こんな事もあろうかと、鉄球は沢山準備済みなのだ。
馬に乗りながらだから上手くは投げられないかもしれないが、それでも当たれば大ダメージのはず。
フッフッフ、獣風情が人間様に勝てると思うなよ!
というわけで、兄さんやっちゃってください!
【お前、かっこよく言っておいて人頼みかよ】
違います。投げるのはこの身体なので、自分頼みです。
マイボディですから。
いっけー!
「おーい!鉄球投げるから皆俺より前に行ってくれ!」
危ないので全員を安全な場所に移動してもらう。
食らえ!俺の大リーグじゃ使えない球1号!
ボシュッ!
ボシュッ!
ボシュッ!
って、当たらないじゃないか!
「アイツ等なんなの!危険なのが分かってるのか、避けるんだけど!」
悪態をつきながらも鉄球を投げるも、結局当たらない。
(あのさ、速いから魔物そのものを狙うんじゃなくて、障害物を狙って足止めしてみたら?)
なるほど。そういう手もあるか。
よし、そうと決まれば、奴等の手前の木を狙ってみよう。
ボシュッ!
ドーン!ベキベキッ!
ワイルドウルフの先頭が通り過ぎるか通り過ぎないかを狙って、木を倒してみた。
結果、先頭集団は何頭か抜けてきたものの、後続の足止めには成功。
後続が居なくなって足並みが乱れたのか、何頭か直撃も出来た。
やはり後続と離れたからか、何頭か倒れたのを機に奴等の追跡は終わりを告げた。
その後も何回かの遭遇には出くわしたが、馬の脚についてこれないか意図的に追ってくる事はほとんど無かった。
昼を過ぎた辺りか、なんとなく見覚えのある景色が見えてきた。
ここからなら歩いて三十分程度の距離のはずだ。
「蘭丸くん、もうすぐ着くよ!このまま馬で村に突入するの?」
「いや、まずは斥候が村の様子を確認。戦力差を鑑みてから突入するか判断する。治療班は村近くの安全な場所で待機だ」
蘭丸、意外とやりおるな。
俺なら全機突撃&殲滅なんだけど。
(それは僕でもやらないよ。もう少し考えようよ)
考える担当は俺ではないのだ。だから仕方ない。
俺が考えるのは、ピッチャーの配球とモテる事だけだ!
自分の中での言い合いをしていたら、どうやら斥候が戻ってきたらしい。
焦った様子もなく、村の様子を伝えている。
「帝国兵を複数人確認しました。しかし私達の町の時と違い、圧倒的に帝国兵が多いというわけではない模様。村内では村人達が応戦していましたが、さほど苦戦している様子は見受けられませんでした」
うん?切羽詰まってないって事かな?
苦戦していないってどういう事だろう?
「よし!全機で突入!戦闘班二人と治療班一人で組んで、村人の救出及び助勢を行う。阿久野は独りで遊撃及び救出だ。行くぞ!」
蘭丸を先頭に三組に分かれ、村の中に突入した。
俺はぼっち・・・じゃなくソロで行動しろという事らしい。
そういう事なら、まずは前田さんの安全を確認しに行こう。
村の中では至る所で戦闘が行われている。
それでもタイマンが多いし、一方的にやられているわけではない感じだ。
理由としては、帝国兵の武装だろう。
海津町のように全員同じ鎧と剣を装備しているわけではなかった。
皆バラバラの装備で革製の動きやすい軽装か、もしくは鉄製であろう鎧が主だった。
下っ端兵士といった感じかな。
そろそろ村長の家が見えてくるはずだけど。
あぁ、やっぱり村長宅は囲まれている。
しかし長可さんの時のような焦りは無いな。
だって敵兵の身体が千切れて吹っ飛んでるんだもの。
「ハッハー!お前等もっと来いよ!最近はこういう事が出来ないんだ。もっと楽しませろ!」
え?誰これ?めっちゃ暴れてる人いるんだけど?
しかも上半身裸で長槍振り回してる。
これ、本当にあの前田さん?
「前田さ~ん!大丈夫ですか~?」
囲まれている外から大声で呼んでみた。
「あぁ!?誰だ!?これを見て大丈夫に見えるのかよ!」
「阿久野です~!なんか見てる限り、余裕そうに見えます~!」
その声に反応したのか、人だった物が一気にこちらに吹き飛んできた。
まさに前田無双・・・。
「あぁ、阿久野くん。わざわざ村まで戻ってきてくれたんですね。ありがとうございます」
吹き飛ばして空いた所から声色が変わって、こちらに話し掛けてくる。
ハンドルじゃなくて、槍を持つと性格が変わるタイプですか?
ちょっと怖いです。
「助太刀します。気を付けてください」
そうは言ったが、鉄球を投げると前田さんの方まで危険が及びそうな勢いだ。
縦横無尽にぶん回すので、ハッキリ言って難しい。
(今回は僕がやるよ。コイツ等ならなんとかなるから)
鉄球より良い案がありそうなので、ここで交代。
「前田さん!その槍鉄製ですかー!」
「鉄!?いや、これは魔物の牙から作ってるけどー!?あぁ、邪魔だおめぇ等!!会話させろ!!」
なんか素が出てる前田さんの一言で、なんとかなる事確定。
よし!やってみますか!!
風魔法を唱え、雷を起こす。
その電気をこの鉄棒に向けて・・・
超電磁力発動!
鉄棒を強力な磁石に変えた事で、帝国兵が持っている鉄製と思われる装備がこちらに吸い寄せられてくる。
「な、なんだぁ!?身体が吸い寄せられる!?」
「俺の剣が、鎧が持って行かれる!」
「あー!俺の剣ー!」
フハハハハ!!!
やはりほとんどが鉄製!武装が吸い寄せられて、身動きが取れなくなっているぞ!
見ろ!敵が雑魚のよう・・・
「おわーーー!!!!」
引き寄せられた剣を手放したのか、何本もの剣が僕目掛けて飛んできた。
急いで真ん中の敵兵に向かって鉄棒をぶん投げる。
その勢いで剣が刺さった敵兵も。
変なやられ方をさせて申し訳ない。
「あっぶねー!!樽が無いのに阿久野くん危機一髪になるところだった!」
【お前、頭良いのに馬鹿だよね】
返す言葉もございません。
しかし電磁力が使えるなら、砂鉄使えばこういう事も出来そうかな。
今度は地面に磁力を発生させて、剣を地面に張り付かせ、鎧を引き寄せて行動不能に陥らせた。
残るは棍棒などの木製素材を使用している者で、尚且つ装備が革製の者。
もしくは鎧を急いで脱いだ者だけだ。
残りは前田さんの槍だけでやられるだろう。
言ってる間に全員吹っ飛んだわ。
「阿久野くん、これは凄い!何をしたか分かりませんが、凄いですよ!」
「いやいや!前田さんの槍の方が凄いですよ!こんな長い槍初めて見ましたよ」
僕は素直に感想を述べた。
しかし磁力を知らない?
雷は流石に分かるだろうけど、電気を知らないのか?
魔族だけ知らないのか、それともこの世界全体で事知らないのか。
今後の事を考えると、ちょっと気になるな。
「コイツ等は雑魚でしたが、隊長らしき人物が何処かに居るはずです。阿久野くん、他に誰が一緒に?」
「海津町の戦士団と森家長男の蘭丸殿。あと村の様子を気にしていた因幡くんです」
「なるほど、では一度合流しましょう」