鶴
ベティ達が領地へ戻り、いよいよ作戦開始までまもなくとなった。
今回、コバが特別に参加するという事で、護衛部隊が作られる事になった。
隊長はロックではなく蘭丸。
他のドワーフやズンタッタ達の部隊、そして独立小隊として又左や太田の部隊も揃った。
安土を離れ、まずは隣の領地である長浜へ向かう事になっている。
自動車に馬と馬車。
速度は大きく違うが、足並みを揃えて行軍している為、かなりゆっくり進んでいた。
そこで佐藤から、猫田と先に合流するのはどうかとアドバイスを貰う。
その提案に乗った僕は、ツムジに乗って先に進むのだった。
休憩をしていると、そこには懐かしいまねき猫の姿が現れる。
奴を追い掛けたが、見失ってしまった。
三人でその姿を探すものの、今までとは違い全く見つかる気配が無かった。
しかしまねき猫の引っ掻き傷がヒントになり、とある木を見つける。
詳しく調べようと近付き、木に触れようとすると、人形の姿の僕は木の中へと落ちていった。
落ちた先で見たその景色は、木の中とは思えない光景が目の当たりに広がっている。
そこは岩肌が見えていて、周りにはちょっとした草が生えている程度の場所だった。
だが、今まで見た事が無い大きな点があった。
目の前に、雲海が広がっているのだ。
「凄いな。こんなの初めて見た」
「流石に僕も見た事無い」
神々しいというか、あまりにも非現実的な光景だ。
二人して言葉を失い、ただただその景色を眺めているだけだった。
「ちょっと!こんな所で惚けてないでよ。まねき猫を探してるんじゃないの!?」
ツムジの声に二人とも、ハッとして目的を思い出した。
急いで周りを見回したが、ハッキリ言って何も無い場所だ。
既に周囲にまねき猫が居ない事は、誰が見ても明らかだった。
「見失ったな。どうするか」
「此処に連れてきたかっただけ?それとも、此処で誰かが待ってる?」
「待ってるって言ったって、誰も居ないぜ。何処に居るんだよ」
「ツムジは空飛べない?」
雲海の先なら、誰か居るかもしれない。
この山?のような場所から移動するにしても、戻ってこれるようにしないと。
それにはツムジに頼るのがベストだ。
だが、そう簡単にはいかなかった。
「それが、何かが阻害しているのか、飛べないのよ。翼に魔力が通わないというか、力が入らない感じ。もし飛べても、短時間しか無理だと思う」
「魔力が通わない?」
どういう意味だ?
僕が動けている時点で、魔法が使えないわけじゃない。
何かしらの原理がある?
「兄さんも身体強化出来ない?」
「俺?うーん、そういえば普段の倍くらい魔力が減っているような?一点集中で視力のみとか、そういう使い方するなら、そこまでキツくはないぞ」
「そうなんだ」
「ん?」
目を細めて、ジッと雲海の方を見る兄。
視力強化してるんじゃないのか?
それとも視力強化した上で、更に遠い場所に何かを見つけた?
「ちょっと確信は持てないんだけど」
「何か見つかった?」
「見間違いじゃなければ、雲海の中に鶴が居る」
「鶴?」
「飛んでるのかしら?」
雲海の下が地続きなら分かる。
でも、二人の話を聞くなら、空を飛んでいるのは難しいと思うんだが。
「羽とか動いてる?」
「いや、なんかリラックスしてる感じ?普通に歩いてるみたいな。とは言っても、鳥の顔色なんか分からないけどな」
あっけらかんと言ってはいるが、鳥がリラックスしてるように見えるのも凄いけどね。
ツムジの方が判断出来そうだけど、彼女にはまだ遠過ぎて見えていないらしい。
「あっ!向こうも気付いたかもしれない!?」
遠くを見ている兄が、目が合ったと話している。
この距離で目が合う?
って事は、向こうも同じくらいの身体強化が使えるって事では?
「兄さん!ちょっとマズイ。何処かに隠れよう」
「何故?別に隠れる必要なんか無いだろ」
「もし敵だったらどうする?しかも、兄さん並みの身体強化が使える相手だよ。ただでさえ魔法が使いづらいって言ってるのに、向こうの方が魔力量が多かったら・・・」
「逃げよう!」
ようやく事の重大さを理解したようだ。
今の状況からするに、もし敵なら僕達はほぼ詰んだ状態だろう。
普通なら見えない距離を見抜く相手だ。
身体強化だって並みじゃないくらい、馬鹿でも分かる。
そんな相手、何も無いこの山頂で簡単に捻る事が出来るだろう。
「でもさ、何処に隠れるんだ?」
「それ、アタシも思った。二人だけなら身体小さいから隠れられそうだけど。アタシが隠れられる場所を探していたら、もう来ちゃってるんじゃない?」
「雲の中、入ってみる?」
少しだけ下へ降りて、雲の中に隠れる。
大きな岩があるわけでもなく、これだけ見通しが良いとそれくらいしか思いつかなかった。
「やれるだけ、やってみよう」
さっきの鶴が、山頂へ降り立った。
やはり飛んでいたらしい。
キョロキョロと周りを見回している。
やはり僕達を探しているのだろうか?
「なあ」
「何?」
「鳥って鼻が利いたりする?」
鳥の鼻?
あんまり知らないな。
嗅覚に優れていたら、臭いで僕等の位置も分かるかもしれない。
でも見回しているって事は、そんな事は無いっぽい。
「じゃあ何をしているんだ?」
「待って!動き始めた」
少しだけ頭を出して鶴の様子を伺っていたツムジが、頭を引っ込めた。
「こっちに気付いたかも」
「どうしてそう思った?」
「アレ、普通の鶴じゃないと思う。だって、アタシ達の足跡調べてるんだよ!?」
足跡を見る鶴?
それは明らかに違和感がある。
たまたま見てただけなら分かるが、足跡からこっちに来ているのを調べていたら・・・。
そんな鳥、見た事無い。
「もっと降りてみる?」
「見つからないようにするなら、そうした方が良いけど」
そもそも、まだ敵か味方かも分からないし。
でも敵だったら、勝てるかすら危うい。
「もう少し降りようか」
「そんな事せんでもええわい」
見つかった!
こんなに早く居場所がバレるなんて。
喋ってる時点で普通ではないが、それ以上に観察力が凄い。
「ど、どうする!?」
「別に取って食べたりせんから、ちゃんと姿を見せてみい」
口調からは敵意があるようには思えない。
鶴以外に誰か居る様子も無いし、最悪の場合は僕だけ置いてツムジと兄に逃げてもらえば良い。
「行こう。どんな鶴か会ってみよう」
三人で恐る恐る雲から出てくると、そこには鶴が居なかった。
代わりに短髪白髪のお爺さんが立っていた。
「ほうほう。こんなちっこいのに見つけられるとは、思いもよらなんだ」
「・・・爺さんがさっきの鶴?」
「そうです。私がお鶴ちゃんです」
お鶴ちゃん?
「お鶴ちゃんって、お爺さんの名前?」
「グリフォンまで従えとるとはの。グリフォンに会ったのは、数百年ぶりじゃ」
「お鶴ちゃん。話聞いてる?」
「お鶴ちゃんって誰じゃ」
「アンタが自分で、私はお鶴ちゃんですって言ったんだろうが」
少し考えたような素振りをした爺さんは、ニコッと笑った後に言った。
「うっそで〜す!騙されてやんの!」
イラッとする。
年上の人じゃなかったら、殴ってたかもしれない。
「じゃ、じゃあ、本当の名前は?」
ツムジは怒りを堪えながら聞いている。
少し言葉が震えているから、本当は怒っているんだろう。
「人に名を訊ねるなら、まず自分から言うてからにしなさいよ」
「ねぇ、燃やして良い?この鳥、燃やして食べて良い?」
ツムジの怒りが危険水域に入った!
もう会話させるのをやめさせよう。
「すいません。僕の名前は阿久野。こっちも阿久野。グリフォンはツムジです」
「なるほどのう。今代の魔王は二人か」
一瞬だけ、目の光が変わったように見えた。
だがそれも一瞬。
自己紹介をされたが、やっぱりとぼけていて掴みどころが無い。
「ワシの名前はセンカク。千の鶴と書いて、センカクじゃ。ちづるさんと呼んでもええぞ?むしろ呼んで。ワシが喜ぶから」
「じゃあセンカクさん」
「ちづる」
「センカク」
「ちづる」
「・・・ちづるジジイ」
「それはちょっと・・・。ワシ、凹むわぁ」
何なんだ!
このジジイは何なんだ!
本当に凹んでるのか、肩を落として項垂れている。
「ジジイ。さっき数百年ぶりにグリフォンに会ったとか言ってたな。アンタ一体幾つなんだ?」
おっ!
兄さんにしてはなかなか良い質問だ。
僕も少し気になっていた。
「さあ、幾つじゃろう?もう忘れてもうたわ」
「じゃあ、いつから此処に居るんだ?」
「一万年と二千年前から?いや、二万年と四千年前だったかのう」
「フン!」
「おひょ!年寄りを殴るなんて、この鬼畜!」
兄さんがキレて、お爺さんに手を出した。
殴られた割には元気だが。
「真面目に聞くぞ。アンタ一体何者だ?」
「何者なんだと聞かれても、殴った相手に教える義理は無い」
そっぽを向いて、完全に無視する構えのようだ。
だけど此処を出る為にも、この人の助けは必要になる。
やはり謝って、話を聞いてもらうのがベストだろう。
「兄さん。謝って」
「え〜。ヤダ」
「ヤダじゃない!このまま此処に居続けるわけには、いかないだろ」
「別に教えてもええぞ」
「は?」
「此処から出たいなら、教えても構わんと言ったのじゃ」
それなら話は早い。
でも、やっぱり年寄りに手を上げるのは駄目だ。
先にちゃんと謝ってから、教えてもらわないと。
「兄さん」
「爺さん、手を出してゴメン」
「ふーむ、なるほどのう。性格は似ているとは言えないようじゃの」
やはり時々、眼光が鋭くなっている気がする。
気のせいじゃない。
「ちづるさん。本当は何者?」
「・・・ワシは鶴じゃよ。元々はただの鶴。今は鶴の仙人。此処はワシが作った結界の中じゃ」
「仙人!?」
三人揃って聞き返した。
仙人って何だ?
何が違うんだ?
「仙人とは何だ。そう思っとるのじゃろ?仙人とは、魔族でも魔物でも、ヒト族でもない。俗世とはかけ離れ、種族の垣根を越えしモノ」
「鶴の鳥人でもなく?」
「ワシは鳥人族ではなく、鶴じゃ。鶴は千年亀は万年とはいうが、ワシは既に二千年近くは生きておるかの」
「す、凄い」
まさかの存在に、凄いしか言えなかった。
まねき猫は、彼に会わせたかったのだろう。
「でも、何故此処に入ってこれたか。それが不思議なんじゃ。この結界は、そう簡単には破れるはずないのじゃが」
流石の仙人も、召喚獣が導いたとは思いもよらなかったか。
「それなら、まねき猫が周りの木を爪研いでたけど、この木だけ研いでなかったんだよ」
「まねき猫じゃと!?彼奴に導かれたのか!?」
「導かれたってほど、大層なものじゃない気がするけど。でも、久しぶりにまねき猫に会ったと思ったら、爺さんの所に来た感じだな」
「むぅ。魔王が導かれたのも何かの縁かのう。魔王はお前達で三回目じゃ」
「三回目?」
という事は、以前にも二人は来てるって事か。
やっぱりこの人、それなりに凄いのかもしれない。
「俺達の前は誰が来たんだ?」
「数十年前に来たのがロベルト。あと数百年前に、信長かの」
信長はなんとなく予想はしてた。
だけど、ロベルト?
聞いた事無い名前だけど、誰?
「ロベルトって誰ですか?」
「なんじゃ。お前達はロベルトの息子じゃないのか?顔が瓜二つだから、てっきり息子だと思っておったぞい」
「え?」
「まさか先代魔王の名前って、ロベルト?」