左通路の攻防3
又左の所へ行ってから、そのまま他の二人の戦闘も見る事になった。
次に入った部屋では、佐藤が戦っていた。
ベルトが伸びて鞭のように扱う女と、トゲが飛び出すボールを扱う男。
それに従っている四人の計六人が、佐藤を囲んでいた。
佐藤は向こうの時間稼ぎに、手間取っていた。
ボクシングという接近戦が主なスタイルに、相手は鞭やボールを投げるという中遠距離攻撃が主体。
それに合わせて他の四人がカバーしている。
無理をすれば倒せるが、そこまで必要性を感じていなかった。
そんな時、魔王と又左の二人が部屋へ訪れる。
二人の登場に、休戦を申し込む召喚者達。
時間稼ぎだと分かっていたので即却下され、そして二人が手出しをしない代わりに、さっさと戦えという指示が出される。
「佐藤、ブロウイング」
小声で発した佐藤は、拳が水色に光っている事に気付いた。
その場でジャブをすると、圧縮された風が相手へと叩き込まれる。
しかし低い威力に悩まされていると、グローブに何やらスイッチのような物が付いている事を発見した。
彼はそれ等を弄り、再び相手へとシャドーボクシングをすると、そこには思いもよらない光景が広がっていた。
「うわぁ、えげつない攻撃だなぁ・・・」
子供の声でそんな言葉が聞こえるが、本当の子供なら目の前の光景を見たらそんな事は言えない。
「うっ!自分でやったけど、見てたら気持ち悪くなってきた・・・」
まさか、相手が全員バラバラになるとは思わなかった。
見ていた二人によると、風の刃のような物が、一メートルサイズで無数に飛んでいったらしい。
盾も余裕で切り裂き、奥に居た六人はなす術もなく腕や足、首に胴体がスパッと切れたという。
彼等は悲鳴を上げる事も無く、ほぼ細切れになっていた。
「佐藤殿!この威力は凄いな!ただ、模擬戦では使えないぞ?」
「そりゃ、こんなの見たら分かってますよ!やっぱり、このスイッチとかのせいだよなぁ」
「スイッチ?」
阿久野はグローブをマジマジと見回した。
「これか。ふーん、分かんね」
流石はキャプテンの方だ。
すぐに諦めた。
「分かんねーじゃない!ダイヤルもあるのか。多分だけど、プラスとマイナスは、風圧の圧縮率じゃないかな?プラスよりにすれば、パンチで殴ってるような攻撃に。マイナスはそれを細くして剣みたいな風になるんじゃない?」
「流石は阿久野くん。ちょっと見ただけで分かるなんて」
「多分だよ。もう一度プラスにしてやってくれれば、その仮定が証明出来る気がするけど」
「じゃあ、ちょっとやってみようか」
俺は構えて、同じようにシャドーボクシングをしてみた。
「何も出てない?」
「何故だ?」
もう一度グローブを見回すと、今度はダイヤルに目が行った。
ダイヤルを少し回すと、薄く水色に光りだす。
「なるほど。こっちは多分出力だね。さっきより光が薄いのは、大技使って魔力が残ってないんじゃない?」
「私の時は、もっと使えましたよ?」
「又左は、自分の魔力も変換してるんじゃないかな?佐藤さんも魔力はあるけど、ヒト族は魔族より少ないからね」
「俺の場合は、もっと節約して使わないと駄目って事か。勉強になった」
あくまでも仮定の話だと言っているが、おそらくは合っているだろう。
自分で使っていて、今の話がしっくり来たからな。
「そろそろ慶次の方へ、向かいましょうか」
「そうだね。その前に」
彼は火魔法を使って、両手から炎を出した。
それを細切れになっていた召喚者達へと放って、全て燃やしている。
「敵とはいえ、元々は同じ日本人。それに佐藤さんも、灰になっていた方が、気持ちの面でも少しは楽になるでしょ?」
「ごめんね。でもありがとう」
子供に余計な心配をと思ったが、よく考えれば中身は俺とほとんど変わらない年齢だった。
それでもその気遣いは、本当にありがたいと思う。
うーん、面倒だ。
あの少年がとても面倒だ。
目を離すと、すぐに消えてしまう。
どんな能力なのか分からないが、気付けば自分の背後に回っている。
「槍二本持ちはやめたの?」
「アレは威力が落ちる故。一撃で葬らないと、隙の方が大きいでござる」
二本持ちにしたおかげで、相手の身体を傷付けたりは出来た。
しかし、代わりに自分の身体にも傷が増えた。
両方とも伸ばしていると、回避動作がどうしても鈍る。
左へ避けようとしても、左手側が伸びていればその分反応が遅くなってしまった。
その結果が、身体中が斬り刻まれて傷だらけであった。
「その出血量だと、長期戦になれば不利なんじゃない?」
少年は此方の様子を見て、言ってきた。
あながち間違った判断ではない。
確かに不利になるかもしれないが、そのせいで焦っては意味が無い。
だから逆に焦らせる方向で話を進めて、向こうの隙を狙う。
「そうかもしれないが、それは其方も同じでは?」
「・・・どういう意味?」
食いついた!
「長期戦になれば、兄上がやって来るぞ。佐藤殿も拙者より強い。時間を掛ければ掛ける程、不利になるのは拙者ではなく、其方ではないのかな?」
「ハハッ!まだ勝つ気でいるんだ。残念だけど、それは無いと思うよ。アンタの兄さんと戦ってるのは、宇野っていう一対一ならほとんど負け無しの男だから。それと裏切り者の方も、わざわざ時間稼ぎに特化した連中を置いてきた。だから、アンタの応援は来ないってわけ」
スラスラと饒舌に答える清水。
周りの召喚者達も、嘲笑を浮かべている。
彼等には、余程自信があるらしい。
「面白い。では先に教えておこう。まもなく此処に、誰かがやって来るでござる。複数の足音が聞こえるので、あと一分足らずで到着するでござる。その顔が歪むのが、楽しみでござるな」
慶次の言葉に、全員が黙り込む。
静かな部屋の中に、少しずつ足音が聞こえてくる。
まさかとは思いながらも、彼等は慶次を警戒しつつも部屋の入り口を気にしていた。
慶次が早々に扉を破壊したので、向こうは筒抜けだった。
そこへとうとう、数人がやって来るのが見えた。
「兄上!」
「馬鹿な!」
清水は大きく狼狽た。
自分でもタイマンなら五分五分の宇野が。
児玉と西島の連携は、自分も手を焼く程だったはず。
頭の中でグルグルと思考が巡っていく。
「あん?まだ倒してねーの?」
偉そうな子供が、二人の間に立っている。
あんなのはさっきまで居なかった。
ん?
子供?
「まさか、魔王!?」
「そうです。私が魔王です」
おちゃらけた感じで挨拶してくる子供。
此方をナメてるとしか思えない。
しかし、他の五人は魔王という言葉に驚きを隠せなかった。
「隠れてたんじゃなかったのか?」
「自ら部下を助けに?」
ヒソヒソと話しているのが聞こえてくる。
が、それも向こうには聞こえていたらしい。
「誰が助けに来たって?お前等如き、三人とも助けは要らねーんだよ!」
子供のクセに一端の怒声を放つとは。
実力は分からないが、今ので自分以外の連中は萎縮してしまった。
「慶次!分かっているな?」
魔王の一言で、慶次と呼ばれる獣人が本気を出すか!?
と思われたのだが、違った。
「えぇ・・・。三人も来たなら、手伝ってほしいでござる。せめて、後ろの五人は其方に任せたいな・・・」
「慶次。本気で言っているわけではないよな?」
兄と思われる獣人が、静かな口調で問う。
薄らと怒っているのが、敵である僕にも分かった。
「あ、兄上!違うのです!兄上達の活躍の場も、魔王様に見てもらいたかったのです!」
「阿呆が!既に我々の戦いぶりは、目にされておるわ!あとはお前が仕事をすれば、全て終わりなんだよ!」
「全て、終わり?」
「何だ。連絡方法は特に無いのか。奇襲を狙った裏側だけど、完全に抑えたから。柔道を使ってくるおじさんと目が良いおばさんは、もう死んだよ。一つだけまだ残っている軍があったけど、力負けして既に安土から押し出されてるしな。安土の中で残った敵は、お前等六人だけ。どぅーゆーあんだすたーん?」
魔族である魔王が英語を使った事など、既に耳に入っていない。
本隊は壊滅した。
それだけが頭の中に響いている。
「馬鹿な!馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!そんなわけないだろう!?だってアイツ等、Aクラスだぞ!?帝国が誇るエリートクラスのメンバーなんだぞ!?それが、数でも優っていたにも関わらず負けるとか、あり得ないだろうが!」
「何故にそんな自信満々なの?そのクラスって、どうせ帝国内だけで決めたランキングだろ。外の方が強いって、考えたりしないの?」
子供が何か言っているが、もはや右から左へ流れていくだけだった。
「ま、とにかく此処の戦いが終われば、完全勝利ってわけ。慶次!さっさと終わらせないと、お前だけ飯が貧相になると思えよ」
「それは!?食事が美味しい安土にて、そこは譲れないでござる!」
心を引き締め直し、槍を再び構えた。
「すぐに倒したら、逆に特別な肉が待っているぞ」
特別な肉?
何の事だか分からないが、それよりもこの戦闘を止める事が先決。
「ま、待っ・・・」
「慶次、フリージング!!」
奴の槍が青く発光した。
何かマズイ感じがする!
「クッ!」
急ぎ、その場から離れて壁際まで退避する。
すると、他の五人の身体の一部が、氷漬けにされていた。
戸惑う彼等に、あの伸びる槍が飛んでくる。
「トドメでござる!」
五人は避けようとしたが、頭や腹、胸等を貫かれていた。
助かる術は無い。
五人がやられるのを見ていた僕は、マズイという焦りから、逆に冷静さを取り戻していった。
人の死が、こんなところで役に立つとは。
「あとは少年!お前を倒せば肉でござる!」
あの野郎!
僕の事、既に肉と勘違いしてやがる。
ただ、僕はこんなところで捕まらない。
幸い、あの馬鹿が扉を壊してくれていたおかげで、このまま入り口から逃げる事が出来る。
「分かった。アンタの力を見せてもらったからね。僕も本気でやるよ」
肉!
特別な肉!
兄上と佐藤殿も、多分貰えるんだろう。
拙者だけ貰えないのは、恥ずかしいでござる。
「さっさと来いでござる!」
「分かったよ。僕の最終兵器、じっくりと見るが良い!」
最終兵器?
まだ何か隠しているのか。
逆にやられないように、気を付けなくてはいかんな。
「必殺!超凄い玉!」
超凄い玉?
奴が何かを、拙者に向かって投げてきた。
特に速いわけではない。
その黒い玉は、ゆっくりとこっちに向かって来るだけだった。
すると、投げた瞬間に奴の姿が掻き消える。
「むっ!?」
まさか、黒い玉は囮か!?
「ええい!」
槍で黒い玉を叩き落とすと、まさかの展開が待っていた。
「目が!」
黒い玉は閃光弾だった。
気を付けて見ていたのが、逆にアダとなった。
全てが真っ白になり、何も見えない。
聞こえるのは、兄上と魔王様の悲鳴だけ。
奴の足音や気配は全く分からなくなってしまった。
「兄上達!ちょっとうるさい!」
「目がぁ!目がぁ!」
「目がぁ!あの野郎!絶対に許さねー!」
あの人達、邪魔をしに来たのか?
これじゃ、誰が何処に居るか分からない。
しかし、この隙を突いて攻撃をされないのは何故?
ん?
まさか!
「慶次!フリイィィィジング!!!」
槍を地面に突き立てると、部屋のはるか遠くで、何かが倒れる音が聞こえた。
「やはり、逃げる気だったか!」
「アイツ、やっぱり頭は悪いな!」
完全に見えてないのを確認して、僕は部屋の外へ出た。
まさかとは思ったが、他の部屋を少しだけ覗いていくと、灰が溜まっていただけだった。
アイツ等、何処かに連行されたか殺されたんだろう。
部屋に居ないのなら、もはや助ける理由も無い。
一人だけなら、この超スピードで逃げ切れる。
僕ならそれが出来るから。
「慶次!フリイィィィジング!!!」
奴が大きな声で叫んでいるのが聞こえた。
何を今更するのか分からないが、もう遅い。
僕はさっさとこんな魔境を抜けて、帝国へ帰るぞ!
「痛っ!」
珍しく転んでしまった。
焦りもあるのかもしれない。
僕は手をついて立ち上がろうとした。
「冷たっ!」
地面が凍っている。
しかもかなりの厚さの氷だ。
こんな所に座っていたら、風邪を引いてしまう。
すぐに立ち去ろう。
そして、僕は気付いた。
「足が!僕の足があぁぁ!!」