左通路の攻防2
変態に加えてスケベ。
佐藤は不本意な呼ばれ方に、敵である召喚者の男を指名して尋ねた。
脱いだら見るよな?
曖昧な返事に西島は、どいつも変態だと言い切り、外したベルトを鞭のようにして、佐藤に向かって打ち付けた。
慶次の方は少し苦戦していた。
数が多いのもあるが、相手にAクラスが居るのが大きいのかもしれない。
多勢に攻められた彼は、知らぬ間に背後を取られた。
咄嗟の判断で避けたものの、左肩には痛みが走る。
一方、又左は宇野という男と一対一の戦いを繰り広げていた。
性格的なものが合うのか、戦い方も少し似ている。
そんな中で宇野は、魔王を一度見てみたいと話していた。
すると入り口から魔王が現れ、話しかしていない二人に戦いを促す。
又左は宇野に、帝国から安土への寝返りを提案するも、断られる。
戦うしかなくなった又左は、コバが仕込んだ新しい武器を試した。
雷を発するその槍は、遠距離も可能な挙句に接近戦も可能な、高性能な武器になっていた。
そして紫電が迸る槍が宇野の腹を突き破り、絶命する。
相手を倒した又左は、ある疑問を持った。
何故、此処に魔王が居るのかと。
それを言われると、ちょっと微妙だなぁ。
(確かにね。裏の戦いが一方的な展開になったからなんて、三人で頑張ってる又左達には言いづらいかもね)
だったら、それっぽい事を言っておこう。
「陣中見舞い?そんな感じだよ。裏の戦いはひと段落したから。三人だけで頑張るお前達の姿を、目に焼き付けようと思ったんだけど」
「そ、そんな事の為にわざわざ!?」
又左が震えている。
総大将が簡単に来るなって、怒ってるかもしれん。
「だ、駄目だった?」
「何を仰いますか!嬉しさのあまり、固まっておりました!是非とも、二人の戦いもご覧になって下さい!」
「戦いの邪魔になったりしない?」
「もしそんな事を口にしたら、しばきますので」
笑顔でしばくとか言うなや。
でも、二人が万が一危なかったら、又左を割り込ませても良い気がする。
(本人は嫌がるかもしれないけど、奴等が捕虜じゃなく殺す方が目的なら・・・。それを考えると、綺麗汚いとか言ってる場合じゃない)
俺もそれは思う。
Aクラスが複数人居るとなると、あの二人でも危険かもしれない。
「急ぐか!」
「そこまでして気にしていただけるとは!ありがたき幸せ」
コイツは大きく勘違いしている気もするけど、まあ別に良いだろう。
これだけ元気なら、まだ戦えるだろうし。
二人とも、無事だと良いけど。
鞭がウザい。
これさえ無ければ、何とかなりそうな気がするんだけど。
「しつこい!」
「こっちのセリフ!」
向こうも苛立っているな。
時間稼ぎだろうが、欲が出たか?
一撃くらい入れておきたいという感じだ。
それなら、こっちにもやりようはある。
「先に聞いておくが、お前等の時間稼ぎが無駄だったらどうするんだ?」
「・・・どういう意味?」
時間稼ぎは否定しないのか。
まあ俺に分かるくらいだし、それもそうか。
「だから、向こうの部屋が負けたらどうするんだって話」
「そんな事あり得んよ!」
「何故?」
「向こうには此処より多い八人が送り込まれている。しかも戦闘に特化した八人がな。たった一人で対応出来ると思えん」
「じゃあ、一人じゃなかったら?」
「何!?」
「もし一対一をしている又左殿が、倒して向こうの手助けをしていたら?二対八だけど、それ以上の戦力差じゃない?」
「それこそあり得んな。宇野は頭は悪いが、俺と西島よりも強い。あんな獣人に負けるはずがない」
なるほど。
一番強い人をタイマンで又左殿に当てたか。
でも、タイマンなら尚更負ける気がしないんだよなぁ。
向こうの実力も分からないけど、俺でも倒せる気がしたし。
そろそろ本当に、どっちかの部屋に来る気がするんだけど。
「ありゃ?こっちは佐藤さんの方か」
部屋の入り口の方から聞き慣れた声が聞こえる。
「阿久野くん?」
「こんちは。どうですか?苦戦してます?」
向こうは子供が入って来て、混乱しているようだ。
視線が入り口の方に向いたまま、固まっている。
「アレは?」
「あ?アレじゃねーよ。俺は阿久野。魔王をやっている」
「ま、魔王!?」
真意を確かめるべく、全員が佐藤を見た。
「えっ?あぁ、ホントホント。俺、あの人に一発で負けたから。一撃で失神させられた」
ただでさえ目の前の男に苦戦しているのに、そこへその男を一撃で失神させる人物が現れる。
彼等は戦意が喪失しかけた。
そして更なる追い打ちが。
「こっちは佐藤殿であったか。早く倒して、慶次の苦戦する様を観に行きましょう!」
魔王の後ろから現れた人物。
それは宇野が戦っていた獣人だった。
召喚者達は彼の登場に、何があったかすぐに理解した。
「待て!待ってくれ。少し休戦を申し込みたい」
「休戦?」
急に児玉という男が待ってくれと言ってきた。
しかし、返答はすぐにされた。
「却下。佐藤さん、さっさと倒して良いよ」
「良いの?」
「ソイツ等は、時間稼ぎがしたいんだよ。慶次の方に誰が行ってるのか知らないけど、そっちが本命なんじゃない?慶次を倒した味方が来れば、何とかなるとでも思ってるんだと思うよ」
なるほど。
慶次くんがそう簡単に負けるとは思えないけど、中心になっていた少年が向こうに行ったのは気になる。
万が一を考えると、時間稼ぎに徹していたのも肯けるな。
「そういう考えなら、休戦なんか飲む理由は無いね」
「それと、先に言っておくわ。そもそもそっちから仕掛けてきておいて、不利になったら休戦やら降参を申し込みたいって。お前等の頭の中、結構お花畑だよね。誰がそんな都合の良い事を承諾すると思ってるの?馬鹿なんじゃない?」
「キャプテン、カッコいい!」
後ろの人が少しおかしくなっているけど、見なかった事にしよう。
コイツ等、顔が青ざめてるけど、このまま戦えるのか?
「あ、そうそう。言っておくけど、俺達は手出ししないから。佐藤さんに勝てば、見逃してあげても良いよ」
「そんな約束しても良いの!?」
「信じてますから。負けたら死んじゃいますよ〜」
意地悪な言い方だなぁ。
負けない事が分かってるような言い方だ。
「それに、コバの武器を試してないでしょ?」
「う、うん。まだというか、極力使いたくないというか」
「駄目だよ!それの効果を見学しに来たのもあるんだから。苦戦してるなら尚更。使わないと倒せないでしょ」
使い方がなぁ。
恥ずかしいんだよ。
何で名前叫ばないと使えないの?
別にそんな事する必要無いでしょ。
「とにかく!頑張って倒してくれ」
まさか魔王本人が降臨とは。
思いもよらない出来事だけど、完全に詰んだ。
前門の虎後門の狼って、こういう事を言うんだろう。
ただ!
本当かどうか分からないが、目の前の男を倒せば、見逃してくれるらしい。
ならば、時間稼ぎなんかしないで、何とか倒して逃げるが勝ちだ。
「話し合いは終わった?」
「あぁ。わざわざ時間を割いてくれてありがとう」
「いやいや!最期の会話だからね。それくらいは俺も気を使うさ」
ナメやがって。
俺達が六人相手でも、負けないって言ってるのか。
「西島、アイツの動きを止められるか?」
「ベルトが当たらないから難しいかも」
四人の能力を聞くも、拘束するようなモノは無かった。
仕方ない。
真っ向勝負でやるしかない!
「行くぞ!」
「行くわよ!」
児玉は今までと変わらずに、ボールを投げ込む。
そして西島は少し違った。
もう一本、ベルトを取り出したのだ。
「二刀流!?違うか。鞭だから二鞭流って言うのかな?」
「そんな事を口にする余裕あるかしら?」
二人の攻撃の手数が、更に増えた。
まさか鞭が二本になるとは。
ボールも二つにならなかったのは幸いだけど、避けづらさだけで言えば、鞭二本の方がはるかに面倒だった。
「仕方ない。使わざるを得ないか」
ボクシンググローブを構えた俺は、小さな声で言った。
「さ、佐藤、ブロウイング・・・」
グローブが水色に光り始める。
軽く左ジャブをすると、前に居た男がよろけた。
「何だ!?風?」
食らった本人もよく分かっていない。
俺もパンチを打った時に、あんまり分かっていなかった。
「どうした!?」
児玉が何かを聞こうとしていたので、奴に向かってシャドーボクシングの要領でワンツーを打つ。
「うっ!ブッ!!」
なるほど!
シャドーをすれば、パンチ大の大きさの突風が、敵に向かうって感じか。
ならば、シャドーボクシングをしていれば、離れた敵にも攻撃出来るって事だ。
「シッ!シッ!」
「うっ!クソッ!奴にも遠距離攻撃があるのか!」
「でも威力はそうでもない。これなら我慢出来るレベルだぞ」
軽く仰け反りはするけど、基本的に皆耐えている。
ただ、鞭を叩き落とすのには便利だ。
向かってくる鞭に向かってパンチをすれば、叩き落とすのは容易だった。
問題は別にある。
何で威力が低いんだ?
「あっ!」
まさか、小声だったから?
という事は、あんな恥ずかしい事を、大声でやらなきゃいけないって事か。
ちょっと確認してからにしよう。
「前田さん!前田さんも、コバが作った武器を使って、叫んだの?」
「叫ぶ?意味は分からないが、スパーキング!とは叫んだな」
これは決定だろう。
声量に合わせて、威力も変わる。
うわ〜、言いたくねぇ!!
「ん?」
グローブをよく見ると、手首の部分に小さなスイッチがある。
ツマミの端には、プラスとマイナスが書かれていた。
今は大きくプラス側に振ってある。
それとは別に、ダイヤルのようなモノもあった。
「何だろう?」
おっと!
戦いに集中しないと!
鞭を叩き落としても、二本目が別の角度からやって来る。
相手は顔を見る限り、既に余裕は無いな。
それなら、ちょっとくらい試しても大丈夫だろう。
「佐藤さん、グローブに何か仕掛けがあるのに気付いたっぽいな」
「そうですか?」
「相手よりグローブを気にしてるぞ」
「確かに。何か弄ってますね」
「新しい事をしようとしているのだろう。楽しみだな」
「そうですね!」
又左はあんまり、この戦いに興味が無いようだ。
どうせ佐藤さんが勝つと、思っているからだろう。
少しは意外な事が起きるかもとか、警戒してほしいんだけどな。
まあ、向こうの余裕の無い顔を見れば、それも仕方ないか。
試しにマイナス側に振ってと。
これでどうなるかな?
「シッ!」
近くに居た男に、試しに先程と同じようにジャブをしてみた。
「うわっ!」
「えっ!?」
彼が左腕を押さえている。
どうやら、腕が切れたようだ。
「シッ!シッ!」
シャドーボクシングを繰り返すと、他の連中からも血飛沫が舞った。
「お前!まだ何か隠し持っていたのか!?」
児玉が大きく睨みつけてきたが、本当に何も知らない。
ただ、マイナスに振ると、風が圧縮されるのはなんとなく理解した。
だからカマイタチみたいに、真空の刃が襲っていたのだろう。
じゃあ、このダイヤルは?
また何か嫌な予感がしたが、恐る恐る回してみた。
すると、水色の光が大きくなり、気付いた時には、両手どころか腕まで全部、光に覆われていた。
「気を付けろ!光が大きくなったぞ!」
「盾だ!盾で防げ!」
相手の声は聞こえていたが、構わずに同じようにしてみた。
「ウボァッ!」
自分の顔に突風が吹き付ける程の凄い風。
パンチをする度にそれが起きた。
「ヒッ!」
小さな呻き声が聞こえたが、構わずにパンチをお見舞いする。
風で目が薄くしか開けられなかったが、しばらくして止まってみると、とんでもない光景が目の前には広がっていた。
「バラバラじゃないか・・・」