魔王じゃなくて佐藤
菊池の弱点は既に分かっていた。
ベティは避けながら菊池を観察して、自分の推測が本当かどうか、確認をしていた。
視力以外は並レベル。
そう判断した。
両腕を斬られたからには、勝敗は決している。
そんな彼女に対して、負けた理由を説明するベティ。
その内容から、自分の敗因を悟る菊池。
長い会話は終わり、ベティは苦しませずに菊池にトドメを刺した。
二人が倒された事も分からない正面側の三人。
又左と慶次は、戦いを楽しんでいた。
佐藤を言いくるめて待機させ、大勢を相手に二人だけで戦う。
それも、回復魔法を使える連中の魔力が尽きた事で終わりを告げる。
残るAクラスも一人。
又左達と対峙する、清水という名の少年。
彼は又左達の事を見誤っていた。
これほどの強さを誇るのに、何故か一人だけ見ているだけ。
二人は傷だらけになりながらも戦うその姿に、その一人が重要な人物だと勘違いした。
彼こそが魔王!
そう判断した清水だったが、見た目と年齢以外はほとんど聞いていなかった。
良いぞ!
まさかこんな所に魔王が居るなんて。
これなら裏側に回った二人にも、不可抗力という名目で言い訳が出来る。
「残り全員で行くぞ!」
残りの全員。
彼等は精鋭中の精鋭だ。
少しでも疲労をさせてから、最後は強い奴等で蹂躙する。
これが僕の考えだ。
ゲームでも最初は弱い奴を出してから、体力が減った相手に強キャラの必殺技で勝つのが気持ち良い。
それを二人に話すと、凄く反対をされた。
ゲームと違って命が懸かっていると。
誰も死なないように相手を倒すなんて、そんな事考えるのは面倒だ。
別に弱い奴の事なんか、考えなくても良いだろ。
この世界、弱肉強食なんだから。
残っている召喚者の中に、Bクラスだが三人ほど僕等に匹敵する強さを持つ者が居る。
彼等に二人の相手をさせて、僕が魔王を仕留めれば。
完璧だ!
「そういえば、佐藤殿の武器にはどんな魔法が入っているのですか?」
又左が佐藤の持っているボクシンググローブを見て、興味を示していた。
「そもそもコレ、どのように使うのでござるか?」
慶次も興味津々のようだ。
「二人とも、ボクシングは・・・分からないよね」
溜息が出た佐藤は、二人に何処から説明するべきか迷っていた。
「分かりやすく言えば、殴る事に特化した競技だよ。蹴っては駄目だし、ローブロー、金的も駄目。如何に殴られずに殴るか。グローブは自分の拳を守るだけじゃなく、守る事にも使うんだ」
「こんなの着けてたら、相手はそう簡単に倒せないように思えるのだが」
「拙者もそう思うでござる」
「ハハ、まあそう思うよね。でも、これは俺が使ってた物より大きい。重い方が危険だって言われてるけど、どうなんだろう」
スパーリングや練習では、通例で重めのグローブを使う。
しかし試合では、8オンスだ。
これはおそらく10オンスはあると思われる。
「コバってボクシングの事、知ってるのかな?」
佐藤は渡されたグローブを見つめ、一人で呟いた。
「来た!」
「待たせたかな?」
大人達を率いるのは、高校生くらいの少年だった。
後ろの連中も、誰も文句を言わずに従っている。
「そうか。お前がAクラスか」
「ご名答。流石は魔王だ」
「魔王?」
三人揃って声が揃う。
何故、佐藤が魔王に?
「何を言っているのでござるか?」
「隠さなくても良いさ。彼が、魔王なんだろう?」
指をさされた佐藤は、よく分かっていなかった。
そして二人は、この小僧は何を言っているんだと混乱している。
その様子を後ろで見ている召喚者達は、薄ら笑いを浮かべ、三人を馬鹿にしたような態度を取っていた。
「もう一回聞いて良い?誰が魔王だって?」
「お前が魔王だって言っているんだ!」
あまりに見当違いな事を、大声で堂々と言う。
三人はようやく理解した。
コイツ、あんまり頭が良くないなと。
「分かった。ハッキリと言っておこう。俺は佐藤。日本から来た召喚者」
「ふぇっ!?」
「もうだいぶ前になるかな。能登村っていう、かなり南の村を襲えって言われて、本物の魔王に負けたんだよね。そこで助けてもらって、今は又左殿達と一緒に居るんだけど」
「う、嘘を」
「いやいや!嘘ではないぞ。私が当時、能登村の村長だったからな。あの時、彼に思いきり腹を殴られて、吹き飛ばされた。吐血もしたなぁ」
自分が殴られて血を吐いたというのに、何故か懐かしそうな目で振り返る又左。
その横では苦笑いの佐藤が、やめてくれと言っていた。
「そんな話は信じないぞ!」
やはり召喚者の特権が発動した。
ご都合主義である。
自分に不利な事は信用しない。
自分の誤りは認めないのだ。
「日本の首都でも言ってあげようか?それとも今の首相か?」
首相という言葉を聞いて、いよいよ顔が青ざめる清水。
自分が完全に勘違いしていたのを、ようやく理解したようだ。
アレだけ自信満々に言ったのに、全く違うとは。
連れてきた召喚者達の前で、要らぬ赤っ恥だった。
「あっ!」
「どうした!?」
佐藤がいきなり大きな声を出したので、清水は無意識に聞いてしまった。
「いやぁ、俺が来た時の首相って、まだ変わってないのかなって。皆とは来た時期が違うかもしれないから、今の首相って自信満々で言って、それ前の首相だよ!って突っ込まれたら、要らぬ赤っ恥だなぁって思っちゃった」
この野郎!
全て俺への当てつけか!?
清水はキレそうになるのを堪えて、冷静に見えるように言った。
「どうせ魔王は、裏からの大軍に怯えて隠れているんだろう。アンタ等を倒せば、奴もすぐに捕まえられるはずだ。皆!少し予定は狂ったが、やる事は変わらない!」
清水の掛け声に、後ろの連中はオゥ!と応えた。
しかし、それよりも大きな声で応えた男が一人。
「魔王様が怯えている?貴様等のような雑魚相手に、怯える理由など無いわ!」
又左の怒号が部屋中に響き渡る。
慶次と佐藤は巻き込まれないように、自分から距離を取った。
「死してあの世で悔いるが良い!」
振り回す長槍に、清水は一気に後ろへと跳躍。
それに反応出来なかった者達は、運が悪く穂先に当たった連中は深く斬られ、柄に当たった者は吹き飛ばされた。
自分達と同じくらいの体格なのに、規格外の膂力。
彼等は獣人の身体強化でも、ここまで段違いに強い者は知らなかった。
「まずは二人」
又左の穂先に斬られた人数だった。
一人は完全に事切れている。
もう一人は動きはするものの、片足を失って戦闘不能だった。
「宇野さん!児玉さん!西島さん!」
「分かってる!」
「むっ!?」
清水の声に反応した三人が、又左の前へと現れた。
そのうちの一人が、又左の槍に向かって棍棒を叩きつける。
「ぬおりゃあぁぁ!!」
「なにっ!?」
力負けした又左が、慶次と佐藤の居る場所まで吹き飛ばされた。
その様子に二人は驚き、そして又左は喜んでいる。
「貧弱な槍じゃのう!ワシがへし折ったるけぇ!」
「貧弱!?そうか。ならば本気で行かせてもらう!」
二人はお互いの槍と棍棒をぶつけ合い、力比べをしている。
「兄上!その槍で耐えられるのですか!?」
「問題無い!コバ殿から耐久性はお墨付きだ!」
現に八割の力で槍を持っているが、しなりはしても折れる様子は無い。
そして相対している棍棒の方だが、又左の長槍と比較すると短いが、普通の槍よりも長い部類だった。
三メートル以上はあるだろう。
二人がそのような長い獲物を振り回している為、他の連中は誰も身動きが取れなくなっていた。
「仕方ない。部屋を移動しよう。俺は元の部屋に戻る。慶次くんはどうする?」
「拙者は逆の部屋に行くでござる」
「分かった。健闘を祈る」
二人は拳をぶつけ合い、お互いの顔を見て笑った。
「お前達!見てるだけでも暇だろう?俺達二人が別の部屋へ連れて行ってやるから。どっちと戦いたいか決めてくれ」
反対側で見ているだけの召喚者達に、声を掛けた。
二人が手を振って誘導していたので、清水達は全員移動を開始。
そして、二手に分かれたのだった。
「えーと、じゃあこっちに来たい人〜」
佐藤は少し恥ずかしそうに、召喚者達に向かって聞いた。
それからしばらく、召喚者達の相談タイムが始まる。
「僕は獣人の方を相手する」
「だったら、俺と西島さんは向こうの男に行こう」
清水と児玉と呼ばれる男が、ある程度勝手に決めていく。
その中で紅一点の西島という女が言った。
「清水くん。勝てるの?」
「勝てると思うよ。あの三人の中で、多分一番弱いのがアイツだと思う。それに僕の攻撃に、あの人が対応出来ると思えないし」
「そう。だったら、清水くんの方に八人。私達の方に六人にしましょう。私達は清水くんが勝つまで時間稼ぎ。清水くんが合流次第、攻撃に転じましょうか」
西島の提案に、清水と児玉は乗った。
「話し合いは終わったかな?」
佐藤は覗き込むように聞いた。
目配せをして、立ち上がる清水。
「そんなに余裕で大丈夫?それで負けたら、アンタめちゃくちゃダサいよ」
「そうなんだよなぁ。俺もそれは常々思ってるんだよ」
まさかの返答に、召喚者達も苦笑いしている。
しかし、その後の言葉には耳を疑った。
「でも、あの人達と殺し合いに近いくらいの鍛錬に付き合わされて、俺も強くなってるから。実際、死にそうになった事もあるしね。帝国に居た頃より、数倍は強くなってると思うよ?」
「仲間内で殺し合い?冗談かな?」
「冗談だったら良かったけどな。俺も多分、この世界に来た頃ならBクラスって呼ばれてただろう。今はAクラス並みの自信はあるけど。それで、誰がどっちに行くの?」
佐藤の威圧的でもない態度に、圧迫感を感じた児玉と西島は、無意識に後退りをしてしまう。
周りの者達も強者の二人が下がってしまったのを目にして、萎縮していた。
「そういうのは口じゃなくて行動で示してよ。僕はこっちの獣人さんの方に行くから」
「ほう?拙者の方に強者が来るか。これは楽しみでござるな」
「皆、計画通りにやれば大丈夫。勝とう!」
予定通りに分かれた二人。
佐藤が案内した部屋には、全員で六人。
児玉という男と西島という女が筆頭に、四人が控えていた。
「四人とも、本当に危険な時は言ってくれ。俺達で何とか頑張るから」
「うん?二人が前で四人が俺を囲む?どうするんだ?」
「これで良いんだ。悪いけど、アンタは強そうだからまともに戦う気は無いよ!」
西島はそう言うと、何処からか取り出したバレーボールくらいの球を此方へ投げてきた。
キャッチしようとすると、目の前でボールからトゲが飛び出した。
「おわっ!何だコレ!」
避けたボールは再びトゲが無くなり、四方を囲んでいた者達が児玉に返す。
「え?もしかしてドッジボール?」
「本来はハンドボールなんっだ!」
助走をつけてジャンプしながら、ボールを上から投げつける。
佐藤の近くまで来ると、途端にトゲが飛び出す仕組みだ。
「うーん。能力?ボールが特殊?どっちなんだろ」
「ドッジボールだけに、どっち。フフフ・・・」
西島はそのボール回しに参加していなかった。
小学生レベルのギャグに一人笑う西島。
隣では、少し怖いものを見たという顔の児玉が、西島に向かって背中を叩く。
「俺達だけに戦わせんなって。お前の能力、期待してるからな」
「もう!軽々しく女性の背中を触らないで下さいよ。セクハラで訴えますよ?」
愚痴を口にしながら、彼女は腰に着けている物を取り出した。
スカートが足下は落ちるのを見た佐藤は、ボクシングで鍛えた視力を最高に発揮して彼女に注視する。
「何だよ!スパッツ履いてるのかよ!」
「何に期待してたのよ!この変態偽魔王!」