燃える太田
イッシーは焦っていた。
相手は一人で何も持っていない。
だが、どんな攻撃も効かずに、掴まれれば一撃で倒される。
距離を取りながら、ジリジリと後退するしか無かった。
そんな事を知らずに、空の戦い方を見学していたら、左右の戦場の動きが怪しい。
左ではスナイパーに鳥人族が撃ち落とされ、右ではどんな攻撃も効かない相手に太刀打ち出来ないでいた。
左にはベティが向かったのを見て、問題無いと判断した。
だが右側で対応出来る者が居なかった。
太田を呼び戻す。
右の召喚者の相手は、彼にしてもらう事にした。
急ぎ左通路の部屋へと向かうと、彼は丁度召喚者を倒したところだった。
面倒になった僕は、部屋に居る残りの召喚者を屠り、佐藤を隣の部屋へ向かえと伝える。
太田が戦場に着くと、畑の半ばまで来ていた。
もう少し遅ければ、街に入っていたかもしれない。
バルディッシュを片手に、様子見といった形で攻撃を開始。
蘭丸とハクトも到着して、強化魔法を付与してもらった太田は、見事にミスリル製の装備を破壊した。
「まさか、この鎧が砕かれるとは。恐れ入った」
そんな言葉を口にしていても、余裕の態度は崩れない。
太田はその様子から、本人はもっと硬いと確信した。
「小手調べは終わりました。次からは全力で行かせていただきます!」
太田は両手でバルディッシュを持ち、彼の左肩を袈裟斬りにしようと叩きつけた。
先程よりも激しい金属音が響き、近くに居た全員が耳を塞ぐ。
「本当に硬い!」
「これがミノタウロスの力。なかなかに強い!」
左肩を右手で触り、自分の様子を確認すると、砕けたミスリルが残っていた。
もはや、守る物は自分の能力で硬くなった身体のみ。
そして井上は、初めて自分から攻めへと転じた。
「ぬぅ!」
服の裾を掴まれた太田は、振り解こうと力を入れる。
しかし相手は、それに合わせて前進してきた。
後ろへ手を引く勢いを利用して、身体を密着させる。
揃った足を右足で払われ、彼の巨体が宙に浮いた。
「太田殿!」
近くまで来ていたイッシーが叫んだが、彼はすぐさま裾を掴んでいる手を振り払った。
すぐに動いたのを見たイッシーは、安堵と、そして魔王の判断が正しかったと確信する。
「あのスタミナと体力を見越しての太田殿だったか。俺は彼の事を、過小評価していたのかもしれない」
「イッシー殿。太田はああ見えて最初は、マオからの評価も低かったんですよ」
「蘭丸殿、それは一体?」
「太田って、とにかく字を書く事だけをやってきたらしく、腹はブヨブヨで根性は無い。何か危険があったら、誰かに頼るって考えだったんです。それをアイツは、一週間くらいで根性を叩き直して、戦えるようにした。そしてオーガの町で鍛錬に鍛錬を積んで、今の身体になったんですよ」
イッシーはあまり太田と接点が無い。
たまに見ると、筋トレをしているか何かをメモしている姿くらいだった。
模擬戦や実戦をしているのを見ていない彼は、太田の評価が低いのも仕方のない話だった。
「・・・俺と少し似ている」
帝国から逃げ出し、魂の欠片を使って盗み等の悪事を働いていたイッシー、もとい斎田。
彼は戦わなかった弱腰な過去の姿勢と、誰かに頼る過去の太田。
魔王の一言で罪を償う旅に出て、今の部隊を率いるまでになった自分と、魔王に根性を叩き直され、今の鋼の肉体となった太田の姿が、ダブって見えた。
「太田さんって、あんなナリして丁寧な物腰だから勘違いされやすいけど、本来の姿は凶暴で手に負えないらしいですよ?」
「え?」
「なんかマオくんが止めなければ、敵味方関係無く破壊するくらいだったみたいです」
やっぱり自分とは違う。
そう思ったイッシーだった。
バルディッシュを全力で叩きつける太田。
彼の攻撃を何事も無かったかのように受ける井上。
しかし、井上が徐々に押し始めた。
攻撃を受けた直後に、太田は必ず投げられる。
無傷の井上に対して、ダメージの蓄積が増える太田。
「少しずつ差が開いてきたか?」
「まだまだ!」
脳天をかち割る勢いで振り下ろす太田だったが、井上はそれを腕で受け止め、再び袖を掴み足払いで倒した。
寝技や関節技、絞め技だけは食らわないように気を使っているのもあり、精神的疲労も溜まっていく。
「ミノタウロスというのは、こんなにしぶといのか」
「根性だけは負けられないのでね」
肩で息をしつつ答える太田だったが、井上はある物に気付きそれを利用しようと考えた。
「ふん!」
横薙ぎに振られた腕を掴み、そしてとある場所まで移動する。
「終わりだ!」
受け身の取れない背負い投げで、顔面から太田を叩き落す。
しかしその先には、畑を作る際にどかした岩があった。
「マズイ!」
それに気付いた三人だったが、その時には太田が叩きつけられた後だった。
さっきまでは寝技を警戒して、すぐに立ち上がっていた。
だから井上は、立ち上がらない太田を見て勝ちを確信した。
しつこい!
井上の率直な感想だった。
予想以上に時間が掛かった。
彼の中で、この戦いは予想外だった。
彼の戦いは、基本的に一撃で倒すやり方だ。
その戦い方には理由がある。
それは彼の持つ能力が主な理由だった。
彼の能力は、脂肪を硬質化させるという能力だった。
その硬さは並ではなく、ミスリルよりも硬い。
全身が金属のようになるわけではなく、膝や膝などの関節も普通に曲がる。
柔道を得意とする彼は、敵の刃物を気にする事無く掴みに行けるこの能力が、とても便利だった。
そして彼は帝国の模擬戦で、無類の強さを発揮する。
一対一で彼に勝てる者は、数えるほどしか存在しなかった。
そんな彼がAクラスに上がるのは、当然の結果だった。
しかしこの能力を持った彼にも、いくつか弱点があった。
まず一つ目は、能力を使うと脂肪燃焼が早い。
脂肪が少なくなれば、それだけ硬質化の時間も短くなる。
だからこそ、彼はある程度の脂肪を溜め込む必要があった。
ただし、その脂肪も多過ぎると逆に動きづらい。
ずっと能力を使っているなら未だしも、そういうわけではない。
ある程度の量を保ちつつ、増やし過ぎないようにする。
その調整がとてもシビアで、面倒だった。
そして、二つ目。
それは彼が、柔道が得意という事だ。
対多数が一切出来ず、ただただ一対一を繰り返すのみ。
それと脂肪燃焼の事がバレれば、敵は近寄っては来ないだろう。
そうなると自ら近寄るしかない。
その為には、走るなり追いかけるなりをする必要がある。
そんな事をすれば、脂肪燃焼が更に加速する。
それを気付かせない為の余裕のある態度と、ゆっくりとした歩き方だった。
弱点がバレないように、早々に敵を仕留める。
それが井上の戦い方だったが、太田が予想以上に粘った為、残りの脂肪を確認しつつ進まなくてはならない。
もし仮に硬質化が出来るほどの脂肪が無くなれば、彼はただの人として、敵地のど真ん中で大勢の魔族に囲まれる事になるのだから。
少しだけ身体が軽くなった感じがした彼は、それが逆に怖かった。
そして、ようやくしつこかったミノタウロスを倒し、ゆっくりと敵指揮官の元へと向かおうとした。
「ど、ど、どうするの!?太田さん負けちゃったよ!?」
「俺達で頑張るしかないだろ!イッシー殿も協力して下さいよ!?」
太田が動かなくなったのを見た二人は、慌ててイッシーの近くまで戻って行った。
イッシーも、まさか魔王が推した太田が負けるとは思っていなかった。
だからこその放心だったのだが、今は別の意味で呆気に取られている。
「なあ、あの人。大きくなってないか?」
「え?」
振り返ると、倒れている太田の身体が少し大きくなっていた。
持っていたバルディッシュが小さく見えるのだから、間違いない。
そして二回りくらい巨大化した太田が、ゆっくりと立ち上がった。
何だ?
あの指揮官、後ろを気にしている?
いや、指揮官だけじゃない!?
「ブモアァァァァ!!!」
その大きな声に急ぎ振り返ると、見た事の無い化け物が立っていた。
片手サイズになったバルディッシュを、思い切り叩きつけられると、威力が倍増していた。
その身は硬質化していたが、何故か言いようのない危険を感じて、咄嗟に両腕を頭の上へと交差して防いだ。
「チィ!この馬鹿力!」
身体には傷が付かないが、その威力と重さに足が地面へめり込む。
これを繰り返されれば、ダメージは無くても動けなくなる。
そんな危険を感じた彼は、珍しく俊敏に動き距離を取った。
真っ直ぐに突進をしてきた太田を、彼は再び投げる態勢に入る。
しかし、体格差というのはやはりあった。
どんなに腕を引いても、太田はビクともしなかったのだ。
逆にバルディッシュでめった打ちにされ、身体が左右へと振り回される。
掴んでいる袖を離したら、すぐに吹き飛ばされていただろう。
「ば、化け物が!」
めった打ちにされている井上を見て、三人は唖然とした。
むしろ身の危険を感じているくらいだった。
「あ、あんな化け物だったのか!?お前達、知ってた!?」
「まさか!」
二人揃って首をブンブン左右に振った。
しかしハクトは、以前魔王から言われた一言を思い出した。
「太田に血を見せたらいけない」
「何だそれ?」
「マオくんに言われたのを、今思い出した。これの事だったんだ!」
「今頃思い出したって、遅いだろ!あの人、勝っても元に戻るか分からないぞ」
井上を倒したら、次はこっちにやって来る。
根拠は無いが、何故かそんな気がした。
三人に、どちらにも応援しづらい空気が流れる。
「お前等、暗くね?」
空から声が聞こえる。
見上げると、ツムジに乗った魔王が旋回していた。
「太田に大流血させるとは、なかなかやるな。だけど、暴走は駄目だ。あの馬鹿ちん、新しい武器の事忘れてるだろ」
「マオくん!?」
「仕方ない。起きんか!この馬鹿タレ!」
上空から何かを投げた。
アレは・・・おそらくいつもの鉄球だ!
「ちょっ!?あんなの味方に投げて、どうする・・・あ!」
後頭部に鉄球が命中。
太田は前のめりに倒れていく。
「だ、誰だか知らんが助かった!」
バルディッシュでめった打ちにされていた井上は、誰かの援護に一息ついた。
そして緩んだその手を掴んで、投げ飛ばそうとする。
「起きろぉ!太田ぁ!」
「ハイィィ!キャプテン!」
「あ?」
子供の大声が聞こえたと思ったら、目の前のミノタウロスが息を吹き返した。
また大きさが縮んだ気もするが、今更止まれない。
「踏ん張れ!根性見せてみろ!」
何だ、あの子供は?
何か言う度に、ミノタウロスがビクッと反応する。
だが、もう遅い!
「燃えろぉ!太田ぁ!」
何やら気を失っていたようだ。
気が付くと、また井上に投げられそうになっている。
「起きろぉ!太田ぁ!」
「ハイィィ!」
脊髄反射の如く返事をしてしまった。
どうやら魔王様が来ているらしい。
踏ん張れと言われて、投げられないように仰け反ってはいるが、ここからどうしたものか。
「燃えろぉ!太田ぁ!」
そういえば、出撃前にコバ殿から新しい武器の説明を受けたのを思い出した。
この武器は、声に反応してそのクリスタルに入っている魔法が解き放たれてると言っていたな。
各武器でその台詞が違っていたはず。
バルディッシュの場合は、確かこうだった。
「太田!バアァァニング!!」