柔道家の相手
ズンタッタ達の前には多くの敵が居た。
他の部隊にはAクラスが指揮を執っていたが、此処だけはBクラスだった。
その分、兵の配置は一番多い。
ズンタッタはベティからそう告げられると、上空から爆撃している鳥人族の助力で対応出来ると判断した。
それに対してイッシーの部隊も、まずまずの戦果を挙げていた。
安土増毛協会という名前に変わった自分の部隊は、鉄の結束で結ばれている。
どんなに難しい事でも、その連携力で対応していた。
それを見た鳥人族の隊長のヨウは、練度の高さに驚いていた。
手詰まりを感じた帝国の指揮官達は、自らが動く事を決めた。
今までかすりもしなかった狙撃を、いとも簡単に当てた菊池。
彼女は自らが撃ち落とした鳥人族を、部下達に始末させていた。
そしてもう一方のAクラスの男、井上。
爆撃を物ともせず、無傷で一人戦場を歩く姿が、安土増毛協会を恐怖させた。
彼は弓矢も投げ槍も効かず、接近戦を挑んだ相手を斬られながらも掴んだ。
そして一撃必殺と言わんばかりに、首の骨をへし折る投げ技を決めた。
イッシーは、キャリアカーの上から彼の動きを見ていた。
障害など何も無いかの如く、普通に歩いている。
そして襲い掛かってきた兵を無造作に掴み、固い地面へと叩きつける。
「マズイな・・・」
相手は一人。
しかも柔道技しか使えない時点で、一人しか倒される事は無い。
しかし、掴まれればほぼ一撃必殺なのだ。
その能力が何かは分からないが、とにかく硬い。
弓矢も槍も剣撃も効かない。
距離を取って、様子を伺うしか無かった。
「どうやら、相手の勢いを奪う事には成功したようだな。どうした?誰も向かってこないのか?それなら、このまま城まで行っても構わないんだが」
井上は余裕を見せて、相手を挑発する。
奴等が持っている武器では、何も効かないと分かっているからだった。
「まだだ!魔法部隊、頼んだ!」
何十人もの魔法使いが、一斉に井上目掛けて魔法を放った。
何が弱点なのか分からない。
様々な系統の魔法を唱え、そして相手にぶつけていった。
「おっと!火魔法はやめてくれ。服が燃えてしまうからな」
火も水も風も土も、何のダメージも与えられない。
唯一嫌がったのが、服が燃える事だった。
井上はゆっくりと歩きながら、イッシーが居る場所へと向かって行く。
「クソッ!何も効かない相手に、どうしろってんだ!」
「絶景かな!あ、絶景かな〜!」
(馬鹿な事言ってないで、向こうの様子見てよ)
分かったよ。
今俺は、城の天辺に登り、裏の戦いを身体強化して見ている。
ベティ達が飛んで行ったのを確認して、空の戦いを見たかったからだ。
(それで、苦戦してる所はある?)
中央のズンタッタに問題は無いね。
ラコーンとスロウスが、シーファクの指示で押し込んでるように見える。
だけど、問題は左右の二箇所。
さっき向かった鳥人族が、結構撃ち落とされてるな。
(撃ち落とされる!?)
あぁ、凄腕のスナイパーが居るみたい。
俺の後ろに立つなとか言ってるのかな?
(そんな冗談言ってる場合じゃないだろ!)
今は避けるのに精一杯って感じなんだけど、多分何とかなる気がする。
(何でそう思う?)
中央に居たベティが、急加速して左へ向かったから。
アレ、相当速いな。
(ベティか。ロックしか実際に戦ってるところを見ていないんだよね。何が起きたか分からないまま倒してたって話だから、イマイチ強いのか謎なんだよ)
うーん。
それよりも、もっとマズイのが居るな。
(右側?)
あぁ。
ハッキリ言えば無敵。
(ハァ!?そんなの倒せないじゃん!)
だから弓矢も槍も剣も、何も効かないんだよ。
今、魔法も使ったみたいだけど、多分駄目だろうな。
アレの相手、イッシーじゃ無理だぞ?
(どうする?僕等が行く?)
多分、魔法は無理だと思う。
だから俺が相手をする方が早いんだけど。
ちょっと俺も苦手な気がするんだよなぁ。
(どういう事?)
あの投げ技、柔道だと思うんだよ。
何も効かない相手が、斬られながら掴むんだぞ。
地面に受け身も取れない形で叩きつける。
首の骨とか折れてるんじゃないか?
俺も接近戦して掴まれたら、ちょっとどうなるか分からない気がするんだよな。
(・・・正面ってどうなってる?)
正面?
聞かないと分からないな。
下に降りてモニターで確認するか?
(ちょっと急ぎで、左通路の様子を知りたい)
「強い!」
左通路の様子を見ていたゴリアテは、又左達を見て唸った。
明らかに格が違う。
大半の召喚者は数分で倒され、疲れを感じないまま交代している。
「これは、戦力が余剰だったかもしれませんね。魔王様の心配が、無駄だったかもしれないです」
「そうか。それは良かった」
半兵衛の言葉が丁度聞きたかった。
「どういう事ですか?」
「裏が危険だ。あの部隊だけだと倒せない相手が現れた」
「何ですと!?」
ゴリアテはモニターを切り替えて裏側を見ると、左右の状況に絶句した。
「落ちた鳥人族達は、もう助からないでしょう・・・。しかし問題は右の男!」
「魔王様が相手をするにしても、これは苦戦するのでは?」
そうとも言い切れないが、こんなに早く強い連中が投入された事を考慮すると、まだ力を温存するべきだと思った。
「まだ僕達は出るべきじゃない。だから、太田を呼び戻す!」
「太田殿ですか?」
「アイツの怪力で、あの無敵の身体を正面からぶち壊す!」
「そうですか。ならば蘭丸殿とハクト殿にも、太田殿についていってもらいましょう。ハクト殿には太田殿へ支援魔法を。その護衛に蘭丸殿を付けます」
半兵衛の言葉にゴリアテも頷き、太田達を裏へ回す事に決まった。
「まずは太田に連絡、いや、僕が直接左通路へ行く。蘭丸とハクトには、先に向かえと伝えてくれ」
この様子だと正面通路も危険かと思われたが、こっちは小人族達が上手くやっていた。
半分くらいまで来た辺りで、大半のパーティーは全滅。
この様子なら大部屋に辿り着くパーティーは、前回同様少ないだろう。
そして太田を迎えに、左通路の部屋へと行くと、丁度戦っている最中だった。
「ん?魔王様!?」
「魔王だと!?このガキが?」
「うるさい!お前に用は無い」
僕は又左が戦っていた相手に、特大の火球を放って、一撃で炭へと変えた。
「何用で此処へ?」
「急ぎ太田を引き戻したい。三人でやれるか?」
「余裕です!」
又左と慶次が声を揃えて言う。
「隣の部屋に居ますから、全員倒したら佐藤殿を此方へ呼んでください。向こうの部屋は封鎖します」
「分かった。三人が強くて助かる」
そう言うと又左は喜び、早く次の相手が入ってこないかと、扉をガンガン叩き始めた。
「兄上、次の相手は拙者でござるよ?」
隣の部屋に移動すると、丁度太田が鎧ごと召喚者を真っ二つにしていた。
「わざわざ魔王様がいらっしゃられるなど、何事ですか?」
「お前の力が必要だ」
急ぎ説明をすると、太田はすぐに出る準備をした。
「佐藤さん。あとこの部屋に何人居る?」
「えーと、一人倒したから残りは五人かな?」
「全員入れちゃって」
「えっ!?」
「面倒だから全員入れちゃって」
佐藤さんは緊急用のボタンを押して、人数制限を解除した。
部屋の外のランプは青く常灯になっている。
扉を閉めても赤くならない事に気付いた召喚者達は、一斉に中へ入ってきた。
「どうした?故障でもしたか?」
「今までは一人を大人数で倒してたんだろ!?こっちだってパーティーで入れれば、魔族なんか敵じゃねぇ!」
部屋には僕等三人が居たのを見て、多数でリンチしていたと勘違いしているようだ。
「形勢逆転だなぁ、魔族共。命乞いすれば、助かるかもしれないぞ?」
「あのさあ、俺は魔族じゃないから。むしろ召喚者だから。見て分からないのは、どうかと思うぞ?それよりもお前等、運が良かったな。目の前に魔王が居るぞ」
「紹介ありがとう。そして、さようなら」
正面通路の時と同様、水魔法を全員に浴びせてから電気ショックの要領で痺れさせた。
そして一人ずつ、動けないのを確認してから風魔法のカマイタチで首を刎ねた。
「佐藤さんは隣へ移動ね。太田はトライクで、急いで裏へ行ってくれ。場所は教えた通りだ」
「エグいやり方だなぁ」
佐藤さんは僕の作業的なやり方に、少し引き気味だった。
「隣は苦戦してる?してるわけないか。じゃあ太田殿も頑張って!」
「佐藤殿もご武運を!」
トライクに跨り、畑の真ん中を駆けていく。
土の匂いから火薬の臭い、血の生臭さに変わっていく。
「太田!先に言っておくが、首は鍛えているな?」
「任せてください!自分の全体重を乗せても、この首は折れません!」
左腕で首をポンポン叩くと、首を回してゴキゴキという派手な音を鳴らした。
「向こうはお前を掴みに来る。奴の握力がどれほどか分からんが、お前の力なら振り切れるだろう。投げられてもいい。致命傷だけは避けろ」
「承知しました!」
「少しでも遅らせろ!」
イッシーは土魔法を使い、壁で井上の周りを覆う作戦に出ていた。
壁の破壊に手間取れば、それだけ時間が稼げるからだ。
時間を稼げば、おかしな強さの獣人連中が援護に来てくれる。
僅かな希望だったが、そう思い込んでいた。
「無駄な事を。お前達は手を出さなければ、殺す理由も無い。魔王の元へ行き始末が終われば、お前達は自然と瓦解するだろうからな」
自ら接近して来ない限り、何もしない。
彼は言葉の通り、接近戦を仕掛けてくる者以外には手も出さなかった。
何か倒す手は無いか?
イッシーは必死に頭を回転させたが、爆撃に耐える男を倒す事なんか出来ないという結論にしか出なかった。
徐々に城へ近付く井上だったが、城の方からトライクが走って来る音が聞こえる。
自分の後ろから誰かが来ている。
賭けに勝った!
「太田殿!?」
又左じゃない。
イッシーは少し動揺した。
彼の乗るトライクは専用車だ。
完全にヒャッハー仕様となっており、遠くからでも誰だか分かるくらいだった。
「待たせたな。真イッシー殿」
お前じゃない!
そう言いかけたイッシーだったが、せっかく来てくれた人に、その言いようは大人としてどうなのか。
彼は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「太田殿は何故此方へ?」
「魔王様からの直々の命令です。奴を倒せと」
「直々の命令!?」
まさか、又左ではなく太田を直接指名したというのか!?
少し考えを改めないといけない。
アイツが言うなら、この人が一番適しているという事だ。
「ほう、ミノタウロスか。今までやり合った事は無いな」
「ワタクシは太田。太田牛一と申す。貴殿を始末する為に、此方へ派遣されました」
「井上だ。始末されるのは其方だと、言い返しておこう」
太田はトライクから降りて、背負っていたバルディッシュを手に取った。
「何やらとても硬いという話ですが、では小手調べに!」
バルディッシュを肩に担ぎ、井上へ近付いた太田は、片手で横薙ぎに振った。
左腕に当たったバルディッシュだったが、その感触は鉄の塊を叩いたようだった。
激しい金属音が鳴り響き、周りの者は耳を押さえる。
「甘いな」
右手でバルディッシュの刃の部分を掴み、太田を引き寄せようとする。
しかし太田も、片手で奴を引き寄せようと力比べを始めた。
「甘い、か。その言葉、そっくりお返ししよう」
太田はバルディッシュを勢いよく振り上げると、井上はそのまま宙へと投げ出された。
「フン!」
落下してくる井上へ、バルディッシュを再び横薙ぎに振った。
井上はそのまま十メートル程穴の方へと吹き飛ばされ、地面を削りながら後退した。
「本当に硬いな。どうしたものか」
「遅れました!支援します!」
ハクトが蘭丸と共にようやくやって来た。
ハクトの支援魔法の剛力で、太田は持っていたバルディッシュが更に軽くなるのを感じた。
「これでもう少し、相手を慌てさせる事は出来るかな?」
「支援魔法程度で、我が肉体は砕けはしない!」
更に走って井上の前までやって来た太田は、勢いそのままにバルディッシュを打ち下ろす。
「何だと!?」
「肉体は砕けなかったが、ミスリルは砕けたぞ」