ようこそ投降者
ベティはロックの窮地を知っていた。
どういうわけか聞こえると言い、ゴリアテ達の元へとやってきたのだ。
彼の事を救いに行っても良い。
二人にそう言ったベティは、勝手に助かると言い出て行ってしまった。
ロックはチャクラムを扱う少年に、いいようにやられていた。
接近しなければ何も出来ない合気道と、飛び道具を扱う少年。
相性が悪く、一方的な展開だった。
いよいよ重傷を負い、命の危機に瀕したロック。
そこへようやく辿り着いたベティは、選手交代だと言い、代わりに戦うと告げた。
ベティはロックが苦労したチャクラムを、軽々と避けていた。
相手を挑発する事も忘れずに、とことん馬鹿にする。
絶対に勝てない。
そう思わせたベティだったが、少年は重傷のロックを狙っている事が分かった。
投げつけられるチャクラムを、移動しながらキャッチするベティ。
怒りのベティは、少年を一撃で葬った。
窮地を救われたロックはベティにお礼を言い、その後に空気を読まずに言った。
芸能活動に興味ありませんか?
「アタシの時代が来たのよぉぉ!!」
クルクルと回りながら、踊っている。
「別に時代は来ていないんだけど。いや、ベティさん。この世界って、アンタみたいな人、他にも居る?」
「みたいな人って?」
「えーと、男なのに女性みたいな仕草をする人?」
顎に手を当てて考えるベティ。
「多分居ないんじゃない?少なくとも鳥人族には居ないわねぇ」
それを聞いたロックはすぐに立ち上がった。
「イタタタ!ベティさん!天下取れるかもよ!?アンタがこの世界のオカマキャラのパイオニアになるんだ!」
「パイオニア?それはおいしいのかしら?」
「おいしい!初めての、唯一無二の存在にすらなり得る!」
ベティはロックの手を取った。
ロックもベティの手を取った。
二人して頷き、明後日の方向を見る。
「行くわよ!」
「行きましょう!」
彼等の目標は決まった。
そんな二人の後ろで、話が終わるのを待っている人が立っていた。
「あの〜、そろそろ終わりましたか?回復魔法を唱えても良いですか?」
モニターを見ていた二人は、呆気に取られている。
「見えました?」
「いや、全く」
コバに教わった録画機能で、再度さっきの戦いを見てみた。
それでも分からない。
「コマ送りっていうのは、このボタンだったかな?」
半兵衛がリモコンを操り、もう一度見る。
「このブレているのがそうですかね」
「全然分からん。これじゃ何をしたのかすら、確認出来ないな」
諦めて他の部屋を見ようと、モニターを変えた。
最後の一人、太田の部屋を見始めた二人は、その傷だらけの姿を見て驚いた。
「これ、ロックさんよりマズイのでは?」
「いや、太田殿はこれくらいでは問題無い。むしろ、彼が血を流し過ぎると、私達も危険だ」
「私達も?」
ゴリアテは、太田のあの姿を見ている。
あの暴走した姿を。
身体が大きくなり凶暴性が増して、敵味方問わず破壊する。
それを半兵衛に説明した。
「しかし傷だらけながら、致命傷は負っていない。あまり血も流していないし、この程度なら大丈夫だ。問題無い」
そんな事話しているうちに、太田は部屋の隅へ追い込んだ召喚者に、バルディッシュで脳天をかち割った。
「傷を負いながらも、ゆっくりと部屋の隅へ追い込んでいく。丈夫な太田殿ならではの戦い方だな」
「それに倒した後、魔法ですぐに回復してますからね。余程強くない限り、負けない気がします」
「太田殿は、私と同じくらい強い。もし彼が負けるような相手なら、誰が戦っても苦戦するだろう」
左通路側の心配は、ロックを抜けばする必要は無かった。
彼等は安心して、他の通路を見る事にした。
「魔王様の通路は・・・楽しんでますね」
「嬉々としてやっているな」
僕はモニターを見ながら、召喚者が通過するのを見ていた。
今、五人がカメラ前を通ったのを確認した。
「ほいっ!」
すると通過したばかりの五人が、慌てて戻ってくる。
その後ろからは直径三メートル近い巨大鉄球が転がっていく。
「アヒャヒャヒャ!リアルお笑い番組だな。鉄球は本物だから、向こうは笑えないだろうけど」
他のモニターを見て、更にボタンを押す。
前方から炎が噴き出した。
火だるまになった召喚者を、必死に周りの連中が消火する。
その後ろから、振り子の刃が襲いかかる。
一人が気付いたが、時既に遅し。
右肩に刃が直撃した後、彼は倒れ込んだ。
続々と他の刃が五人を襲う。
消火を諦めて逃げるか、それとも刃を全て弾くか。
彼等は後者を選択して失敗。
五人全員が全滅した。
うーん。
ミスリル装備といっても、全身を覆っているわけじゃないんだな。
意外と倒せる事に驚きだ。
しかも、そこまで警戒していないのか。
罠に掛かる連中が多い事多い事。
これだけ引っ掛かると、作った甲斐があるというものだ。
む!?
罠を全て回避している奴もチラホラ出てきた。
一人が手前で止まり、何かを指さしている。
そういうのを感知する能力でもあるのか?
悔しいが、認めざるを得ない。
アレは此処にやって来る連中だろう。
こういう連中は、直々に倒すしかないか。
何人もの連中が来ると、流石にカメラの存在に気付く奴も現れる。
チラ見するだけで無視する者。
他の者達に教えて、カメラを警戒する者。
そして、カメラに向かって挑発行為をする者。
目の前までやって来て、中指を立てて舌を出してくる奴とかも、たまに現れた。
僕はそういう奴の対策も、抜かりなくしている。
「あ、それ。ポチっとな」
カメラは基本的に、通路の上に設置されている。
だから自然と見上げる形になる。
その死角から攻撃されたら?
ボタンを押すと、見上げた馬鹿の真下から、赤いボクシンググローブが真上に向かって伸びた。
馬鹿の顎を見事にクリーンヒットした。
舌を出していた馬鹿は、自分で舌を噛み悶絶していた。
そして、挑発を仕返す。
違うボタンを押した僕は、マイクに向かって喋った。
「バーカ!バーカ!カメラに向かって中指立てといて、逆にやられるとか。召喚者って大した事無いんですね。ププ〜!此処まで来れると良いけど、馬鹿には無理かなぁ」
その声に反応した馬鹿は、起き上がりカメラに向かって何事か怒鳴っていた。
向こうにはマイクが無いから、何言ってるか分からない。
冷静さを失った男を宥める四人だったが、キレた様子の男を止める術は無かったようだ。
周囲を警戒もせずに、猛ダッシュ。
慌てて追いかけた四人だったが、追いつけない。
突き当たりを曲がり四人が見たものは、頭を銃で撃ち抜かれた死体だった。
「死体ばかりに目をやってるとか、コイツ等も学ばないなぁ」
今度は上から銃弾の雨が降り注ぐ。
頭を兜で守っていた者以外は即死。
頭を守っていた奴も、足や腕を撃ち抜かれ泣きながら失血死した。
「えげつないですね・・・」
「他に注意を向けて、死角からの攻撃。見事!しかし、あのような罠、何処で習ったのだろう?」
「性格じゃないですか?」
「性格ねぇ。魔王様もねちっこいところ、あるからなぁ」
「明らかに楽しんでますよ。ほら、笑ってますし」
モニターを見ていた二人に、こんな事を言われているとは知らない僕は、せっせとボタンを押していた。
踏んだら飛んでくる矢を避けて、一安心しているパーティーを見つけては、ボタンを押して落とし穴を発動させたり。
気付けば、入ってくる召喚者は居なくなっていた。
同時刻の右通路。
左右を土の壁で覆われた場所を、ただ道なりに進んでいくだけだった。
左や正面と違い、作りはかなり雑。
壁に触ればボロボロと崩れる。
そこを恐る恐る歩いていく五人が居た。
「なあ。本当に命の保証されてると思うか?」
「多分。いや、うーん」
俺の横で、仲間達が話している。
俺達の頭脳担当、鈴木は悩んでいた。
「でも、僕は大丈夫だと思うよ。あ、失礼。話が聞こえたもので」
一番最初に立候補した彼だ。
どうやら鈴木達の話を聞いていたらしい。
俺としては彼と話がしたかったから、逆に話し掛けてきてくれて好都合だった。
「俺、田中。何故大丈夫だと思う?」
「高野と言います。さっきの話ですけど、わざわざ宣告した辺りが気になるというか。アレだけの上空から攻撃出来たのに、それをせずに投降しろなんて言う必要も無いかなと。まあ自信持って言えないんですけど。勘ですかね」
勘と言ってる割に落ち着いたその態度は、自信があるようにも見える。
そして彼の考えは、やはり俺と似ていた。
だからこそ、他の人に聞こえないように、耳元で本心を話した。
「俺、投降しようと思うんだ」
彼はゆっくりとこっちを見て、同じように耳元で喋ってきた。
「それ、小声で正解ですよ。後ろの六人、彼等は投降する気無いです。聞こえてたら、裏切り者として殺されますよ」
チラッと後ろを見ると、前を恐る恐る歩く俺達と違って、完全に武闘派ってナリだった。
俺達が歯向かっても、確実に負けるのは目に見えていた。
「何故、僕に話したんですか?」
「高野くんが話してるのを見た時、俺と似てるって思ったから。これも勘だけどね」
俺は少し笑うと、彼も少し笑った。
鈴木達は恐る恐る歩いているが、高野くんの考えを聞いて、警戒するのが馬鹿らしくなった。
「もう少し急ごうか」
「ですね。多分、何も無いですし」
俺達は鈴木達を追い越し、普通に歩いて進んで行った。
「ようこそ!投降者の皆さん。えっと、十人でよろしいですか?」
ようやくと通路を抜けると、そこは森の中のちょっとした広場になっていた。
綺麗な女性が何人も居て、冷たい水を差し出してくれた。
帝国に居ても俺達みたいな微妙な召喚者は、そこまで立場的に強くない。
だから強い奴等みたいに、女性達が群がってくる事もないし、こっちから行ってもそこまで相手にされない。
だから少しドギマギした。
「皆さん、文字は書けますか?此方の席に座って、名前と能力をお書きください」
森の中に椅子とテーブルがある事に違和感を感じたが、俺達は素直に案内された通りに書いた。
しかし、他の六人は違ったようだ。
能力を書くという事は、自分達がどのような事が出来るかバレるという事。
それを嫌がった彼等は、能力の欄を書くのを渋っていた。
「別に馬鹿正直に、本当の事を書く必要無いのにね」
高野くんは小声でそう言っていた。
俺も同じ考えだったが、後ろの六人はそうは考えなかったらしい。
「どうしましたか?この欄が書けない理由が、何かおありですか?」
女性達は後ろの六人に近付き、彼等の隣で声を掛けている。
彼等が投降者じゃないと、そっと教えるべきだろうか?
悩む俺に、高野くんは無言で首を振った。
敢えて何もしない方が良いという考えのようだ。
ついでに鈴木達の方を見たが、女性の尻や胸をガン見するのに夢中だった。
その視線、バレバレ過ぎて少し嫌な顔をされている。
「何故、能力を書く必要があるのですか?」
後ろの一人が、女性へと問いかけた。
すると、予想外の答えが返ってくる事となった。
「別に能力が知りたいわけじゃないんですよ。正直に書くか書かないか、それが見たかっただけなので」
彼女達は、名前等見ていない。
能力を書く欄を、躊躇無く書くかを見ていたのだった。
嘘を書くとしても、やはり一度は手が止まる。
それは自分の本当の能力じゃないから、脳がすぐに判断出来ないからだ。
彼女達はそれを見逃していなかった。
「能力を書いた人も居るみたいですが、貴方達六名は少し別でお話を聞かせてもらってもよろしいですか?」
女性の声色が冷たくなったのを機に、六人は武器を抜いた。
「お前等全員を捕虜にして、連れていってやる。その前に何をされるかまでは、分からないけどな」
女性達の身体を見て、舌舐めずりをする男達。
彼女達はそんな連中を見下すように、冷たい声で言った。
「クズが。バラバラに引き裂いてやろう」