近付く敵
兄は朝からベティに会った。
新しい変身ヒーローになるなら、カラーリングを変えた方が良い。
そうアドバイスされた兄は、ベティに全てを任せようとした。
しかしそれは自分の問題。
自分で決めないと意味が無いと断られる。
自分の気持ちが大事だと言われ、それを心に仕舞うのだった。
いつものようにコバの所で魔法の練習をした後、城へ戻ろうとすると、門番から変な目で見られた。
城内に入るも、やはり同じ目で見られる。
食堂で食べた後に話を聞くと、玉座の間に居る兄を見たと言う。
僕はなんとなく分かったが、二人は分かっていない。
玉座の間へ着くとそこには、僕達に変装したラビが居た。
初めてラビを見たコバは、自分のセキュリティが破られた事にショックを受ける。
そして新たなシステムを導入すると、息巻いた。
ラビは帝国と上野国の情報を持って、安土へと赴いた。
近々、此処は戦場になるらしい。
帝国兵が圧倒的多数を占める今回の軍。
ラビの話から召喚者が多いと聞き、ロックから召喚者のクラス分けというのを教えてもらった。
そしてその中に、エネルギーの源になるEクラスがあると聞く事になる。
誰もが言葉を発しない。
これはズンタッタやビビディ、そして召喚者しか知らない、帝国の秘密事項だったからだ。
「どういう事なのでしょうか?」
先手を切ったのは長可さんだった。
長い沈黙を破って、その言葉の意味を知ろうとしている。
「まんま言った通りだけど。さっき話したけど、俺っち達は戦闘やスパイなら役に立つと選ばれた連中なワケ。じゃあ選ばれなかった連中はどうなるか?それがカプセルと言われている物の中に入れられて、自分のエネルギー。えーと、生命力みたいなモノを吸われていく。要は果汁を搾り取る機械みたいな感じ」
「そ、そんな物が帝国にあったとは!」
「なんと非人道的な道具だ!」
見た事の無い太田やゴリアテは、憤っている。
しかし前田兄弟や蘭丸達は、砦で既に実物を見ていた。
その為、どのような物なのかを理解していて、何も言う事は無かった。
「搾り取ると言われましたが、全て搾り取られるとどうなるのでしょう?」
「・・・長可さんは頭良さげだから、薄々分かってるよね?最後は死ぬのさ。全てを取られてヨボヨボの老人の姿になっちまう」
「あんな物、帝国に必要無かったのだ!そうだろう、プロフェッサーK!」
ビビディが昔の名前でコバに問い掛けた。
しかしコバは何も言わない。
「お前はアレが必要だと思っているのか!?」
「吾輩が作ったのは、魔物を捕らえてその力を別の物へと変換する機械だ。それをねじ曲げた使い方をしているのは、帝国軍人であって、吾輩の知るところではない」
「え?え?もしかしてあのカプセル作ったの、コバっちなの?それなのに自分で入れられてたの?それちょっとウケるね」
空気を読まない男ロックは、真剣なビビディとコバのやり取りに水を差す。
でも、それが良かったのかもしれない。
魔族の方はその緩んだ空気のおかげで、冷静になれた。
「事実は分かった。コバ殿が作った物だとしても、それを間違った使い方をしているのは帝国の王子に違いない」
さっきまでと違い、ゴリアテは落ち着いた声で話した。
そこに又左が、ちょっとした疑問を持った。
「召喚者と呼ばれる佐藤殿の同郷の人達が入れられるのは、他のヒト族より生命力があるからですよね?じゃあヒト族より魔力が多い我々は、それの餌食になる可能性があるという事でしょうか?」
その質問にどよめく会議室。
そして視線が、一斉にコバへと向かった。
「吾輩が帝国に居た頃には、そのような実験はされていなかった。それは吾輩が別の実験をしていたからである。しかし、天才である吾輩が居なくなった以上、奴等がどのような愚行をしているのかは分からない」
「それは、もしかしたら入れられている同胞も、いるかもしれないという事ですか?」
「更に酷ければ、身体を切り刻まれて、魔力の源を探す実験もあり得るのである」
「・・・分かりました。魔王様、よろしいですか?」
「ん?何?」
「私達は、帝国と完全敵対するという考えでよろしいのでしょうか?」
難しいな。
ズンタッタ達とは、今更敵対したくない。
チカだって一応帝国の人間になる。
佐藤さんやセリカ、コバは完全に帝国を抜けたと言ってもいいと思うが、流石にズンタッタ達は軍人だ。
祖国愛というものがあるだろう。
返事に迷っている僕に、ズンタッタは立ち上がり長可さんの問いに言葉を付け加えた。
「今の、帝国と完全敵対するならば、我々も同意します。そうだろう?」
「あぁ、私達はヨアヒム王子のやり方にはついていけないから、此処に居るんです。魔王様が敵対すると言うなら、我々は反対しません」
「という事らしい。ならば宣言しよう。僕達は、帝国と完全に敵対する!」
で、良いよね?
反対意見無いよね?
大きな声でそう言ったものの、誰かに待った!とか言われたら格好悪いなと思ってしまった。
「ただし、ドワーフは別だな。攻めてくるかもしれないけど、ただ命令に従ってるだけな奴も居るだろ。俺達は余裕があるなら、なるべくドワーフは戦闘不可にするだけにしようぜ」
兄の付け足しに、魔族側の人間は何故か感動していた。
ドランはありがとうございますを連呼しながら、大泣きである。
するととんでもない事を言い出す男が現れた。
「この防衛戦、勝ち残ったらすぐに上野国へ攻めましょう」
「え!?」
「おそらくですが、安土へ侵攻している帝国兵が多いという事は、逆に上野国に残っている帝国兵は少ないという事です。それにドワーフ達もそれなりの人数を派遣しています。であれば、逆に上野国は手薄という事です」
半兵衛の一言に、周りは唖然としている。
しかしどうやってそれを行うというのか?
「怪我人は安土へ置いていきます。ほぼ無傷の連中だけを、コバ氏が作った車という物で電光石火で上野国へ逆侵攻です」
「なるほど。半兵衛という者、吾輩並みの頭脳の持ち主であるな」
コバが珍しく他人を褒めた。
でも、これなら確かに滝川一益に一気に近寄るチャンスだ。
まだ安土の防衛すらしていないのに、気が早いと言われるかもしれない。
捕らぬ狸の皮算用という慣用句があるけど、それでも準備しておくに越した事はないのだ。
「よし!半兵衛の作戦で行こう!」
「安土まで、約一日の距離までやって来ました」
此処は城のある一室。
ゴリアテと僕、太田と半兵衛の四人だけが居る。
名目としては防衛管理室という名前がある。
目の前のスピーカーから、森へ出ていた監視から報告が入った。
これはコバが作った無線機だ。
諜報魔法と違い一定の魔力量で使えて、誰でもお手軽に遠方と連絡が取り合える。
いくつか問題があるとすれば、魔力を電気に変換している為、磁気などによって聞こえない場合がある。
ほとんど通常の無線機と変わらないので、帝国側の召喚者が無線を持っていると知ったら、妨害する術もあるだろう。
それに盗聴の疑いもあり、向こうも使っていれば、誤情報で混乱させる事も出来る。
故に今は普通に使っているが、相手も無線持ちだと分かったら、使いどころを慎重に選ばなくてはならないのだ。
「どうなさいますか?」
「半兵衛はどう思う?」
正直、自分の意見に自信が無い。
最初にミスをするのが怖かった。
そんな時は天才に聞くに限る。
「敵が陣を敷く前に奇襲を仕掛けますか。夜になったら魔法使いの部隊を、車に乗せて移動。一撃離脱で深追いをしなければ、一方的に損傷を与えられると思われます」
「という事だ。敵に見つからないように、森の中とかが良いんじゃないかと思う」
「承知しました」
半兵衛の意見に加えて、当たり障りのない事を言っておく。
ゴリアテは疑いもせず、無線で攻撃魔法部隊の準備を伝えた。
「準備整いました!」
「健闘を祈る。出陣!」
ゴリアテの号令で車が一台ずつ、正面の門から出て行った。
車は何故かミニバンタイプだった。
もっとオフロードっぽくした方が良いんじゃない?と思ったんだが、人数を乗せるならこっちがベストだと言われた。
「これが先陣だ。良い結果になれば勢いがつくけど、失敗したら萎縮するかもしれないな」
そんな不安を口にしたが、半兵衛が考えた作戦だから、問題無いと信じていた。
半兵衛も失敗するとは思っていない様子だ。
太田は何かメモをせっせと書いている。
作戦内容でも、記しているのかな?
そういえば今更だけど、もうかなり暗くなってきた。
ライトを点灯させたらバレるけど、その辺どうやって近付くつもりなんだろう。
全く想像してなかったな。
森の中をライトも点けずに、スムーズに走っていくミニバン。
運転手は主に犬の獣人だった。
彼等は暗くても大抵は見える。
森の木々を避けるなど造作もない事だった。
「あの明かりが敵の陣地だろう。後ろは見えているか?」
「俺達にも見える。ある程度の距離まで近付いたら、速度を落としてくれ。最大級の魔法を放ったら、すぐに戻ろう」
前の獣人の問いに、後ろからエルフの青年が答える。
運転手は彼の言葉通り、向こうから車が見えないくらいの距離で速度を落とし、後ろで詠唱が始まるのを聞いていた。
後ろからハンドサインでGOが出たのを見て、彼は一気に敵陣近くまで爆走して行く。
左右の窓に加えて、サンルーフからも身体を出すエルフ達。
合計四人の魔法使いが、車から身体を乗り出した。
「今だ!」
運転手の合図で、各々が得意な魔法を解き放っていく。
大きな水柱が敵陣の火を消したと思ったら、また違う所に大きな火球が飛んで行く。
逃げ惑う帝国兵に、下から円錐形の土が足を突き破った。
足を押さえて転げ回っているところを、火球が身体を焼いていく。
「撤退する」
敵陣の至る所で同じような事を起こし、魔法部隊は去って行った。
「奇襲されてんじゃん」
「そりゃ相手だって抵抗はするだろうさ。ただ、こんなに早くバレるとはね」
「俺達の部隊、被害あるか?」
少し背の低い高校生くらいの男が、近くに居た二人に話し掛けた。
一人は化粧濃いめの女性。
年齢は化粧のせいで若く見えるが、喋り方が女性っぽくなくて実年齢はもっと上だと噂されている。
残る一人は小太りの男性だった。
小太りの男性は掌の中の胡桃を握り潰して、中身を食べながら被害報告を聞いていた。
「どうせやられたの、外側の兵でしょ?こっちの部隊まで被害なんか無いって」
「それもそうか。アイツ等だってBとCだからな」
「今回はDって居ないんだっけ?」
「居ないと思ったけど。そっちに居たらごめんね?」
高校生くらいの男が、二人に向かって軽く手を上げた。
二人も別にといった様子で、気にも掛けない感じで返した。
「魔王は強いのか分からないけど、犬の獣人二人と裏切り者が強いらしいね」
「あぁ、そんな報告来てたね。アタシ達の出番もあるんじゃないか?」
「三人ならその可能性は高そうだ。ソイツ等を倒せば、俺達もSクラスの可能性も出てくるかもしれない。何としてでも殺すか捕らえよう」
「Sクラス!?いや、三人殺して魔王も捕まえればなれるかも。よし!やる気出てきた!」
三人の日本人は、密かに目標を掲げた。
彼等が召喚者を束ねるAクラスの者だとは、まだ安土では知られていない。
「ところで、魔王が子供だってホント?」