ボロい家と脆い家
一人だけ分からない人、たまに居るよね。
まさに兄がそれだった。
野球とサッカーに例えてようやく納得してくれたが、別に兄が分からなくても困らなかった気もする。
そしてコバの希望通り、研究所の所員を募集した。
やはり最後の項目、緻密な魔力操作というのが引っ掛かった。
しかしゴリアテが、一人だけアテがあると言う。
それはかつてのお見合いのライバル、ダビデの事だった。
オーガの中では特に器用で繊細だと言って、彼はダビデを推薦したのだった。
その後、帝国と上野国連合軍が来るまでの間に、出来ると思われるレベルアップをしようと僕達は互いに違う道を進んだ。
僕は創造魔法を使いこなす為、コバの知識を得ようと研究所に赴いた。
そこでは所員採用試験が行われており、僕は合格者と共にコバの講義を受ける事になる。
悔しい事に、彼の話はとても分かりやすく面白かった。
そして兄もまた苦悩していた。
変身後の時間が短い事に悩む兄は、どうすれば長時間変身していられるかを考えていた。
しかし、何をすれば良いのか分からない。
そんな時、偶然蘭丸とセリカに会い、セリカからお茶の誘いを受ける。
三人で向かった先には、長可さんが待っていた。
礼儀作法がサッパリ分からない兄は、戸惑いながらも出されたお茶を飲んだ。
抹茶って苦いものじゃないのか?
予想外の味に、普通に感想を言ってしまった。
「フフ、なんとなく苦いのが嫌いだと思いました。でも、点てたお茶はそこまで苦くは無いでしょう?」
「抹茶味のお菓子を食べた事あるけど、それはあんまり好きじゃなかったんだよね。でもこのお茶は飲みやすい。思いきり苦いわけでもなく、お菓子と合わせて飲むとそのちょっとした苦さが丁度良いというか。むしろ美味い」
「それは良かった」
長可さんはクスリと笑い、ちょっとしたお茶の話をしてくれた。
普通の緑茶でも、作られた気温や環境で甘いお茶だったり苦味が強かったり、色々あるとか。
俺はお茶に興味があるわけじゃないが、話を聞いていて面白いなと思った。
だけど、ふと気が付いた。
「それで、俺は何故此処に呼ばれたんだ?」
「それは、茶室に案内したかったからです」
セリカは俺の疑問に答えてくれた。
「茶室って入ってみた感じ、どういうイメージですか?」
「どういう?うーん、普段と違う?長可さんが何かかき回している時、誰も喋らないし。静か過ぎて俺は苦手かな」
「外を見てください」
入ってきた狭い入り口から外を覗き込むと、知らないうちに暗くなっていた。
俺、特訓のつもりが半日も此処で時間潰した!?
「茶室は普段の空間とは違い、時間の流れも変わって感じます。知らぬ間に外が暗くなっていたように。魔王様・・・キャプテンの中でこのような茶室に居る時の感覚を身に付ければ、変身の時に役立ちませんか?」
うーん。
セリカは難しい事を言う。
変身している時に茶室に居る感覚。
他とは違った時間の流れ?
たまにあるなぁ。
打席に集中して、投げられた球の縫い目が見える時とか。
「なんとなく分かった?・・・かもしれない」
「いきなり理解されたら、世の茶道家は困りますよ」
それもそうだ。
長可さんとセリカはそんな事を言って、茶道って難しいなと素人ながら実感した。
「そろそろ帰ってご飯の支度でも致しましょう。キャプテンは一緒に食べていかれますか?」
「良いの?」
「どうせ二人しか居ないので、三人になっても大丈夫ですよ」
ん?
二人?
横を見ると蘭丸は、居心地悪そうにしていた。
「お前、一緒に住んでないの?」
「半人前には新居はまだ早いって。俺、此処からちょっと行った所にあるボロ家を自分で建てた・・・」
なんか、いつも爆ぜろとか言ってゴメン。
ちょっと可哀想な気分になった。
ここは俺が一肌脱ぐ時だろう。
「後で行くから待ってろよ」
三人で食事をした後、俺は蘭丸の所を訪れた。
確かにボロい。
俺達が初めてこの世界に来た時に建てた、あの犬小屋並みのボロさだった。
俺達は森の中で生活していたから、まだそこまで酷いと思わなかった。
でもコイツは、安土という都市の中でこのボロさだ。
安土中の家屋で、多分コレが一番酷いと思う。
「それで、何しに来たんだ?」
暗がりで見る蘭丸は、ちょっと野性味が出てきている。
というよりは浮浪者っぽい。
「俺がお前の家を建ててやろうと思ってね」
「お前が?どうやって?」
「どうやってって、魔法に決まってるじゃないか。俺を誰だと思っていやがる。魔王だぞ?創造魔法があるだろうが!」
「え?お前が創造魔法使うの?」
コイツ、俺の事ナメてるだろ。
俺だってこの身体で過ごして長い。
創造魔法だって、少しは上達してるってもんだよ。
「まあ見てろって」
地面に手を着いて、シンプルな家を頭の中で思い浮かべる。
アイツはほぼ初めてで犬小屋並みといえど、家を建てたんだ。
俺だって出来るはず!
「とりゃー!!」
地面から土が盛り上がり、家っぽい形が出来てきた。
俺、やれば出来るじゃん!
「出来たぞ!」
「出来たって言われても、扉も何も無いんだが?」
その姿は、外見だけは家っぽい造りだった。
分かりやすく言えば、粘土で作った家。
扉が無いから、玄関というより入り口といった感じになっていた。
「でも、こっちよりは家っぽくない?」
「見た目はそうだけど。中は?」
外はもう暗いので、この家の中は明かりも無く真っ暗だった。
壁伝いに手で確認しながら中へ入る。
「暗くて分からん」
「お前、火魔法で軽く照らしてよ」
蘭丸が指先に小さな火を灯すと、中の様子がようやく分かった。
パッと見はワンルームで、中はかなり広かった。
「コレ、ちゃんとした設備があれば、住めると思うんだけど」
「どうだろうな。少し壁が薄い気がするけど」
そう言って蘭丸が壁を軽く叩いた。
すると壁に穴が空き、蘭丸はその穴に手を突っ込む形で壁に倒れ込んだ。
蘭丸が激突した壁にヒビが入り、怪しい音がし始める。
「おい!全然駄目じゃねーか!」
「ヤバイ!外に出よう!」
二人して外に出ると、脆くも俺が建てた家は崩れ去った。
蘭丸が建てた家を巻き込んで・・・。
「お前!俺は何処で寝れば良いんだよ!」
「す、すまない。こんな事になるとは」
「悪気があったわけじゃないのは分かるが、いやコレ。あぁ、俺今日は外で寝るのか・・・」
やらかした。
こうなったら、今日は城で一緒に泊まってもらうか?
そんな事を考えていると、危険人物に出会う事になった。
「あら〜、激しい音がしたから何かと思ったら、魔王様じゃないの!しかもイケメン付き!」
「おい!何だあの化け物は!」
流石に大声で、面と向かっては言えないのだろう。
小さな声で誰だか聞いてきた。
俺はベティの事を説明すると、一応長可さんの子供なので、蘭丸は丁寧に挨拶をしていた。
「素敵男子じゃない!良いわ。とても良い!お持ち帰りしたいくらいよ!」
「家も無いし、お持ち帰りされたら?」
その気軽に言った一言が失言だった。
ベティは聞き逃さず、声が鋭く、そして野太くなった。
「なんですと!?家が無い?仕方がないわね。アタシの泊まってる宿に来なさい」
「え!?いや、それはちょっと・・・」
「遠慮は無用。アナタ、良い男だからタダで良いわ」
タダより怖いものはない。
よく聞く言葉だけど、俺は今日ほどそれを実感したものはなかった。
「良かったな、蘭丸。屋根付きで泊まれるぞ」
「お前!お前えぇぇぇ!!」
「じゃ、行きましょ」
腕を組んで歩き始めたベティ。
やはりあの胸筋は伊達じゃないらしい。
蘭丸は力を入れても振り解けず、引きずられるようにして街の中へ消えていった。
すまない蘭丸。
お前の事は忘れない。
絶対に許さないからな。
その声が街の方から聞こえたが、俺の事じゃないなと思って城に歩いて帰った。
「という事があったんだよね」
兄は軽く話しているが、自分の身だと思ったら怖くて震えが止まらなかった。
明日、蘭丸がどのような態度で接してくるか、楽しみのような怖いような。
というより、あの人はそんな暗い所に何しに行ってたんだ?
怪し過ぎるぞ。
まさかスパイってオチは無いよな。
うーん、アレに限って無いよなぁ。
「それで、変身は延長出来るようになったわけ?」
「お茶飲んだだけで、よく分からない・・・」
ハァ?
本当に何をしていたんだか。
蘭丸に嫌がらせ行為をして、終わっただけじゃない?
「そっちこそ、コバはどうだったんだよ」
「それが良い意味で期待を裏切ってくれて、とても参考になった」
「マジかよ!胡散臭いな」
「正直、アイツの事を尊敬するわ。所員の採用試験に講義。その後に僕の個人勉強を教えて、それから新しい武器の研究開発をするって言ってた。僕等が布団に入っている今、この時間に仕事してるようなもんだからね」
自分で言ってて思ったけど、好きじゃないと出来ない事ってあると思った。
好きだからこそ、頑張れるってヤツかな。
「とにかく明日、新たに教わった事を創造魔法で作ってみるよ」
「俺も試しに、セリカに教わった事を念頭において変身してみるわ」
やっぱり隣で人形が布団で寝てるって、変な気持ちだな。
顔は全く動かないが、寝息は聞こえるっていうのも不気味さを増している。
この時間はまだ朝が早い。
誰も動いてないから、集中出来るかもしれない。
変身の時間、計ってみよう。
「変身!トゥ!」
別に言わなくても良いんだけど、叫んだ方が俺の気分が乗る。
空中で一回転するのはお約束だ。
さて、何もしなくても魔力が前は減っていく感覚が、前はあったんだけど。
昨日のお茶の話を参考に、目を閉じて自分の中で時間の流れを変える感じで。
うーん。
何か変わったかな?
「あ?」
俺、寝てないよな?
気付いたら一時間経ってる。
もしかしなくても新記録かもしれない。
動きながらだと、まだ感覚は掴めないかもしれないけど、コレは大きな一歩だ。
後でセリカにお礼を言いに行こう。
ついでに試しで、鉄球を作って投げてみた。
威力とかは変わらないけど、頭の中で遠くを見ている感覚をしていると、集中力が増していくのが分かる。
コレをしていると、魔力の減りが少ないのが自分でも分かった。
お茶からヒントを得るなんて、思いもしなかったな。
「あら魔王様。いや、キャプテンだったわね」
「出たなオカマ。朝から化粧なんかし・・・てないな」
「失礼ね。今朝は鍛錬してたのよ」
その顔は意外にもイケメンだった。
いつもなら、このリア充が!となるところだが、何故だかコイツの場合はそういう感じにはならない。
むしろ、勿体ないなという方が先行している。
「キャプテンのその姿、なかなか興味深いわ。でも華やかさが無いわね」
「戦うのに、華やかさなんか必要あるのか?」
「このオバカさん。アナタは魔王でしょ?アナタが戦う時に目立った格好をしてないと、誰がアナタだって気付くのよ。目立った格好をしてアナタが活躍すれば、部下は奮起する。逆に危機に陥れば、アナタを助けるのに分かりやすいワケ」
そういうものなのかな?
良くも悪くも、目立ってナンボの魔王って事か?
「じゃあお前なら、どんな感じにするんだ?」
「そうね。その格好に愛着はあるの?」
この格好か。
自分が野球選手だったって思い出させてくれるから、愛着というよりは原点に戻れるって感覚かな。
それを考えれば。
「まあこのままの方が良いかな」
「じゃあ、もっと目立つ色にしなさいな。茶色とか白だけじゃ、地味なのよ。赤とか黄色とか、もっと原色を使いなさい」
原色?
難しい事を言う。
芸術に弱い俺が、そういうのを考えるのは時間の無駄だと思っている。
だから、こうしよう。
「ベティが考えた格好に変身する」