森家の人達
はぐれてしまって、はや三十分。
二十歳を超えて迷子というなんとも情けない出来事は、ゴチン!という拳骨と共に終わりを告げた。
「お前等、フラフラしてんじゃないよ!」
アマゾネスさんの後ろには、申し訳なさげな因幡くんの姿があった。
どうやら本当にお茶だけだったらしい。
お茶だけじゃなかったら・・・、僕は怒りに身を任せ叫んでいたかもしれない。
リア充ふざけるなあぁぁぁ!!!ってね。
さて、そんなエルフの町に到着して、僕等はまず新居へと向かった。
小さい平屋の一軒家だ。
これから此処に二人で住む事になる。
僕は元々一人というか兄と二人だったから、掃除洗濯食事の支度等、全て自分でやっていたが、因幡くんは違う。
家族と住んでいたわけだから、おそらくあまり自分ではやっていないだろう。
今日からは、その辺も慣れてもらわないとね。
そして明日の朝、この町のトップである町長に会う事になっている。
村からの旅路の中で、此処の町長の名前は既に聞いていた。
姓は森、名は長可。通称勝三さんである。
信長の家臣で森姓と言えば長可なのかな?
個人的には親父殿の可成な気もするんだけど。
まあその辺は明日にでも聞いてみよう。
翌朝、アマゾネスさんの案内で町長が待っている建物にやってきた。
ちょっとした体育館くらいの大きさだ。
公民館的な感じなのかな?
中に案内され、年上だと分かる綺麗な女エルフと対面した。
年齢的には三十前後に見える。
エロい改め、色っぽい人だった。
とても勝三さんなどと呼べる気がしない。
なので、今後は長可さんと呼ぶ事にしよう。
「はじめまして、魔王殿。私は森長可。かつて祖先は、初代魔王様にお仕えした身でございます」
「はじめまして森さん。魔王ではない阿久野です」
「フフ。まあそれはいいでしょう。ようこそ海津町へ」
軽い笑みを浮かべながら、魔王じゃないという否定の言葉を軽く流されてしまった。
なんというか、全て見透かされている感がある。
子供の隠し事は分かってるよ的な、お母さんの雰囲気?
僕等は子供の頃には母がいなかったから、こういう雰囲気はちょっと苦手かもしれない。
「さて、あなた達二人には今日から、この町で魔法専門の寺子屋に通ってもらいます。この寺子屋には主にエルフが通っていますが、中には他種族の魔族も居ます。彼等は少し文化も違うところもあり、慣れないうちは衝突する事もあるかもしれません。そういう時は、この者を頼りなさい」
森さんは寺子屋の説明を終えると、隣の部屋から人を呼び出した。
戸を開けると、ちょっと大人びた高校生くらいのエルフが待っていた。
「森成利と言います。私の事は蘭丸とお呼びください」
「これは息子の蘭丸です。同じ寺子屋に通っているので、分からない事があれば彼に聞くと良いでしょう。寺子屋でも上位の成績なので、勉強も教えてくれますよ」
長可の息子が蘭丸?
弟じゃなくて?
なんかちょっとモヤモヤが残りつつも、挨拶をする。
「はじめまして蘭丸さん。今日からお世話になります」
二人で自己紹介をして頭を下げると、小さい声でこんな言葉が聞こえてきた。
なんで俺が、こんなマメチビ共の世話なんかせんといかんのだ。
うむ、あまり歓迎されていないな!
長可さんには聞こえてなかったみたいで、そのまま話の続きをされた。
「では、もうすぐ寺子屋も始まります。今日は蘭丸に連れて行ってもらいなさい」
そう言うと彼女は席を立ち、仕事があるのでとその場を去っていった。
後ろ姿を目で追っていた蘭丸は、その姿が見えなくなると、フウと一息ついた。
「つーわけだ。なんでこんなマメチビが魔法専門の寺子屋に入れたか知らんが、俺がお前等の世話をしてやる。面倒起こすんじゃねーぞ!」
急に態度が変わりやがった。
優等生みたいな雰囲気からガラッと変わり、裏で悪さをする生徒会長的な感じだな。
うん、これは因幡くんが苦手なタイプだ。
テンパってるんだろう。
これ以上高圧的な態度は、やめてもらいたい。
「蘭丸さん。初対面の人に対して、あまりそういう態度は良くないんじゃないですか?」
こういう事は最初に言わないと直らない。
因幡くんはイケメンでモテモテでちょっと爆ぜてほしい時もあるが、僕の親友なのだ。
この町での生活に支障をきたしてほしくない。
「あぁ!?このガキ、ナメてんのか?マメチビが俺に逆らうとどうなるのか、分かってんのかよ!」
頭を右手で押さえつけながら、怒鳴ってくる。
正直言ってクソガキはお前だ!
って言いたいけど、この姿でお前がクソガキなんじゃ!って言っても説得力が無いからなぁ。
【ちょっと代われ。こういうクソガキは高校時代で慣れてるからな。まあ任せろ】
「おい蘭丸さんよ。その頭に乗せている手はなんなんだよ。邪魔だから」
身体強化した右手で蘭丸の腕を掴み、そのまま扉の方へ投げつける。
ぶつかる前に態勢を立て直した蘭丸は、驚きながらも怒鳴りつけてきた。
「クソガキ!身体強化が使えるからって調子に乗るなよ!」
身体強化が使えると分かったからか、結構本気で殴りに来てるな。
コイツ、もし怪我をさせたら親になんて説明するんだ?
俺は軽く避けて腕を掴み、背負い投げをして叩きつける。
叩きつけて倒れこむ蘭丸に馬乗りになり、笑顔でビンタをする。
「イテ!お前、俺にこれ以上手を出したらどうなるか分かってるんだろうな!」
「お前本当に頭良いのか?先に手を出してきておいて、負けそうになったらその言い分。恥ずかし過ぎるだろ」
繰り返しビンタを繰り出す左手。
「痛い!いやホントやめて。悪かったから!俺が悪かったから」
「悪かった?反省の余地無しと見て、威力を上げたいと思いまーす」
「!?ごめんなさい!調子に乗ってました!もう二度と手を出したりしません!」
因幡くんにも謝るように促して、馬乗り状態から立ち上がる。
「イテテテ。なんて凶暴なクソガキだ。親の顔が見てみたい」
「俺に親は居ないよ。能登村で一人で住んでたし。まあ友達は沢山居るけどね」
軽く言ったつもりが、蘭丸には気まずかったのか申し訳なさそうな顔をしている。
なんだよ。そういう反応出来るなら、そんなに悪い奴じゃなさそうだ。
「別に気にしてないから、そんな顔するなよ。それよりも、寺子屋間に合うのか?」
「あ、まずい!初日に遅れたら、俺も母さんに怒られる!急ぐぞ!」
建物から急いで飛び出す蘭丸に、走って追いかける。
因幡くんもついてきているのを確認し、スピードを上げた。
「ギリギリだったな。お前が気が付いてなかったら、遅刻だったわ。」
「蘭丸が絡んでこなかったら、こんなギリギリじゃなかったけどな」
意地悪で言ってみたが、ちょっと気まずいのか反応が無い。
大人な俺がここは折れてあげるとするか。
「とはいえ、今日から此処で勉強する仲間だ。さっきの事は流して仲良くしてくれ」
「そっか。ありがとな。それに悪かった。因幡もこれからよろしくな!」
うん、話すと悪い奴ではない。
因幡くんも悪印象ではなくなったみたいだし、良かった良かった。
しかし、一つ懸念もある。
敢えて言おう。
コイツもイケメンなんだよね!
因幡くんだけじゃなく、蘭丸もイケメンなんだよね!
これはもしかしたら、俺はモブと化す心配があるのだが・・・。
おっと、今はそれより中に入ろう。
勉強は俺より弟に任せるべきだから、ここらで交代だな。
(任せるべきって、やる気ないだけじゃないの?)
あーあー何も聞こえない。
さて、教室に入るとまず先生から皆に紹介をされる。
昨日までに既に僕等の事は聞いていたようだ。
「能登村から来ました阿久野です。よろしくお願いします」
なんでこんな子供が?ともの珍しげに見られたが、それよりも・・・。
「同じく能登村から来ました、因幡です。獣人ですが身体強化が苦手で、代わりに四属性魔法の方が得意です。よろしくお願いします」
「ハイ!ハイ!因幡くんは彼女とか居るんですか?獣人じゃなくてもいいの!?」
「アンタずるい!因幡くんは年上に興味はある?」
はい、やっぱり因幡。100人言い寄って来ても大丈夫。
って、そんなわけあるか!
しかし海津町に来てからも、変わらずの大人気。
そして能登村と違って積極的な女子達に戸惑う因幡くん。
けっ!イケメンは良いよなぁ!
キャーキャーうるさいんじゃ!こんちくしょー!
「ねぇねぇ、阿久野はなんで此処に来たの?」
おぉっと!?僕にも質問が来たよ?
って男かーい!
僕の周りに来るのはやっぱり男かーい!
「阿久野ー!因幡ー!お前等人気だなー」
後ろの席の方からそんな声が聞こえる。
「え!?蘭丸くんと因幡くんって知り合いなの?」
「キャー!この教室で蘭丸くんに続いて因幡くんなんてサイコーだわ!」
「この教室の二大イケメン誕生ね!」
蘭丸と因幡くんの周りに女子が集まる。
俺の周りには男子が集まる。
しかもなんかマスコットキャラクターみたいな扱いだ。
お前可愛いなーと、頭をグリグリされる。
違うそうじゃない。
お前等からそういう扱いを受けたいんじゃない!
僕は女子からチヤホヤされたいんだ!
「あ、阿久野くん。これ、どうすればいいの?」
かー!モテる男はこれとか言っちゃってますよ!
もう嫌になっちゃうね。
でも因幡くん、キミは僕の親友だ。
だから恥を忍んで言おう。
おこぼれを下さい!
「あー、因幡くん。女子にこれとか言っちゃダメだよ。ほら、親友の僕みたいに優しくね」
よし!さりげない親友アピール!
これで僕にも女子は話しかけてくるはず!
「はぁ?何このチビ。因幡くんの親友とか言ってるだけど、ウケるぅ~」
「つーかなんで、こんなガキがこの寺子屋来れてんの。意味が分からないんだけど」
因幡くん?
僕達は親友だよね?
そこは早く否定しようよ。
なんか流されてるよ?
う、うん、じゃないんだよおぉぉぉ!!!
能登村よりストレートにボロカスに言われてるじゃないか。
いかん!二十歳を超えて悪口で泣きそうになるとか、恥ずかしい!
そしてとどめの一撃。
「お前、女からは人気無いなー」
蘭丸よ、そういうのは聞こえないところで言ってくれ・・・。