覗き見
おじさんと言われると、ちょっとドキッとしてしまう・・・。
前田父をおじさん扱いする沖田は、苦戦を強いられていた。
沖田本人は老害とは言っていないので、まだ良かった。
だけどおじさんと言われてしまうと、僕達もそろそろドキッとさせられる年齢ではある。
肉体の実年齢が分からない僕達だが、一応設定的にはハクトや蘭丸と同年齢という扱いだ。
しかし中身は大卒に近い時に、この世界にやって来ている。
言ってしまえば精神年齢だけなら、既に四十代という事になる。
まあハクトや蘭丸と付き合っていく中で、身体の年齢に引っ張られていた面もあっただろう。
だから子供がやるような馬鹿も普通にやったし、それでも何やってんだみたいな冷めた目で見るような事も無かった。
しかし大人になるにつれて、それも無くなっていった。
そうなると僕達の精神は、段々と実年齢に近付いていった。
むしろそれを通り越して、年齢より上になった気もする。
僕達はどちらかと言うと、又左や慶次、太田に近い考えなんじゃないかと思うのだ。
勿論、ハクトや蘭丸と居る時の方が落ち着く。
それは又左や太田よりも、そう思っている。
でもハクトや蘭丸の考えよりも、又左や太田と話している時の方が、なんとなく分かると思ってしまうのだ。
一言で言うならば、ジェネレーションギャップ?
流行りの歌より、歌謡曲の方が分かりますみたいな感じ?
だからと言って、流行りの曲が全く分からないわけじゃないというか。
ただどちらが好みかと言われたら、後者かなというだけである。
そんな後者の考えに近いからか、又左や太田がおじさん扱いされると、僕もドキッとさせられてしまうというわけだ。
沖田がおじさんと言ったのは、肉体的には羽柴秀長に対してになる。
彼は秀吉の親類という話だが、まだ若かったはず。
会話をしている中で、中身を知った上でおじさんだと言ったなら、それも理解出来るのだが。
しかし又左の父親というのなら、今の又左と同じかそれより上くらいと考えるのが妥当だろう。
そうなると沖田からすれば、僕もおじさんという扱いになってしまうのだろうか?
見た目は子供、頭脳は大人。
僕は自分がおじさんと言われたら、ショックを受けて凹む自信がある。
斬られる瞬間が分かるはずが無い。
しかし頭の中では、なんとなく理解している。
それを経験と言うのだろうと。
分かってはいるが、経験だけでここまでハッキリと防げるものだろうか?
沖田は混乱しながら、前田父と対峙していた。
「もしかして、奥の手が今の目眩し?だったらガッカリとしか言いようがないな」
「くっ!それだけじゃないですけどね。今はまだ、隠しておきますよ」
「君はまだ、腹芸が出来ないんだね。その焦り、顔に出てるよ」
沖田はそう言われると、左手で顔に触れた。
その瞬間、前田父の剣が目の前に迫ってくる。
一瞬の隙を突かれた沖田は慌てて後ろに下がると、前田父は追撃はしてこなかった。
しかし槍を拾われ、再び一方的に攻撃を受ける間合いになってしまう。
「やはり若いな。君の目眩しの明かりも、既に消えている。焦りが顔に出てたところで、ハッキリ見えるはずないだろう」
「あっ!」
前田父の指摘に、思わず声を上げる沖田。
そしてまた口を塞ぐように左手を口に当てると、自分が彼に操られているような感覚に陥った。
「別に経験があるから強いわけじゃない。ただし経験というのは、それだけ引き出しが多いという事だ」
「・・・僕の行動パターンが読めると?」
「俺と君は同じ獣人族だ。壬生狼と言っていたが、俺達と似た種族なのだろう」
「似た種族であれば、戦い方も必然的に似てくると?」
「目眩しに魔法を使ってくるとは、思わなかったけどね」
クリスタルの存在を知らない前田父は、沖田が魔法を使ったように感じていた。
獣人族は魔法が不得意な種族である。
しかし全員が全員それに当てはまるわけではなく、例外的に使える人も居る。
その最たる例がハクトなのだが、前田父は沖田も同じ部類だと考えていた。
魔法も使えて、剣の腕前もある。
前田父が危険を冒して攻めてこないのは、沖田がまだ力を隠していると感じていたからだった。
だが今のやり取りを含めて、沖田の引き出しがそろそろ無くなったのではと薄々気付いてきた前田父は、いよいよ攻勢に転じようとしていた。
「貴方は強い。僕が出会った中でも、三本の指に入ります。でも、対応出来ない程じゃない」
「言うねえ。押されているのにその強気。ハッタリかな?」
「それは自分で体感して下さい」
「分かった。俺も夜明けまでにはどうにかしたいと考えていたんだ。そろそろ君には死んでもらおうか」
沖田は剣を握り直し、前田父は剣を納めて槍を握った。
槍の間合いのギリギリ外に居る沖田と、そんな沖田の間合いをジリジリと詰めようとする前田父。
二人は目の前の敵に、集中している。
そして二人は、そんな自分達が見られている事に一切気付かなかった。
「覗き見など、いけない行為と分かってはいるのだが」
「だからと言って、このまま踵を返すのは・・・」
「しかもこの戦いは俺とお前にとっても、見逃せないからな」
少し離れた木の陰に隠れ、沖田と前田父の戦いを見ている男達。
二人は言い争いをしながら、森の中を彷徨っていた。
「慶次!話を聞け!」
「兄上にとって拙者は、その程度でござった!拙者はまた修行に出るでござる!」
「修行に出るのは構わない。しかし空を見ろ。もう夜だぞ。自分が何処に向かっているのか、分かっているのか?」
「う・・・」
立ち止まる慶次と、それに追いついた又左。
月明かりも無く、徐々に暗くなっていく空を見上げた。
「お前の気持ちを汲まなかった、俺が悪かった。修行をするなら、強い奴とやった方が良い」
「それは自分だと言いたいのでござるか」
「俺以外にも居るだろう。それこそ太田殿やゴリアテ殿のようなパワータイプ。佐藤殿や沖田のような、スピードが速い者だって居る。ん?そういえば・・・」
「どうしたでござるか?」
又左が何かを思い出すと、慶次は言い争っていた事を忘れて普通に聞き返した。
「慌ててお前を追ってきたが、次の相手はもう戦っているはずだな」
「・・・何かが動く気配を感じるでござる。しかし数が多いような」
「アンデッドだな。となると、秀吉軍は羽柴秀長を出したか」
「魔王様は、誰を出したでござるかな?」
「ちょっと気になるな。こうも真っ暗では、城に戻ったところで見えはしないだろう。なあ慶次」
又左は悪い顔をしている。
暗くて見えないのだが、それでも慶次には又左が何を考えているのか、すぐに分かった。
「兄上も悪い人でござるな」
「いやいや、慶次こそ楽しそうな声だぞ」
「兄上」
「探してみよう」
二人は戦いに影響を与えないように、アンデッドを極力避けて森の中を歩いた。
アンデッドは刺激しなければ、襲ってこない。
数が多いアンデッドを避け彷徨い続けると、二人は遠くから剣戟の音を耳にする。
「この音、アンデッドじゃないな」
「誰かが戦っている音でござる」
二人は最短距離で近付いていくと、暗闇の中で戦う二人の猛者の気配を感じ取った。
「・・・おかしい」
「何がでござるか?」
「羽柴秀長はネクロマンサーという、魔法使いのような職だったはず。誰と戦っているかは分からんが、接近戦に長けた男ではなかった」
アンデッドが出ている為、一人は羽柴秀長なのは間違いない。
二人が交わす剣を聞く限り、それは二流三流の腕ではない事は明らかだ。
そして羽柴秀長自身が強いという話は、秀吉から聞かされていなかった。
「羽柴秀長ではないのでござるか?」
「戦いの取り決めからして、それは無いだろう。だから尚更驚いているのだが」
これ以上近付くと、戦っている二人に勘付かれる。
それくらいの強さはあると二人は確信し、今隠れている場所よりも接近する事を躊躇った。
すると二人の会話が、又左達の耳に入ってくる。
「そんな事を誇るなんて、貴方もただのおじさんですね」
「おじさん結構!」
二人は顔を見合わせた。
話している内容を聞いて、戦っているのが誰なのか分からなくなったからだ。
「慶次」
「多分最初の人は、沖田殿だと思うでござる。しかし羽柴秀長がおじさんと呼べる年齢とは、到底思えないでござるが・・・」
「それは同感だな。あの男は秀吉の親類らしいが、まだ慶次よりも若い。言ってしまえば、魔王様や蘭丸達と同じくらいの年齢だろうな」
「沖田殿からしたら、蘭丸はおじさん・・・とは言えないと思うでござるよ」
蘭丸がおじさんと呼ばれてしまうと、自分達は何なのだ。
二人は難しい顔をしていたが、又左は突然目を見開いた。
沖田と思われる相手に対して使っている武器に、見覚えがあったからだ。
「アレは、まさか・・・」
「兄上?」
「慶次、目を見開いて見ろ。羽柴秀長と思われる男の戦いを、頭の中に焼き付けるんだ」
突然の命令に、困惑する慶次。
しかし慶次もその男が操る槍を見て、ようやく何が言いたいのか理解した。
「沖田、シャイニングゥゥゥ!!」
「しまった!」
暗がりの中での二人の戦いを見逃さないように、凝視していた又左と慶次は、沖田の光魔法を直視してしまった。
距離があるとはいえ、真っ暗な中に放たれた強烈な光は、一瞬にして二人の視界を奪った。
「うぅ・・・。ど、どうだ、見えるか?」
「ようやく慣れてきたでござる。しかしこの暗闇の中で光魔法を使われたら、残念ながらあの槍使いも負けてしまったでござろう」
「いや、そうじゃないようだ」
秀長の声はまだ聞こえている。
声は秀長だが、話し方を聞く限り別人のように思える。
又左は見えるようになった秀長を見て、やはり見覚えがある構えをしていた。
「槍だけじゃなく、剣も使えるみたいだな」
「兄上?」
「慶次、俺の言っている事は荒唐無稽と思うかもしれない。だが、あの剣の構えを見ると、どうしてもそうは思わずいられないんだ」
「・・・父上でござるか」
又左は慶次の顔を見た。
実際には暗くて見えないのだが、それでも慶次が冗談で言ったわけではないと、顔を見て思った。
「お前もそう思うか!?」
「あの変わった槍は、拙者はあまり知らないでござる。しかし、剣の構えは覚えている。何千何百と見てきた構えでござるよ」
多節槍は、又左もあまり見た記憶は無い。
しかし多節槍としてではなく、普通の槍としての扱い方は、自分達と近しいものを感じていた。
そして慶次が言うように、剣の構えに関しては、自分達が子供の頃にずっと見てきたものと同じだった。
「どう思う?」
「兄上も分かっていると思う。確かに外側はネズミ族の見た目をしているでござる。でも中身は拙者達の父であると、思うでござる。荒唐無稽と兄上は言ったが、拙者もそう確信しているでござるよ」