経験の差
性格としては、二人に似ているのかな?
沖田が対峙した秀長は、又左と慶次の父である先代の前田利家が憑依していた。
ネクロマンサーと言うのは、アンデッドを作り出して操るだけじゃないらしい。
もしそうであれば、アンデッドを掻い潜り接近してしまえば、簡単に倒せると思っていたんだけど。
やっぱり対策があるから、代表戦に選ばれているんだよね。
その辺はやっぱり、ちょっと考えが甘かったな。
でもまさか、その相手というのが又左達のお父さんになるとは思わなかった。
そもそも僕達が知っている前田父は、先代魔王のロベルトさんと一緒に帝国と戦ったというくらいだ。
当時のロベルトさんが洗脳されていたのは知っているが、前田父はそうじゃなかったと思われる。
ただ単に、魔王から選ばれたというのが嬉しかったタイプなんだろう。
もし冷静な判断が出来る人なら、単純に力技で押し込むロベルトさんに苦言を呈していたはずだからね。
それが出来なかった時点で、おそらくそういうタイプの人だったと思う。
ちなみにそれに関しては、又左も同じタイプだと言えるだろう。
僕の片腕という肩書きから、どんな失策でも喜んで頷く気がする。
僕には幸い、優秀な軍師が居るから問題は無い。
ロベルトさんにもそんな人が居たかもしれないけど、やっぱり洗脳されてたらそんな人の制止も振り切っちゃったんだろう。
前田父も又左も同じだけど、そういう時は全力で止めてほしいなと思う。
とは言っても、又左や太田にその役目は無理なんだろうなと思う自分も居る。
又左は父の背中を見て育ったんだろう。
尊敬しているからこそ、同じような長槍を選んだと思う。
対して慶次も同じようなところはあるが、少し違うのかなと思っていた。
それは又左が父の背中を追うのに対して、慶次はそれを越えようという気持ちが強い気がするのだ。
だから武器も、少し変わった伸びる槍を選んでいたと思っていたんだけどね。
いざ蓋を開けてみると、やっぱり似ている気もしなくもない。
やっぱり又左も慶次も、父親の影響が大きいのかな。
父の記憶があまり無い僕達からすると、少し羨ましくもあるなぁ。
多節棍を改良した槍。
沖田は思わず、その武器を凝視した。
おそらくボタンか何かを押すと、バラバラになるようになっているのだろう。
又左の槍は、太く長い槍である。
重さも並みではなく、本来なら太田やゴリアテといった重量級の連中が扱うレベルだと思われる。
その分扱えれば威力は絶大なのだが、慶次や自分には無理だというのは目に見えていた。
対して慶次の槍は、前田父が持っている槍と似ていると言っていい。
太さはそこまでではないが、大きな違いとして長さが挙げられる。
慶次の槍は伸ばす事が前提だから、長さとしては脇差と同じくらいになる。
対して前田父は、長さだけなら又左の物と近い。
最初から長い槍が、多節棍のように鎖を利用して更に伸びてくる。
タイプとして考えるのなら、又左よりも慶次に近いタイプ。
沖田は短い時間で、自分の考えをそう落とし込んだ。
「なるほど。木を使って回り込ませたんですね」
慶次の槍と違い、前田父の使う槍は自由度が高い。
慶次の槍がしなりを使って曲がるのに対し、前田父の物はもっと自由に曲げられる。
少し細めの木の幹を使って、槍を半回転させて背中を襲わせたようだ。
「それがすぐに分かるのは、なかなか凄いと思う。君、若い割には修羅場を潜り抜けているね」
「ありがとうございます」
歴戦の猛者だと思われる又左の父から褒められた事は、素直に嬉しかった。
無意識に感謝の言葉が出た沖田だが、すぐに頭を振って考えを改めた。
「ウチの子よりも、もしかして強い?」
「それはどうでしょう。お二人とも強いですよ」
「君に強いと言われるくらいか。それは重畳」
「そろそろお話は終わりにしましょう。貴方に恨みは無いが、その身体の持ち主にはあるんでね」
沖田は秀長に向かって、再び向かっていく。
この槍の弱点に気付いたからだ。
「多節棍として使った後は、すぐに槍には戻せない。ならば、接近戦には超不向き!」
「判断が早いのは素晴らしい。しかし、弱点をそのままにするとでも?」
秀長は槍を捨てると腰の剣を抜いた。
そして向かってくる沖田に、同じように向かうと真正面からぶつかり合った。
数回の剣戟がぶつかり合うと、沖田はすぐに気付いた。
「貴方、槍だけじゃないですね」
「当たり前だ!生き残る為には、全てにおいて強くならなくては。このようにな」
沖田は一瞬、秀長を見失った。
ネズミ族の背の小ささもあるが、何より暗闇の中で急に屈まれると、目の前から消えたように感じるのだ。
秀長による下段回し蹴りで足を払われた沖田は、身体が浮いた。
「しまっ!」
背中越しに地面を見る沖田。
そこには凶悪な顔をしている秀長が、まさに剣を突こうと構えている。
強引に身体を捻った沖田は、その突きに合わせて剣を横薙ぎに払った。
「やはり強い。しかし!」
沖田は目を見開いた。
突きに合わせて剣を薙いだのだが、剣には重さが感じられない。
秀長の剣は、突かずに引かれたままだったのだ。
タイミングを狂わされた沖田は、秀長の剣が動き始めたのが目に入る。
「ナメるなぁ!」
剣から左手を放した沖田は、横薙ぎの回転を利用して裏拳をした。
左手の爪を伸ばしたそれは、秀長の剣とぶつかり甲高い音を鳴らす。
着地した沖田はそのまま蹴りで押し返そうとするが、既に秀長の身体はそこに無い。
一瞬見失った彼は、後ろから威圧感を感じた。
「槍を取りましたか」
「本当に強い。俺の若い頃と比べても段違いだし、その年でそれだけの強さを持った奴も知らない」
沖田の強さは、年齢関係無く群を抜いている。
前田父の時代の人と比べても、沖田はそれだけ脅威という事だった。
しかし、そんな彼が沖田より優位な点もあった。
「さて、次はどうかな!」
槍を拾った秀長とは、立ち位置が逆転している。
そんな彼が取った行動に、沖田は動揺した。
「剣を投げた!?」
沖田に向かって剣を投げる秀長。
驚きつつも剣を弾くと、今度は槍で攻撃を仕掛けてくる。
剣の届かない長槍の間合いを保たれるが、通常の攻撃なら沖田も対応は難しくない。
秀長の隙を見て苦無を投げると、今度は攻守逆転とばかりに沖田が槍を掻い潜り前に出た。
今度は剣が無い。
それが分かっているから、沖田は秀長の格闘術に気を割いた。
秀長はまだ槍を手放していない。
背後からの攻撃に注意しながら、沖田は距離を詰めていく。
「覚悟!」
沖田の剣を間一髪で掻い潜り、前転で沖田の背後に回り込む秀長。
武器は無い。
沖田はすぐに振り返り、追撃する。
しかしそれが甘かった。
「なっ!?」
そこには剣を持った、秀長の姿があった。
動揺した沖田は反応が遅れると、左腕を斬られて負傷する。
「くっ!」
慌てて後ろに下がる沖田。
すると秀長は追撃せず、再び槍を拾う。
「どうして剣がこんな近くにあるんだ?と思っただろう」
「・・・そうですね」
「素直だねえ。まあ簡単な事だよ。剣を弾かれた俺は、その落ちた先を確認した。それで槍を伸ばして木を使って反転させ、槍で剣を押した。そうすれば、剣はこっちに寄ってくる。どうだ、簡単だろう?」
簡単なワケあるか!
心の中で悪態を吐く沖田だが、油断した自分が悪い。
頭を切り替えると、やはり又左達の父だけあって槍の扱いは抜群に上手いと改めて思った。
「槍も上手くて、剣の腕もある。徒手空拳の格闘術も使えるなんて、厄介極まりないですね」
「褒め言葉ありがとう。でも君は勘違いしている」
「勘違い?」
「君は強い。それこそ俺が知っている中でも、三本の指に入る。魔王様を抜かせばだがな」
先代の魔王はそんなに強かったのか?
沖田は少し興味が湧きつつ、秀長の動きに警戒する。
「でも俺に勝てないのは、そんな強さが問題じゃない」
「勝ちますよ。僕は」
「無理だね。君と俺の大きな違い。それは経験の差だから」
沖田は少しだけ苦い顔をする。
それは当然の事であり、どうしても埋められない差だと知っているからだ。
しかし、それは少しだけである。
彼の中で経験の差は、そこまで大きいとは思っていなかったからだ。
沖田はこの大陸の出身ではない。
それこそ別の大陸で、壬生狼として全く別の種族との戦いに明け暮れた経験がある。
それは近藤達とのかけがえの無い思い出であると共に、言ってしまえばヌルいこの大陸での戦いよりも、苛烈な経験として残っていたからだった。
「フッ。そんな事を誇るなんて、貴方もただのおじさんですね」
「おじさん結構!ただし老害扱いしたいなら、俺に勝ってから言いたまえ」
「勝ってみせますよ!」
今度は秀長が先手を取った。
長槍の間合いを保ち、多節棍としての動きも絡めてくる。
今まで味わった事の無い戦い方に、沖田は手間取っていた。
突きを避けたと思うと、急にバラけて穂先の向きが変わる。
威力は低いが、どの向きからも刃が身体を斬り裂いてくる。
皮一枚程度なら問題無いが、それを何度も味わえば話は変わってくる。
出血の量が多くなれば、動きは鈍る。
沖田はまず、槍の動きに慣れる事を念頭に置いた。
「この短時間で、槍を見切るか。流石は非凡な才能の持ち主だ」
前田父は称賛の言葉を贈るものの、沖田に対して焦りを感じていない。
それが分かっている沖田は、慣れてきた今だからこそ、槍が避けられると確信していた。
そして今、多節棍化した槍を完璧に避けたタイミングで、沖田は反撃に出た。
槍を回避した沖田は、槍の鎖を真下へと叩き落とした。
動きが変わった槍を手元に戻そうと、秀長の腕が大きく動く。
しかし沖田の動きに迷いが無いと感じると、すぐに手放す事にした。
沖田を待ち構える事にした秀長は、剣を抜いた。
それを見て真正面から行く沖田。
目の前まで迫ると、腰の脇差を抜いた。
「沖田、シャイニングゥゥゥ!!」
「くっ!目眩しだと!?」
月明かりも無い暗闇の中、突然光り輝く脇差。
沖田は叫ぶ瞬間に目を閉じたが、秀長はそうじゃない。
急な閃光に目をやられたはず。
沖田は剣を大きく振りかぶり、秀長の左肩目掛けて振り下ろした。
「え?」
力強く振り下ろしたはずの剣だったが、甲高い音が鳴った。
そこには振り下ろした剣を防ぐ、秀長の剣があった。
「っと!掴んだぞ」
動揺したところに剣を流され、手首を掴まれる沖田。
上下が回転すると、地面に叩き伏されてしまう。
地面の匂いに自分が投げられた事に気付くと、すぐに転がり立ち上がった。
「ど、どうして?目眩しをしてくると、分かっていたんですか?」
「そんなの分かるワケ無いだろう。ただ、目をやられても防ぐ術くらいはある。それが何かは、分かるだろう?」
「け、経験で斬られる瞬間が、分かるって言うんですか!?そんなのは経験でも何でもない。貴方、何か隠してますね?」