過去の人
単純な事ほど忘れがち。
ガイストはジェスチャーで沖田に止まるよう指示したが、全く伝わらなかった。
とは言えこれは、僕も同罪と言える。
どうして字を書いて伝えるなんて単純な事を、思いつかなかった!
アホか!
自分に対して何とも言えない気持ちにはなるのだが、しかしガイストにも悪い部分が無いとも言えなくない。
それは、何故ジェスチャーなんて難しい方法を選んだのかという事だ。
僕が言っても説得力が無いけど、地面に書けば早かったでしょ。
それこそ、止まれという三文字だけで良かったんだ。
むしろ『止』という字だけでも、理解出来そうな気がする。
それを思い付かないガイストだって、僕と同レベルのやらかしだと思うんだよね。
しかし後から確認をすると、どうやらちゃんとした理由があった。
そもそもガイストは、ケモノである。
そして彼?彼女?は、その中でも稀有な会話が成り立つケモノでもある。
僕が知る限りそれは、ムサシのケモノである鵺くらいだった。
ちなみに他の人のケモノも意思の疎通は出来るものの、こうハッキリと言葉を交わすような会話は出来ないらしい。
そう、会話が出来ないのが普通なのだ。
だから彼は言った。
僕と兄以外とは、意思の疎通なんか出来ない。
だから文字という概念自体、忘れていたのだと。
まあ何とも文句が言いづらい理由だよね。
こうハッキリと言われてしまうと、僕も怒れない。
ガイストというのは、ほぼ存在が知られていなかった。
特殊ではあるが、強くはないケモノだからだ。
しかし強くないケモノに、騎士達は魅力を感じる人は少ない。
基本的に宿せるケモノは一体のみ。
ガイストのような無名のケモノより、やはり少しでも知られていて自分の力になると分かっているケモノを狙うのは、当然なのだ。
だからガイストは丁度良かったのだが、問題もあった。
人と関わりを持たなくなると、ケモノもコミュニケーション能力が落ちるという事だ。
これは今でも言われているけど、ペラペラだった英語も使わなければ、気付けば話せなくなるという。
ガイストも同じく、言葉は忘れずとも文字は忘れてしまったらしい。
そりゃそうだよね。
僕以外にも話した騎士や人は、居たかもしれない。
でも文字は、何かに宿って初めて書けるわけだし。
ガイストが文字を使わなかったのは、仕方が無い。
それはコミュ障ケモノ野郎だったんだから。
なんて言ったら、思い出した文字を書きまくって、僕の頭の中を読んで暴露されまくりました。
表層部分だけとはいえ、コレには流石に肝を冷やしたよ。
皆は悪口を言う時は、誰にも分からない所で言いましょう。
能登村の前田。
それは沖田も知っている人物である。
その名を騙る羽柴秀長だが、嘘を言っている雰囲気は無い。
そして沖田は、ある結論に達した。
「羽柴秀長の身体を操っているのが、能登村の前田さんという認識で合っていますか?」
「その通りだ」
やはりと内心驚く沖田。
ネズミ族である為、やはり姿形は似ていないのだが、雰囲気からそれは読み取れた。
そして一番しっくりしたのが、秀長の槍の構えだった。
モノマネにしては似過ぎていたからだ。
「驚いたな。まさか又左殿と慶次殿に、縁のある方だったとは」
「又左、慶次。そうか、生きているのか」
「知っているのですか?」
「オレのガキだ」
「っ!」
親類だとは思ったが、父親だった。
又左達から、父親がどんな人物かは聞いていない。
しかし雰囲気からして、強いという事だけは理解出来た。
「うん?」
秀長が顔を顰めた。
すると突然、雰囲気が変わった。
「まさか主人格を乗っ取られるとは。油断も隙もあったものではないですね」
「・・・羽柴秀長?」
「そうです。改めまして、私が」
沖田が爪を伸ばした。
秀長の鼻先に届くかというところで、秀長は身体を後ろへ反らす。
「チッ!」
「あ、危なかった!前田が咄嗟に出てこなかったら、死んでいましたよ!」
「殺す気だったんだから、当然だと思うけど」
「人の話を聞きなさいよ!」
「近藤さん達を無碍に扱った報いを受けた後なら、聞いても良いですよ」
笑顔で言う沖田。
それに対して秀長は、嫌そうな顔を見せる。
「それって、死んでから言えって事じゃないか」
「そうですよ。ネクロマンサーだったら、自分が死んでも問題無いでしょ?」
「自分が死んだら終わりだわ!」
「それを聞いて、安心しました!」
沖田は一気に懐へ飛び込んだ。
秀長の反応は遅い。
下から上へ斬り上げるように、剣を抜いた。
逆袈裟斬りを決めた。
沖田はあの反応であれば秀長は斬ったと確信していたのだが、手応えが無い。
「まったく、使えない宿主だ」
「前田さんか!」
「えっと、誰だったか」
「沖田です。壬生狼の沖田」
「沖田。そうか、オレの息子達と同い年くらいか?」
「え・・・。いや、僕はもっと下ですけど」
沖田は少しだけ嫌そうな顔をする。
又左や慶次は、近藤や土方と同い年くらいと同じくらいになる。
だから歳の離れた兄という存在に近かったが、その兄達と同い年くらいかと間違えられたのは、自分が老けて見られたのかとショックだった。
しかし改めて考えると、この人は死んでいたから、どれくらいの時間が経ったのか知らないのだ。
その為、同い年くらいに思われても仕方ないという考えに至った。
「・・・ふむ。ガキ共もおっさんか。時間の流れは残酷だなぁ」
しみじみと言う秀長だが、中身は死人である。
死んだ人に時間の流れを問われても、全く響かない沖田だった。
「おいおい!勝手に出てくるな!」
「ん?」
秀長の様子がおかしい。
どうやら前田さんと秀長による、身体の主導権争いが起きているようだ。
「チッ!だから憑依は嫌いなんだ」
「お前が弱いから、簡単に奪えるのだろう?実力不足のせいだ」
「うるさい!」
沖田は秀長の様子を窺った。
知らない人からしたら、明らかに一人芝居にしか見えない。
しかし沖田からすると、難敵になりそうな前田が身体を扱うのか。
それともネクロマンサーという直接戦闘には不向きそうな、秀長が相手になるのか。
それ次第で彼は、随分戦いの難易度が変わると考えていた。
「バカタレ。お前があの男に敵うはずないだろう。だから俺に任せろと言っている」
「お前が勝てるという保証も無い。それに憑依させるなら、他にも候補は居る」
「嘘を言え。俺より強い奴なんか、魔王様の下には居なかったぞ」
「先代魔王の配下には、居なかったかもしれないな。しかし、歴代魔王の下に居たのなら、話は違う」
ふむふむ。
秀長の一人芝居によると、前田さんの父君以外にも候補が居るのかな。
それとも前田さんを従える為の、ブラフとも取れる。
僕としてはさっさとこの男を殺したい気持ちはあるが、今の時点で手を出すのは難しい。
もし僕が奇襲を仕掛ければ、この男と前田さんが手を組まないとも言い切れない。
「・・・条件がある。沖田と戦っている時は、全てを委ねよう。ただし不測の事態に陥った時は、私に主導権を返してくれ」
「不測の事態とは、奇襲か?」
「違う。それは・・・追って伝える」
話がまとまったようだ。
不測の事態が少し気になるが、何か弱点となる話かもしれないし、おそらく僕に聞かせたくなかったのだろう。
しかし前田殿の父君と、戦う事になるとは。
本人ではないから、怪我を気にする必要も無し。
「血が滾りますね!」
秀長の雰囲気が一本化された。
目の前に居るのは、確実に前田という強者。
沖田は腰の剣に手を触れると、秀長も長い槍を拾った。
「あの話、嘘だとは思わないか?」
「え?」
急に話し掛けてくる前田。
意味が分からず困惑していると、彼は自分の様子などお構い無しに言葉を続ける。
「考えてみな。もし俺以外の奴が控えてるって言うなら、もっと他の武器もあって良いはずだろう?」
「言われてみれば確かに」
暗くて見えづらいとはいえ、長槍以外の武器を隠している様子は無い。
もっと離れた場所なら話は別だが、戦いながらそこまで移動出来るか?
僕なら移動はさせないかな。
「要はあの男、俺を上手く扱いたかったんだろうよ。人使いが下手なのか、バレバレだったな」
「それでも話を受け入れたんですよね?」
「そうだな。もう、待つのは良いだろうと思ったんだ!」
不意に秀長の長槍が動いた。
剣を持つ右肩を、的確に狙ってきている。
先程とは違い、あからさまな殺気があった。
その為簡単に避けられたのだが、やはり前田の血筋。
槍捌きが尋常ではなかった。
「速いですね!」
「ハッ!それを捌くお前も、やるじゃないか」
前田殿の父君に褒められるのは、悪い気はしない。
しかし何とも言えない気持ちもある。
それは前田殿と比べると、そこまで怖さを感じないという点だろう。
又左殿も慶次殿も、その槍に怖さを感じる。
人を殺めようという殺気のようなものが、ひと突きひと突きに感じられるからだ。
だが、この人は違う。
この人の槍は、上手いだけ。
要は模擬戦でしか感じられないような強さなのだ。
「・・・本当に僕に勝つ気がありますか?」
「あるに決まっている。まあ今は様子見といった感じだが」
「命のやり取りをしている時に、様子見なんて必要無いでしょう!」
今の言葉には、少し苛立ちを感じてしまった。
そんな事をしている間に、自分が死ぬかもしれないというのに。
いや、死んでいるから出来るのかな?
「そういう意味じゃないんだけどな」
やはりそこまで怖くない。
それにこの人の長槍は、あまり一撃が重くない。
秀長が用意した物が間違っていたのか知らないが、又左殿と比べると細身の槍だ。
どちらかと言えば、慶次殿の槍の細さに近い。
それなのに戦い方は、又左殿に似ている気がする。
技ではなく、力で戦っているのだ。
とはいえ、急所を的確に狙う技も持ち合わせてはいるみたいだが。
「でも、怖いとは言えないかな」
「・・・そうかい?俺も君が少し理解出来たし、そろそろ殺ろうか」
何だ?
怖さじゃない何かを感じた。
圧力のような、見えない何かを。
「だったら先に、槍の間合いを潰す!」
長い槍を潜り抜けてしまえば、この人の攻撃方法は限られる。
今なら!
しかし沖田は、前田の顔に焦りが無い事に違和感を感じた。
そしてなんとなく、真正面ではなく横からの狙いに切り替えた。
「なっ!?」
真後ろからやって来る、槍のひと突き。
何故!?
「おっと!初見でコレを避けるか。考えが甘かったかな?」
「く、鎖!?長槍ではない!?」
「槍だよ。槍でもあるし、更に伸ばす為の鎖が仕込まれている。多節棍を改良し、俺専用に作り上げた槍だ」
先々週から色々とあって、入院をしていました。
少しペースは落ちますがもう少し続きますので、よろしくお願いします。