夜に駆ける
せめてもう少しカッコイイ運び方があった気がする。
沖田は秀長との戦いに備えて、大量の武器を持っていった。
秀長との戦いは、数との戦いを意味する。
奴が操るアンデッドを前に、血や脂で斬れ味は落ちるし、耐久力も落ちていつかは折れる。
だから官兵衛は、沖田に大量の武器を用意していた。
まあ秀長を相手にする前に、メインである武器を使う事はしないというのもある。
普段使っている武器が秀長と戦う前に使い物にならなくなったら、痛手だからね。
死人を冒涜するつもりはないけど、所詮はアンデッド。
秀長と戦う前の、前哨戦に過ぎないからね。
それにしても、どうしてリヤカーだったんだ?
言っちゃ悪いけど、武器を運ぶだけならイッシーの方法だってあったと思うんだ。
彼の場合はトライクの後部座席に、様々な武器を載せている。
剣に槍、弓に銃。
ちなみに最近は、腰に鞭も装備している。
まあ槍のような長物もあるから、落ちないように特注されている部分もあるのだが。
剣の場合なら、そこまで問題無く載せられた気もするんだよなぁ。
だったらトライクで登場して、途中で下車した方がカッコ良かったと思うんだけど。
リヤカーを牽いて登場とか、なんかダサい・・・。
こう言ってはアレだが、登場シーンって重要だと思うんだ。
例えばヒーローにしても、やっぱり何かに乗って登場するだろう。
バイクでもスーパーカーでも良い。
何なら飛行機やヘリだって、サマになる。
そこで想像してほしい。
満員電車に乗って登場し、駅に着いたら改札を通る。
そして変身する。
同じ乗り物だとしても、登場の段階で疲れきった顔を見せられそうじゃない?
満員電車は言い過ぎだとしても、じゃあ自転車は?
ロードバイクならまだカッコ良さそうだが、これが前後にカゴがあるママチャリならどうだろう。
生活感溢れるヒーローの出来上がりだ。
沖田は強い。
それこそ一対一なら、ムッちゃんと良い勝負が出来るくらいに。
そんな沖田の登場シーンが、リヤカーというのは可哀想じゃないか?
せめて自分で牽くんじゃなく、トライクに牽かせて登場してほしかったな。
ガイストと僕達との距離は、軽く一キロは離れている。
それでもガイストは、僕達と繋がりが切れていない。
だから僕が城から戦場を見て、沖田が後ろへ下がってきたら武器を投げるように指示を出していた。
まあガイストも学習して、次からは勝手に投げてくれそうだけど。
「これなら便利でしょ?」
「いやまあ、そうだけど・・・」
兄の歯切れが悪い。
内緒にしてた事に、イラッとしたのかな?
「何か問題でも?」
「うーん、これって反則になるんじゃないかと思って」
「え?」
「だってさ、ガイストってある意味第三者じゃん。手助けするのはアリなの?」
・・・しまった!
そこまで深く考えてなかったぞ。
いや、大丈夫だと思う。
僕は官兵衛の顔を見ると、彼も自信を持って頷いた。
「問題無いでしょう。そもそもガイスト殿が駄目なら、アンデッドだって駄目なはずです」
「そ、そうだよねぇ。僕もそう思ったから、ガイストを出したんだよ」
「本当か?」
「弟を信じなさいって」
「それなら良いけど」
っ危な!
兄に言われて初めて気付いたよ。
もし官兵衛に渋い顔をされたら、沖田の反則負けになるかもしれなかった。
「しかし今後の事を考えると、先程教えた作戦に大きく影響しますね」
「そ、それは悪い意味で?」
「良い方だと思います」
それなら良かった。
僕はホッと胸を撫で下ろしたが、官兵衛の言葉の意味を深く考えていなかった。
「・・・そうですね。そろそろ動きますよ」
「行きますか」
沖田は独り言を呟くと、アンデッドの大軍の中から抜け出した。
すると外へ外へと走っていき、気付けば森の中に入り込んだ。
「沖田が森の中に入ったけど」
「そうか!流石に大軍相手はキツイから、森の中からゲリラ戦を仕掛けるって意味だね?」
「違います」
即答で否定されてしまった。
長谷部が笑いを堪えているが、見なかった事にしよう。
「じゃあ何でだ?」
「答えはコレです」
官兵衛は上を指で差した。
城から空を見上げるが、特に何も無い。
何かとっておきの武器でもあるかと思ったが、雲一つ無い夕空である。
「何も無いぞ。ちょっと星が見えてきたかなって気はするけど」
「そうです。その通りです」
ハッ!
そういう事か!
「沖田の奴、夜戦に持ち込むつもりなのか」
「夜戦?もうちょいしたら、夜になりそうだけど。そういえば取り決めに、時間の指定って無かったな」
言われてみればそうだった。
神様は代表戦だと話していたけど、夜になったら一時休戦というルールは無かった。
もしかして、深夜だろうが関係無く続けても良いって事なのか?
「コレ、問題無いの?」
「神様は特に何も言っていないので。もし何か不都合があるのなら、暗くなる前にあちらから停戦の連絡が入るはずです」
「それが無いって事は、このまま続行だな」
秀吉側も想定していた?
それともこちらから何の連絡も無いから、続行するつもりなのか。
想定していたなら、向こうにも策がありそうだが。
想定外なら沖田の動きは読めないはず。
「上手くいけば、沖田くんは羽柴秀長にたどり着けます」
「流石は官兵衛さん。本当に夜戦になった」
官兵衛からの策を聞いた沖田は、少し予想外だった。
そもそも沖田は、相手が秀長になるという予想はしていた。
しかし戦う時間は、もっと早いと思っていた。
何故こんなに時間がずれ込んだのか?
その大きな理由は、又左の相手が太田になった事にある。
元々こちらの予想では、又左の相手は慶次になるはずだった。
それが予想外に又左の指名は、太田になったのである。
強さが拮抗していた二人の戦いは、又左が野性に目覚めても長引き、結果的に負けてしまったが、太田の異常な防御力が目立った戦いでもあった。
そして沖田がリヤカーを牽いて戦場に出た頃には、既に空は赤くなりかけていたのだった。
「今夜は新月。太陽が沈めば、本当の闇になる」
空を見ると、リュミエールが作り出した一勝一敗の光は消えている。
やはり第三者の行いで戦いの有利不利になるようなモノは、消されるかもというのも、当たっていた。
沖田は官兵衛の予想が的中した事に、少し身震いをした。
「しかし、それでもアンデッドは減らないか」
森の中に入り、姿を消せば敵と遭遇する確率は低くなる。
そう思っていた沖田だったが、官兵衛はそれは甘いと言っていた。
元々意志も無く、動き続けるアンデッドである。
敵が見えようが見えまいが、アンデッドからしたら大した事ではない。
これは外れてほしかったなと思う沖田だったが、目の前のアンデッドを斬り倒しながら進むしかなかった。
「でも新月だから、向こうから僕の姿は見えないとも言っていた。アンデッドと意思疎通なんか、出来ないはずだからとも言っていたかな」
余程大暴れをしなければ、向こうが自分の位置を把握する事は無い。
だから最低限の攻撃だけで、倒す事ではなく進む事を優先する。
沖田はアンデッドを極力倒さず、進行する方に居るモノだけを斬っていった。
順調に進んでいた沖田だが、官兵衛から一つだけ警告されていた事がある。
それが武器に関してだった。
アンデッドを斬り続けていると、どうしても斬れ味が落ちる。
そして使い物にならなくなった剣で進めば、どうしても行き詰まる事もある。
もしそうなった場合、諦めて戻り、武器を新調しなさいという事だった。
「・・・まだ大丈夫」
本当は既に、斬れ味が落ちている。
だけどせっかくここまで進んできたのに、今更引き返すのか?
官兵衛の予想は、全て的中している。
もしここで官兵衛の警告を無視すれば、自分の身に危険が迫るのは明白である。
葛藤する沖田。
しばらく考えた後、彼は進む事を選択する。
「大丈夫。剣が無くなっても、まだ壬生狼の爪がある。僕なら行ける」
自分に言い聞かせるように呟いた沖田は、森の中を更に進んで行った。
「赤外線カメラとか無いのかよ」
兄は沖田の動向がサッパリ分からなくなり、苛立ちを見せている。
でもやっぱり馬鹿だな。
赤外線カメラがあっても、それを撮影しに行く人が居ない。
もしカメラを持って戦場に入ったら、それこそ反則負けになりかねない。
じゃあ人じゃなくて、ドローンでも飛ばしたりしたとしよう。
それはそれで、ドローンの居る付近に沖田が居ると言っているようなものだ。
今にして思えば、ガイストに装着させるというのもアリだったなと思うけど、官兵衛の策は僕に聞こえなかったからなぁ。
「オイラの言っている事を守っていれば、そろそろまた戦場に戻ってくると思ったんですけど」
「どうして?」
「沖田くんの剣は、限界のはずです。新しい剣を取りに戻ると思います」
なるほど。
しかし平地も見えないから、戻ってきてるかすら分からない。
だけど兄は視力を強化しているのか、見えているみたいだな。
ちなみに長谷部も、暗視双眼鏡で覗いているのだが。
そんな長谷部が、首を傾げていた。
「何かおかしい点でもあるの?」
「沖田の奴、戻ってくる気あるんですか?一向に見えませんよ」
「でも武器を取りに戻らないと、保ちません。まさか」
「官兵衛の忠告を無視して、先に進んだかな。まあ分からんでもないよな。だって戻るの、面倒だし」
兄があっけらかんと言うと、官兵衛は頭を抱える。
だが兄は、大丈夫じゃない?と軽く言うのだった。
失敗した。
まさか斬れ味が悪くなった途端に、アンデッドの数が増えるなんて。
このままだと、腰の剣か爪で戦うしかなくなる。
でもこの二つは、羽柴秀長との戦いに備えて取っておかなくてはいけない。
残すなら爪の方か。
いや、剣にはクリスタルも封じられている。
剣の方が応用が利く。
沖田が悩んでいると、アンデッドの肩から腰にかけて斬りつけた剣が、抜けなくなった。
「しまった!」
骨にでも当たったのか。
硬い部位に当たった感覚があり、そこから引き抜く事が出来ない。
渋々剣を手放した沖田は、自分の選択が間違いだったと、今になって後悔した。
「仕方ない。ここは僕の爪で・・・」
斬れ味が悪くても、無いよりはマシ。
爪を伸ばしてアンデッドを倒し、剣を取り戻そうとしたその時だった。
「な、何だ?」
後ろから何か音が聞こえてくる。
「これは・・・僕が牽いてきたリヤカーの音?」
真っ暗な森の中を、ガラガラと何かが走る音が聞こえる。
誰が牽いているのか?
かなりの速度で来ている為、アンデッドではない。
未知の敵かもしれない。
沖田は慌てて後ろに身構えた。
「う、うわあぁぁ!無人で走ってきたぁぁ!!って、腕だけ浮いてる。まさかコレ、魔王様の持っていたヤツか?」