戻る男
肩書きが好きな人って居るよね。
太田と又左の戦いは、終局を迎えようとしていた。
そんな二人がこだわっているのは、僕の右腕であるという事。
僕から言う事は無い。
でもそのこだわりがとても大きい事は、知っている。
この二人は前魔王であるロベルトさんに、戦力外として置いていかれた二人なのだ。
当時のロベルトさんは秀吉に洗脳されていたが、魔王として大きな権力を持っていた。
そして帝国との戦いでロベルトさんは、ミノタウロスや獣人族を連れて、戦場へ向かったのだ。
でも二人は、置いていかれている。
太田はそれをどう思っているか分からないけど、又左はそれが悔しくて仕方なかったのだろう。
だから鍛えているのだと思うが、やはり弱肉強食の世界。
自分が一番強いんだと、証明したくなったんだと思う。
そして一番という称号に相応しいのが、多分魔王の右腕なんだろうね。
でも二人には悪いけど、僕は魔族としての考え方を破棄した男である。
弱肉強食だと、力が全てなのだ。
強ければ何でも許されるという世界。
要は頭が悪くても、弱い奴から足りない分はぶん取れば良いという考えである。
ちなみに僕は、それを認めない。
とんでもない魔力と魔法。
そして魔王にしか使えない創造魔法が使える僕は、明らかに強者の立ち位置になる。
でもそれは、一方から見た強さであり、他方から見たらそうでもないとも言える。
一番分かりやすい例が、官兵衛だろう。
アレだけの頭脳があり、有能な人材なのは間違いない。
でも弱肉強食の世界では、ただ搾取されるだけの立場だ。
太田と又左が、馬鹿だと言っているわけじゃない。
むしろ太田は元々思慮深い方だと思うし、又左も村長だったり部隊を率いたりと、人を使う事に長けていると思う。
でもこれだけは言える。
右腕という肩書きにばかりこだわって、結局何するの?って話だ。
周囲からはハクトや蘭丸が、僕の右腕とか言われたりしている。
しかし僕の中で実務という点においては、二人とも外れるという事に気付いた。
結局僕の下で一番働いているのは、長可さんと官兵衛なんだよね。
だからこの二人が、一番の功労者だと気が付いた。
太田、又左、すまんな。
太田の言葉を聞き返す又左。
敗北宣言を確実に耳にすると、又左は太田から爪を引き抜いて、彼を抱き起こした。
「太田殿、命に別状は無いか?」
「そうですね。大事な臓器に当たったというわけではなさそうです。しかし問題が一つ」
「何だ?」
太田は又左の力を借りて、身体を起こした。
力の入らない手を、開いたり握ったりしている。
「やはり」
「何がだ?」
「今は魔力が無くなりました。身体強化すら出来ません」
「何?しかしアレだけの魔力を溜め込んでおいて、全て使い切ったのか?」
「それについては分かりませんが、今のワタクシは戦えないという事です」
どちらにしても戦えなかった。
敗北宣言をしなかったとしても、太田は又左に一方的にやられるだけだったようだ。
しかし当の又左は、自分が何をしたのか分かっていない。
太田も自分の身に起きた事が、推測でしか分からなかった。
「俺は胸を突いただけだが」
「おそらくですが、魔力が溜められる機能が、突いた場所にあったのでしょうな。又左殿は、何故ここを突いたのですか?」
「太田殿も分かっていると思うが、俺は途中から何かが見えるようになった。そしてこの胸の場所が、一番危険だとなんとなく分かったんだ」
「なるほど。暴走しかけていたワタクシの魔力を、途中で抜いたようですね。風船が大きく膨らむ前に、先に風船に穴を空けたようです」
「分かりやすいな」
太田の顔は、スッキリしている。
完敗であると認めたからだ。
そして又左の方も、自分が強いと認めていた太田に勝てた事で、充実感があった。
「さて、魔王様に敗北の知らせをしなくてはいけませんね」
「立てるのか?おっと!」
立ち上がったもののよろける太田に対し、肩を貸す又左。
彼はそのまま、二人で江戸城の方へと歩いていく。
「良いのですか?」
「元はと言えば、俺も報告しなくてはいけない事でもある。共に怒られようか」
「フフフ、良いですね。それにワタクシが負けたとしても、他の皆が勝ちますから。問題無いですね」
「確かに。と言いたいところだが、奴等も強い。秀吉の腰巾着だとは思わない方が良い」
「それでも勝ちますよ」
太田は言い切ると、眼前に迫った江戸城を見上げた。
「申し訳ありません。敗北しました」
「暴走しかけていたのに、自分で制御出来たんだ?」
「いえ、実は・・・」
太田は僕の前で座り込むと、説明をしてくれた。
なるほどねといった感じなのだが、その横ではずっと土下座をしている男が居る。
敢えて無視をしているのだが、僕が話し掛けるまで、一言も発さないつもりか?
「又左」
「申し訳ありませんでした!」
「・・・もう良いよ」
「良くはありません!私は皆を騙し、自分の都合で抜けました。そして敵対して、太田殿を倒した」
「でも、今はやり切ったと思ってるんだろ?」
「はい」
「じゃあ戻ってこい」
兄の一言に又左は周りを見回す。
誰も反対意見は無い。
ただし、僕は一点だけ注文をつけた。
「戻ってくるのは構わない。だけど、弟のフォローはするように」
「分かりました!ありがとうございます」
再び大きく頭を下げた又左は、スッと立ち上がると慶次を探しに出ていった。
そこそこ大きな怪我をしているが、治療よりも慶次の方が大事なんだろう。
「すいません。負けてしまいました」
「太田もよくやった。勝敗は時の運と言うだろ。必ず勝つ戦いなんて、存在しない。常勝チームだって、ペナントレースで全勝優勝なんか出来ないんだからな」
野球と戦いを一緒にするな。
だけど又左との戦いなら、分からなくもない。
必勝なんて言葉は、格下にしか使えないからね。
「ちなみに秀吉の方には、この勝敗を誰が伝えに行ってるのかな?」
「そういえば、又左殿はそのままこちらに来てしまいましたからね」
「僕達から誰か、伝令を出した方が良いのかな?」
「それには及ばないですよ」
「神様!?」
また突然姿を現す神様。
部屋の隅にいきなり現れると、ハッキリ言って幽霊みたいで怖い。
「空をご覧なさい」
僕達は城の中から空を見上げると、そこには大きな文字で魔王一敗、秀吉一勝と書かれていた。
「アレは?」
「審判役の続きを、リュミエールさんに頼んでみました」
審判というより、スコア役な気がしないでもないけど。
まあリュミエールも納得の上なら、僕達が言う事は無い。
しかしまあ、無駄に凄い技術だなぁ。
光の屈折とかを使って、文字を浮かび上がらせているのかな?
「ドラゴンをこき使うとか。やっぱ神様はすげーな」
「兄さん、言い方」
「こき使うって。私、そんなに印象悪いですか?」
前の神様の例があるからね。
この人も同じかもしれないと、疑う気持ちはある。
「それだけ伝えに来たので、私はまた戻ります。次は頑張って下さい」
「神様が片方に肩入れするのはアリなの?」
「向こうは世界を崩壊させかけた張本人です。だから良いんです」
確かに間違っていないが。
でもなんとなくこの人が言うと、私利私欲に聞こえて微妙な気持ちになる。
僕達の方に賭けたから、勝てと言われている気分だ。
「それでは皆さん、頑張って」
神様は透けるように消えていった。
「勝った!」
「私達が一勝ですよ!」
空を見て、盛り上がる秀吉勢。
その中で一人、秀吉だけが静かだった。
「秀吉様?」
「ん?あぁ、すまない。どうした?」
「私達の勝ちですよ」
「そうだな。前田はよくやってくれた。願わくばこのまま、こちらに付いてもらいたかったがな・・・」
史実では前田利家と言えば、豊臣秀吉の友であり、そして重臣でもある。
秀吉は過去、何度か先代や先々代の前田利家と交友を持とうとした。
だがそこで邪魔になったのが、弱肉強食というルールである。
阿久野達がやって来る前の時代は、このルールが絶対だった。
秀吉は魔法が使えると言っても、転生者の能力は無く今のような強さを持っていない頃だ。
そんなネズミ族と手を取り合おうと思う獣人は、過去に居なかったのだった。
「この勢いに乗って、次も勝ちに行きましょう」
「そうだな。さて、次戦は誰が出る?」
秀吉の質問に、三人は顔を見合わせる。
石田と秀長は鼻息が荒く、自ら名乗り出た。
それを見た蜂須賀は、一人身を引いている。
「では二人のうち、どちらかになるな」
「私に任せて下さい。私ならアンデッドを使い、圧倒出来ます」
「それを言ったら私も同じです。私の空間の前では、誰も近寄らせませんよ」
「困ったな」
石田も秀長も、優秀な人材である。
秀吉がどちらかを選ぼうとすれば、どうしても軋轢が生まれてしまう。
二人を仲違いさせたくなかった秀吉は、敢えて第三者に選ばせる事にした。
「どちらにする?」
「私が決めるんですか!?」
急に話を振られた蜂須賀は、二人から視線を集めた。
「蜂須賀殿!」
「私ですよね!?」
「・・・秀長殿にしましょうか」
秀長は勝ち誇るように、胸を張る。
悔しそうな石田だが、そこはフォローをする蜂須賀。
「勢いが必要と言うなら、アンデッドの大軍を出せる秀長殿の方が良いと思う。しかし相手の能力次第では、かなり危険とも言える。特にヨアヒム陛下であれば、魔法でアンデッドを一蹴出来るからな」
「なるほど。あの王様が次鋒で出てくるとは思えないから、私は残しておこうという考えですね」
「そういう事だ」
蜂須賀の説明に納得する石田だが、今度は秀長の機嫌が少し悪くなる。
そこまでフォローするとキリが無いので、蜂須賀は目を閉じて逃げた。
それを見ていた秀吉が、今度は蜂須賀をフォローする。
「秀長、このままリーチをかけろ。期待しているぞ」
「お任せを!」
意気揚々と出ていく秀長。
石田も退席すると、疲れたと言わんばかりに椅子に身体を投げ出す秀吉。
「若いですな」
「仕方ないさ」
蜂須賀は労うように、秀吉に声を掛ける。
若くして召喚された石田と、秀吉の血筋で唯一認められた秀長。
福島という最年少が入るまで、二人は歳の近さから友でありライバルだった。
二人は切磋琢磨したからこそ、今の地位があるとも言える。
「秀長殿は勝てますか?」
「実は不安要素は多い」
「負けると?」
「魔王側の代表を見た際、私はこう思った。今回は相性が悪い者が多いと。初戦の前田戦は予想外だったが、それを抜いても相性は悪い。特にあのタヌキとヨアヒムの魔法。広範囲に使えるあの二人が出てくると、秀長は厳しいと言えるだろうな」