右腕とは
ちょっとだけ、ちょっとだけ考えた。
太田が火魔法を食らったら、良い匂いがするのかと。
太田は又左の攻撃を堪えきり、逆に又左を追い詰めた。
又左のクリスタルの攻撃で火だるまになった太田だけど、アイツはやっぱり凄い。
身体が燃やされながらもバルディッシュを拾って、反撃するんだから。
普通は身体とか服が燃えたら、熱い!って言いながら転げ回るでしょ。
もしくは水魔法で消火するなりしないかな?
僕なら間違いなく、全力で自分の上に特大の水球を用意するけどね。
それにしても太田って、タフを通り越して我慢が過ぎる気もする。
足を剣で斬られた。
腹をハンマーでぶっ叩かれた。
このような物理的な攻撃を我慢するのは、他の人でも出来そうな気がする。
でも身体を燃やされるって、我慢出来る事なの?
精神的に強ければと言う人も居るけど、そんなの普通は無理だから。
例えばの話、注射を今からしますよと言われれば、それなりに我慢をする事は出来る。
でもタンスの角に小指をぶつけても、我慢出来ますか?
これって、前もって分かってるかそうじゃないかの差だと思うんだよね。
だから戦ってる最中も、ある程度ダメージを食らうのを覚悟しているからこそ、我慢出来るんだと僕は思っている。
もしくは集中しているから、大丈夫なのかもしれない。
そこで疑問に思ったのは、じゃあ太田は不意な温度変化というのに、堪えられるのかという点だ。
イタズラの定番でもあるけど、うなじに雪や氷で触れたりするアレ。
僕と兄はかなり苦手なのだが、ハクトと蘭丸はそんなに弱くなかったりする。
以前そういうイタズラを兄が二人にしたところ、素でやめろよと怒られた事があった。
あまり冷たがっていなかったから、別にそこまで怒らなくても良いじゃんと思ったんだけどね。
もしコレを太田にやったら、怒るのかな?
何にせよ一つだけ分かったのは、ミノタウロスが全身を燃やされても、良い匂いはしないという事だけ。
筋肉が美味くないんだろう。
弱点が見える。
嘘のようで本当の話なんだろう。
そうじゃないと、又左が太田を傷付けられた理由が分からない。
沖田は又左の話をしている最中、少し嬉しそうな顔をしていた。
だがその直後に、微妙な顔になった。
「何か不安でもある?」
「顔に出ていましたか?」
「ちょっとだけね」
「そうですか。又左殿が野性に目覚めたのは、嬉しいんですよ。又左殿は壬生狼と近い種族ですし、親近感が湧きますから。でも逆に言えば、それだけ強敵になったと言えます。太田殿が勝てるかどうか、少し怪しくなってきました」
「なるほどね」
獣人族の中でも犬と狼なら、又左と沖田は親類に当たるだろう。
壬生狼はこの地にもう居ない。
沖田からすれば又左や慶次は、遠い親戚という感覚なのかもしれないな。
「そしたら沖田。お前から見て太田と又左、どっちが勝つと思っているんだ?」
「難しい質問ですね」
沖田はかなり困った表情をしている。
返答に困るという事なのだろうか?
そもそも沖田は、どっちの意味で難しいと言っているのだろうか?
どっちが勝つのか分からないから、難しいのか。
それとも又左が勝つかもしれないと思っていて、そう答えるのが難しいと考えているのか。
前者であれば仕方ないと思える。
でも後者であれば、むしろ素直に言ってほしい気がする。
「真面目な話、僕は二人とも負けてほしくないと思ってるんだけどね」
「魔王様!?」
「そりゃ太田が勝たないと、僕達がピンチに追いやられるのは分かってるよ。でも又左だって僕達の仲間だ」
「そうだな!俺もそう思うわ」
兄も又左が裏切ったとは思っていないようだ。
子供の頃からお世話になってたんだ。
やっぱりそう思ってくれていたのは、素直に嬉しい。
「でも僕は、太田殿が危ういと思います」
「沖田殿、理由は?」
「勘です」
勘かよ!
と言いたいけど、でも野性の勘というヤツだ。
鼻で笑うには早いどころか、むしろ嫌な勘だとも言える。
「官兵衛さん、太田さんの身体が更に大きくなってるんですけど。アレ、大丈夫なんすか?」
「え?」
「・・・感じる」
又左は冷静だった。
太田の動きが、スローモーションに見えたりするわけじゃない。
しかし本当に危険な攻撃はザラっとした感覚があり、避けろという危険信号が頭の中で分かるようになっていた。
「まただ」
そして防御力に力を振り分けた太田の身体に、何故か時々光って見える場所がある。
光っている間にその箇所に攻撃をすると、太田の顔に苦悶の表情が少し浮かんでいた。
「頑丈さが売りの太田殿に、俺の攻撃が通じている。フフ、アッハッハッハ!!」
楽しい!
今自分は、新しい扉を開けたんだ!
強くなる為の新たな一歩を、俺は踏み出した。
やはり俺の道は、間違っていなかった。
すまんな、太田殿。
「俺が魔王様の右腕だ!」
「うう・・・」
何が起きたのです?
突如として、又左殿の動きが変わった。
変わったというより、迷いが無くなった?
ワタクシの攻撃を、明らかに見切っている気がします。
完全に回避は出来ていなくとも、致命傷となる攻撃だけは、確実に避けている。
何かに覚醒したのでしょうか。
「俺が魔王様の右腕だ!」
むっ!
今のは少々、カチンときましたね。
そもそも又左殿は、魔王様の下を去っている。
それなのに右腕を名乗る?
ワタクシとしては、長く魔王様を支えてきた自負があります。
離れた人が右腕を騙るなんて、烏滸がましい!
「真の右腕は、ワタクシですよ!」
太田と又左の戦いは、長く続いていた。
だが、その均衡もようやく崩れようとしている。
「・・・グムゥ。ま、まだ戦えますぞ」
「流石は太田殿。まだ意識があるか」
野性に目覚めた又左は、太田を一方的に攻撃するようになっていた。
硬い身体も又左の前に、隙を見つけられては的確に攻撃をされる。
気付けば太田の身体は傷だらけで、出血もおびただしい量になっていた。
「そろそろ終わりだ。俺としても、太田殿を殺したいわけじゃない」
「・・・降参はしない」
「分かっている。俺だって同じ気持ちだ。だから俺は、その意識を刈り取る!」
「・・・そうか」
太田の意識は、既に朦朧としている。
又左の言葉にも反応が遅れ、明らかに立っているだけでやっとだと思われた。
だから又左は、あとは絞め技で落とせば終わりだと考えていた。
「悪いな太田殿。俺の勝ちだ」
背後に回った又左は、後ろから太田の首を絞めにかかる。
両腕を首に回して、力を込める又左。
すると彼は、知らぬ間に空を見上げていた。
「・・・え?」
気付けば地面に叩きつけられている。
背中の痛みが遅れてやってくると、ようやく自分が攻撃された事に気が付いた。
「な、何故だ!?攻撃をされる感覚は無かった!」
慌てて立ち上がった又左だが、太田はやはりフラフラしている。
再び背後に回り込むと、首に腕を回した。
「今度こそ。グハッ!」
今度は意識していたので、何が起きたのか分かった。
右腕で背中を掻くように身体を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられている。
それが一連の流れだった。
しかし、急に危険信号が感じられなくなった。
それでも注意さえすれば、今度こそ大丈夫。
又左は三度チャレンジした。
「後ろに回り込んで、首に腕を回す。今度は腕に注意して・・・ん?」
又左は違和感を覚えた。
首が絞められないのだ。
そして彼は、すぐにその違和感の正体に気付いた。
「身体が大きくなっている!」
「・・・ブモアァァァ!!」
「まさか、暴走!?」
「官兵衛!それは僕が言いたかった・・・」
「バカタレ!そんな事はどうでも良い。太田がヤバイかもしれないんだ」
兄に叩かれて、頭がクルクルと回っている。
ちょっと目が回ったけど、問題無い。
問題なのは、太田の方だ。
「アレは暴走してるっすね」
「オイラもそう思います」
長谷部と官兵衛二人の意見は、一致している。
安土が炎上した際、太田の異変を見ていた二人だからな。
二人がそう言うなら、そうなんだろう。
「・・・どうすりゃ良いの!?」
「どうするかな」
困った事になった。
おそらくだが、僕達が近寄らなければ被害は無い。
だけどこのまま暴走を続けて魔力爆発を起こせば、太田の命も無い。
しかし僕達が太田に危害を加えれば、それはそれで戦いは終わる。
それこそ僕達の、反則負けになるだろう。
「俺が近付いて、ギリギリまで待ってみるか?」
「それは危険です。魔王様が失敗したら、それこそ終わりですよ」
「じゃあ太田を見捨てろってのか?」
「・・・信じるしかないっすよ」
長谷部の言う通り、信じるしかないのか。
どうするべきだろう。
負けても良いから、太田を止める?
太田を信じて、ここで待つ?
・・・決めた!
「兄さんが決めてくれ」
「どうして俺が!?」
「太田は僕より、兄さんに懐いていた。それに太田をあそこまで戦えるようにしたのも、兄さんだ。兄さんが決めた事なら、僕達は異論は無いよ」
兄は最初は驚いたものの、僕の言葉を聞いて考え込んだ。
しばらくして目を開けると、彼は一言だけこう言った。
「アイツは強くなった。信じよう」
「ブルルルル!!」
「くっ!なんという暴れ牛!」
どうにか振り落とされないように、太田の身体にしがみつく又左。
だが太田はそのまま後ろへ倒れ込むと、又左は地面と挟まれないように飛び降りた。
「今なら、攻撃が・・・うっ!」
急な眩暈にふらつく又左。
それもそのはず。
慣れない初めての能力を長時間駆使し続けた彼もまた、かなり疲弊していたのだ。
「ブモアァァァ!!!」
「し、しまった!」
立ち上がった太田は、バルディッシュを両手に持ち大きく振り上げる。
回避を試みた又左だったが、足がふらついておぼつかない。
「グアァァァァ!!!」
振り下ろされたバルディッシュ。
間一髪で半身に避けた又左は、そのまま太田の方へ倒れ込む。
「俺はまだ、勝っていない!」
「ブルゥゥアァァァ!!!」
太田はバルディッシュを手放すと、倒れてきた又左を握り潰そうと両手を広げる。
しかし又左は、倒れ込むと同時に前へと大きく足を踏み出した。
そして右手の爪を五本とも伸ばし、太田の胸を突いた。
「やっぱり硬くて、貫けないか」
「そうでもないですよ」
「太田殿!?」
意識を取り戻した太田。
すると又左の爪が、太田の身体へと刺さっていく。
背中から爪が貫かれると、太田は又左に倒れ込んだ。
「ぐわっ!お、重いぃぃ!!」
必死に太田をどかそうとする又左。
そんな暴れる又左をよそに、太田は又左の耳に聞こえるように、自分の敗北を認めた。
「ダメですね。指の一本くらいしか、動かせないとは。悔しいですけど、どうやらワタクシの負けのようです」