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野性

 太田が速いだって!?


 暴走を制御する事に成功した太田は、その力を自ら操れるようになっていた。

 ただし、これだけは言える。

 素早い太田は、気持ち悪い太田だ。

 こう言っては怒られるかもしれないが、やはり太田はパワーなんだよね。

 それなのにあの巨体で、佐藤さんのように動くとか。

 ヘビー級のボクサーにも、アウトボクサーは居ると思う。

 でも、なんか違うと言わざるを得ない。

 悪い事ではないんだよ。

 暴走を制御出来るようになったんだから、敵味方の区別が出来ずに、誰でも殴り掛かるような事は無くなったしね。

 それにそのままダメージを受け続けると、自爆の危険性もあった。

 それが無くなっただけで、安心出来るというものだ。


 でも間違っているものは間違っている。

 太田がパワーを捨ててスピードを選んでも、メリットが無い。

 もし佐藤さんと同じスピードを出せたとしても、彼の巨体ではやはり避けきれない事もあるだろう。

 それに目にも止まらぬ速さだとしても、大き過ぎて動くだけで目立ってしまう。

 それに佐藤さんの真似をしたところで、本職のスピードスターには敵わないわけで。

 僕から言わせると、佐藤さんの二番煎じどころか五番煎じくらいまで落ちると思っている。

 だったら最初から、パワーやディフェンスに振り切った戦い方を選んだ方が良い。

 それこそ攻撃を受ける事前提で防御力を底上げして、攻撃を食らいながら捕まえて反撃するのもアリだ。

 更に言えば、兄やムッちゃんと比べて太田は馬鹿ではない。

 僕達が関わると周りが見えなくなるだけで、むしろ頭が良い方に入ると思われる。

 だから相手の動きを読んで追い込むようなやり方も、頑張れば出来なくはない。

 敵を避けられないように追い込んで、パワーに振り切った特大の一撃を入れる。

 スピードを重視するより、明らかにそっちの方が向いているだろう。


 とは言え、太田が佐藤さんのように動こうとしたのは、理解出来なくはない。

 自分が持っていないモノに、憧れを持つ。

 隣の芝生は青いと言うが、自分の長所に気付かずに他人の長所がよく見える事が、誰だってあると思うんだよね。

 自分で自分の長所が本当に分かるのは、意外と難しいんだよ。









 太田は自分の長所が分かっている。

 それは僕も認めるところだ。



 あれは代表戦が決まって、すぐの頃だった。

 彼がクリスタルに封じる魔法に関して、尋ねてきたのだ。



「魔王様、クリスタルに封じる魔法は、どうしても攻撃魔法しか無理ですか?」


「それは、創造魔法とか入れたいって意味?それは無理だよ」


「ち、違いますよ。回復魔法を入れるのは、反則になるかという話です」


 このような会話を太田から振られたのだが、彼の懸念は反則になるか否かという点だった。


 太田の中で考えていたのは、継戦能力という点である。

 自分の長所は頑丈さにある。

 それが分かっている太田は、ならばそれを活かす為に自ら回復が出来ないかと考えていたらしい。


 無尽蔵のスタミナと、超回復で怪我も自分で治せるムッちゃん。

 太田は彼を参考にしたみたいだが、能力的には似てるけどかなり違う。

 だけど代表戦のように相手が一人なら、擬似的にムッちゃんのような戦い方も、出来なくはないよね。







 大きな怪我をしたけど、太田は冷静だった。

 自分の怪我を回復し、又左の様子を窺う。

 追撃が無かったという理由の一つに、それはしなかったのではなく出来なかったという理由があるのだろうと、太田はすぐに推測出来た。

 もし間違っていても、それは自分の勘違いだったというだけで済む。

 しかし太田がそれを口にして、又左が動揺したなら。

 逆にこちらが付け入るチャンスであると、太田は理解していた。



「行きますよ!」


 太田のバルディッシュが、地面を抉りながら下段から上段へ跳ね上がる。

 大きな土塊が又左の腹に飛んでいくと、それを回避した又左を見て、太田は一気に距離を詰めた。



「潰れなさい!」


「言ってろ!」


 手は痺れても、足は動く。

 さっき太田も言ったばかりだが、又左も佐藤の足運びは毎日見てきた。

 彼と比べれば月とスッポンだが、それでも真っ直ぐに来る相手を避けるような動きは知っている。

 動きの遅い太田であれば、又左のアウトボクサーモドキの足運びでも、彼を避けるのは容易だった。



「ぬう!」


「ハハッ!佐藤殿め、これは確かにちょっと気持ちが良いな」


 相手の攻撃を潜り抜けて、的確に攻撃を当てていく。

 佐藤と違い拳ではなく剣による攻撃だが、それでも一方的に攻撃を当てるという感覚は、又左も知らない快感だった。

 だが、それも太田は承知の上で食らっている。



「捕まえたましたぞ!」


 バルディッシュを手放し、左手で又左の腕を掴んだ太田。

 すぐに右手の剣で払い上げると、鈍い音がして太田は手を緩める。

 手を放された又左は少し下がると、長槍を拾い上げる。

 そして遠心力で長槍を振るい、切先を太田へ向けて叫んだ。



「捕まえた?違うな。距離を測る為に、わざと掴まれたんだ。又左バアァァァニングゥゥゥゥ!!」


「ぐぬぅ!」


 両腕を交差して堪える太田。

 バルディッシュを手放してしまった為、今はクリスタルによる回復が出来ない。

 しかしそれでも、太田のタフさが弱まったわけではない。



「ぶるうぅぅぅあぁぁ!!」


 又左の炎を食らいながら、後退をしてバルディッシュを拾った太田。

 彼はクリスタルを使用して動けない又左を見て、ダメージの回復よりも攻撃を重視した。

 炎に向かって突進する太田に、戦慄を覚える又左。

 炎が弱まったその頃には、焼け焦げた太田が眼前に迫っていた。



「堪え切りましたよ。覚悟を決めて下さい」


 太田渾身の力を込めて振り下ろした。

 咄嗟に長槍をバーベルを持ち上げるように真上に掲げると、又左は意識を失うような衝撃が襲う。



「ぐうおおぉぉ!!」


 力を込めたはずだったが、易々と肘が曲がる。

 長槍の柄が頭に当たり、一瞬記憶が飛んだ。

 すぐに痛みで意識を取り戻すと、目の前には太田の鬼の形相が迫っていた。



「今度は受け流させませんよ」


「ぐ、ぐうぅ・・・」


 力で圧し潰される又左。

 徐々に力は増していき、全力で抵抗する又左の顔は紅潮し、鼻から血が流れ出した。



「降参して下さい。でなければ又左殿、死にますよ」


「し、死んでたまるか・・・」


「そんな事を言っても、ワタクシは力を緩めませんよ」


「誰が手を抜けと言っている!ぐ・・・があぁぁぁ!!」


 又左は力の限り叫び始めた。

 それは離れている江戸城と大坂城にも聞こえるくらい、大きな叫び声だった。

 大きな叫び声が響く中、太田の顔色が大きく変わった。



「なっ!?」


 又左は半分意識を失っている。

 顔は赤から色白になり、何処となく死ぬ直前のような生気の無い雰囲気である。

 そんな又左に危険を感じた太田だが、それは違う意味で危険を感じていた。



「あぁぁぁ!!」


「ぐぬっ!な、何故!?」


 太田のバルディッシュを持つ手に、力が抜けた。

 その瞬間、又左は後ろへ大きく飛び退く。



「どうして又左殿の爪が、沖田殿のように伸びたのです!」









「ちょちょちょちょっと!?どういう事!?」


「兄さん、もうちょっと落ち着こう」


「落ち着いていられるか!沖田、沖田ぁ!」


 兄さんの顔は、かなり焦りが見えた。

 分からなくもない。

 太田の圧倒的な優勢から、又左の突然の攻撃が流れを変えたからだ。



「魔王様、まだ太田殿は冷静ですよ」


「まだ五分に戻っただけ。そういう考えで大丈夫かな」


 官兵衛も驚いている様子だが、冷静に戦況を眺めている。

 彼が冷静だから、僕も同じく冷静を保てていると言って良い。

 官兵衛が慌て始めたら、本当に予期せぬ事態だと思ってるからね。


 不意の攻撃で風は向こうに吹いているけど、又左が後ろに下がった事で冷静にクリスタルを使用して、火傷の回復をしている。

 むしろダメージの蓄積具合からして、まだ優勢か?



「呼んでいると聞きましたけど。何かありましたか?」


「お、沖田ぁぁぁぁ!!」


「ど、どうしましたか!?」


「又左がぁぁぁ!!イタッ!何をする!?」


 この馬鹿兄は。

 叫ぶだけで全く説明しないんだから。



「実は又左がね・・・」


 僕が沖田に又左に起きた出来事を伝えると、彼は双眼鏡を覗いて又左の変わり具合を確認した。

 すると少し驚いた顔を見せたが、納得している様子だ。



「その感じだと、又左の身に起きた異変が何か、知ってそうだね」


「なになに!?早く教えて!へぶっ!」


 コイツはまた。

 殴っても治らんのか。

 仮にも魔王なんだから、もう少し冷静にどしっと身構えてほしいんだけどな。



「又左殿に起きた変化ですが、簡単です。野性に目覚めました」


「野菜に目覚める?」


「又左は危機に瀕して、野菜好きになったのか。って、誰がベジタリアンだ」


 いかん。

 兄のノリについて行ったら、他の連中から白い目で見られてしまう。

 ここは元に戻さなくては。



「で、その意味は?」


「そのままです」


「そのままと言われても。僕達は野性的じゃないから」


 説明が難しいのか、沖田は少し考え込んだ。

 しばらくすると、彼は悩みつつこう言った。



「集中力が上がるのと、第六感が働くと言えば良いですかね」


「じゃあ爪が伸びたのは?」


「アレはその副産物ですね。野性に目覚めて、先祖返りしたんです」


「沖田は最初から使えていたけど、それってお前は最初から、野性に目覚めていたって事?」


「そうなりますね」


 沖田は勘が良い。

 それが野性の力による第六感だと言われれば、なんとなく理解出来た。


 それに沖田は、壬生狼だからな。

 言ってしまえば沖田は狼で、又左は犬。

 犬は犬でも忠犬といった感じで、野性なんか一切感じないタイプだった。

 それがここに来て、野性に目覚めた。

 その理由も僕達から離れて、飼い犬から野良犬になったからなのかな?

 先祖返りと言われれば、犬だって祖先は狼になる。

 今の又左は、沖田と引けを取らない強さになったという感じか。



「ふーん。又左が強くなった理由は分かったけどよ、でも納得いかないんだよなぁ」


「何が?」


「攻撃だよ。太田の防御力は、俺達だって知っている。なのにどうして又左の爪は、太田に突き刺さったんだ?」


 言われてみれば確かに。

 太田がバルディッシュを持つ力を抜いた理由が、肩に刺さった爪が原因だ。

 長槍を持っていた手を少し広げると、指先を肩に向けて突き刺していたように見えた。

 遠かったから僕にはハッキリ見えなかったけど、多分そうだと思う。


 これは説明が難しいかと思ったんだけど、逆に沖田の顔は余裕がある。








「簡単ですよ。野性に目覚めた又左殿には、太田殿の弱い部分。いわゆる弱点が見えているんでしょう。野性の獣は、弱った部分を攻めるのが常ですからね」

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