最強という考え
僕はムッちゃんに負けない方法を思いついたよ。
特訓と称して行われた、魔王ボコボコの会。
片や吹雪で鼻水まで凍らされ、片や顔面も身体も変形するくらいにボコボコにされる。
ハッキリと言おう。
コレ、お市のストレス発散の場になってない?
最初は僕とお市の模擬戦で、僕と魔法とお市の吹雪の能力による拮抗した戦いが見せられたと思っている。
兄もムッちゃんとの戦いでは、お互いに得意な肉弾戦で良い勝負をしていた。
しかし相手を変えた途端に、それは様変わりしたと言える。
ムッちゃんに関しては、僕はそこまで文句は無いんだよ。
身体と頭がボコボコにされたけど、生身じゃないからね。
顔まで変形して元に戻せなかったのは、ちょっと寂しい気持ちにはなった。
それでもムッちゃんとの模擬戦は、秀吉との戦いにも必ず役に立つと思った。
だがお市と兄の方はというと、ちょっと違った気がする。
空に浮かぶお市に対して、鉄球を投げつけるという暴挙とも言える攻撃を仕掛けた兄。
もし当たっていたら骨は砕けるし、顔になんか当たってたらと考えると、冷や汗が止まらなかった。
まあ人形の姿なんで、冷や汗出ないんですけど。
それくらいの気持ちだったんだけど、いやぁ考えが甘かった。
お市は鉄球を、吹雪の風圧を強めて自分の所には届かせないようにしていた。
挙句凍らせて、地面に鉄球が落ちていったのを僕も確認している。
風圧を強めたお市は、それを兄にぶつけていたのだが。
ハッキリ言って、兄はただ凍えていただけだった。
火魔法でも使えれば、話は違ったと思うよ。
正確に言えば使えるんだけど、吹雪の中で燃やし続けられるような火魔法は、兄には使えなかったんだよね。
そもそも魔法を主に使ってきた時の為に、兄はお市と戦っていたはずなんだよ。
でも僕が見たのは、くしゃみをして震えながら鼻水を垂らす兄を眺めて、Sっ気のある笑顔をしていたお市の姿だった。
結果的に兄は、ただただ寒さに震えるだけ。
魔法の対策というより、服装が日に日に厚くなり、寒さ対策をしているだけだった気がする。
これで本当に、秀吉に勝てるのだろうか?
神様が姿を消すと、秀吉の顔はみるみるうちに険しくなっていく。
「やはり貴様等は害悪だ!私に嫌がらせしかしない」
「待て待て。神様は先日言ってたじゃないか。勝敗は自分達で決めるんだって」
「ではこちらが勝っているのに、何故それを認めない?」
「だって当の本人が、これは前哨戦だって言ってるからでしょ」
又左は秀吉が前に出てきても、意にも介さない。
やはり彼は、秀吉に洗脳されているわけじゃないらしい。
そして秀吉にも、制御しきれていないように思えた。
「又左、さっきのが前哨戦だと言うんだ。戦いたい相手が居るんだろう?」
「話が早いですね」
又左からすると、慶次は戦いたい相手じゃなかったという事になる。
慶次が走っていった方を考えると、多分江戸城へ戻ったんだと思われる。
あの様子なら、世話になっていた一益辺りに泣きついているのかもしれない。
又左もそれが分かっているのか、慶次の心配はしていないように見える。
そして彼は、自分の思っている事を口にした。
「俺が戦いたいのは、最強。その男に勝って、俺は自分が最強だと証明したいんですよ」
「最強の相手と言うのであれば・・・」
僕と兄は顔を見合わせた。
まず二人とも同時に思いついたのは、ムッちゃんになる。
しかしムッちゃんは、又左との因果という点ではあり得ないと思われる。
でも本人が希望しているなら、念の為聞いてみるか。
「ムッちゃん、タケシとの戦いを希望するって事で良いのかな?」
「タケシ殿?違いますよ」
「へ?」
最強って言われたら、僕が思いつくのはムッちゃんだ。
それ以外となると、戦闘力では沖田かな。
ハッ!
まさか、僕達との戦いを希望するのか!?
「ちょっと待て!俺はダメだぞ。俺は秀吉との戦いが、この後にあるからな」
「ち、違いますよ!そんな畏れ多い」
違ったのか。
ちょっとホッとしたけど、逆に誰だか本当に分からなくなってきた。
「だったら、誰と戦うのを希望するんだ」
「太田殿です」
「太田ぁ!?」
官兵衛へ電話で連絡したところ、太田には慌てて準備をしてこちらに向かってもらう事となった。
その間僕達は、又左が太田を希望する理由を聞いた。
「どうして太田が最強なんだ?言っちゃ悪いが、ムッちゃんの方が強いと思うんだけど」
「本当にそう思われますか?」
ち、違うの?
再び兄の顔を見たが、明らかに違うと思っている顔をしている。
なんとなく秀吉の方も見たけど、彼は納得しているように見えた。
「魔王様は暴走した太田殿が、タケシ殿に負けると思われますか?」
「暴走したら・・・アレ?どうだろう?」
兄は考えた結果、分からなくなっていた。
僕も同じく、頭の中で首を傾げる結果となった。
正確には、暴走して理性を失くした太田なら、ムッちゃんの方が勝つと思う。
でも太田はセンカクの爺さんのおかげで、ある程度それを理性下で操れるようになっている。
太田とムッちゃんが本気で戦ったら・・・。
「確かに最強の一角になるね」
「タケシ殿も強い。だけど彼の強さは、その回復力もあります。ではその回復力を上回る力で、攻撃をされたらどうなりますか?」
「そっか。太田の一撃なら、ムッちゃんでも行動不可になるかもしれない。そうなったら、太田の勝ちと言える」
タフな太田と回復力のムッちゃん。
一撃の重さなら太田が勝ち、技や技術ならムッちゃんが上。
でもムッちゃんは、回避するという概念が薄いからなぁ。
プロレスなら食らってナンボみたいな考えだからか、わざと避けない傾向にある。
太田の本気の一撃を食らったら、動けなくなるだろう。
「それと俺としては、太田殿に負けたくない理由もあるんです」
「何?」
「それは、どちらが魔王様の右腕に相応しいか。この戦いで決めたいと思っています」
「お、オウ」
兄は目が泳いでいる。
そんな話、すっかり忘れていたんだろう。
今じゃ蘭丸とハクト、官兵衛が最も重要なポジションに居ると言われている。
又左はずっと秀吉と行動していたから、それを知らないんだろうな。
気付けば過去の人。
ちょっと可哀想な気もする。
「お待たせしました」
「太田殿、ワガママ言ってすまないな」
又左は久しぶりに会った太田に手を差し出した。
又左が洗脳されていると思っていた太田は、まさか握手を求めてくるとは思わなかったんだろう。
こちらを見てきたので頷くと、太田も快く手を握った。
「正直、ワタクシ困惑しているのですが」
「俺が太田殿と戦いたかったんだ」
「それは、魔王様の下を離れる事になってもですか?」
「そうだ。俺の本当の欲は、やっぱり強い奴と戦ってみたいというところにあった。それを思い出したんだ」
なるほど。
やはり兄弟だったか。
慶次は常々、強い奴と戦いたいと言っては、戦場に向かっていった。
その裏では、又左が部隊を率いて戦っていた事も多い。
無鉄砲に何も考えずに攻めた結果、慶次は怪我をしたり敗北したりしていたが、そんな慶次の行動を又左は羨ましかったのかもしれない。
洗脳された又左は、そんな自分の本心に気付いて、僕達から離れたんだろう。
「俺は秀吉の考えには、賛同しようとは思わない」
「・・・それは良いの?」
後ろで聞く秀吉を見て、僕は尋ねた。
返事をするつもりは無いようだが、それは秀吉も知っていると沈黙が語っていた。
「俺は俺の思う最強に挑み、そして勝利を得たい」
「しかしそんな話を聞かされたら、ワタクシは本気では」
「本気にならざるを得ないだろう?この戦いは世界の、いや魔王様の未来が懸かっているのだから」
「そ、そうだった!俺も忘れてた」
忘れるなよ!
思わず兄の尻を叩くと、すまんと言ってくる。
「五人しか居ないのだ。この一勝というのは、途轍もなく大きいぞ。それに俺達の戦いは、初戦となる。勝った方は勢いに乗るだろうな」
「又左殿!」
又左の行為に憤慨する太田だが、怒らせて本気にさせる。
多分それも又左の狙いの、一つなんだろうな。
「太田殿、そろそろ御託はいいだろう?俺に負ければ、魔王様は劣勢になる」
「又左殿には失望しましたよ。分かりました。ワタクシの全身全霊をもって、貴方を倒してみせましょう」
太田が本気を出す。
それを聞いた又左は、牙が見えるくらいに笑った。
二人を残し、僕と秀吉は南北に分かれた。
又左は背中に通常の槍を納め、長槍を持ち出す。
「慶次殿と違い、本気というわけですな」
「アレはアレで本気だったさ。アイツを怪我させないように、必死に考えた作戦だよ」
「そうですか。やはり洗脳されていないんですね」
洗脳されていないのに、魔王を窮地に追い込んでいる。
又左の言葉を耳にした太田は、一層怒りを強めた。
「ではワタクシ、遠慮無く潰させてもらいますよ!」
太田がバルデッシュを片手で持ち上げると、又左へと振り下ろした。
又左は長槍を使い両手で受け止めると、予想以上に重かったのか片膝をついた。
「その程度で、ワタクシに挑むつもりだったのですか」
「その程度?俺はまだ、本気を見せちゃいない!」
片腕を肘を曲げ、長槍の石突を地面へと下ろす又左。
バルデッシュの力がそちらへ流れていくと、又左は咄嗟に腰の剣を抜いた。
「ぬう!」
腹を斬られそうになった太田が、腰を引かせる。
腰を引いた太田の力が弱まると、又左は片手でバルデッシュを弾いた。
「なかなかやりますね」
「この程度で褒めるとは。俺は太田殿を過大評価していたかな?」
「言わせておけば!」
弾かれたバルデッシュの勢いを利用して、前蹴りを放つ太田。
又左の鳩尾に入るかと思われた時、又左は軽く飛ぶと太田の前蹴りを利用して距離を取った。
後方に飛びながら又左はナイフを投げつけるが、太田も腰にある手斧を投げてナイフを弾き飛ばしながら、又左を狙う。
「チッ!」
長槍を手放し、剣で手斧を叩き落とすと、又左は前方に走り再び長槍を手にした。
「又左殿、戦い方が変わりましたね」
「そう見えるか?」
「えぇ」
太田は少し戸惑っていた。
又左の戦い方は慶次と同じく、槍による中距離からの攻撃がメインだった。
特に彼の長槍は、慶次と違いパワーもあった。
だが又左は、そんな長槍を何度も手放している。
「別に槍を捨てたわけじゃないんだ。ただ、この距離でしか戦えないのは勿体無いと思った。だから俺は剣の腕も磨き、ナイフを投げる練習もした。近距離戦もやりつつ遠距離で牽制し、長槍を生かす。全ては強くなる為だよ」