又左という男
リュミエールでも緊張するらしい。
秀吉達との戦いは、五対五の代表戦に移り変わった。
そこで問題だったのは、この戦いの見届け人でもあったリュミエールである。
僕達の都合で頼んでおきながら、僕達の都合でその役目が中途半端に終わる事になってしまったのだ。
悪い事をしたなと思いつつ、彼女に直接伝える時間の余裕も無い。
その為、リュミエールへ代表戦に変更すると伝えたのは、この戦いを提案してきた神様である。
ふんぞり返って戦いを見ていたら、見知らぬ人物が何かを決めていた。
しかもリュミエールですら目で追えない速さで居なくなり、しばらくしたら自分が気付かないうちに接近を許した。
身構えた彼女は遠目では誰だか気付かなかったようだが、至近距離に来られて誰だか分かったらしい。
と言っても、リュミエールも神様とは初対面だったみたいだけど。
それでも神格というか、佇まいだけで相手が自分よりも格上の存在だと分かったという話だった。
椅子から勢いよく立ち上がり、しどろもどろになりながらも神様に頭を下げる。
どうしてこの戦いに関与するのか。
何故神様が、わざわざ伝言にやって来たのか。
混乱する出来事がありつつ、リュミエールは有無を言わずに受け入れた。
そして神様が去った直後、光の速さで僕達の所にやって来たよね。
いや〜怒られた。
どうして神様が出てくるのか。
知り合いなら先に言っておけなど、マシンガンのように出てくる質問と愚痴に、僕は赤べこのように頷くだけだった。
でもエクスの時と同じで、神様と出会えた事には感謝してたな。
一応僕のおかげという形にはなっているけど、本来なら姿を見せないのに顕現したのは、秀吉の影響もあるのでアイツのおかげとも言えなくもない。
まあアイツが強制召喚したせいで、世界のバランスが崩れて神様が姿を見せざるを得なかったのだから、あまり良い事ではないんだけどね。
それでもリュミエールからしたら、雲の上の存在に逢えたというのは、特別なんだろう。
その興奮した姿は、好きなアイドルに会ったミーハーみたいだったけど、それを言ったら殴られそうなのでやめておいた。
何故だ。
ムッちゃんが元気なのは分かるけど、お市のスタミナってそんなにあるのか?
人形の姿である僕は、肉体的な疲れは感じない。
だけど精神的には、疲れたりする。
僕が疲れているのに、どうしてお市はこんなに元気なんだろう?
どうも納得出来ないが、僕以上に嫌な顔をしているのが兄だった。
「ベルトって何だよ。そんなの要らねーよ」
「野球はチャンピオンベルトじゃないんだっけ。コウちゃん、野球は何がもらえるの?」
「僕に聞くの!?えーと、チャンピオンリング?」
日本の野球は知らないけど、メジャーリーグだとワールドシリーズで優勝したら、指輪がもらえたはず。
世界一という話だけど、個人的には日本シリーズで優勝したチームと戦ってみても、面白いと思うんだけどね。
「チャンピオンリングだ。ケンちゃん、俺に勝てなきゃもらえないぞ」
「ムッちゃんに勝っても、もらえねーよ!」
「気持ちの問題だよ。そこはやる気が出るように、言っただけだから」
兄はまた、大きなため息を吐いた。
どうも身が入らないみたいだな。
「一旦さ、対戦相手を交代してみる?」
「どういう事だ?」
「兄さんがお市と戦って、僕がムッちゃんと戦う。気分転換にはなるんじゃないかと思うんだけど」
「良いね。やってみよう」
兄はお市が浮いている方を見ると、彼女は手招きをしている。
お市は兄が相手でも、やる気らしい。
「それじゃあコウちゃん、こっちもやろうか」
待て待て。
早々に構えるな。
こっちは人形で、動きが遅いんだから。
「カモン、ガイスト!」
「コレも戦うの?」
「コレって言うなよ。本人怒るぞ」
『怒りはしない。しかし絶対に殴る』
怒ってるじゃん。
気分転換に戦う相手を変えてみたけど、一概に間違っていない気がする。
秀吉が身体強化して、接近戦を僕がやる可能性もある。
魔法で距離を取った戦い方を、兄がやるかもしれない。
遠近バランス良く戦っておかないと、また後手に回ってしまう。
僕がムッちゃんと良い勝負が出来れば、秀吉も目じゃないはず。
兄がお市に一撃入れられたら、秀吉の闇魔法が相手でも怖くない。
なんて考えてみたんだけど・・・。
「やっぱり強いぃぃぃ!!」
十日が経った。
本当にあっという間だったが、各々の顔を見ると充実した時間を過ごせたと思う。
それはもちろん、僕達も同じ事が言える。
見よ!
散々ムッちゃんにぶっ叩かれた人形を。
殴られ蹴られ投げられて、気付けば身体はベコベコですよ。
顔なんか半分埋もれちゃったしね。
身体は創造魔法で元に戻せるんだけど、顔は細かい部分をスイフトに作ってもらっていたので、その辺りは僕では直せなかった。
というわけで、スイフトに新たな頭を使ってもらったのだ!
どうせ変えてもすぐにベコベコにされると思ったから、今まで変えていない。
そう、今日という日の為に、取っておいたのだ。
「どう?この初お披露目の顔は?」
「どうって言われても・・・」
うん。
分かってる。
スイフトも忙しかったんだろう。
目も口も、全部が横棒である。
木彫りの仏像かと思うくらい、無だと言いたげな表情だ。
僕、悟りを開いたか?
ハッ!
敵からしたらこんな無表情、心が読めなくて戸惑うかもしれないな。
スイフトはそれを狙ってたんだな。
なるほどなるほど。
って、んなわけあるか!
「基本は兄さんが戦う感じで。僕とガイストはサポートだからね」
「オウ!」
兄の良い返事を聞いた皆も、表情が変わる。
全員がやる気に満ち溢れていた。
「魔王様、来ました」
目の前の空間が歪むと、黒い円が現れた。
その中から秀吉を先頭に、代表の四人が姿を見せた。
「お待たせしました。特に舞台を作っているとか、そういうわけではないんですね」
「それに関しては、神様に文句を言ってくれるかな。僕達がやるべき事じゃないし」
「所詮は神。アレと同じ同類ですから、手抜きなのは仕方ないです」
自分を貶めた元神ではないと判明したのに、それでもまだ拒否反応を示すか。
やはり秀吉は、神と呼ばれる者自体に嫌悪感があるっぽいな。
「舞台を作る必要性を、感じなかっただけなんですが。必要ですか?」
「おおう!突然現れるなぁ」
兄が大きく驚いているが、確かにコレはビックリする。
僕達と秀吉達の間に、神様が突然姿を見せたのだ。
「世界が変わる日に、何も無い平原で戦うのもね。私はそう思ったんですが、そちらはどうですか?」
「別に良いんじゃない?どうせ俺等が勝つんだし。舞台だろうが平原だろうが、変わらないでしょ」
へぇ、ちょっと驚きだ。
秀吉は僕達に勝ち、世界が変わると言い切った。
だけど兄も、当たり前のように勝つと逆に平然と言っている。
無自覚だろうけど、秀吉の煽りに対して煽り返したと言っても良い。
「まあまあ。落ち着いて。どうせ魔法でぶっ壊れるのが目に見えてるし、無くても良いと思うんだよね」
「それは確かに。では、このまま戦いましょう」
秀吉はあっさりと引き下がった。
あの感じだと動揺させたかっただけで、本当はどうでも良かったんじゃないかな。
なんとなくそう思った。
「では第一戦目になりますが、誰が出ますか?」
神様が両陣営に問い掛けると、同時に二人が前に出てくる。
「俺だ」
「拙者でござる」
やはり示し合わせたように、こちらの意図した人物が相手になった。
秀吉陣営は又左が、そしてこちらは慶次が前に出てきている。
「頼みますよ」
「分かっている」
秀吉が頼む?
この前言っていた事は、本当だったのか。
「兄上」
「慶次、お前では役不足だ」
「兄上!」
「今すぐに代われ」
今までにないくらい、又左の声が冷酷に聞こえる。
だがこちらも、慶次を代えるつもりはない。
又左と慶次が戦う。
これが最善だと、僕は信じているからだ。
「又左、ワガママ言うな」
「魔王様、分かっていませんね。俺はワガママを言う為に、秀吉殿の陣営に入ったんですよ」
「ん?どういう事?」
「ちょっと。シリアスな話をしている時に、兄さんは入ってこなくて良いから」
「だって理由が知りたいじゃん!」
知りたいじゃんって・・・。
聞いたら交代する流れにするのか?
そしたら慶次の気持ちは、どうするんだって話だ。
「分かりました。俺が慶次をすぐに倒したら、次の相手を用意して下さい」
「は?又左、お前ナメてんのか?」
兄さんがキレた。
そりゃそうだ。
慶次をすぐに倒したらって、アイツはカッちゃんとの戦いでレベルも上がってる。
それを見下すように言ってくるのは、許せるものじゃない。
「この戦いは、あくまで前哨戦。本戦とは違うので、違う相手を用意しておいて下さい」
「兄上!」
「構えろ」
又左が槍を構えた。
しかもいつもの長槍ではなく、通常の長さの槍だ。
慶次は顔を真っ赤にしている。
手を抜かれているように見えたからだろう。
「それで負けても、文句は言わないでもらいたい」
「当たり前だ」
慶次も両手に二本の槍を構えた。
「兄上!これが私の本気だ!」
先に左手を突き出し、遅れて右手も突き出す。
両手首を捻ると、二本の槍は生きている龍のように又左を襲い掛かる。
「やはりその程度か」
「っ!?死ぬ気ですか!」
又左は槍を、慶次へと投げつけた。
そして腰に差してある剣を抜くと、慶次の左手の槍を受け流し、右手の槍を下から上へと跳ね上げた。
攻撃を避けられた慶次は、身体を投げ出すように飛んできた槍を避ける。
バランスを崩して前のめりに倒れる慶次に、又左はそれを読んでいたかのように猛然とダッシュしていた。
「くっ!」
「終わりだ」
又左の剣が、慶次の首へと振り下ろされる。
首が斬り落とされたと思われた直前、剣はピタリと止まった。
「お前は今死んだ。分かっているな?」
「まだ!まだ生きている!」
「それは俺が、剣を止めたからだ。お前が既に死に体だというのは、誰もが分かっているだろう」
「しかし!」
食い下がる慶次だが、これには僕も兄も反論は出来ない。
今のは又左が剣を止めていなければ、確実に死んでいた。
慶次が負けたのは、ひいき目に見ても明らかである。
「慶次、すまない」
「う・・・うわあぁぁぁぁ!!」
涙を流しながら走り去る慶次。
慶次が弱かったわけじゃない。
又左が急激に強くなったのだ。
「これで私達の一勝ですか」
「何!?」
「違う。今のは前哨戦であり、本番はこれからだ」
あ、危ない。
秀吉が勝手に勝利したと決めつけようとしたが、当の本人が否定したおかげで、なんとかなった。
「神、今のは私達の勝ちではないのですか?」
「私は勝敗に関して、口を挟まないと言ったはずです。だから彼が前哨戦と言うのなら、そうなのでしょう」
そういえば、そんな事を言っていたな。
神様は秀吉の質問に答えると、姿を消した。
「私が居ると、私に判断を委ねようとするみたいなので。私は一度、姿を消します。貴方達の戦いは貴方達が決めて下さい」