秀吉の本音
理由が分からない。
僕と慶次は運良く、沈みゆく城を脱出した。
夜は暗くて気が付かなかったが、こちらの城だけでなく、秀吉達の城も無くなっていた。
そこで気になるのが、どうしてこうする必要があったのかという点だ。
もし僕達だけを倒したいなら、大坂城まで消す必要は無かったはずなんだよね。
それなのに秀吉は、自分達の方も姿を消してしまった。
それこそ秀吉の姿も見当たらない。
何が狙いなんだろうか?
そもそも秀吉の姿が見えないのも疑問だ。
もし僕達をマッツン達のように閉じ込めておきたいなら、まず全員が閉じ込められたのかを確認するはず。
特に魔王である僕が脱出しているなんて、彼等は気付いているのだろうか?
それにこの戦いに勝利するには、僕達に勝つ必要がある。
そして勝敗を決めるのは、リュミエールだ。
闇の中に魔王ごと閉じ込めたから、秀吉の勝ち。
彼女がそう言うなら僕達も仕方ないと思うけど、おそらく言わないと思う。
そしてリュミエールの判断に不服だったとしても、秀吉が敵うかと言われたら微妙なところである。
それに城は闇の中に沈んでしまったけど、僕達はまだ健在だ。
逆に言ってしまうと、僕はこの地に残っているけど、秀吉は居ない。
だったら僕の勝ちなのかと言われたら、それもリュミエールは良しとしないだろう。
城を落とされたら終わりという判断も出来るけど、両方とも無いわけで。
結局のところ、秀吉が何をしたいのかが分からない。
官兵衛の頭脳とマッツンの力を考えれば、そのうち自力で戻ってくる気はしている。
それも踏まえると、秀吉の狙いは時間稼ぎしか思い浮かばない。
それを考えると、姿を消した時点で勝敗を決するという項目も加えるべきだったと、今更ながら後悔している。
真っ暗ではあるが、以前よりも少しだけ明るい。
それはマッツンの光を、少しだけ吸収しているからじゃないだろうか。
官兵衛はそう判断したのだが、当のマッツン達はその答えに納得していなかった。
「でも以前は、マッツンが作り出した光はその一帯を照らし続けていたんだよ」
「そうね。遠くなると光は届かなかったけど、かなりの広範囲が明るかった記憶があるわ」
「俺様の力が、通用しないのか?」
「そうだ!だったらハクト達の歌の力も借りれば、もっと力が発揮出来るんじゃないか?」
「ナイスだカッちゃん!」
マッツンが褒めると、本多は嬉しそうに笑う。
ベティがハクト達を呼びに行こうとすると、突然後ろから声が掛けられた。
「呼んでも無駄だけど。それでも呼びたいなら、私は止めないよ」
「ん?木下!?」
ベティは振り返ると、すぐに苦無を投げつけた。
それは何も無い空間に呑まれ、跡形も無く消え去った。
「この空間で私を傷付けるのは、ほぼ不可能だ」
「死んでからほざきなさい!」
ベティの超速の突撃を食らった秀吉だが、何事も無かったようにすり抜ける。
ベティは持っていた双剣に斬った感触が無かったと分かると、双剣を納めた。
「諦めてくれて結構」
「ムカつくけど、アタシじゃ無理だわ。マッツン!」
「オッケーィ!俺様の出番だな。覚悟しろ、ネズミ野郎」
マッツンは腕まくりして前に出てくると、秀吉は汚物を見るような目に変わった。
「誰がネズミだ、豚野郎」
「豚じゃないですぅ!タヌキですぅ!」
「失礼、肥えた豚にしか見えませんでした。ほら、汚い腹してるのでね」
「本当に失礼だな!今度こそ食らいやがれ!」
マッツンは両手を秀吉に向けると、光を発した。
だが秀吉も片手を前に向け、何かを握り潰すように拳を握った。
するとマッツンが作り出した光が、徐々に暗闇に呑まれていく。
「な、何ぃ!?」
「マッツンの光が潰された?」
ベティと本多は、そこで初めて動揺した。
官兵衛の言っていた光を吸収しているという話も、今の秀吉の行動により実証されたからだ。
「チクショウ!だったら俺が!」
竹槍を持った本多が、高速で秀吉の身体を何回も貫く。
しかし空を突いたように感触は無く、秀吉の身体は全くの無傷だった。
「だから無駄だと言っている」
「クソッ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
怒りを露わにするベティ達を他所に、冷静だった官兵衛が間に入る。
彼は秀吉の方を見ると、すぐに質問をした。
「実体じゃないですね。それで、オイラ達に何の用ですか?」
「流石は軍師官兵衛。話が早い」
秀吉が褒めると、表情を変えずに質問の返答を待つ官兵衛。
その横では長谷部が、木刀を構えている。
「無駄だとは分かるけど、それでも俺はコレしか出来ないんでね」
「忠実な下僕も居て、素晴らしいな」
「長谷部くんは下僕ではない!友人です!」
「そうか。まあそんな事はどうでも良い。それではさっきの質問に答えよう。魔王を差し出せ」
「・・・断る」
官兵衛は少し間を置いてから、拒否をした。
そういえば寝坊したとはいえ、魔王の姿を見ていない。
ここに集まっていない時点で、おかしい。
官兵衛は長谷部をチラッと見ると、彼は軽く首を横に振った。
「隠し立てしても、あまり良い事はありませんよ。と言っても、言い方が悪かったですね。魔王と話がしたいのです」
「・・・それも断ります」
「ふむ。本当に困りましたね」
秀吉は無造作に官兵衛に近付いていく。
「近寄るな!」
長谷部が前に出ると、二本の木刀を秀吉に向かって振り回した。
何度も叩いてみるが、何の手応えも無い。
「うっ!」
「長谷部くん!」
秀吉は長谷部の首を掴むと、そのまま持ち上げた。
長谷部は首を絞められ、徐々に顔が赤くなっていく。
「貴様ぁ!」
ベティと本多も二人で秀吉に襲い掛かるが、暖簾に腕押し。
秀吉に一切、ダメージは与えられなかった。
「ほら、早く言わないと。彼、殺しますよ?」
「クッ!」
官兵衛が苦しそうな長谷部を見て、泣きそうな顔で悩み始める。
ここで本当の事を言っても、長谷部を助けてもらえるのかは怪しい。
しかし言わないと、長谷部の命は無い。
友人と言ったから、こうなってしまった。
苦悶の表情で悩む官兵衛だったが、そこにある人物が言葉を発した。
「ネズミ族の男は、手を放せ!」
秀吉の手が、徐々に開いていく。
そしてとうとう長谷部が地面に倒れ込むと、ベティ達が急いで彼を助け出し、秀吉から距離を取った。
苦々しい表情を浮かべる秀吉は、その言葉の主を睨みつける。
「魔王の片腕、ハクトか」
ハクトは既に息も絶え絶えで、秀吉の言葉に答える事が出来ない。
代わりに横に居た蘭丸が、秀吉に返答する。
「マオならここには居ない」
「隠し立てするなら、許しませんよ」
「隠していない。それに今のような事をされたら、何回も助け出せないからな」
蘭丸の話を聞いた秀吉は、少し考えた。
確かにハクトの様子からして、嘘は言っていないと思われる。
そうなると、自分をさっさとこの場から追い出したいという気持ちがあるはず。
であるならば、嘘だと分かれば逆に後が怖い。
秀吉は蘭丸の言葉を信じる事にした。
「何故居ないのです?」
「それは俺達も分からない。だけどマオは空を飛んで、脱出したのを見たという奴も居る。本当か嘘かは、俺達にも分からないがな」
「なるほど」
秀吉はハクトと蘭丸を見ると、嘘は言っていないと判断した。
すると官兵衛は、逆に質問をし返した。
「オイラ達は本当の事を言いました。こちらの質問にも答えて下さい」
「答えられる質問なら、どうぞ」
紳士然とした態度で返答する秀吉。
官兵衛もそれに対して、丁寧に質問をする。
「私達をどうされるおつもりですか?」
「特に何もしませんよ。いや、何も出来ないようにしていると言った方が正しいかな?」
「何も出来ない?我々を戦闘に参加させないと?」
「そうですね。戦闘以外なら、ご自由にどうぞといった感じでしょうか」
「それは、そちらから攻めてくる事は無いと?」
「それは約束しましょう」
口約束とはいえ、秀吉の口から出た言葉である。
官兵衛はそれを信じて、こちらも戦闘の意思を見せない事を約束する。
「それでは私は、魔王に会いに行きます。また何かあったら、こちらに来るでしょう」
「・・・分かりました」
秀吉は身体が暗くなっていくと、闇の中に姿を消した。
しばらく沈黙が続くと、それに堪えきれなくなったのか、ベティが口を開いた。
「それで、戦闘継続するつもりは無いって言ってたけど。どうするつもりかしら?」
「どうもこうも無いです。とにかく今は、周囲の探索しかないですね」
「この暗闇の中で無闇に行くのは、厳しいと思うだけど」
「それに関しては、ある程度考えがあります。とりあえずオイラ達は、身体を癒しながら探索するだけです」
ベティやタツザマも本調子とは程遠く、怪我人も多い。
彼等は官兵衛の指示に従い、身体を休める事にした。
「何も見つからないね」
「大坂城も消えるとは。何が狙いでござるか?」
僕達は大坂城があったと思われる場所の、探索に来ていた。
だが城があった場所はやはり更地になっており、江戸城があった場所と何ら変わりは無かった。
「木々の消え具合も似ているし、同じ目に遭ったんだろう」
「この後、どうするでござるか?」
「・・・リュミエールに聞きに行こう」
この戦いの審判を務める彼女に、勝敗の決め方を聞くしかない。
これで終わりなら、仲間達を助ける為にも彼女の判断を仰ぎたい。
「それはまだ時期尚早ですね」
「その声は、秀吉!?」
「何処でござるか!?」
声だけが聞こえてくるが、更地であるこの場に隠れる場所は無い。
と思ったのだが、目の前に裂け目が出来ると、そこから秀吉が姿を見せた。
「時期尚早というのは、これから勝敗を決めるという事かな?」
「その通りです」
「その前に、皆は何処でござるか!?」
僕と秀吉の会話に割り込むように、慶次は秀吉に尋ねる。
すると彼は、足下を指差した。
「影の世界です。いや、闇の世界かな」
「皆、生きているのか?」
「生きていますよ。殺す気は無いですし、むしろ生きていてもらわないと困ります」
人質のつもりか?
でも多人数の人質は、あんまり意味が無い。
ただ戦闘から遠ざけただけ?
「生きていてもらわないと困るというのは?」
「そのままの意味です。これから彼等には、あの世界で生きてもらいます」
「は?」
ちょっと何を言っているのか、意味が分からない。
慶次の方を見ても、彼も首を傾げている。
その様子を見ていた秀吉は、更に深く話し始める。
「私はね、別に皆を殺したいとか思っていないんですよ。だから闇の世界で、生きていてもらいたいんです」
「何故、闇の世界で生きてもらいたいんだ?別に生きるだけなら、ここで良いじゃないか」
「それは駄目です。この世界は、あのクソ野郎が創り出した世界。奴の掌の上で、踊らされている事を意味する。でも闇の世界なら、奴も何をしているのか分からない。私はね、奴の掌の上から脱して、更に奴に嫌がらせがしたいんですよ」




