消えた城
改めて聞いてみると、確かに関わりが薄い気がする。
イッシーとタツザマは、猫田さん改め蜂須賀小六とちょっとした小競り合いを起こした。
二人に大きな怪我は無かったようだが、話を聞く限り軽くあしらわれたような感じっぽい。
と言っても、もし本気で二人を相手にしていたら、猫田さんと言えど無傷ではいられないはず。
おそらくは、元々戦う為に来たんじゃないんだろう。
猫田さんは秀吉にとって、片腕のような存在だ。
福島や平野のように見捨ててきたような、軽いポジションに居る人物ではない。
それは彼が最も秀吉と長い付き合いをしている事からか、僕達でもなんとなく分かる。
そしてそんな秀吉と最も近しい人物だからなのか、僕達と長期間一緒に居たにも関わらず、どうも距離があったようにも思えた。
そもそも猫田さんは、どのような経緯でなったのか分からないけど、又左達の下で働いていた。
それも又左の父の時代から働いているようで、いつからなのかは又左達にも分からないというくらいの古参だったらしい。
そんな猫田さんだけど、僕が能登村にやって来てちょっとしてから、すぐに旅立ってしまった。
偵察任務の為という話だったけど、今にして思えば僕達と距離を取りたかったのかもしれない。
ただし、その点で気になるところもある。
もし最初から裏切る気があったなら、最初から僕達の事を調べ上げて、その上で敵対した方が良かったんじゃなかろうか。
どちらにしても一つだけ言えるのは、僕達は又左の事を知らない。
ネコ科の獣人族であり、影魔法が使える。
僕達ですらコレくらいなのだ。
他の領地の領主達なら、尚更知らないのも当然と言える。
いつかは戻ってきてくれる。
そんなのは甘い考えだと分かっているんだけど、どうしてもまだ信じたい気持ちがある。
特に今回のようにイッシー達が無傷と聞くと、まだ可能性はあるんじゃないかってね。
あっという間の出来事だった。
城の外に居た連中も、城の中で休んでいた連中も、誰もが闇の中に消えてしまった。
今宵は新月。
月明かりも無く、本当に何も見えない。
「た、助かったでござる。しかし、これは降りて良いのだろうか?」
「分からない。誰か逃れた人が居るなら、助けたいけど」
下手に降りれば、僕達も闇に呑み込まれかねない。
すると慶次は腰の槍を取り出し、普通のトーンである言葉を言った。
「慶次シャイニング」
慶次の伸びる槍が、蛍光灯のように光り出す。
僕はそれに合わせて、地面へと少しずつ降下してみた。
「何も無い」
「普通の地面でござるな」
慶次は僕から手を放すと、そのまま何事も無く着地する。
足を軽く踏みつけたが、特に崩れたりする様子は無かった。
「どう思うでござるか?」
「魔法、だよねぇ」
地面に穴は空いていない。
物理的な沈没ではないし、その痕跡も無い。
となると、やはり魔法による仕業としか考えられなかった。
それにこの出来事は、ある魔法に酷似していた。
それは猫田さんや僕も使える、影魔法である。
そして影魔法は、秀吉が使う謎の魔法にも似ていた。
「おそらく秀吉の仕業だと思う」
「しかし大坂城も、無くなってしまった気がするのでござるが」
「それなんだよなぁ」
もしコレが江戸城だけであれば、十中八九は秀吉達の仕業だと言えるだろう。
だけど慶次が言うように、はるか向こうに見えていた大坂城の灯りすらも、見えなくなってしまったのだ。
「行ってみるでござるか?」
慶次は大坂城の様子が、気になるのだろう。
秀吉達がどうなったのか。
という理由もあるだろうけど、本当の目的は全く別。
又左も一緒に呑み込まれてしまったのか。
おそらくそれが、一番気になっているのだろう。
だけど、僕はそれをやんわりと拒否した。
理由は簡単。
秀吉の罠だと、言い切れないからだ。
それこそ灯りが見えないだけで、向こうは大坂城が健在の可能性だってある。
それに対してこっちは、僕と慶次だけ。
ギリギリ戦力と言ってしまえば、兄とガイストの四人しか居ない。
官兵衛の知力も借りられないし、戦力も圧倒的に乏しい。
もしこれで向こうは一切の被害が無いとなれば、僕達は自ら死地に飛び込むようなものである。
「朝だ。朝を待とう。明るくなったら、向こうの様子だって分かるはずだ」
「なるほど。その通りでござるな」
「明日は厳しくなるかもしれない。だから明日、というよりもう今日かな。朝に備えて少しでも休もう」
眠れないと言って起きていたわけだけど、そうも言ってられない。
この状態で向こうから攻撃を仕掛けてこないとは言い切れないけど、多分灯りが消えた時点で僕達もやられたと思っているはず。
だからちょっと見つかりづらい場所だったら、朝までは堪えられるだろう。
こんな目に遭って眠くはないけど、無理矢理寝るしかない。
慶次もそれが分かっているからか、すぐに横になった。
「う、うーん」
「起きたか」
慶次が目を覚ました。
天気も悪くはなく、太陽の光が木々の葉から漏れている。
「ハッ!城は!?」
慶次は寝ぼけた頭が冴えたのか、急に立ち上がり城のある方を見た。
「な、何も無い」
「そうなんだよね」
何も無い。
文字通りである。
僕達が居た江戸城の周りは、城だけがあったわけじゃない。
城壁もあったし、城の裏側には森もあった。
だけど今は、本当に何も無いのである。
森は一部が抉られたように消え去り、ただの更地になっていた。
「魔王様、大坂城も見たでござるか?」
やっぱりそっちが気になるか。
しかも慶次は、僕が先に起きていたと分かり、既に確認済みだと思ったらしい。
まあその通りなんだけどね。
「見たよ」
「それで?」
「何も無かった。大坂城も全て無くなっていた」
「う、嘘でござろう!?」
慶次は大きく動揺している。
しかしこれは、事実である。
慶次からすると、又左という存在まで消えてしまったのではないか。
それが大きな問題だった。
洗脳されているとはいえ、対峙して洗脳を解く事が出来たなら、助ける事も可能だった。
しかし大坂城まで、呑み込まれてしまっている。
又左も同じく呑まれてしまったら、それすら出来ないのだ。
「誰の仕業か、分かったのでござるか?」
「それは分からない。でも僕の勘では、秀吉じゃないかなと思っている」
勘としか言いようがないのだが、その理由として挙げられるのが、空から見た景色にあった。
「とりあえず、慶次も見てみようか」
慶次を連れて空に上がると、その形が浮かび上がる。
「六角形?」
「そう。コレは慶次も記憶にあると思うが、僕達に関する記憶が封印された形と似ている」
空から見える景色は、六角形の綺麗な更地。
偶然かもしれないけど、そうじゃないかもしれない。
ただ一つだけ言えるのは、この図形には何か理由がある。
「ちなみに六角形の角にも見に行ったけど、特に不審な物は見つからなかった」
前回はアポイタカラがあり、それが魔法を持続させる為の物だと把握していた。
しかし今回は、そのような物が目に付く場所には置かれていなかった。
「地中はどうでござるか?」
「可能性はあるよ。それも踏まえて、地中も覗いてみたんだけど」
地中ではジャイアント達の攻防が、続いているものだと思っていた。
しかし彼等の姿も、一切見当たらなくなっていたのだ。
「やはり魔法でござるな」
「発動条件も何も分からないけど、多分そうだと思う」
「・・・コレからどうするでござるか?」
コレからか。
同盟を結んでいた騎士王国は、騎士王が居なくなってしまった。
それを下手に帝に伝えれば、あの国はまた荒れるかもしれない。
しばらくは言わないでおいた方が良いだろう。
そして帝国も、ムッちゃんという最強の大将が消えてしまった。
しかしこちらは、ヨアヒムという確固たる王が居る。
まだ連絡はしやすいのだが、自分だけ助かってムッちゃんが消えたとなると、少し気まずい。
王国は秀吉側に少し寄りつつあるから、あまり話したくないし・・・。
「リュミエールに頼ってみようかな」
「官兵衛さん、官兵衛さん!」
「長谷部くん?」
「目が覚めましたか。良かった」
官兵衛は身体を起こすと、何故夜に長谷部が起こしてきたのか疑問に思った。
しかしその疑問も、外の騒がしさから様子がおかしいと、すぐに察した。
「何があったんです?」
「朝になりません」
「え?あっ!」
官兵衛はコバが作った時計に目をやると、既に九時近いと分かった。
城から空を見上げると、真っ暗で何も見えない。
少しだけ違うのは、暗いながらも昨夜と違い、まだ周囲の確認が出来る事だった。
「周囲の様子は?」
「木が少しあるだけで、何も無いっすね」
「佐々様か本多殿を呼んで下さい」
官兵衛はコレが今までとは違う場所であると、すぐに勘付いた。
ならば別の空間に居たという人達に、此処がそうなのか尋ねるのが最善だと判断したのだった。
「来たわよ」
「官兵衛殿」
二人は揃って官兵衛の前に現れると、尋ねる前にすぐに答えた。
「似てるわよ」
「俺もそう思う」
「ならばあちらの魔法によるものだと、考えて良いですね」
官兵衛は原因が分かったところで、それを打破する為にあの男を呼ぶ事にした。
「まだ寝てますか?」
「マッツンだろう?もう起きている」
「それにもう、色々と試したわ」
「えっ!?」
前回、ゴブリンと鳥人族が脱出出来たのは、マッツンのおかげだと聞いていた。
その為同じ状況ならば、マッツンに力を借りれば問題無いと思ったのだ。
まさかそれが失敗するとは思わなかった官兵衛は、自分の目で確かめようとマッツンの所へと向かう事にした。
「マッツン、どうだ?」
「カッちゃんかぁ、何かダメなんだよ」
力無く肩を落とすマッツン。
官兵衛はその肩を掴んで、もう一度試してもらうように説得する。
「お願いします。何がダメなのか、自分で確認したいんです」
「分かったよ。じゃあ見ててくれよ。一夜、フラッシュ!」
マッツンのお腹が光り輝いた。
その光は以前なら、周囲を全て明るく照らしていた。
しかし今は違う。
マッツンの顔が息を止めた時のように赤くなると、段々と光が弱まっていく。
「ブハァ!オラァ、もうダメだぁ」
「この通りなのよ」
「なるほど」
官兵衛は空を見上げると何やら考え込んでから、ある結論に至った。
「マッツンの光は、この闇に吸収されているのかもしれません。以前の脱出を考えて、魔法を改良したのでしょう」