明けない夜
人を道具扱いか。
あまり良い気分ではないな。
秀吉は福島を危険視していたらしい。
確かに武器や人を取り込めば、その能力を受け継げるというのは危険だと思う。
それこそ限界が見えないのだから、自分より強くなる可能性だってあるからだ。
でもそれだけで人を切り捨てるのは、どうかと思う。
僕と兄も、マトモに戦えばムッちゃんに勝てるか怪しい。
頭が悪いからまだ微妙な点もあるけど、ポテンシャルだけなら確実にこの世界でトップクラスなのだ。
いずれは僕達より強くなるかもしれない。
強くなるから友人をやめて、切り捨てる?
そんなわけないでしょ。
確かに裏切られるかもと考えれば、僕にとってムッちゃんは怖い存在ではある。
しかしそんな危険性よりも、僕達の友情の方が勝ると僕は思っている。
だから僕がムッちゃんを切り捨てる事は、絶対に無い。
その点で考えると、秀吉は人を信じきれていない気がする。
自分が集めた仲間なのに、どうして信じられないのだろうか?
福島はまだ若く、発展途上だった。
それこそ秀吉の手で導けば、福島はもっと強くなれただろう。
それに恩も感じて、裏切らなかったんじゃないかな?
むしろ既に、福島の秀吉に対する忠誠心はかなり高かった方に見えたのだが。
それでも信用出来ないというのは、ハッキリ言って人間不信にも程があると思う。
神様を信じられないのは、まだ分かるんだよ。
でも自分の仲間を信じられなくなったら、いつか完全に独りになってしてしまう。
敵である秀吉を心配する必要は無いんだけど、なんとなくそう思ってしまった。
僕もそうだけど、別に独りでも生きていける気はする。
でもわざわざ切り捨てるのと自分から独りになるのは、別の話だと思うんだよね。
福島を遠ざけるだけで、良かったんじゃないか?
あの忠誠心なら、秀吉のピンチに駆けつけてくれたと思うんだけど。
失ったモノの大きさは、後にならないと分からない。
秀吉も後悔する時が来ると、僕は思っている。
甘く見ていた。
イッシーの知っている猫田は、潜入捜査が主な非戦闘員だと思っていた。
戦えても護身術程度で、基本的には影魔法で逃亡するのが関の山。
もしかしたら、ハクトよりも直接的な戦闘では弱いんじゃないか?
それくらいに考えていた。
「考えを改めないといけないですね」
「秀吉の手下の時点で、一筋縄ではいかないと思わなかった俺達の落ち度だな。猫田殿の強さも気になるが、それよりも気になる事がある」
「彼が言っていた、仕事ですね?」
イッシーは頷くと、辺りを見回した。
「偵察?何かを盗みに来た?」
「今更、拙者達の力を見極めに来る必要は無いかと。そう考えると、偵察は違う気がしますね」
偵察をするにしても、こちらが本拠地として使っている江戸城は、元々彼等が築城したものだ。
魔王や官兵衛を狙った暗殺ならまだしも、勝手知ったる江戸城の中を調べる理由が無い。
そもそも右軍に来ている時点で、それも無いだろう。
何かを盗みに来るのも、同じ理由で考えられない。
「裏切者からの情報収集?」
「それもおかしい気がする。花火でも打ち上げれば話は別だけど、裏切者がどの部隊に配属されるかなんて、分からないだろ。特に今回から、俺が指揮をしているくらいだ。向こうからしたら、かなり予定外だと思うぞ」
「それもそうですね」
二人は考え込んだ結果、同じ意見にたどり着く。
「やっぱり罠の設置しか、思いつかないな」
既に辺りは暗くなってしまった。
中央軍と左軍は帰ってきたのだが、何故か右軍を任せたイッシーとタツザマが戻ってこない。
タツザマの体調が崩れたのか。
それとも戻る途中、夜戦に突入してしまったのか。
まあ明かりが見えない辺り、夜戦は無いと思うんだけど。
「右軍が戻ってきました」
「良かった!」
何かあったのかと心配したけど、遅くなっただけなら問題無い。
ただ、何があったのかだけは確認しておきたい。
本調子ではないタツザマは休ませるにしても、イッシーは呼んでおこう。
「何かあった?」
「猫田殿に会った」
「猫田さんか・・・」
やっぱり彼の名前が挙がると、少しテンションが下がる。
これは僕だけじゃなく、官兵衛達も同じだった。
「右軍で接敵したんだけど、何かひと仕事終えたみたいな言い方をしてきたんだ。だから俺達は、その仕事の内容を知る為に、調べて回ったのだが。暗くなってきたから、戻る事にしたんだ」
「なるほど」
要は残業してくれたってわけか。
辺りが真っ暗で見えなくなると、不意打ちされる可能性もある。
切り上げて戻ってきたのは、好判断だと思う。
「手がかりも見つからなかった?」
「すまないが、何も見つからなかった」
一人二人で探して見つからないなら分かるけど、軍総出でも見つからないとなると、かなり厳しいな。
「ちなみに俺達は、何かしらの罠だと思っている」
「罠ねぇ」
秀吉の手口としては、分からなくもない。
アイツは世界中を旅して、僕達に関する記憶を封印させたくらいだ。
この戦場だけに同じような封印を施すなら、数日で事足りる気がする。
ただし、同じような記憶に関するものだとは考えづらい。
そもそも記憶を封印する理由なんか、今更無いだろう。
ん?
いや、この状態で僕に関する記憶を封印されたら、周りは全て敵になるのか。
でも反魔石は、主力の連中には持たせている。
猫田さんがそこまで調べていないとも思えないし、やっぱり違うかな?
となると、何が目的なんだろう。
「僕が考えても埒が開かないな。官兵衛にも力を借りようか」
「猫田殿のお話なら、タツザマ殿から聞いております」
呼ぶ前に、向こうから来てくれるとは。
タツザマも仕事が早いな。
「それで、官兵衛はどう思う?」
「既に全てを終えたのか。それとも右軍近くでの作業を終えたのか。判断に困るところです」
なるほど。
そういう考え方もあるのか。
前者なら、明日にでもすぐに発動しそうな気もするし。
後者なら、明日以降は中央や左軍に警戒した方が良さそうだ。
「深く考えると、相手の思うツボです。今夜は様子を見ましょう」
・・・眠れん。
トイレが近いわけでもなく、昼寝し過ぎたわけでもない。
何故か目が冴えている。
夜襲に備えて少しは明かりが灯っているが、ほとんどの人は寝静まっている時間だ。
「今夜は新月か」
月明かりの無い夜は、何かが紛れてきても見落としやすい。
こういう時に猫田さんはやって来そうだが。
でもこっちにも二人ほど護衛は居るので、心配はしていない。
「魔王様、起きていたでござるか」
「慶次」
先日死にかけた慶次だが、寝ているだけでは身体が鈍ると言って、夜になったら起き上がってしまったのだ。
下手に出歩かれても困るので、今夜は護衛しろと言って無理矢理城に留まらせている。
「・・・感謝するでござる」
「何が?」
「あのまま助けられなかったら、兄上を助け出す事すら出来ないまま死んでいたでござる」
「仲間を助けるのは、当然だろ」
僕は仲間を見捨てる気は無い!
それだけは断言出来る。
今日の戦いを見ていて、特にそう思った。
福島はベティとカッちゃんを、一人で相手にしていた。
あのコンビ技を前にして、助け出すのは難しかったかもしれない。
でも不利になったのが分かっていたなら、秀吉は何故動かなかったんだ?
僕には福島を助ける気が無かったようにしか、思えない。
もっと言ってしまうと、もう一人の男も同じだ。
ムッちゃんと一人で戦い、バケモノ染みた姿に変わってしまったが、彼なんかは助けようと思えば助けられたと思う。
そもそも秀吉が助けなくても、猫田さんなり秀長なりが助けられたんじゃないのか?
秀吉達には仲間意識が無いのかな?
やられていった彼等を見ていると、なんとなく気の毒な気がした。
「ん?」
「敵でも見つけた?」
「敵ではないのでござるが、違和感が・・・」
「どんな?」
「拙者の気のせいかもしれないが、外に見える明かりが、近くなっている気がするでござるよ」
どれどれ。
うん、分からない。
・・・うん!?
「近い!近くなってる!」
向こうから近付いてきている?
違うな。
僕は足下を見た。
足が動いているわけじゃない。
「た、建物が低くなっているでござる!」
「何だと!?」
城が低くなる?
だるま落としみたいに、途中の階層が抜けた?
んなわけない。
「もしかして、城が沈んでる?」
「あ、明かりが消えた!敵襲か!?」
明かりが消されたなら、見張りが騒ぎ出すはず。
それなのに、下からは一切声が聞こえてこない。
まるで誰も居ないみたいだ。
「ちょっと待て。どうして誰も起きてこないんだ?」
僕は城の中に戻ると、他の部屋の連中の様子を見た。
官兵衛達は熟睡している。
長谷部は僕が戸を開けたからか、すぐに目を覚ましたが、やはりまた目を閉じてしまった。
「熟睡か。もしかして、僕達がおかしいのか?」
「ウェーイ!お前達も飲み足りないのか?」
「酒臭っ!どうしてマッツンがここに?」
カッちゃんが福島に勝ったからな。
祝い酒と称して飲んでいても、おかしくない。
「トイレ。アレ?おかしいな。皆の気配が無くなった」
ちょっと待て。
コイツ等、何処で飲んでたんだ?
「マッツン、皆は何処に?」
「下の食堂だよ。そろそろ俺様も下に降りるわ。って、何じゃこりゃあぁぁぁ!!」
「どうした!?」
「し、下に降りられない・・・」
「なっ!?」
ほ、本当だ!
階段は真っ黒な海に沈んでいて、降りるに降りられない。
何だコレ?
油みたいに粘っこいような。
「くっ!待ってろカッちゃん。俺様が祝いに戻ってやる」
「馬鹿!」
マッツンの奴、自分から飛び込んで行きやがった!
しかも潜ったら、すぐに姿が見えなくなってしまった。
「マズイな。このままだと此処も沈んでしまう」
「ど、どうするでござるか?」
仕方ない。
「慶次、僕の手を掴め」
「つ、掴んだでござるよ」
「フンッ!」
僕は慶次の手を取って、真っ暗な空へと飛び出した。
気付けば城の明かりも、全く見えない。
もしかして・・・
「城が沈んでいた?」
「違うでござる」
慶次が否定する。
何を持って否定するのかと思ったら、彼は北側を見ていた。
「どうして違うと思うんだ?」
彼ははるか先を見て、こう言った。
「だっておかしいでござるよ。向こうには大坂城があるはず。それなのに全く明るくないでござる。だから拙者はこう思う。江戸城だけじゃなく、大坂城も沈んだんじゃないでござるか?」