イッシーと蜂須賀
改めて振り返ると、なんとなく予想は出来たかもしれない。
平野はムッちゃんとの死闘の末、動けなくなって敗北した。
ムッちゃん達は平野の能力に、限界が来たのだと思っていたんじゃなかろうか。
でも僕の予想では、彼は能力の限界ではなく、思考力の限界が先に来たんじゃないかと思っている。
分かりやすく言えば、官兵衛と同じ状態になってしまったという感じだろうか。
僕はこう思っている。
頭を働かせ過ぎて、エネルギーが尽きたのだと。
興味がある人しか知らないかもしれないけど、将棋や囲碁の棋士というのは、実は物凄いエネルギーを使っていると言われている。
身体を動かすと、カロリーを消費してお腹が減るのは皆も知っているだろう。
しかし前述の将棋や囲碁の棋士も、頭を使う事でカロリーを消費している。
普通の人でも分かりやすいのは、受験勉強をしている時に腹が減るのと同じだと言える。
身体を動かしていなくてもお腹が減るのは、そういう理由だ。
勿論、僕達の受験勉強と棋士の思考力を一緒にしてはいけない。
向こうは常人ではなく、天才なのだから。
だが平野が天才かと言われたら、どうかと思う。
じゃあどうして平野は、動けなくなってしまったのか?
それはあの阿修羅モードに、関係しているんじゃないかと思っている。
そもそも彼は、一つの身体に頭を三つに増やして、六本もの腕を操っていた。
それって単純に言ってしまうと、三倍の思考力があると言えるよね。
それこそ並行して、二つの違う事を考えられると言っても過言ではない。
だけど身体は一つしかない。
それって、三倍のエネルギー消費量だと思わないかな?
普通に戦っていれば、長時間は戦えた可能性はある。
だけどムッちゃんとの戦いに、普通はあり得ない。
そこで彼は、阿修羅を模すという考え方をしたのだろう。
そのせいで短時間で動けなくなってしまったのだと、僕は考えている。
平野の能力は、神に匹敵すると思う。
想像しただけで、具現化出来るのだから。
でも残念ながら、平野は神様じゃない。
だって本物の阿修羅なら、カロリーとかエネルギー消費なんて、大して考える必要は無いはずだしね。
バケモノじみた強さを持った平野だけど、まさかこんな理由で人だと実感するとは思わなかったな。
秀長は思った。
それって相手にするのが、面倒だからではないのかと。
顔に出したつもりは無いが、秀長の思考を読み取ったのか、秀吉は更に補足した。
「私が戦えば、倒せなくはないと思う。しかし無傷では済まないだろうし、ここで奴を倒すメリットは無い。ならば倒さずとも、戦場から離してしまえば問題無いと考えたのだ」
「闇の中に閉じ込めると?」
「もしくは石田の能力で、とことん広い空間に放り込むかだな」
「なるほど」
確かにタケシは強者だが、それは肉体的な強さに限る。
魔法が使えるわけでもなく、召喚者特有の特殊な能力は超回復である。
なので接敵さえしなければ、彼は脅威にはならないと判断したのだった。
「しかし福島は、どうなのですか?」
彼も平野同様、強くなる要素は沢山あった。
育て方次第では、秀吉よりも強くなる可能性だってあったのだ。
秀長は惜しかったと考えていたが、秀吉は違っていた。
「福島は諸刃の剣だったからな。万が一を考えると、アレで良かったのだと思う」
「万が一とは、裏切りもあったと?」
「力を吸収する能力は素晴らしい。だがもし仮に、あの場でタケシを吸収したとしよう。超回復を得た福島が反旗を翻したら、どうなると思う?」
「それは無いと思われますが」
秀長の福島への信頼感は、かなり高かった。
福島はそれだけ、秀吉に心酔していたと知っているからだ。
だが秀吉には、その心酔が危険だと考えていた。
「人の心は移ろい易い。それこそ、百年の恋も冷めると言うだろう?」
「恋ですか。ロマンチックですね」
「私はロマンなど要らないがね。しかし福島が、私に何処かで冷めてしまわないとも限らない。そうなったら、あの能力はとても危険とも言えるのだ」
「福島に限って、それは無かったと思いますが」
「他にも懸念はある。一つは誰かに騙されるパターン。もしくは頭の良い者を取り込んだ場合だ」
「ああ、それは考えられますね」
福島はどちらかと言えば、純粋な性格だった。
秀吉の配下はM博士を筆頭に、自分も含めて性格が歪んでいる者が多い。
そんな中で福島と平野は、一服の清涼剤と呼べるタイプだったのだ。
その為頭の回る、ひねくれている者に騙される可能性は否定出来なかった。
「本来ならば、もう少し活躍してほしかったというのは本音ではある。ただし欲張り過ぎても良くない。万が一魔王でも取り込んでみろ。強さと頭脳が天元突破して、私でも扱えなくなるぞ」
「魔王を、ですか?」
その可能性は低いだろう。
首を傾げつつも、秀長は強引に納得する。
「私としては、佐々は取り込んでほしかったんだがな」
「超速で空を飛べるようになってほしかったですね」
「博士が死んだ今、飛行機の取り扱いも微妙ですからね」
「だが、これで良い」
秀吉は唯一互角の戦いをしている、左軍へと視線を向けた。
そこには蜂須賀の姿が見えている。
「彼からの合図は、既にもらっています」
「石田は?」
「問題ありません」
「分かった。蜂須賀が戻り次第、作戦を開始する」
秀吉は交戦する蜂須賀を見ながら、秀長へ中央軍のアンデッドを増強を指示した。
「まさか俺が目立つ事になるとはなぁ」
イッシーは目の前に広がる戦闘を見て、少々的外れな事を考えていた。
負傷して本調子ではないタツザマに代わり、右軍の指揮を任されたイッシー。
そこには大した敵は来ないと思っていたのに、何故かかつての仲間だった蜂須賀という男が姿を現していた。
「猫田殿、意外と戦闘指揮も出来るんだな」
「イッシー殿、拙者は彼の事をよく知らないのだが」
相対する敵の将に、見覚えは無い。
タツザマは、蜂須賀がかつての魔王配下の者である事しか知らなかった。
「そうか。猫田殿は・・・ん?そういえば俺も詳しく知らないな」
「そうなんですか?」
「考えてみると俺達も、あんまり接点が無いんだよ。いつも偵察と称して、安土には居なかったし。俺が知っているのは、主に帝国に潜入していたくらいかもしれない」
イッシーは顎に手を当てると、それも何となくカモフラージュではないかと思えてきた。
そもそも帝国も、ヨアヒムが洗脳されていたという事実がある。
それを行っていたのが秀吉だと分かった今、蜂須賀も洗脳に加担する為に帝国に居たのではないかと思った。
「駄目だ。疑い始めると、全部怪しく思えてくる」
「敵の情報は無しですか」
「俺が知っているのは、影魔法が使えるってくらいかな」
魔王から聞いている情報は、それくらいしかない。
ただしそれも以前は抑えていたくらいで、今ではどれくらいの魔法が使えるのかまでは、把握していなかった。
「しかし秀吉軍も、なかなかやる。猫田殿の指揮もあるが、この軍は個々の強さが高い」
「拙者の部隊も押されていますね」
タツザマ隊は一糸乱れぬ姿で戦っているが、向こうもそれと同様、崩れる様子は無い。
そこに異分子としてイッシー隊を投入するが、何処からか現れる不気味な部隊に、イッシー隊の支援は阻まれていた。
「何故イッシー隊がぶつかる場所が、分かっているんでしょうか?」
「分からん。秀吉軍の内側から、突然湧いたようにも見えるんだけど」
「真後ろにピッタリとくっついているわけもないし。アレをどうにかしないと、猫田殿には届かないな」
イッシーとタツザマは膠着状態の戦線を、歯痒い気持ちで見守った。
「無駄に時間が過ぎている気がする」
既に正午を回って数時間。
暗くなる前の一時撤退の時間が、迫ってきていた。
「今日は様子見のようですね」
「負傷しないように、流すように指示を。ん?タツザマ殿!」
「っ!?」
イッシーが叫んだ瞬間、タツザマは空へと駆け上がった。
その瞬間、足下から尖った何かが突き出してくる。
「参ったな。油断したところを、狙い打ち出来るかなと思ったのに」
「猫田殿!」
「久しぶりだな、イッシー殿」
黒い水溜まりのような場所から、姿を見せる蜂須賀。
それはタツザマが立っていた場所にあった、影だった。
「イッシー殿、行きますよ!」
タツザマがイッシーとの共闘を求めると、イッシーも両手に剣を持った。
「私と戦うか?」
「猫田殿、戻っては来ないんだな?」
「・・・君達が思っているより私達の怨嗟は深く、そしてそう簡単に晴らせるものではないんだよ」
「そうか。なら仕方ないな」
イッシーは剣を横に振った。
その瞬間、剣から鞭に変わると、蜂須賀の身体に巻きついた。
「ナイスだ!行くぞ蒼虎!」
空を駆けるように降りてくるタツザマ。
蜂須賀の真後ろを取ると、胴から真っ二つに剣を振り抜いた。
「駄目だ、手応えが無い」
「影!?」
ゼリーにスプーンを差し込んだように、ヌルッとした感覚だけが手に残っている。
タツザマは蜂須賀を斬っていないと確信すると、イッシーもさっきまであった鞭に巻きつく感覚が消えていた。
すると鞭は地面に落ち、そこには影も形も無くなっている。
「何処だ、何処に消えた?」
「気配は感じるのだが」
タツザマは危機を感じ、再び空へ上がった。
イッシーとタツザマは辺りを見回すが、何処にも見当たらない。
「悪いな二人とも。そろそろ時間のようだ」
「森の中!?いつの間に移動したんだ?」
「なるほど。影だな」
「流石はイッシー殿。観察力が優れている」
「どういう意味ですか?」
イッシーはタツザマの影を指差した。
それは陽が傾き、横に長く伸びた影だった。
「猫田殿はタツザマ殿の伸びた影から、その先にくっついている森の影に移動したんだ」
「この距離をですか!?」
空に浮かぶタツザマの影は、かなり長く伸びていた。
その為普通では考えられないくらい、長い距離を移動したように思えた。
「逃げるのか?」
「逃げる?私は既に仕事を終えた。君達では気付かないだろう」
「待て!」
タツザマが追う仕草を見せると、彼は苦しそうな仕草を見せる。
首を押さえながらもがくタツザマを見て、イッシーは蜂須賀にナイフを投げた。
しかし彼はそれを難無くキャッチすると、タツザマへと投げつける。
「チィ!」
イッシーは空に向かって盾を投げ、ナイフを弾いた。
蜂須賀の居る森の方を警戒するイッシーだったが、そこには既に蜂須賀の姿は無かった。
「ゲホゲホ!蜂須賀は?」
「逃げられた。大丈夫か?」
タツザマは頷くと、地上に戻りイッシーに何があったのかを説明した。
「何があったんだ?」
「影だ。奴は俺の影の首を、影を操って絞めていた。イッシー殿、奴と戦うなら、陽の当たらない場所の方が向いていそうです」




