竜巻と雷
メリケンサックはどうかと思った。
ムッちゃんが文字通り身体を張って奪い取った、ダイヤモンドの剣。
それを使って作り出したのが、ダイヤモンド製のメリケンサックだった。
本人も言っていたけど、趣味が悪いんだよ。
僕は元々、オープンフィンガーグローブのような物を作ろうと考えていた。
そもそもムッちゃんは、総合格闘技をやっている。
慣れたグローブでやらせた方が、強いと思ったんだよね。
オープンフィンガーグローブの短所である拳や指の骨折も、ムッちゃんならすぐに治るし。
それにボクシングのグローブだと、ゴツゴツしてて逆に扱いづらいかなと思った。
そこまで考えていたなら、どうしてメリケンサックにしたのか?
それは兄の影響が多い。
まずメリケンサックは、打撃の強化が主な理由となるらしい。
グローブは自身の拳を守る意味もあるのに対して、攻撃力を上げる意味合いがあるのだ。
僕はムッちゃんの攻撃力なら、底上げなんて必要無いと思っていたんだけど。
それに対して兄は、更なる上乗せを要求してきた感じだ。
そして最終的に、ムッちゃんは超回復があるんだから、守る事よりも攻める事を重視すべきだという意見を聞いて、僕も納得してしまった。
ちなみにどうしてメリケンサックなんか思いついたのか聞いてみると、どうやら長谷部との会話で出てきたからだと言っていた。
本当に変な事だけは、しっかりと覚えてるんだよなぁ。
でもメリケンサックにして良かったと少しだけ思う点もある。
それはオープンフィンガーグローブよりも、使用したダイヤモンドの量が少なかったのだ。
だから余ったダイヤモンドは、別の使い道があるよね。
決して懐に入れようなんて、思ってはいませんよ。
何かに使えると思ってるんでね。
使い道が無かったら、それはそれで仕方ないと思ってるけど。
ちゃんと考えますよ。
一応ね。
平野の顔に余裕は無い。
今まで有利に働いていたのは、タケシに対してダイヤモンドの剣が、武器にもなり防具としても扱えたからだ。
同じ素材を使ったとなると、使い手の攻撃力も加算されてしまう。
勿論、平野の技量は本多を相手にしても戦えるレベルにはあった。
だが、時に力は技をねじ伏せる。
それにタケシにも、空手をベースとした立ち技の技量はしっかりとあるのだ。
「どんどん行くよ!」
「ムッちゃん!」
「っと、このタイミングで?」
タケシは平野が怯み、攻撃に転じようというタイミングで、再び魔王から声を掛けられた。
「追加の品?おぉ、こっちの方がちょっと嬉しいかも」
また空飛ぶ変な手が持ってきたのは、レガースだ。
すねや足の甲を守る為の物なんだけど、これがあると足でも防御が出来る。
相手が武器を持っていなければ別に問題無いんだけど、今回の剣はちょっと硬さが違う。
すねで受けたら、骨が折れちゃうからね。
普段なら骨が折れても問題無いけど、平野はそれなりに技術はある。
ちょっとした隙を見つけて、一気に流れが変わる可能性も否定出来ない。
「取らせるか!」
平野は更なるタケシの強化を阻止するべく、空に浮かぶ手に攻撃を仕掛けた。
しかしそれは、意志があるかのように回避をすると、タケシにレガースを送り届けた。
「あ、ありがとう。しかしこの手、気持ち悪いな。イテッ。悪口にまで反応するのかよ!」
流石はコウちゃんの持ち物と言うべきか。
まさか悪口を言ったら、ビンタされるとは思わなかった。
また変な物作ったなぁ。
「今度こそ、こっちから行くぞ」
「くっ!」
平野は今までと違い、ダイヤモンドで鎧を作り出した。
要所要所を、ダイヤモンドで身を固めている。
そこでタケシは、ある事に気付いた。
初めて平野が、守りに重きを置いたのだ。
しかも自分から攻めるのではなく、受け身に回るような形を取って。
彼はその時、平野の心境の変化に気付いた。
「キミ、弱気になってるな」
「だ、誰が弱気だ!だったらコレでどうだ!」
タケシの身体が、更に一回り大きくなった。
そして剣から、太い棍棒に武器を変化させている。
「これでも耐えられるか!?」
「おうりゃ!」
上段から振り下ろす棍棒に対して、ハイキックで応戦するタケシ。
ダイヤモンド同士が当たると、妙な音がした後に棍棒は砕け散った。
「バカな!?こっちが一方的に壊れるなんて、あり得ない!」
「・・・そうね」
平野は今起きた出来事に狼狽えたが、タケシはそうではないと分かっていた。
レガースも砕けなかっただけで、確実にダメージは入っていた。
それが分かったのは、蹴った右足を下ろした際、妙な音がしたからだった。
「やっぱり、早々に決めないと無理だな」
「お待たせ」
「ベティか。本当に待ち侘びたぞ」
「その割には無傷で、余裕がありそうだけど」
「そう見えているなら、向こうはもっと焦ってるかな」
ベティは両手を再生させて、防戦一方の本多を助けるべく戦線に復帰した。
本多が軽口を叩くと、ベティもそれに応じる。
「そんな!?さっきのダメージは無くなったって事?」
「坊や、今度こそ全力でお仕置きしてあげる。それこそ、生きている事が嫌になるくらいね」
「そんな事は絶対に思わない」
「フフフ、そうかしら?」
ベティの笑みに身震いする福島。
だがこれは、ベティの精一杯の強がりだった。
腕は完治しても、流れた血までは元に戻らない。
両手を斬られた彼が流した血は、少なくはない。
その為激しく動けば、それだけ動ける時間は短くなってしまう。
「実際のところはどうなのだ?」
「長くは保たないわね。アタシはフォローに回るわ」
「俺が奴を倒すのか。何か良い作戦でも?」
「ある。魔王様にお願いして、クリスタルを交換したから。作戦は・・・」
口元を隠して話し合う二人。
福島は今がチャンスとばかりに、日本号による攻撃を敢行する。
だが、それがベティの狙いだった。
「掛かったわね。ベティィィィィトルネエェェェド!!」
ベティは瞬時に福島の真上に移動すると、彼は双剣を交差する。
とても強い風が唸りを上げて、福島をすっぽりと覆った。
「日本号の刃が!?」
作り出した何千という刃は、竜巻に呑み込まれてしまった。
激しい風に刃はぶつかり合い、金属音を鳴らしながら電気を発生させる。
「思わぬ副産物ね。ベティィィィィサンダアァァァ!!」
ベティが大きく叫んだ。
福島は雷が落ちてくるのかと、槍を手放して地面に伏せた。
だが、何も起きなかった。
「何だよ、フェイクか。え?」
伏せていた福島の胸を、竹槍が貫く。
次の瞬間、地面から本多が姿を現した。
「フェイクというより、ブラインドだな」
「お、同じ手に引っ掛かってしまうとは・・・」
「壮大な演出の前には、小事など見失うものだな。今度は確実に仕留める。悪いが死んでもらうぞ」
本多は両手で竹槍を持ち、福島の身体を空にぶち上げた。
ベティはそれを見て、竜巻の中に突入していく。
「ひ、平っち!」
自身の窮地に平野の名を叫ぶ福島だが、竜巻の中から平野に対して、その声が届く事は無い。
間近に迫るベティを見て、最後に手に持った槍で悪足掻きをしようとした。
その時だった。
「な、何!?」
「うわあぁぁぁ!!」
竜巻の中で発生していた雷が、福島の身体を貫いた。
ベティは慌ててスピードを落とし、動かなくなった福島の首を、トドメと言わんばかりに刎ねた。
クリスタルによる竜巻は収まり、地上へ落下していく福島の身体。
ベティも力無く降りていくと、擦り傷だらけの本多が出迎えてくれた。
「あら、カッちゃんもとうとう傷を負ったわね」
「馬鹿を言え。コレはベティの起こした竜巻のせいだからな。戦いで負った傷じゃない」
「そうなの。アナタ、本当にバケモノ染みてるわね」
戦いで負った傷は無い。
福島を相手にそう言い切った本多に、ベティは心から呆れた。
それと同時に、本当にマッツンとゴブリンが敵ではなくて良かったと、心から思うのだった。
「福島正則、強かったわね」
「俺もそう思う。下手をすると妖精族の領主である、丹羽殿よりも強いんじゃないか?」
同じ領主であるベティに、本多は興味本位に尋ねてみた。
顎に手を当てて、考え込むベティ。
しばらく沈黙した後、口を開いたベティはこう言った。
「それでも丹羽殿の方が強いと思うわ。あの人にはアタシよりも経験があるもの。見えない刃も森魔法で対応しそうだしね。やられたアタシが言うのも微妙だけど、領主は強いのよ」
「そうか。ベティがそう言うなら、そうかもしれんな」
「ただし、阿形と吽形にはまだ荷が重いかもしれないわね」
「あの双子か。まだ若いから、と言うべきかな?」
「そうね。言い方を変えると、伸び代が大きいと言えるわ。そう考えると、妖精族の未来は明るい。その点アタシ達は、ちょっと悩みどころよね」
鳥人族と違い、領主と肩を並べる強さを持つ者が居る。
一番強い者が領主を務める鳥人族と違い、妖精族は強さを引き継いでいく。
次の領主候補が居るというのは、未来があるという意味でもある。
その点で鳥人族は、未だ自分を脅かす者が現れないという事は、次代の領主候補が居ないという事でもあった。
「なんか大変だなぁ」
「カッちゃん!アナタのところだって、他人事じゃないでしょ」
「ウチはマッツンが居れば問題無いから。安泰だよ」
「マッツンが老いて衰えても、そう言えるの?」
「そうだね。若い連中が何と言うか知らないけど、マッツンを引きずり下ろしたいなら、まずは俺達が相手かなぁ」
「・・・マッツンはしばらく安泰ね」
福島を相手にしても無傷の男。
それを相手にして勝たなければ、ゴブリンの王にはなれない。
ベティはマッツンの時代がずっと続くのだろうと、改めて思った。
しかしそんな本多の口から、ある人物の名前が飛び出した。
「ただ、俺でも勝てないかもと思う人も、何人かは居るよ」
「誰?」
「まずはマッツン。それと魔王様だ」
それに対しては納得出来ると、大きく頷くベティ。
だが何人かと言うなら、他にも居るはず。
ベティは次に挙がる名前に、興味津々だった。
「その二人は分かるわ。他は?」
「後二人居る。一人は騎士王国のトキド。アイツは強いな。接近戦になれば勝てるかもしれないが、接近戦に持ち込める気がしない」
「トキドちゃんは強いわね」
自分も戦った事がある為、ベティはトキドの実力を知っている。
そのせいか、本多の言う事をすんなりと受け入れられた。
「もう一人は?」
「それがタケシだ。俺も接近戦には自信があるが、アレはバケモノだな。というより、内にバケモノを飼っている。俺も槍で本気で戦って、接近させないようにしないと勝てないと思う。ただし、いつも本気を出さないのが欠点だろうな」