戻される男
短時間で性格が変わるって、飲酒でもしているのかと疑いたくなる時がある。
平野は秀吉の手によって助けられ、再び福島の下へと戻ってきた。
今までは自分の命が最優先といった言動が見られていたけど、戻ってきた平野の様子は大きく変わっていた。
その大きな特徴が、自分の命よりも敵を倒す事に重きを置いていたのだ。
言ってしまえば自分の命を優先というのは、守備に力を入れていると言って良い。
しかし相手を倒す事を優先というのは、真逆の攻撃重視に変わったという事だ。
何でもそうだけどさ、それってかなり大きな変化だと思うんだよね。
サッカーでも、フォーメーションから攻撃重視していると分かるものもあれば、守備に力を置いてカウンター狙いのフォーメーションだってある。
それを急に変えろと言われても、選手は頭が追いつかないでしょ。
今まで練習や積み重ねてきた経験があるから、それが出来る。
平野の場合は個人だけど、急に真逆の考えに変わるなんて、普通はあり得ないんだよね。
まあ高校入学や夏休みを機会に、デビューする人も居るよ。
今までボタンは全て留めて黒髪坊主だった人が、突然茶髪にしてシャツははだけて着こなしたりしてくるとかね。
女の子なんか多いよね。
今までパッとしなかったのに、夏休み終わったらめちゃくちゃ変わってるとか。
何かあったんだろうなと思いつつ、それを聞くには僕にはハードルが高過ぎて無理だったなぁ。
でも高校デビューや夏休みデビューする人達だって、中身が全て変わったかと言われたら、ちょっと違うと思うんだよね。
急にチャラくなりやがったなぁと思っても、話をしたらやっぱりアニオタなのは変わってなかったりしたし。
性格も同じだよね。
見た目は変わっても、やっぱり中身は変わっていなかったりする。
それでも違う人というのは、元々そういう性格だったのか。
もしくは無理をしているだけ。
無理をしてまで変えるのは、やっぱり何かしら要因があるはず。
それが他人によるものなら、おそらく何処かで綻びが出ると思うんだけどね。
僕達は城から、ベティとカッちゃんによる二対一の戦いを見ていた。
ムッちゃんが平野を倒して何処かに行ったから、これなら確実に勝てると思っていた。
それは官兵衛も同じだったようで、彼も何も言わなかった。
それなのに突然あの男が、急に僕の背中をグイッと引っ張ってきたんだ。
「おい魔王。何か嫌な予感がする」
「何かって何よ。それを説明してくれないと、分からないんだけど」
マッツンにこう言われた時、僕は少し迷っていた。
ただ単に、冗談でこんな事を言うとは思えなかったからだ。
特に今は、マッツンの友人であるカッちゃんも戦っている。
変な悪ふざけをして彼を害する事は、あり得ないと思った。
だから僕は、どう説明しようかと困っているマッツンを見て、全面的に受け入れる事にしたのだ。
「マッツン、僕はどうすれば良い?」
「お、おう。嫌な予感がするのは、ベティだ。カッちゃんは無敵だ。だから絶対に負けない。そう考えると、多分ベティがヤバイ」
う、うーん。
何とも信用度が低い説明だが、信じると決めたんだから信用しよう。
「じゃあベティを助けられるように、誰かを連れてくれば良いね?」
「むっ!」
マッツンが力むと、また屁が出たとかそんな事を言うからな。
皆が少し距離を空けると、そうじゃなかった。
「タケシだ。アイツをまた呼び戻した方が良い」
「ムッちゃんを?」
「そんな気がする。しかも嫌な予感が、どんどん膨らんでいる。早くした方が良いぞ」
マッツンの真剣な顔を見る限り、これも冗談じゃない気がする。
だから僕は、急ぎムッちゃんを探しに空を飛んでいったのだ。
「間一髪だったね」
「ベティがここまでやられるとはね。マッツンの予感に感謝しないといけないな」
「マッツンが予言したの!?流石はマッツンだな!」
カッちゃん大はしゃぎだけど、ベティが意識朦朧としているから、あんまり騒がないでほしいのだが。
「いや〜コウちゃん、じゃなかった。魔王様が急に空から降ってきた時は、かなりビビったよ。でも、呼び戻してくれて良かった」
ムッちゃんの眼光が珍しく鋭い。
ベティがやられた事に、腹を立てているみたいだ。
「悪いけどカッちゃんは、ここから一人でよろしく。ベティはここで退場させ」
「勝手にアタシを下げるんじゃないわよ」
「うおあっ!」
両腕はまだ完全に治っていない。
それでも出血が止まった事で、意識は取り戻したらしい。
「アタシも戦うって言ってるの。魔王様と言えどここでアタシを下げたら、恨むわよ」
別に恨まれても良いのだが、どうするべきか。
恨まれても命が助かるなら、ベティは後々僕に感謝してくれる気もする。
しかし本当にずっと恨んできて、鳥人族全体と遺恨が残らないとも言い切れない。
【良いんじゃないか?本人がやりたがっているんだ。戦わせてあげよう】
兄さん、でもベティはまだ本調子じゃないよ。
【それでも意地はある。ベティは領主だ。やられたまま引っ込むなんて、プライドが許せないんだろうよ】
プライドなんかで命を懸けるのは、僕からしたらどうかと思うけど。
本人もやる気だし、カッちゃんも頷いている。
だったら大丈夫かな。
「ベティ、腕が完全に再生するまでは待機だから。それは絶対だよ」
「ありがと魔王様!勝ったらキスしてあげるわ」
「それは結構です」
冗談が言えるくらい、元気を取り戻したみたいだな。
ベティが回復するまでは、ムッちゃんカッちゃんコンビに堪えてもらうか。
「二人とも、頼んだよ」
「任された」
ムッちゃんとカッちゃんは、福島と平野の方へ向かっていく。
そういえば、カッちゃんは竹槍を持っていない。
よく分からない所に転がっているけど、どういう事なんだ?
「すまんがタケシ、俺は竹槍を回収しに行く。それまで一人で相手を頼めるか?」
「それくらいは余裕だよ。いや、むしろそれくらいはさせてほしい」
タケシの表情が、いつもより固い。
それに気付いた本多は、タケシの背中をポンと叩いた。
「どうした?そんなに強張るなよ」
「あぁ、身体が固くなってるか。ゴメン、俺がちゃんと確認をしなかったから、ベティさんがあんな目に遭ったんだよね」
タケシは平野を睨みつける。
本多は理由が分かると、今度は強く背中を叩いた。
「イッタ!何するのさ!?」
「ワッハッハ!タケシでも責任を感じているんだな。でもそれは、お前が感じる必要は無い」
「でも俺は、あの男を二人に頼まれたんだよ。それをやっつけた気になって、勝手に離れたんだ」
「違うな。むしろ俺達がタケシに、あの男を押し付けたんだ。言ってしまえば、一対一だと面倒だから押し付けただけ。ベティがやられたのも、油断していたのが悪い」
後ろに居るベティを親指を向けると、タケシの責任ではないと言う本多。
更に彼はこう言った。
「ベティが死んでいたら、俺も怒ったかもしれない。でもそうはならなかった。ベティから小言は言われるかもしれないが、それは倒したら聞けば良いだろう?」
ニヤリと笑う本多に、タケシも同じ笑顔で返す。
「分かった!」
タケシは二人に向かって、無策で走っていく。
本多もそれに合わせて、竹槍を拾いに行った。
「平っち、魔王に連れられてタケシが戻ってきたぞ。倒したんじゃないの?平っち、平っち?」
「タァケェシイィィィィ!!」
「平っち!?」
福島の制止も聞かず、平野も走り始める。
両手に槍を作り出すと、それを何本何十本も投げつけた。
「邪魔ぁ!」
槍を叩いて弾くタケシ。
しかし足は止めずに、何本かは身体を貫いていた。
それを引き抜いていると、平野の声が大きくなっていく。
「タケシィィィィ!!」
「今度は倒す!」
お互いの拳をぶつけ合うと、平野の身体が大きく後ろへ吹き飛んだ。
歯を食いしばると、平野は槍を地面に突き刺して止まった。
「ぐっ!」
肉弾戦では勝てないと判断したのか、今度は自ら行くのをやめて、両手をタケシに向かって差し出す。
「あ?」
突然土の壁に囲まれ、困惑するタケシ。
すると何も無い地面から、炎が湧き上がった。
「燃え死ねえぇぇぇ!!」
「アッツ!でも俺は、この程度で死なないけどね」
前蹴りで壁を破壊すると、壁の中から出ていく。
「あら?居ない」
目の前に居たはずの平野の姿が無い。
まさかと思い本多の方を見たが、対峙しているのは福島の姿しか無かった。
「・・・上か!?」
小さな影を見つけ空を見上げると、そこには翼を生やして空に浮かぶ平野の姿があった。
「逃がさない!」
再び壁を作るが、今度は土と違い少し光っている。
タケシは少し触れてみるが、それが何なのか分からなかった。
軽く殴りつけると、タケシの表情が変わる。
「硬いな!」
「クフフフ。それは金剛石。貴方に分かるように言えば、ダイヤモンドだよ」
「ナニイィィ!?」
ダイヤモンドと聞いて、バンバンと叩くタケシ。
その後、何かを思ったのか首を捻った。
「いやいや、ニセモノだな」
「本物だ」
「違うって。だってコレ、キラキラしてないし」
「それはカットしてないからだ!」
「あ、そうなの」
タケシはマジマジと壁を見るが、やはり納得がいかない様子。
そこで平野は、指を壁に向けて動かし始めた。
「お、おぉ!?」
徐々に見た事のあるような形になっていく壁。
それを見たタケシは、頷き始める。
「ダイヤモンドだあ!凄いな・・・」
「分かったか。そして」
「なあなあ!」
平野の言葉を遮るタケシ。
深呼吸をしたものの、苛立ちは収まらず声を荒げる。
「何!」
「このダイヤモンド、俺が勝ったら貰っても良い?」
「この脳筋が!勝てると思ってるのか!」
「思ってるから言ってるんだけど。もしかしてキミがやられたら、ダイヤモンドが無くなっちゃう?」
「誰が教えるか!いや、教えても良いな」
「ホントに!?」
タケシは嬉しがっているが、空の異変に気付いていない。
「で、どっちなの?」
「コレに耐えられたら、教えても良い」
「鏡?」
タケシを囲むように、空には鏡が八枚浮いている。
平野が指をパチンと鳴らすと、それが斜めに向いた。
「いくら回復出来る貴方でも、コレは耐えられないでしょう」
「光?」
「ダイヤモンドプリズン」
鏡に反射した太陽の光が、タケシの周囲の壁に集まった。
「さあ、死んで下さい」
最後に上部にもダイヤモンドを被せると、タケシが急に静かになり、ポツリと呟く。
「太陽の光って、痛いんだな」