可視不可視
あけましておめでとうございます。
死にたくないから相手を殺す。
平野は秀吉の手によって、間一髪助けられた。
助けられた彼は秀吉から、カッちゃんには勝てないと言われて憤慨していたみたいだけど、実力的にはそこまで大きな差は無いと思われる。
ただ一つだけ違いがあるとすれば、経験だと思う。
その経験が、二人に大きな違いを生ませていた。
それが心の余裕だろう。
カッちゃんは福島と平野を相手にして、どちらかと言えば不利な状況でも、そこまで追い詰められた感じはしなかった。
ベティですら少しは焦りを見せていたのに、カッちゃんはそこまで動じていない。
それには過去の経験が生きているらしく、何故かマッツンが偉そうに話をしてくれた。
カッちゃん達にはゴブリンキングになるべく、今では仲間であるゴブリン達と群雄割拠の戦乱時代があったらしい。
ゴブリンはどちらかと言えば、戦闘能力ではランクの低い種族である。
ネズミ族よりは力があるが、魔法は使えない分ゴブリンの方が下に見られるレベルである。
そんな種族の中でキングを決めると言っても、それは他の人達からしたら取るに足らない戦いだったかもしれない。
しかし多くの戦いをしてきた彼等は、経験という強さを持っていた。
その中には窮地に追い込まれたりした事も、あったんだろう。
福島や平野は強者ではあるけど、それくらいは経験済みと考えると、カッちゃんの余裕は当然だと思えた。
ちなみにマッツンが言うには、本来ならそこで多くのゴブリンは死ぬ事になり、強いゴブリンの数は一気に減るらしい。
誰かがキングになれば、残った反発する強い勢力も潰されるからだ。
だけど今回、そうはならなかった。
その大きな理由が、ゴブリンではなくマッツンがトップに立った事で、誰からも文句が出なかったのが大きいらしい。
その為本来なら死んでいく強いゴブリン達が生き残り、今回のような一大勢力になったという話だった。
だから俺様を敬えと言っていたが、お前の力じゃねーだろと僕は思ってしまった。
平野の心には、カッちゃんという強者を前にして焦燥感が漂っていた。
やはり力は互角でも、心の在り方でその辺の差は出るんじゃないだろうか。
僕も秀吉を前にしても余裕ある態度で居られるよう、少しはイメージトレーニングでもしておこうかな。
地面の中から現れた巨体。
軽んじていたつもりは無いが、ベティに意識が集中していたのは否めない。
それでもあの大きな身体が居なくなれば、普段であれば見逃すはずは無かった。
「カッちゃん、やったわね」
「苦肉の策だ。本当ならもっとスマートにやって、マッツンに褒めてもらいたかったけど」
「それでも形勢が傾いたわ。行くわよ!」
ベティの双剣が勢いを増す。
加えて本多の竹槍も福島を狙うが、彼は日本号の刃を前面に集中させて、二人の攻撃を防いだ。
「くっ!ひ、平っち!い、居ない!?」
気付けば平野の姿は無い。
しかし相手をしていたタケシの姿も同様だった。
三人を相手にしなくて済むという安堵する気持ちと、何故消えたのかという苛立ちが、交互に頭を巡っていく。
どちらにしても、もう平野による助けは期待出来ない。
福島は頭を切り替えて、二人を相手にどうやって戦うか。
そちらに意識を切り替えた。
「・・・もっと、もっと刃を増やす!ジャパアァァン!!」
「まだ増えるの?もう勘弁してよ」
「でもベティ、今度は見えてるぞ」
「あら、ホントだわ」
福島の頭上に現れた新たな刃。
数も再び多く、ベティはうんざりした顔で一度距離を取った。
「見える方で牽制しつつ、見えない方で攻撃するつもりかな」
「でもアタシには通用しないわよ。カッちゃん狙いかしら?」
「もしくは時間稼ぎか。でも救援が来るとは思えないんだけどな」
二人は日本号の刃が襲ってこないので、少し息を整える事にした。
ベティも耳を澄ませて、本多の考え同様に誰かがこちらに向かってこないと言い切る。
そんな二人の会話を、聞こえていないながらも察していた福島。
そして動こうにも、二人相手では自分に攻め手が欠けている事を自覚していた。
「どうするべきなのか。・・・え?」
何かに気付き挙動不審になる福島だったが、何かを意識して平静を装い始める。
「何かおかしいわ。多分動くわよ」
「分かった。警戒しておこう」
双剣と竹槍を握り直し、構えるベティと本多。
すると福島が意を決したのか、前方へ猛ダッシュをしてくる。
「・・・んだ。良いな?」
「分かりました」
福島は誰かの声に小さく返事をすると、その声の言う通りに二人に向かっていく。
「来たわよ!」
「ん!?おい、アイツ不可視の刃を可視化させたぞ?」
「何か意図があるんだろうけど、まだ分からないわ」
突然見えない刃を見えるようにした福島。
気付けばその数は一千本どころではなく、その五倍近くの数の刃を操っていた。
「あの数が一斉に動いてくるとなると、気持ち悪いな」
「確かにね。でも、まだ見えない刃を隠してるかもしれないわ。油断しないでおきましょう」
可視化させた刃を前方と左右、頭上に配置する福島。
彼は愚直に前に向かってくると、ベティには刃を飛ばし、本人は本多へと向かっていった。
「アタシはコレで良いってわけね。ナメられたものだわ」
「何か意図があるかもって言ったのは、ベティだろう。油断するなよ」
不満を口にしながらも、油断は見せないベティ。
怒涛の如く左右から刃が襲ってくると、双剣でそれを弾いていく。
「うわあぁぁぁ!!」
「締まらない声だなあ」
福島は日本号で、本多へと高速の突きを入れる。
だが高速とは言っても、又左や慶次より遅い。
ベティの双剣のスピードと比べると、天と地の差があった。
「この程度ならば。むっ!?」
本多が日本号の突きとは違う所を、突然竹槍で払った。
「うわあぁぁぁ!!バレてたあぁぁぁ!!」
「なるほど。その大声は、不可視の刃から気を紛らわせる為だったかな。でも俺には通用しないからね」
四方を気にしながら、福島の攻撃を弾いていく本多。
背後からの攻撃も気にしつつ、一度後方へ大きく飛び退いた。
すると福島は、見えない刃を可視化させつつ、それを本多へと差し向けた後に反転する。
「狙いはベティか」
「うわあぁぁぁ!!」
ベティの背後から、雄叫びを上げて迫る福島。
流石にこれにはベティも驚きつつ、対応する。
「アナタ、バカなの?後ろから攻撃するなら、叫んじゃダメでしょ」
「バカにするな!」
福島は可視化した刃をベティの周囲に集合させると、大きな傘のように頭上に配置する。
そして本人による攻撃と、左右からの刃による攻撃で、逃げ場を一方向へ絞らせた。
「後ろに誘導しているワケ?でもこの程度なら、見えてるし対応出来るわよ」
耳に意識を割かない分、ベティには余裕がある。
福島はそれでも今の攻撃を止めず、徐々に自分の槍による攻撃の鋭さを増していった。
「手の内を隠してたのかしら?少しはやるじゃない」
「うわあぁぁぁ!!」
「でも少しだけね」
ベティが余裕を見せると、福島の突きの引き手に合わせて、ベティは飛び込んだ。
その瞬間だった。
福島の必死な顔が、突然変わったのだ。
「よくやった」
「え?」
ベティは大きくバランスを崩した。
後ろから何かに攻撃された。
振り返るとそこには、影から剣が伸びて自分の翼が貫かれているのが見えた。
「誰!?」
そのまま影から腕が伸びてくると、その正体が露わになった。
「平野!?アナタ、タケシと戦ってるんじゃないの!?」
「フン!」
ベティの翼を斬り裂く平野は、そのまま福島と挟撃すると形を取った。
雰囲気が違う平野を見たベティは、福島よりも平野の方を警戒する。
「ベティ、逃げろ!」
「無理よ」
ベティの左右と頭上には可視化された刃が飛んでおり、前後は福島と平野が居る。
逃げ場を失った彼は、賭けに出た。
「ベティィィィィフラアァァァッシュ!!」
「うっ!」
目をやられた福島が呻き声を上げた。
それを聞いたベティは、そちらへ逃げようとした。
しかし平野からの殺気に気付くと、彼の攻撃を防ぐのに手一杯になってしまう。
「アナタ変わったわね」
「死ねえぇぇぇ!!」
苛烈な攻撃を仕掛けてくる平野に対し、ベティは防戦一方となる。
すると何かを思いついたのか、突然福島の腕を掴んで引き寄せた。
「なっ!?うぐっ!」
「アナタ!」
福島を盾代わりに使ったベティ。
しかし剣を止める気配は無く、福島は平野の剣で倒れてしまう。
「ひ、平野?」
「センパァイ、邪魔だけはしないで下さいよ」
福島を面倒くさそうに見る平野だが、ベティはその様子を見て一旦二人から遠ざかろうとする。
しかしその瞬間、ベティは腹に痛みを感じた。
「え?」
「さっきの攻撃方法、マネさせてもらいましたよ」
ベティの腹には、地面から突き出た剣によって貫かれていた。
それは先程、本多が地面から現れて福島の太もも貫いた光景と、そっくりだった。
やられたと思いながら、倒れるベティ。
しかし平野は追撃せず、福島の治療を始める。
「お、おぉ。助かった」
「しっかりして下さいよ、センパァイ」
「秀吉様の言う通り、影を作ったじゃないか」
「おかげで戻ってこられましたよ」
平野は福島に手を貸して起き上がるのを手伝うと、ベティがその話を聞いて、初めて可視化した理由に気付いた。
「なるほど。そういう理由だったのね」
「ついでに言うと、最初に翼を狙ったのは逃がさない為。もうその傷じゃあ、逃げられませんよね」
「ナメないでよね!」
「ナメてませんよ」
平野の剣が素早く二回振られると、ベティの両腕が斬り落とされた。
「あぁぁぁぁぁ!!」
「うーん、その泣き叫ぶ姿。良いですねぇ」
平野がその姿を見て、笑みを浮かべた。
福島はたじろぐと、平野に恐る恐る声を掛ける。
「お、お前、誰だ?」
「センパァイ、何を言ってるんですか。平野ですよ、平野長泰。それよりも早く、この男を殺しましょう」
「そ、そうだった」
福島が槍を、ベティの心臓に突き刺そうとする。
その瞬間、後方から猛スピードで竹槍が飛んできたのだった。
福島は辛うじてそれを避けると、平野が叩き落とした。
「ベティ!」
「カ、カッちゃん、来ちゃダメよ」
「アハハハ!もうすぐ死ぬ奴の為に、武器を捨てるなんて。この人もバカだなぁ」
「誰が死ぬって?」
「え?」
平野は目を疑った。
目の前で腕を失ったベティの姿が、突然消えたからだ。
辺りを見回すと、本多の隣に数人の増えている事に気付く。
「魔王様!」
「危なかったね。影魔法でベティを引きずり込まなかったら、助けられなかったよ。嫌な予感がするから行けと言っていたマッツンには、今回ばかりは感謝しておこう」