睡眠と刷り込み
接近戦のスペシャリスト。
ムッちゃんはバケモノと化した平野との戦いで、あまり普段は使わない打撃技を使うようになった。
今更と言えば、今更である。
そもそもムッちゃんは、空手がベースで立ち技の格闘技を最初に習っていたと聞いている。
何故なら彼は、格闘ゲームで使っていたキャラクターの技を、自ら使う事でゲームを上手くなろうとしていたからだ。
ハッキリ言って理由だけ聞いたら、底抜けの馬鹿としか言いようがない。
でも馬鹿も突き詰めると、それは天才に昇華するのかもしれない。
だってそんな馬鹿な行為から、世界チャンピオンにまで登り詰めているんだから。
しかも凄いのは、基本的に立ち技だけで勝ってきたという事だろう。
彼は総合格闘技のチャンピオンだったという話なのだが、何故かあんまりグラウンドが得意ではなかった。
この世界に来てから、投げ技や寝技を覚えたと言っていた。
でも彼は、既にそれをほぼ自分のモノにしている。
それは何故か?
一番の大きな理由は、やはりこの世界にあると思う。
召喚者はこの世界では、経験を積めば積むほど強くなれる。
だからムッちゃんは、ひたすら投げ技や寝技等を練習すれば、それを糧にして強くなれたという事だ。
しかもムッちゃんの場合、他の人よりも早く強くなれる秘密があった。
その秘密が、彼特有の能力である超回復である。
回復する時間が早ければ早いほど、それだけ動く事が出来る。
稽古なり実戦なり、彼の体力であればずっと出来るだろう。
他の人が休んでいる間も、ずっと強くなれる。
それがムッちゃんという人間だった。
ハッキリ言ってムッちゃんが強いのは分かるけど、彼が接近戦においてどのような立ち位置に居るのかは、僕は知らない。
だから佐藤さんやロックに聞いてみたけど、もし彼が日本に居たら、世界最強のオールラウンダーとして階級無視して戦えそうだという話だった。
格闘技は階級がとても大事だと聞いていたのに、彼はそれを超越しているらしい。
だから佐藤さん達は、ムッちゃんは特別だと言っていた。
僕からしたら、ただのお馬鹿な幼馴染にしか思えないんだけどね。
転がった平野の頭が、ゴトンと音を立てて止まった。
瞬きもしない平野。
タケシはしばらく話し掛けたが、身体も動かない事から、彼が死んでしまったと理解した。
「そっか。もう怖がる必要も無いし、良かったのかもしれないね」
タケシは最後に、なんとなく平野の身体を押して倒した。
重々しく地面に倒れると、固まったまま一切動かなかった。
「カッちゃん達に平野くんの相手を頼まれたけど、もう良いのかな」
ベティと本多は、まだ福島と戦っている。
その援護に行くべきか。
それとも遊撃に戻るべきか。
タケシは迷った末、平野の顔を一瞥してから遊撃に戻る事にした。
「ハッ!?ここは何処だ?」
「危なかったな」
平野は真っ暗な空間に自分が漂っている事に気付くと、背後から声が聞こえ、振り返った。
「秀吉さん。ここは何処ですか?僕はどうして、ここに居るんですか?」
「ここは私の作った亜空間。そしてお前がここに居る理由は、お前が死ぬと困るからだ」
「待って!それって、僕が負けるという話ですよね!?」
「そうだ。タケシの正拳突きを食らえば、お前は死んでいた。だから私は、お前とお前に似た像と入れ替え、ここに連れてきたのだ」
平野は一瞬だけ、目眩がしたのを思い出した。
その直後に記憶が飛び、気付けばここに居たというわけだ。
自分の置かれた状況が分かると、平野は冷静になりつつ、秀吉に怒りを露わにする。
「あのままなら僕が負けたって言うんですか!」
「そうだ。お前は負けていた。しかしお前のせいではない。タケシの登場は、イレギュラーだったからな」
「イレギュラー?」
「本来ならお前は、佐々成政と本多忠勝の二人と、福島と共に戦う予定だったのだ。お前と福島なら、私はあの二人に勝てると読んでいたのだが、そこに現れたのがあの男だ」
タケシの登場は予想外。
秀吉をもってしても、それは予想出来なかったという。
「助けてくれて、ありがとうございました。僕を助けたという事は、まだ戦えという意味ですよね?」
「話が早いな。タケシはお前を倒したと勘違いしている。このままやり過ごしてタケシが姿を消したら、福島の手助けをしてやってくれ」
「分かりました」
平野は立ち去ろうと足を前に出した。
だがある事に気付き、秀吉の方に振り返る。
「どうやって出るんですか?」
「待て待て。いきなり外に出ても、またタケシと相対するだけだ。平野、もっと強くなりたいと思わないか?」
秀吉の言葉に反応する平野。
「死にたくないですから。そりゃ強くなりたいです」
ニヤリと笑う秀吉。
すると秀吉は、平野に座れと命じた。
言われた通り、平野は真っ暗な空間で座り込むと秀吉の言葉を言う通りに行動する。
「ゆっくり、ゆーっくり目を閉じて。頭の中でこう考えるんだ。強くなりたいと」
「・・・強くなりたい」
「一定のリズムで、その言葉を頭の中で続けて。そして私の言葉に、耳を傾けるんだ」
他人が見たら秀吉は怪しい人物にしか見えない。
しかしこの空間には、平野以外には誰も居ない。
彼は言われるがまま、秀吉の言葉に頷いていた。
「私の記憶が、頭の中に見えるはず。それをインプットしなさい」
「・・・この人達は誰ですか?」
「強者だよ。だからキミは、彼等の戦いを強く記憶しなさい」
「強者。とても強い。本当に・・・」
眠る直前のような感覚で、ボソボソと呟く平野。
しばらくすると何も発する事は無くなり、眠ったように動かなくなる。
秀吉は真っ黒な椅子に座ると、しばらく平野の様子を見ていた。
「素直な子だ。最後に一言。私の邪魔をする者は、全員殺しなさい」
平野は小さく頷くと、秀吉も足を組みながら目を閉じた。
「カッちゃん、タケシ殿が居ないわよ」
両手を激しく動かしながら、ベティはタケシが居ない事に気付いた。
「しかしあの青年もやって来ない。おそらく相討ち、もしくは倒したが動けなく・・・いや、タケシの能力からすると無いな」
超回復を持つタケシが、ダメージによって行動不可能になる事は考えられない。
本多は考えを改めると、ベティに言った。
「今こそ福島を倒すべき時だろう」
「とは言ってもねぇ。二人とも近付けないんじゃ、倒すなんて夢のまた夢よ」
「むぅ」
二人は忙しなく手を動かしており、二人の前から金属音が鳴り止まない。
それは福島の日本号による攻撃が、激しさを増していくからだった。
「まさか本当に使いこなすくらい、覚醒しちゃうとはね」
「これ以上時間を費やせば、更にパワーアップしてしまう危険性もある。肉を切らせて骨を断つ。多少の怪我は覚悟して、倒すしかない」
「分かったわよ」
ベティは双剣で日本号の攻撃を捌きつつ、前傾姿勢へと変わっていく。
チラリと横を見た彼は、拍子抜けした。
「カッちゃん!アンタ、何してるのよ!」
「俺は行かないよ?」
「それって、アタシだけ怪我しなさいって意味かしら?ふざけんじゃないわよ!」
「違う違う。俺も蜻蛉切で援護するから」
竹槍で何が出来るのか。
ベティは訝しげに見るが、この男も規格外である。
渋々自分を言い聞かせたベティは、そのまま福島の方へ意識を集中した。
「分かったわよ。援護よろしくね」
ベティは弾丸が発射させたかのような勢いで、福島へと向かっていった。
福島は高揚感に包まれていた。
平野という良い後輩に恵まれ、とても気分は良い。
更に難しいと思われたベティと本多忠勝という、最強クラスの敵を二人も抑えている。
日本号の使い方が分かってきたのか、それとも自分の真の力が発揮されているのか。
後者だと考えている福島は、今なら誰にも負けないという気持ちで、徐々に日本号の刃の数を増やしていた。
「アハハ!僕強いな」
普段なら言わないセリフに、福島は自らが変わっていっている事を自覚する。
しかしそれが悪いとは思わないので、この妙な高揚感を受け入れていた。
「フフフ、ハハハハ!」
「笑ってんじゃないわよ」
傷だらけになりながら、見えない刃を潜り抜けたベティ。
致命傷は負っていないが、出血量はとても多い。
「フフフ」
「だから、笑ったんじゃないわよ!」
ベティが両手の短剣で、福島の目前まで迫った。
だが彼は急ブレーキを踏んだように、福島の目の前で立ち止まる。
そして石を拾うと、彼の方へと軽く放り投げた。
「やっぱり」
投げた石が福島の目の前で粉砕される。
ミキサーにかけられたような粉々になった石を見て、ベティは明らかに不機嫌そうな態度を見せた。
「何よ。アタシ達への攻撃だけじゃなく、自分の防御にも使ってたなんて」
「読まれてるとは思わなかったなぁ」
「そんなのアンタの目の前で、何かが高速回転している音が聞こえるんだもの。分かるに決まってるでしょ」
もう一度石を拾い、今度は福島の真上に投げる。
頭上でも石は粉々になり、福島には死角が無い事を悟った。
「さて、どうします?」
「アンタ、性格悪くなったわね」
昨日までと違い、上から目線で言ってくる福島。
平野という後輩の存在と、二人を相手にしているという自信が、福島の性格を大きく変えていた。
「でもね、その程度のスピードならアタシの方が速いわ」
福島のはるか真上に飛んでいくベティ。
ある高度まで来ると、そこから猛スピードで福島目掛けて落ちていく。
「アタシはベティ。そしてスカイインフェルノ。空から落ちる地獄の炎に焼かれて、死になさい!」
速度を落としたくないベティは、双剣を前に突き出して加速していく。
剣先から炎が出ると、福島の頭上の日本号のバリアを突破した。
「やりますね。でも!」
「あぁっ!」
真っ直ぐに突撃してくるベティに、福島は無数の高速突きを展開する。
ここで回避を選択すると、背中を日本号の刃で斬りつけられる。
ベティは自らの双剣で福島の高速突きを捌こうとしたが、自ら突進したスピードが速過ぎて、突きを捌ききれなかった。
バランスを崩して地面を転がるベティに、福島は追い打ちとばかりに見えない刃をベティへと飛ばす。
「イッタァ!乙女の肌を斬り刻むなんて、本当に最悪だわ」
「ゴフッ!精神攻撃なんて出来るんですね。まあ存在自体が精神攻撃に近いですけど」
「誰が精神攻撃だ」
福島は日本号のバリアという狭い空間で、飛びながら福島の攻撃を躱していく。
だが徐々に逃げ場を失うと、気付けば福島の目の前までやって来ていた。
「誘導されていたのね。もうアタシに逃げ道は無いか」
「スカイインフェルノ、お命頂きます!」
福島の槍がベティの喉元に届きそうになると、ベティはフッと笑った。
その瞬間、福島の足下が盛り上がる。
「ぐあっ!な、何だ!?」
福島の左太ももから脇腹に向かって、突起物が貫く。
その直後、更に地面が盛り上がった。
「ペッペッ!やっぱり地中を抜けるのは難しかったか。ジャイアントが居たら、もう少し楽に事が運んだんだけど。まあ致命傷を負わせられたから、良しとしようか」