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 経験が人を変える事もあるのかな。


 ムッちゃんと平野の戦いの中で、平野は明らかに常軌を逸した攻撃をしていた。

 ムッちゃんは平野からマウントポジションを奪うと、顔面をタコ殴りした。

 それは格闘家であるムッちゃんなら、当然やってもおかしくない攻撃だ。

 レフェリーが居たら途中でストップと言われたりするだろうが、この戦いにはそれが無い。

 だってルールなんか無いんだから。

 だから平野も、それから脱出する為に刃物を持ち出すのは当たり前とも言える。

 素手に対して武器を使うなんて、卑怯だ。

 なんて言う馬鹿は居ないだろう。

 だけど物事には、限度というものがある。

 その限度を軽々と超えてきたのが、平野という人物だ。


 彼はムッちゃんに馬乗りになると、そのナイフを用いて攻撃をしてきた。

 馬乗りで滅多刺しにするという凄惨な光景だけど、その中でも異常だと思えたのが、全て顔に刺しているという点だ。

 ムッちゃんに通用するのかは僕も分からないけど、普通であれば心臓を一突きしたら終わりだと思うんだよね。

 日本でもこの世界でも心臓の位置は同じで、だいたい胸の中央にある。

 わざわざ顔を滅多刺しにする必要なんか無い。

 どちらにしても普通の人なら、ナイフで人を刺すなんて躊躇うはずなんだ。

 だけど彼は、その躊躇いが一切感じられなかった。

 この世界に染まったからと言われたら、そうかもしれない。

 でも言っては悪いが、魔族だろうがヒト族だろうが、顔を滅多刺しにするようなサイコパスは会った記憶が無い。

 強いて言えばかつての帝国のSクラスで、安土を燃やした天堂という男くらいだろうか。

 アレも性格が歪んだ酷い男だったが、平野は見た目がマトモなだけに、更にタチが悪い。

 それこそ一般社会に紛れて、すれ違い様に笑顔でナイフを刺してくるようなタイプだ。


 武者修行と称して、魔物との戦いに明け暮れる。

 油断を見せれば自分の死に繋がると考えれば、少しくらい残虐になるのも否定は出来ない。

 だけどムッちゃんの顔を滅多刺しにした理由って、本当にそれなのかな?

 日本に居た頃は、多分こんな人じゃなかったと思うんだけど。

 もしかしたら元々、そういう願望や抑えていた気持ちが、平野の何処かにあったのかな?

 そう思うと、人は見た目によらないと言える。








「やり過ぎだったのではないですか?」


 秀吉の遠縁に当たる秀長は、秀吉に言った。

 それに対して秀吉は、首を横に振った。



「平野は強くなる。それは間違いなく、そしてその通りになった。ただ一つ難点を挙げれば、経験の少なさだろう。その経験の少なさを補う為に、ちょっとした洗脳をしただけだ」


「ちょっと、ですか?」


「私としては、洗脳というよりも強迫観念を植え付けただけに過ぎない」


「強迫観念?」


 平野に洗脳する時間は、秀吉には無かった。

 だから最低限のある一つの不安を、増幅させるだけに留まったと言った。



「それは何ですか?」


「簡単だよ。死への恐れだ」


 秀吉の一言に、秀長は納得をした。


 彼の行動を見ていると、どうしても行き過ぎた点も垣間見えた。

 しかしそれが、自分が死ぬかもしれないという恐怖によるものだとすると、それも仕方ないのかなという気持ちになったのだ。

 秀長が平野に対して理解を示していると、秀吉は不意に笑いを堪えるような仕草を見せる。



「どうしたんですか?」


「そういえば伝え忘れていたんだけど。平野が一番恐れているのは、秀長。お前なんだよ」


「えっ!?」


 秀吉の告白に驚きを隠せない秀長。

 平野とは、少ししか話をした記憶が無い。

 恐れられる理由も無く、何かをしたと思い当たる節も無かった。

 理由が分からない秀長は、観念して秀吉に尋ねた。



「それはな、お前がネクロマンサーだからだ。アイツは死んだ後、お前にこき使われるんじゃないかと思っているみたいだぞ」


「それって私が平野を殺して、自分の手駒にしようと思われてるって事ですよね?流石にそれは心外ですよ」


「それだけアイツは、死を恐れているって事だ」


 味方に思いもよらない事で避けられる。

 秀長はちょっとだけ、悲しくなった。



「しかし、あの男に勝てますか?」


「うーむ、負けはしないと思うのだが」


 秀吉と秀長は、蜂須賀から得た情報を精査した結果、脅威だと認める人物が四人挙げられた。


 まずは魔王とヨアヒム。

 創造魔法の使える魔王は、当然と言える。

 そして既存の魔法を組み合わせて、オリジナリティのある魔法を作るヨアヒムも同じく警戒するべき人物だった。


 次にマッツンこと松平家康。

 肉体的な強さはほぼ皆無と言って良いのだが、まさか魔法が使えるようになり、それが秀吉にとってとても相性が悪いものだとは予想もしていなかった。


 そして最後の一人が、ムサシだった。

 マッツンとは真逆の存在であり、超回復という能力によって、たった一人でいつまでも戦える継戦能力がある人外。

 前者の二人は頭が回り、後者の二人は頭が悪い。

 だがどちらかと言えば、後者の二人は何をしでかすか分からないという恐れもあった。



「平野なら、タケシ相手でもどうにかなると思う。魔王と同じような能力だ。どちらが上か、魔王も気になるところだと思うぞ」


「なるほど。しかしそのような事を、わざわざ向こうの城に聞こえるように言うとは。性格が悪いですね」


 秀長は笑っているが、秀吉も含み笑いをしていた。

 実はこの会話、秀吉の魔法でわざわざ江戸城付近に聞こえるようにしていた。

 向こうが聞いているかまでは分からないが、それでも誰かしら聞いているのは間違いない。

 そして秀吉はその会話の垂れ流しを切ると、変わり果てた平野を見てこう言った。



「死にたくないと言っても、最早自我があるのかすら分からんような状態になってまで、生きたいのかね」









「ぐぬぬ!」


「魔王様、聞き流しましょう」


 秀吉の奴、なんて性格の悪い。



 わざわざ平野に何をしたのか。

 更にアイツが、僕達の創造魔法と同じような能力を持っていると伝えてきやがった。

 でもアイツの言う通り、これは僕の代わりに平野が戦う、仮想対ムッちゃんだと言っても過言ではない。

 これで平野が負けるようだと、僕も似たような結果になるとも言えるのだ。

 だけど勝ってほしいのは、勿論味方であるムッちゃんなのだが。

 どうにも複雑な気持ちになるのは、間違いなかった。



「しかしあの姿。タケシ殿は勝てますかな?」


「勝てるはずだよ。帝国が、ヨアヒムが自信を持って送り出してきた帝国の大将だ。馬鹿だけど、強いのは間違いない」


 本人は分かっていないだろうけど、彼はある意味帝国の威信を背負っている。

 絶対に負けない男。

 それがムッちゃんだ。


 確かにそうなんだけど、平野はもう平野の原形を保っていない。

 官兵衛には勝てるとは言ったけど、本当に勝てるのか?







「お、おい。本当に大丈夫なのか?」


「ぼぼば僕は死なないぃぃぃ!!」


 平野の身体が肥大すると、その姿は魔物に近くなった。

 硬そうな体毛に覆われて、四本の腕に二本の足で立っている。

 四本の腕には剣と盾があり、その指には鋭い爪も生えていた。



「ひ、平野くぅん?」


「うがあぁぁぁ!!」


「それは、俺への返事なのかなぁ?それともただの雄叫び?」


 彼はしばらく微動だにしなかった。

 しかしタケシへの返事だと言わんばかりに、突然両手の剣で挟み込んできた。



「うおっ!急激に速くなったな。これが本当の力ってヤツか?」


 咄嗟に這いつくばると、その上を剣が通り過ぎていく。

 すると今度は、盾で圧し潰そうと地面に叩きつけてきた。

 それを両手で押し返すタケシだが、今までとは違い余裕は無い。



「ち、力も増している。速さと力、だったら技はどうだ!?」


 盾を横に逸らしたタケシは、再び胴回し回転蹴りを決めた。

 だがその蹴りは、剣を捨てた平野に掴まれてしまう。



「それはもう見た!」


「イダダダダ!!股が裂けるぅぅぅ!!」


 両足を外側に引っ張られるタケシ。

 力も増しており、下手をすれば本当に真っ二つに裂けるかもしれない。

 そんな心配をしていると、逆さまになったタケシはある物を見て顔が青ざめた。



「お前、それはちょっとどうかと思うよ」


「死なぬなら、死ぬまで撃とうホトトギス」


「それ、誰が言ったのかな?」


 平野は盾から銃へと持ち替えており、その両手に持っていたのはショットガンだった。

 散弾は至近距離だとマズイ。

 タケシは真正面から撃たれるのを危惧して、平野の人差し指が動いたのを見た瞬間に身体を捻った。



「ッテェ!」


 左肩から脇腹太ももと、散弾が命中した。

 足を掴む手が、緩む気配は無い。

 タケシは腹筋の要領で身体を起こすと、足を掴んでいる手の指に拳を叩き込んだ。



「放さないよ」


「だったら、これはどうだ!」


 今度は手刀に切り替えると、手首を勢いよく斬りつける。

 平野の手首がパックリと裂けると、タケシは緩んだ手からようやく脱出した。



「ギャオォォォ!!」


「イテテテ。というか、叫び声が最早怪獣だな」


 痛みに喚く平野だが、既に人語ではない。

 しかし予想外だったのは、喚き散らす中でも斬れていない手が剣をタケシの腹に突き刺していた事だった。



「ゴフッ!いつの間に持ってたんだ?」


「ギャオォォォ!!」


 怪獣と化した平野は、そのまま炎を吐いた。

 炎に飲まれたタケシは、燃えたまま剣を引き抜いた。

 すると真っ赤に燃えたまま、平野の腹に掌打を叩き込む。



「これがホントの、バーニングフィンガー」


「グルルルギャオォォォ!!」


「アタッ!」


 勢いよく反転する平野。

 知らぬ間に生えていた尻尾が、タケシを吹き飛ばした。

 地面を転がった事で炎は消火されると、タケシは改めて平野の全体を見た。



「平野くんよ、お前は本当にそれで良いのか?」


 落ち着いた声で、諭すように平野に問い掛けるタケシ。

 彼は平野の姿を見て、微妙な気持ちになっていた。



「もう一回聞くぞ。平野くんはそれで良いの?」


「・・・それで良いって、どういう意味ですか?」


 目を見開いて驚くタケシ。

 まさかちゃんとした返答があるとは、期待していなかった。



「キミ、自分の姿を見ているのかな?」


「見てないですけど」


「もう人間の姿から、遠くかけ離れているよ。それにさっきまで、バケモノみたいに吠えてたし」


「生きる為なら、貴方を倒す為なら仕方ないですね」


 平野の返答に、タケシはやっぱりなと頷く。

 そしてタケシは、平野に言った。







「キミ、もう人間じゃないよ。その姿、魔物と変わらないし。むしろゲームに出てくるような、ラスボスの最終形態みたいだから。もうキミ、人間やめてるよ」

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