攻めるベティ
自重が無くなった人は、ちょっと怖い。
ヴラッドさんは腹に穴が空いた阿形と吽形の為に、輸血用の血を手に入れてくれた。
それは輝虎隊に紛れてスパイとして潜入しようとしてきた、秀吉配下のとても新鮮な血だった。
ちなみにこの血、普通なら点滴をして輸血するのだが、ヴラッドさん方式は違っていた。
当然ながら、この世界に点滴は存在しない。
まあコバに頼めば作れる気もする。
でも魔族の身体は丈夫だし、佐藤さんやロック達も召喚者だから、ちょっとやそっとの事では死なないんだよね。
必要性を感じなかったから別に良いかなと思ったんだけど、やっぱり作るべきだったかもしれない。
そこで代わりになるのが、血のスペシャリストであるヴラッドさん方式。
というよりも吸血鬼方式と言った方が正しい。
それは慶次の時も同じようにやったのだが、輸血する血に吸血鬼の血を混ぜて、瞬時に血を巡らせるというやり方だ。
この方法はヴラッドさん達の住むヤッヒロー村で、昼間の住民であるヒト族が大怪我をした際に行なっている治療法らしい。
なかなか凄い事を考えるものだと思ったが、これはヴラッドさんが考えたのではなく、もっと古い吸血鬼が編み出した治療法だという話だった。
先人の知識は素晴らしいと思う反面、凄い事を考えるなぁと思った次第である。
ちなみに何故ハクトによろしくという話になったかというと、他人の血をそのまま飲むのは、吸血鬼でもない限り抵抗がある。
その為トマトを使用した料理に混ぜて、無意識に取り込ませようという話らしい。
食事を口に出来ないくらい大怪我を負っている人は、問答無用で血をそのまま飲ませるみたいだけどね。
ヴラッドさんの治療法、かなり有益なものだとは思う。
でも裏話を知ってしまうと、これに血が混じってるのかよと、ちょっと敬遠したくなる気持ちもある。
願わくば僕は、大怪我を負っても輸血しない方向で考えたいですな。
勢いよく頭を下げてくる平野。
福島は彼が言っている事が、理解出来なかった。
「よ、弱いって誰かに言われたの?」
「召喚された直後は、凄く弱かったですよ。だから帝国の教官にも、いつもいじめられてたし。でも痛めつけられる日々だった僕に、秀吉様が声を掛けてくださって。それから帝国を離れて武者修行に出る事になったんです」
「そうなんだ。じゃあキミを知ってるのは、秀吉様だけ?」
「あとは蜂須賀さんですね。いつも僕がピンチになると、助けに来てくれましたから」
「そうか、二人だけなんだ」
秀吉配下の中でも若手である自分だが、それでも秀吉の有力な配下は見知っていたはずだった。
何故こんな人物を知らなかったのか。
福島は改めて、彼が特殊だという事が分かった。
「今の攻撃で、鳥人族も警戒したみたいだね」
「僕の攻撃が通用したって事ですか?やった!」
両手を挙げて喜ぶ平野だが、その姿を見る限りやはり十代の学生のような印象を持つ福島。
すると彼は、平野に対してちょっとした先輩面をし始めた。
「オホン!なかなかやるね。でも、まだまだだよ。ジャパアァァン!!」
日本号をわざとらしく大袈裟に振ると、今度は地上を進行しているゴブリン達が騒ぎ始める。
日本号の刃が飛んでいき、ゴブリンの戦闘集団に襲い掛かり彼等は混乱していたのだ。
「凄い!何本まで飛ばせるんですか?」
「えっ!?えっと、五十本くらいかなぁ」
「そんなに!?凄いですね」
福島は目を逸らしながら、見栄を張った。
自分の中では十本前後が限界だったが、平野に良いところを見せたいが為に、かなり多めに言ってしまったと思っていた。
だが現実は、百本以上も出せている事を本人は覚えていなかった。
「ゴブリンが混乱している今がチャンスだ。アンデッド隊、行け!」
「カッコイイ。やっぱり武将って感じですね」
福島は鼻の穴を広げた。
この補佐、アープと違って悪くないなと。
「平野くん、いや平っち!僕達はまだ体力温存だよ」
「平っち!?」
「まずは向こうの戦力を削る。その為には僕達の攻撃を、アンデッド達と戦っている敵に、適度にぶつけるから」
「僕達が先に行って、倒せば良いんじゃないんですか?」
「敵にも強いのが居るからね。ここから適度に疲れない程度に、攻撃をするんだ」
平野は福島の作戦に感動するが、実際は嘘である。
福島は後から登場した方が、平野に良い格好を見せられそうだと思っただけだった。
「行くよ、ジャパアァァン!!」
「ちょっと待って。あんなの昨日まで居なかったわよね」
「飛び道具持ちが増えたな。鳥人族は大丈夫なのか?」
「ダメね。今の攻撃で、二割はやられたわ」
地上に降りて本多と、福島達の様子を伺っていたベティは突然起きた上空の斬撃に、驚愕していた。
福島一人を相手にする為に、こちらは二人がかりで戦う予定なのだ。
それがもう一人強敵が増えたとなると、作戦に支障をきたす。
撤退は無いにしろ、今から現状維持で戦力の消耗を避ける戦いに切り替えるか。
二人は決断を迫られる。
「どうするべきかしら」
「俺一人で福島と戦うのも可能だよ。でも近寄れる自信は無いから、ただの時間稼ぎにしかならないと思うけど」
「また来たわ!」
第二撃が、今度はゴブリンに襲い掛かってきた。
何故か見える刃が飛んできて、前線のゴブリンは混乱している。
「マズイわね。正体不明の相手が居るのも含めて、皆浮き足立ってるわ」
「どうするかな。救援要請する?」
「悪くはないわね。でも戦ってもいないのに、消極的だと思われそうだわ」
「だったら様子を見よう。丁度アンデッドも出てきたし、ベティは空から正体不明の敵と福島を探ってみてよ」
「分かったわ」
ベティは地面を蹴り上げた。
だが空へ上がるその瞬間を狙われていたのか、ベティは突然双剣を抜くと見えない刃の猛攻に遭う。
「遅かったわ!」
「この距離なら問題無い」
ベティは今、二、三メートルの高さまでしか上がっていない。
その為本多の攻撃も届く範囲だった。
「叩き落とせ、竹蜻蛉切!」
片手で竹槍を振り下ろすと、何かがバラバラと落ちていく音が聞こえた。
それを数回繰り返すと、ベティはようやく見えない刃が無くなったと、空へ上がっていく。
「居たわね。大剣使いか」
ベティは平野の存在を確認すると、双剣を十字に構えた。
すると構えた直後に、ベティの目の前で爆発が起こる。
「あの男!」
平野を睨みつけていると、今度はまた見えない刃が飛んでくる音が耳に入った。
彼はそれに気付くと、猛スピードで移動を開始する。
福島の攻撃から逃げながら、彼はある事が思い浮かんだ。
「もしかして、狙いはアタシ?」
「あぁ、もう少しだったのに」
「平っち、相手はスカイインフェルノって言って、帝国でも恐れられた人物だから。そう簡単にはいかないよ」
「そうなんですか」
「そうなんだよ」
平野の攻撃が防がれた直後、福島は見えない刃を放っていた。
平野の攻撃は当たらなくても、自分の攻撃は当たるぞ。
そんな先輩面を見せたかったのだが、見えない刃はベティに置いていかれ、むしろ攻撃した事すら平野には勘付かれていなかった。
「当てる為には、どうするべきか。うん、当たるまで追いかけさせよう」
「え?」
「そうだなぁ・・・こんな感じかな?」
「えっ!?」
福島は驚愕した。
平野が大剣を見つめると、突然真ん中から半分に割ったのだ。
目を丸くする福島だったが、平野はそれを二又の槍のような形に変えた。
しかしそれは槍ではなく、銃のような形をしている。
「平っちって大剣使いじゃないの?」
「僕、何でも使いますよ。今回はアイツを追い掛けて倒したいので、銃にしました」
「え・・・。スカイインフェルノは、銃でも追いつかないと思うけど」
「そうですか。じゃあ・・・こうしましょう!」
銃の形が少し変化する。
平野が引き金を引くと、銃身が光り始めた。
そして平野が人差し指を放すと、銃口から光が飛び出していった。
「何々!?何するの!?」
「行け!ホーミングレーザー!!」
「光魔法!?」
下から飛んでくる平野の攻撃を見て、ベティは魔法と勘違いしていた。
「この程度なら。え?曲がるの!?」
平野の攻撃をやり過ごすと、レーザーは空高くに飛んでいった。
しかしその行き先を確認すると、レーザーが大きく弧を描いて、再び自分に飛んできているのが分かる。
「何よアレ!魔王様の魔法と同じくらい、タチ悪いわね」
飛びながら悪態を吐くベティ。
しかし文句を言ったところで、レーザーは追い掛けてくる。
「こんの!アタシをナメるんじゃないわよ!」
ベティは耳を澄ませると、まだ見えない刃の距離が遠い事を確認する。
そして進路を真下へと変更した。
「地上に急降下してくる!」
降りてきたベティは角度を変えると、地上スレスレを飛行し始めた。
「燃えなさい!」
炎を纏ったベティが、アンデッド隊の中に突っ込んでいく。
レーザーは地上にぶつかると、消えてなくなった。
「やっぱり臭いわ!」
アンデッドの大軍から抜け出したベティは、再び上昇した。
すると眼下には、福島と謎の人物が並んで見上げているのが分かった。
「スカイインフェルノ!」
「アナタがさっきの爆発と光魔法の使い手?」
「魔法?」
「違うの?あら、攻撃が消えたわね」
見えない刃が追い掛けてこなくなった事に気付いたベティは、少し安心して見下ろす。
「僕は魔法は使えないぞ。アンタ、オカマか?」
「アタシ?アタシはベティよおぉぉぉん!!」
「・・・」
ベティの声が鳴り響くと、三人の間に時間が止まった。
しばらくして動いたのは、福島である。
「ベティって名前?佐々成政じゃなかったっけ?」
「そうよ。アタシはベティ。福島、アナタにはまずコレをお返しするわ」
福島にナイフを投げつけるベティ。
日本号で簡単に弾くと、ベティは両腕を広げた。
「ベティィィィ、イリュージョン!!」
両手にナイフを五本ずつ持つと、それを福島に投げつける。
「増えた!?」
空から十本のナイフが向かってくるはずが突然倍になり、更に倍に。
気付くとナイフが雨のように福島に降り注ごうとしていた。
「くっ!ジャパアァァン!!」
日本号の刃で対抗する福島だが、余裕が無いからかその数が百本以上になっている事には気付いていない。
そこに双剣を持ったベティが、ナイフの相手で忙しい福島へと襲い掛かる。
「死になさいな」
「やらせるか!」
福島の前に立ちはだかる平野。
すると福島とベティは、双方目を疑った。
「アナタ、さっきは銃を持っていたわよね?どうして盾を持っているのかしら?」




