カプセルの中身
動けない僕等を咄嗟に助けたのは、又左だった。
瀕死の重傷と言っても過言ではない身体で、長槍を持ってグレゴルに突撃した。
武器が壊れても攻撃を加えて、最後には慶次に貸していた内蔵型の長槍でトドメを刺した。
自分の中の衝動に身を任せ、気付いたら倒せた。
ちょっと何言ってるか分からなかったけど、最後の一言だけは分かった。
死ぬほど疲れた。
グレゴルが死んだのを察したのか、下の階も戦闘は終わっていた。
どうやら生き残りの大半は投降したらしい。
三階で休んでいると、下の階から大慌てでドランが上がってきた。
地下室から秀吉が見つかったという報告だった。
衰弱していて会話も出来ないが、命に別状は無さそうとの事。
翌日になって起きると、一夜城へと運ばれていた。
半兵衛やハクト達とお互いの健闘を称えていると、ドワーフが見てもらいたい物があると報告に来た。
しかもその相手は佐藤だった。
僕等の共通点を考えると、日本に関係している事しか思い浮かばない。
その話を承諾して砦に向かうと、そこは昨日まで行けなかった四階にあった。
暗くて見辛かったその場所で見た物。
それは、帝国にあるはずのエネルギーを吸い取るカプセルだった。
実物は見た事が無い。
しかし、何故一発でそれがエネルギー抽出するカプセルか分かったか。
答えは簡単だった。
中に人が入っているからだ。
その液体の中で漂うヒト族。
おそらくは日本人なのだろう。
そのカプセルは三つしかない。
だから三人しか居なかったのだが、三人とも目を閉じたまま漂っているだけだった。
「何故助けないんだ!?」
僕は佐藤さんの服の袖を引っ張り、強く抗議した。
しかし彼は困った顔をしたまま、こう言った。
「普通に壊して中の人が死んだら、俺達には責任が取れないぞ!?正しい解放のやり方がわからないんだよ!」
怒りを含んだ言い方だったが、それを言われると僕も佐藤さんの対応が間違っていたとは言えないと思った。
「誰か分かる人か。そんな人知らないし、どうしよう・・・」
【何でだよ!居るだろう?一人だけ】
一人だけ?
【分からないのか?帝国から逃げ出した、一番最初の脱走兵が】
あ!
斎田さんか!
【そうだよ。イッシー(仮)って名乗ってるから、俺も忘れがちだけど。あの人、確か一緒に研究してたとか言ってなかったっけ?】
言ってた!
僕が頭の片隅からも忘れていた事を、ちゃんと覚えているなんて。
兄さん、何気に凄いぞ!
【ハッハッハ!煽てても何も出て来ないぞ?もっと言いたまえ】
少ない頭のキャパに、よくぞそんな微妙な事をため込んでおいたものだ。
褒めて遣わす。
【おぉい!ディスってるだけじゃねーか!そんな事より、早く連絡取ったらどうだ?】
それもそうだね。
ただ、問題も残っている。
まず、安土には諜報魔法でこの距離を通話出来る人が居ない。
使い手は居るけど、魔力量の問題で不可能だ。
それに彼は今、石仮面を被って別の名前を名乗っているわけだが。
ここで詳しく話をしてしまうと、他の者にバレちゃう気がするんだけど。
【馬鹿だなぁ。そんなの簡単じゃないか。それに信用出来るんだから、黙っててもらえばいいじゃない】
馬鹿ぁ!?
誰に向かって馬鹿って言ってるんだよ!
つーか、その信用出来る奴って、誰の事だよ!
【そんな事も思いつかないのか?ツムジだよ。ツムジなら俺達とだけ魂で繋がって、話が出来る。少し遠回しに会話をする事になるが、それでも他人に知られるよりかは良いだろ?】
あ、はい。
そのやり方が正しい気がします。
私が馬鹿でした。
【何だよ!シャキッとせんか!今すぐどうこうとかは無いとは思うが、それでも彼等を早く出してあげたいだろう?】
その通りだった。
早速連絡しよう。
負けた気がして少し釈然としないが、今はそんな事を言っている場合ではないのだ。
「ツムジ?聞こえてる?」
「あら、魔王様。お久しぶりでございます」
な、何だ!?
話し方が気持ち悪い。
「何かあったのか?」
「何もございませんことよ?オホホホ」
「ぬわ〜!気持ち悪いからその話し方やめてくれ!」
「気持ち悪いわけないでしょ!長可さんから教わった、ちゃんとした話し方なんだから!」
あの人、何を教えているんだ・・・。
その話は長くなりそうだから、また今度にしよう。
「とにかく今は急ぎだ。イッシー(仮)を、誰も居ない場所に連れて行ってくれ。この話を誰にも聞かれたくない」
「分かったわ。連れて行ったらすぐに連絡する」
「街の外れで誰も来ない場所に来たけど、これで良いのかしら?」
「ありがとう。それでイッシー(仮)、斎田さんにこう話してほしい。長浜で、帝国が使ってるエネルギー抽出カプセルが見つかった。中の人を助けたいんだが、どうやって出すのが正しいか教えてくれ」
「ちょっと待ってね。え?いや、そんなのアタシに言われても・・・。だあぁぁ!そんなに捲し立てられたって、アタシが分かるわけないでしょうが!」
どうやら向こうは向こうで、その事実に驚いているらしい。
ツムジが話を聞いているみたいだけど、その慌てぶりから何か聞きたくて仕方ないのだろう。
「面倒だから、自分達で話しなさいよ!あんまりやりたくなかったけど、これで話せるわ」
その方法は、斎田さんの魂をツムジの魂と一部繋げる事らしい。
そもそも魔王など、本当に信頼している者以外は、こんな事しないという話だった。
今度、何かお礼をしないといけないな。
「聞こえる?」
「おぉ!話は聞いた!それ、液体の色が何色だ!?」
「液体の色?えーと、一つが赤で残り二つは青ですね」
「分かった!まず、カプセルの上部に装着されているケーブルを外してくれ。ケーブルを外すと、小さいツマミがある。それを左に回すと、電源が切れるはずだ」
僕は佐藤さんに、今言われた事を伝えた。
「それでその二人は大丈夫だ。いや、大丈夫じゃないな。急いでカプセルから出さないと、溺死するんだった」
「それ先に言ってくださいよ!」
慌ててカプセルを叩き割り、中から二人を救出した。
口元に耳を持っていき呼吸を確認すると、耳元でゴホゴホと咳をされてしまった。
耳元に液体がビチャビチャと掛かる。
「うわっ!」
「どうした!?何かあったのか!?」
咳き込まれただけだと説明し、僕は残りの一つの話を聞いた。
それは残酷な話だった。
「赤のポッドは諦めてくれ・・・。それはエネルギーを吸い尽くされて、最後のエネルギーである血液が液体に流れ込んでしまった結果だ。彼はもう生きていないと思われる」
「そんなのやってみないと分からないじゃないか!」
先程と同じ要領で助け出し、地面に横にした。
軽い。
兄じゃなく、身体強化も何もしていない僕が軽々と持てる身体。
何も残っていないって、こういう事なんだと実感した。
僅かな希望を持って耳を胸元に当てたが、彼が言う通りの結果だった。
「この老人を埋葬してやってくれ」
「それな、多分老人じゃないと思うぞ」
「え?」
見た感じ、白髪混じりの老人だと思うんだけど。
何よりシワだらけだし。
「エネルギーを吸い取られるって、そういう事なんだよ。血液や身体中の水分が吸われたら、もう助かる余地はほとんど無いと思っていい。だから液体の色を聞いて、先に他の二人を優先したんだ」
「そうなんだ・・・。でも何故こんな物が長浜の、しかも外れにある砦に置かれているんだろう?」
「それは俺も気になった。もしかしたら、その裏切り者がドワーフ経由で輸入したのかもな。効率の良いエネルギーがあるみたいな事を言われて」
それなら、城に入れた方が役に立ちそうな気もするけど。
なんて事思ったけど、こんな人が入っている物が城にあったら、周囲の連中に突っ込まれるだけか。
それなら試しに、自分達の部下だけしか居ない砦で使うのが正解かもね。
「ところで、そのゴーレムは強かった?」
「めちゃくちゃ苦労したよ!佐藤さん達が三人がかりで、ようやくって感じで破壊したんだから」
うーんと唸っている声が聞こえる。
顔は見えないけど、何か思案している様子は分かる。
そして僕は、恐ろしい事を聞かされる事となった。
「それ、多分初期型かもしれない。聞いた感じ、俺が知っているゴーレムと同じだから。勿論、それから改良を加えられた可能性はあるけど。でも、ただの鋼鉄製で武器も何も持っていないなら、おそらくは初期型だと思うよ」
「あの強さで初期型かよ・・・」
いや、待てよ?
あの強さは、グレゴルの支援魔法による強化も大きいんだった。
あのままなら、ミスリル装備の佐藤さんが倒していたかもしれない。
「ありがとう。斎田さん、じゃなくてイッシー(仮)」
「ちなみに俺、前髪がかなり増えたから。これからはイッシーACT2と呼んで・・・」
途中で声が途切れた。
どうでも良い話だったから、ツムジが繋いだ魂をぶった切ったと思われる。
「うるさいわね!もう用件は済んだんだから、アレで良いのよ!髪の話なんて、帰った後に見せれば良いでしょ!その方が、驚かせられるでしょうが」
何やら向こうで揉めている。
ツムジの言葉に納得したのか、段々と静かになっていった。
「あのハゲ、じゃないわ。確かに髪が明らかに増えてるし。とりあえず、ようやく帰ってくれた」
「ツムジもありがとね。長浜の城で裏切り者を捕まえたら、一度帰るつもりだから」
「そう?そしたら、アタシとチカの淑女っぷりに驚くと良いわ!」
「楽しみにしてるよ」
一人は残念な事に亡くなっていたが、まだ二人は息がある。
彼等は砦から急いで、一夜城へと運ばれた。
「様子はどうだ?」
「外傷もありませんし、ただ寝ているだけですね。むしろ酷いのは藤吉郎様の方です」
秀吉は未だに目を覚さない。
相当なダメージを負っているようだ。
「ちなみにこの二人は、身元が分かるような物を持ってたりしなかった?」
「それは俺も調べたけど、特に無いよ。ただ日本人なら、帝国から来たのは確実だろうね」
服装では判断も出来ない。
帝国に居たという証拠も無いし、本人の口から日本に関する事を聞かないと、日本人かも判断出来なかった。
まあ十中八九は日本人なんだけどね。
じゃないとあんなカプセルに入れられて、いつまでも生きていられると思えないし。
そのうち起きるだろう。
「魔王様!例の二人のうち、一人が目を覚ましました!」
翌日になって少し考え事をしていたら、慌てた男が報告に来た。
目を覚ましたくらいで、そこまで慌てなくてもいいんじゃない?
そう思っていたんだが、報告には続きがあった。
「目を覚ました男が暴れております!」
「いきなり暴れるとか、何考えてるんだ!?」
幸い、要安静の秀吉とは部屋が違う。
あの二人はもしも何かあった時の為にと、二人だけ別にしておいたのだ。
佐藤さんは別に気にしなくていいだろと楽観的な考えをしていたが、報告を聞く限り、しておいて良かったと思わざるを得ない。
見張りは必ず三人は付けておいた。
理由は、カプセルの中に入れられるような日本人なら、特別な戦闘能力は無いと判断したからだ。
それならドワーフやネズミ族でも、二人掛かりで抑える事は出来るだろう。
「この部屋になります」
扉の奥から、ギャアギャア騒いでいるのが聞こえる。
何か破壊したり、壊れたりする音は聞こえてこない。
取り押さえられてるのかな?
扉を開けると、やはり二人掛かりで抑えられている男が居た。
眼鏡を掛けた、二十代半ばから三十代前半くらいの男だ。
離せと喚いているので、二人には手を離してもらった。
僕も居るけど、一応後ろには佐藤さんも待機している。
この人達には脱走は不可能だ。
「暴れているようだけど、そんなに体力あるのかな?どうもこんにちは。僕が魔王の阿久野だ」
「ほぅ?貴殿が魔王とな?吾輩はプロフェッサー!プロフェッサーKだ!」




